武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

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義信と謙信 後編

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 その夜。飯富虎昌は義信の姿を探して松倉城内を探し回っていた。

 しかし、義信の姿はどこにも見当たらない。

 そんな中、側近の雨宮家次を見つけると、義信の居場所を尋ねた。

「お館様なら、厠に行くとおっしゃっていました」

「そうか……」

 厠に行ったのなら、じきに戻るのだろう。

 しかし、どうにも胸騒ぎがする。

 飯富虎昌が言い様のない焦燥感を感じていると、雨宮家次がぽつりとつぶやいた。

「それにしても、お館様はよほど公方様と連れ小便したかったのでしょうなぁ」

「…………なに?」

「厠に行く前に、公方様の元を訪れたのですよ。つい三刻ほど前に……」

「なっ……」

 雨宮家次を置いて、飯富虎昌は足利義昭の休んでいる部屋に向かった。

 まさか、義信は──




 義昭を連れて、長坂昌国は密かに軍を抜け出そうとしていた。

 義昭が眠たげに目をこする。

「なんじゃ。こんな夜更けに飛騨を離れるのか?」

「織田を退けた今、もはや憂いはございませぬ。ここを離れ、急ぎ上洛の仕度をしましょう」

 長坂昌国の言ってることは正しい。

 だが、今は戦の直後なのだ。

 そこまで急がなくてもよいのではないか。

「もう夜も遅い。……明日というわけにはいかぬのか?」

「これはお館様がお命じになったのです。夜のうちに、公方様をお連れしてここから離れよ、と……」

 釈然としないが、他ならぬ武田義信が言ってるのだ。
 それならば、何か考えがあってのことなのだろう。

「むぅ……武田殿がそう言うなら……」

 義昭は渋々武田の陣を離れるのだった。





 武田軍を離れようとする影の前に、側近と思しき家臣を連れた上杉謙信が立ち塞がった。

「やはりな……。今宵、甲斐にお連れすると思っていたぞ」

 じわじわと距離を詰められ、影がたじろいだ。

 影の護衛と思しき男たちも、どうしていいのかわからない様子でその場に立ち尽くす。

「……御免!」

 謙信が頭に被せられた布を取り払う。
 そこにいたのは──

「…………誰だ。このサルは」

「ど、どうも……」

 上物の着物を纏い、義昭に扮した木下秀吉か申し訳なさそうに頭を下げる。

 所在なさげに立ち尽くす秀吉を置いて、謙信が思案した。

 このような囮を使うということは、義信は義昭を移動させており、さらには謙信が動くことを見越していたということになる。

「……………………」

 ふと、東の方角を見ると、松明の明かりが7つ、山中を移動をしていた。

 これではどれが足利義昭なのか、追跡のしようがない。

「やるな、若獅子……。この我を出し抜くとは……!」

 義信に出し抜かれたというのに、無意識に笑みが溢れるのだった。





 一方、足利義昭と共に武田の陣を離れた長坂昌国は、武田に臣従した飛騨衆の一人である江馬輝盛の館に滞在していた。

 上杉謙信と揉めた日の夜に足利義昭を連れて信濃へ向かっては、謙信に容易に読まれる。

 それゆえ、義信の指示で囮を用意して目くらましをしたのだった。

「夜分遅くの移動、さぞ大変だったことでしょう。今宵はゆるりと休まれませ」

「なに、これも上洛のため……。これくらいわけないぞ」

 とはいっても、流石に疲れていたらしい。

 布団に入ると、足利義昭はすぐに眠りにつくのだった。





 翌日。足利義昭が松倉城を離れていることを確認すると、上杉軍は退却の仕度を始めた。

「此度は遅れをとったが、我の忠節に微塵も揺らぎはない。公方様には、上洛の際には上杉も力を貸すとお伝えしておけ」

「あいわかった。必ずやお伝えしておく」

 それだけ交わすと、上杉軍は松倉城をあとにした。

 上杉軍の背中を見送ると、飯富虎昌が疲れた様子で息をついた。

「まったく、夜更けに公方様をお連れするとは……肝を冷やしましたぞ」

「悪かったな。爺には心配をかけた」

「……して、公方様は今どちらへ?」

「江馬の館に入ってもらっている。……上杉軍が飛騨を去り次第、我が軍と合流して頂くつもりだ」





 一方、松倉城を発った上杉軍は、すぐさま近くの寺で休息をとっていた。

「松倉城を離れて間もないというのに、なにゆえすぐに休息をとられるのですか」

「いや……」

 義信に出し抜かれたのち、謙信は一人思案を巡らせていた。

 いくら義信が義昭を手中に収めたいからといって、夜遅くに移動させるだろうか。

 夜中に過酷な山越えをさせ、万一のことがあれば、それこそ一大事だ。

 義信もそこまで考えが及んでいるのであれば、やはり山越えをするとは考えにくい。

 昨夜、山中に幾本も見えた松明の明かり。あれは、今から追いかけても既に手遅れだと錯覚させるためだとしたら……。

「寺中を探し回りましたが、どこにも公方様はおりませんでした」

 家臣の報告に、謙信が我にかえる。

「……そうか」

 やはり考え過ぎか。

 そう思い直すと、上杉軍は今度こそ飛騨を離れ越後に帰還するのだった。
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