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御内書

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 義信の言葉に、信玄が耳を疑った。

「正気か!? 長尾と同盟を結ぶなどと……」

 義信が頷く。

「この同盟、我ら三家に利のあるものです。武田、北条、上杉の三家で背後を守り合えば、当家としても全力で織田との戦に備えることができましょう」

 今後、武田が織田を破り上洛するには、織田に負けないだけの兵数を用意しなくてはならない。

 そうなると、どうしても国境の守りを薄くせざるを得ず、最大兵力が動員できずにいた。

 そこで、後顧の憂いを絶つべく、義信は三国同盟を提唱したのだ。

 理屈では納得できる。できるのだが、いざ可能かと問われれば難しいものがあった。

 案の定、信玄の顔が曇った。

「当家は長尾と北信濃を巡って争ってきた。北条とて、関東を巡ってしのぎを削ってきた間柄……。それを今さら同盟を結ぶなどと……」

「しかし、かつては今川、北条と三国同盟を結べました。ならば、上杉とも同盟を結べましょう」

「あれは今川が当家と北条のかすがいとなったからできたこと……。我らの対立が根深い以上、簡単なことではないぞ」

「いるではないですか。我らの仲をとりもってくれるお方が……」





「上杉を交えた三国同盟を結びたいゆえ、御内書をしたためて欲しいとな?」

 義信から話を聞いた義昭が首を傾げた。

「はっ。公方様におかれましては、一刻も早い上洛を望んでおいででしょう。しかし、これも必要なこと……。背後の守りを固め、必勝の布陣をもって戦うべく、公方様のお力が必要なのです」

 義信の熱の篭った説明に、義昭が真面目な顔になった。

「……これを書けば、上洛できるのだな?」

「必ずや」

「……わかった。くれぐれも、頼りにしておるからな」





 足利義昭が御内書をしたためると、すぐに北条、上杉に届けられた。

 相模、小田原城。

 北条家が本拠地を構える城に、足利義昭の文が寄せられた。

「武田が上杉と同盟を結ぶだと!?」

 動揺を見せる北条氏政を尻目に、板部岡江雪斎も文に目を通した。

「それだけ、武田様の上洛にかける想いは本物なのでしょう」

「しかし、上杉と結ぶというのは……」

「さりとてこのお話、当家としても渡りに船ではありませぬか」

 板部岡江雪斎の言葉に、氏政がむむむと唸った。

 氏康が隠居したことで、北条家の当主は氏政が継ぐこととなった。

 とはいっても、氏康の影響力が完全になくなったわけではない。

 あくまで当主は氏政にあったが、氏康も政務に関わり、事実上氏康と氏政の二頭体制で北条家を運営してきたのだ。

 だが、ここにきて氏康が病がちとなってしまった。

 家督は氏政が継いでいるとはいえ、氏康の死が周辺勢力に大きな影響を及ぼすことは想像に難くない。

 また、上杉、武田と三国同盟を結べれば、北と西に憂いがなくなるため、関東の平定に注力することができるのも事実であった。

 両家にわだかまる感情さえ無視すれば、なんと魅力的な提案か……

 逡巡する氏政に、板部岡江雪斎が思い出したように口を開いた。

「しかし、まだ同盟を呼びかけているにすぎませぬ……。ここは一つ、公方様の顔を立てて、話だけでも聞いてみるというのでいかがか……」

「……そうだな。公方様がここまで仰せなのだ。無下にしては角も立つ。……お主の口車に乗せられてやるとするか」





 一方、上杉家の本拠地、春日山城にも義昭からの文が届いた。

 案の定、上杉家臣たちが目を剥いた。

「武田と北条と同盟を結べじゃと!?」

「馬鹿な……! 我らがどれだけ争うてきたと思っておる! 今さら手を結ぶなどと、できるはずがあるまい!」

「しかし、武田も北条も精強じゃ。我らが争っているうちに、他の大名は続々と勢力を拡大しておる。ここで足の引っ張り合いをしているくらいなら、いっそのこと……」

 意見が割れる上杉家臣たちを宥めつつ、上杉家の宰相、直江景綱が尋ねた。

「殿、いかがなさいますか?」

「公方様のお誘いなのだ。無下にするわけにもいくまい」

「では、武田北条と同盟を……」

「さにあらず。此度の申し出を受けるは、公方様の顔を立てるため。盟約の成否は若獅子共の出方次第よ」

「はっ、それでは、すぐに返書をしたためてまいります」

 こうして、武田、上杉、北条間で同盟を結ぶべく、話し合いの場が設けられるのだった。
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