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和議の条件
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話し合いが前向きに進展したとはいえ、未だ具体的な内容は決まっていない。
まずは同盟を結ぶにあたって、両者の関係を精算し、和睦をするのが急務であった。
どこから話を切り出すべきか……
互いに出方を窺う板部岡江雪斎と直江景綱を前に、義信が口を開いた。
「そうだな……。時に、北条氏康殿は先の古河公方にあたる晴氏殿に妹君を嫁がされ、その子供にあたる義氏殿に古河公方を継承させようとしているのだったな」
「いかにも」
上杉謙信が室町幕府の役職にあたる関東管領を大義名分としているように、北条氏康は足利義氏を傀儡とし東国支配の正当性を得ようとしていた。
「……では、上杉殿の関東管領就任を認める代わりに、義氏殿が古河公方となるのを認めてはいかがか」
義信の提案に、直江景綱と板部岡江雪斎が顔を見合わせる。
「それならば……」
「一応面目は保てますな……」
頷く二人。
だが、これはあくまで前提条件だ。
互いの拠り所とする主張を認めた上で、どう利益を取り合うか。
それがこの話し合いの肝であった。
先に口を開いたの直江景綱であった。
「しかし、関東管領ならば関東にそれなりの領地を持っていなければ、格好がつきますまい。……また、殿が関東管領になるのを認めて頂くのであれば、関東に拠点を構える必要も出てきましょう」
(なるほど、そうきたか……)
つまるところ、北条が古河公方を傀儡とすることを認める代わりに、関東に領地を寄越せと言ってきているのだ。
地図を広げると、直江景綱が上杉領から関東に指で線をひいた。
「つきましては、上野の一部に加え、武蔵の北側を当家に譲っていただきたい」
同盟を提案してきているのはあくまで武田で、打診を受けているのは上杉だ。
そして、関東管領の話を持ち出したのも上杉ではなく武田。
であれば、上杉としてはこれくらいもらってもバチは当たらないはず……。
そうした思惑があるのか、直江景綱の主張は強気なものだった。
案の定、板部岡江雪斎が苦笑した。
「いやはや……そう来ましたか……。当家とて、話し合いの如何によって上杉殿の関東管領の話は挙がると思っておりましたが、よもや武蔵まで欲しいと言われるとは思わなんだ」
板部岡江雪斎がちらりと義信を窺う。
そもそも言い出したのは義信なのだから、なんとかしろ。
言外にそんな雰囲気を漂わせていた。
「……では、こうしてはいかがか。上野、武蔵の北部一帯ではなく、上野の神流川以北を上杉領とする、ということでいかがか」
「いやいや、たまりませぬなぁ。当家の領地を勝手に差配されるとは……」
板部岡江雪斎が苦笑する。
「上野の神流川以北となれば、武田領も含まれておりますな。……ということは、上野の武田領も当家に加えて頂ける……ということでよろしいか?」
直江景綱の義信を見る目つきが鋭くなる。
板部岡江雪斎もまた、目元では笑っていながら義信の顔色を窺っていた。
今回の話を切り出したのは武田だ。当然身を切る覚悟はできているのだろうな、と。
北条領の切り取りばかり話題に出したが、ここで武田が自分可愛さに自領を守っては、北条からの信頼を失うのは目に見えていた。
自国の利益をとるか、あくまで同盟締結を最優先とするか……。
二人の視線が義信に集まってた。
「言い出したのは私だ。話し合いの如何によっては上野を手放すのもやぶさかでない」
「なっ……」
「なんと……」
直江景綱と板部岡江雪斎が目を見張る。
武田義信が上野の放棄に言及した。
それすなわち、今回のために武田は関東からの撤退も視野に入れているということだ。
それだけに、義信が今回の同盟にかける熱意が窺える。
「しかし、タダで上野をくれてやっては、私の面目に関わる……。そこでだ。此度の話し合いで北条と上杉の和睦が成った暁には、上杉家から誰ぞ重臣の子息を人質にもらいたい」
「む……」
「上野と交換なのだ。悪い話ではあるまい」
案の定、直江景綱の顔が曇った。
しかし、この提案を呑めば、武田を関東から駆逐し、戦わずして上野の大部分を領有できるのも事実であった。
長考の末、直江景綱が頷いた。
「……あいわかった。その条件で北条と和議を結ぼう」
この日の話し合いが終了すると、板部岡江雪斎は北条氏政の元に報告に上がっていた。
「此度の和議、まとまりそうか」
「はっ」
板部岡江雪斎が頷く。
父氏康の死が近いこともあり、今回の同盟を一番望んでいたのは、他ならぬ北条氏政であった。
同盟締結のためならいくらか譲歩するつもりでいたが、板部岡江雪斎の報告によれば和議の条件は思いの外軽いものだという。
「もっと領地を削られるかと思いましたが、思いのほか安く済みましたな」
「うむ。あとは武田と上杉との交渉となるが……」
あの義信の考えることだ。何が起きても不思議ではない。
