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引っ越しと秀吉

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「本拠地を移転させる」

 義信の言葉に、飯富虎昌をはじめ家臣たちが異を唱えた。

「お待ちください! 当家は名門甲斐源氏にて、甲斐は父祖伝来の地にございます! 墳墓の地を捨てるおつもりですか!?」

「そうは言ってない。……だが、甲斐に居を構えたままでは、濃尾まで遠すぎるだろ」

 義信の言葉に家臣たちが押し黙った。

 甲斐を本拠地にしていては、遠征の度に幾度となく山越えをするのでは、あまりに無駄が多すぎる。

 また、武田家が大大名となったことで、本拠地が甲斐ではいろいろと不都合が生じているのも事実であった。

「それで、新たな本拠地はいずこに……」

 武田の領国の描かれた地図を広げると、義信は尾張の隣、三河を指差した。

「三河の岡崎だ」

「岡崎、にございますか……」

 一度は徳川との戦いで荒廃したものの、義信の支援もあって順調に復興を遂げている。

 また、伊那を抜けて信濃へ。東海道から駿府への街道も通っているため、交通の便もよい。

 岡崎を新たな本拠地とするのは、たしかに理に適っているように見えた。

「それでは、岡崎にて政務を行なうための館を造りましょう」

「任せた。それと、皆も岡崎に引っ越してもらうからな」

「なんですと!?」





 本拠地の移転に伴って、義信は直臣たちに家族を連れて岡崎への出仕することを命じた。

 土着の国衆や豪族を土地から切り離すため。
 義信の命令を素早く家臣たちに行き渡らせるため。
 妻子を城下に置くことで人質にするための方策であった。

 自分の屋敷を普請する傍ら、政務の中枢となる義信の屋敷の普請、対織田最前線である岡崎城の増改築など、家臣たちは激務に追われていた。

 目の下にくまをつくる家臣たちを見て、曽根虎盛がこぼした。

「……お館様、少し働かせすぎでは……」

「フフフ、才ある者は使い倒したい性分でな。つい無茶な命をしてしまうのよ」

 それで無茶させられる方はたまったものではないな、と曽根虎盛は思うのだった。





 家臣たちが屋敷の普請に苦労する中、いち早く屋敷の建築を終えた者がいた。

「早かったな、秀吉。もう建てたのか」

「はっ」

 秀吉が膝をつく。

 見れば、短期間で造ったとは思えない、立派な屋敷がそびえていた。

「なに、少しばかりサル知恵を働かせたまでのこと……。早く建てた者には報奨を与えると言って競わせたところ、皆が力を尽したのです」

「見事だ。……ときに、忘れてはいないだろうな。屋敷には家族も住まわせることを……」

「あっ……」

「美濃に家族を残しているのなら、早く連れてこい。新たな主として、私も挨拶をせねばならぬからな」

「…………すぐに迎えに行ってまいります!」

 秀吉が足早に駆けていくのだった。
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