武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

文字の大きさ
上 下
25 / 82

公方の干渉

しおりを挟む
 武田軍、北条軍が富士川を挟んで対峙した。

 武田軍の大将である義信が対岸の北条軍に目を向け、飯富虎昌に尋ねた。

「北条の陣立ては?」

「氏政様を大将に、北条氏照、北条綱成、松田憲秀……向こうはそうそうたる顔ぶれにございますな」

「……話し合いの如何によっては、殺し合いも辞さない様子だな」

 対する武田軍は、義信率いる三河衆に加え、岡部元信ら駿河衆、飯富虎昌、馬場信春ら譜代の家臣を引き連れ軍を構えている。

 将兵の質では負ける気がしないが、数では1.25倍の差をつけられていた。

 念の為、信玄から援軍を募ってはいるが、未だ返事は届いていない。

「……来ると思うか? 父上からの援軍が」

「駿河は若が苦心の末に手に入れたのです。お屋形様も、重々承知しておりましょう」

「そうだといいのだがな……」

 義信が息をついた。

 信玄が軍を出さない理由は、いくらでも考えられる。

 甲斐から兵を出すということは、本拠地である甲斐を手薄にするということだ。

 また、甲斐の軍を温存しておけば、北条の本拠地である相模に睨みを効かせることができる。

 そのような言い訳をして、兵を送らないつもりではないだろうか。

 義信は嘆息して、いやいや、と頭を振った。

 信玄とて、駿河を領有する重要性はわかっているはずだ。

 その上で援軍を出さないなど、それこそありえないのではないか。

 だが、しかし……。

 義信が逡巡していると、小姓が駆け寄ってきた。

「お屋形様から文が届きました!」

 嫌な予感がしつつ、義信が文を読む。

 曰く、

『北条がつけあがるのは、今川氏真が生きているからだ。氏真が生きている限り、氏真を利用し、担ぎ上げようという者が現れるだろう。
 今すぐに氏真を討て。そうすれば援軍を出してやる』

 とのことだった。

 文を読んで、飯富虎昌が顔を上げた。

「……いかがなさいますか」

「義兄殿を討てば、北条との同盟も完全に切れるだろうな……。そうなれば、平和的に駿河を獲ったのが徒労になってしまおう」

 平和的に? 首を傾げる飯富虎昌をよそに、義信が続ける。

「それに、隠居しているとはいえ、氏真の影響力は侮れない。仮に氏真を討てば、今度は武田への反感が強くなってしまおう」

「しかし、兵が不足する以上、まともにぶつかりたくはありませぬな」

「安心しろ、爺。戦をするつもりはない。……既に調停を頼んでおいた」





 朝倉領越前、一乗谷。

 越前でありながら、京から公家や文化人を多く招いたことで小京都と呼ばれる賑わいを見せるこの地に、京を追われた男がいた。

 武田義信の使者である長坂昌国から事情を説明され、義昭は眉間にシワを作った。

「……新たな今川の当主を義信の息子と認め、北条との諍いを調停してほしい、とな?」

「ははっ」

 長坂昌国が頭を下げる。

 足利義昭と細川藤孝が顔を見合わせた。

(この話、受けても大丈夫か? 儂は京を追われた身……今の儂には力も金もないのだぞ?)

 細川藤孝が首を振った。

(仮にもあなたは日ノ本の大名の頂に立つお方なのです。大名の調停や和睦の仲介をするのも、公方様の立派なお役目……。しかも、あの武田が頼っているのです。ここで恩を売っておけば、我らの上洛を手助けしてくださるやもしれませんぞ)

(そうかなあ……)

 小声で作戦会議をする二人に、長坂昌国が続ける。

「京を追われ、公方様もさぞ窮屈な思いをしておいででしょう。……ささやかながら、我が主より金子を預かりました。どうぞ、お収めください」

「おおっ!」

 渡された小袋の中を覗いて、足利義昭が目を輝かせた。

 朝倉の庇護があるとはいえ、過酷な逃亡生活が続いていた。

 これほどの金を見るのはいつぶりだろうか。

 足利義昭が長坂昌国の手を取ると、しっかりと握り締めた。

「……武田殿のお気持ち、ようわかり申した」

「それでは……」

「この足利義昭に、万事任せておけ」





 その後、足利義昭の介入により、今川家の当主は義信の息子、太郎と認められた。

 北条家に対しては、和睦の条件として東駿河の要衝である興国寺城が明け渡され、太郎が元服したのちは北条家から正室をもらうことで話がまとまった。

 それまでの間、北条家からは氏康の七男である北条三郎が。武田家からは信玄の七男である武田信清が、それぞれ人質に送られるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...