和議の条件がまとまった北条は事実上アガリのような状態ではあるが、武田と上杉は未だに話がまとまってはいないのだ。
「義信……どう出る……」
まずは同盟を結ぶにあたって、両者の関係を精算し、和睦をするのが急務であった。
どこから話を切り出すべきか……
互いに出方を窺う板部岡江雪斎と直江景綱を前に、義信が口を開いた。
「そうだな……。時に、北条氏康殿は先の古河公方にあたる晴氏殿に妹君を嫁がされ、その子供にあたる義氏殿に古河公方を継承させようとしているのだったな」
「いかにも」
上杉謙信が室町幕府の役職にあたる関東管領を大義名分としているように、北条氏康は足利義氏を傀儡とし東国支配の正当性を得ようとしていた。
「……では、上杉殿の関東管領就任を認める代わりに、義氏殿が古河公方となるのを認めてはいかがか」
義信の提案に、直江景綱と板部岡江雪斎が顔を見合わせる。
「それならば……」
「一応面目は保てますな……」
頷く二人。
だが、これはあくまで前提条件だ。
互いの拠り所とする主張を認めた上で、どう利益を取り合うか。
それがこの話し合いの肝であった。
先に口を開いたの直江景綱であった。
「しかし、関東管領ならば関東にそれなりの領地を持っていなければ、格好がつきますまい。……また、殿が関東管領になるのを認めて頂くのであれば、関東に拠点を構える必要も出てきましょう」
(なるほど、そうきたか……)
つまるところ、北条が古河公方を傀儡とすることを認める代わりに、関東に領地を寄越せと言ってきているのだ。
地図を広げると、直江景綱が上杉領から関東に指で線をひいた。
「つきましては、上野の一部に加え、武蔵の北側を当家に譲っていただきたい」
同盟を提案してきているのはあくまで武田で、打診を受けているのは上杉だ。
そして、関東管領の話を持ち出したのも上杉ではなく武田。
であれば、上杉としてはこれくらいもらってもバチは当たらないはず……。
そうした思惑があるのか、直江景綱の主張は強気なものだった。
案の定、板部岡江雪斎が苦笑した。
「いやはや……そう来ましたか……。当家とて、話し合いの如何によって上杉殿の関東管領の話は挙がると思っておりましたが、よもや武蔵まで欲しいと言われるとは思わなんだ」
板部岡江雪斎がちらりと義信を窺う。
そもそも言い出したのは義信なのだから、なんとかしろ。
言外にそんな雰囲気を漂わせていた。
「……では、こうしてはいかがか。上野、武蔵の北部一帯ではなく、上野の神流川以北を上杉領とする、ということでいかがか」
「いやいや、たまりませぬなぁ。当家の領地を勝手に差配されるとは……」
板部岡江雪斎が苦笑する。
「上野の神流川以北となれば、武田領も含まれておりますな。……ということは、上野の武田領も当家に加えて頂ける……ということでよろしいか?」
直江景綱の義信を見る目つきが鋭くなる。
板部岡江雪斎もまた、目元では笑っていながら義信の顔色を窺っていた。
今回の話を切り出したのは武田だ。当然身を切る覚悟はできているのだろうな、と。
北条領の切り取りばかり話題に出したが、ここで武田が自分可愛さに自領を守っては、北条からの信頼を失うのは目に見えていた。
自国の利益をとるか、あくまで同盟締結を最優先とするか……。
二人の視線が義信に集まってた。
「言い出したのは私だ。話し合いの如何によっては上野を手放すのもやぶさかでない」
「なっ……」
「なんと……」
直江景綱と板部岡江雪斎が目を見張る。
武田義信が上野の放棄に言及した。
それすなわち、今回のために武田は関東からの撤退も視野に入れているということだ。
それだけに、義信が今回の同盟にかける熱意が窺える。
「しかし、タダで上野をくれてやっては、私の面目に関わる……。そこでだ。此度の話し合いで北条と上杉の和睦が成った暁には、上杉家から誰ぞ重臣の子息を人質にもらいたい」
「む……」
「上野と交換なのだ。悪い話ではあるまい」
案の定、直江景綱の顔が曇った。
しかし、この提案を呑めば、武田を関東から駆逐し、戦わずして上野の大部分を領有できるのも事実であった。
長考の末、直江景綱が頷いた。
「……あいわかった。その条件で北条と和議を結ぼう」
この日の話し合いが終了すると、板部岡江雪斎は北条氏政の元に報告に上がっていた。
「此度の和議、まとまりそうか」
「はっ」
板部岡江雪斎が頷く。
父氏康の死が近いこともあり、今回の同盟を一番望んでいたのは、他ならぬ北条氏政であった。
同盟締結のためならいくらか譲歩するつもりでいたが、板部岡江雪斎の報告によれば和議の条件は思いの外軽いものだという。
「もっと領地を削られるかと思いましたが、思いのほか安く済みましたな」
「うむ。あとは武田と上杉との交渉となるが……」
あの義信の考えることだ。何が起きても不思議ではない。
和議の条件がまとまった北条は事実上アガリのような状態ではあるが、武田と上杉は未だに話がまとまってはいないのだ。
「義信……どう出る……」
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