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公方の干渉
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武田軍、北条軍が富士川を挟んで対峙した。
武田軍の大将である義信が対岸の北条軍に目を向け、飯富虎昌に尋ねた。
「北条の陣立ては?」
「氏政様を大将に、北条氏照、北条綱成、松田憲秀……向こうはそうそうたる顔ぶれにございますな」
「……話し合いの如何によっては、殺し合いも辞さない様子だな」
対する武田軍は、義信率いる三河衆に加え、岡部元信ら駿河衆、飯富虎昌、馬場信春ら譜代の家臣を引き連れ軍を構えている。
将兵の質では負ける気がしないが、数では1.25倍の差をつけられていた。
念の為、信玄から援軍を募ってはいるが、未だ返事は届いていない。
「……来ると思うか? 父上からの援軍が」
「駿河は若が苦心の末に手に入れたのです。お屋形様も、重々承知しておりましょう」
「そうだといいのだがな……」
義信が息をついた。
信玄が軍を出さない理由は、いくらでも考えられる。
甲斐から兵を出すということは、本拠地である甲斐を手薄にするということだ。
また、甲斐の軍を温存しておけば、北条の本拠地である相模に睨みを効かせることができる。
そのような言い訳をして、兵を送らないつもりではないだろうか。
義信は嘆息して、いやいや、と頭を振った。
信玄とて、駿河を領有する重要性はわかっているはずだ。
その上で援軍を出さないなど、それこそありえないのではないか。
だが、しかし……。
義信が逡巡していると、小姓が駆け寄ってきた。
「お屋形様から文が届きました!」
嫌な予感がしつつ、義信が文を読む。
曰く、
『北条がつけあがるのは、今川氏真が生きているからだ。氏真が生きている限り、氏真を利用し、担ぎ上げようという者が現れるだろう。
今すぐに氏真を討て。そうすれば援軍を出してやる』
とのことだった。
文を読んで、飯富虎昌が顔を上げた。
「……いかがなさいますか」
「義兄殿を討てば、北条との同盟も完全に切れるだろうな……。そうなれば、平和的に駿河を獲ったのが徒労になってしまおう」
平和的に? 首を傾げる飯富虎昌をよそに、義信が続ける。
「それに、隠居しているとはいえ、氏真の影響力は侮れない。仮に氏真を討てば、今度は武田への反感が強くなってしまおう」
「しかし、兵が不足する以上、まともにぶつかりたくはありませぬな」
「安心しろ、爺。戦をするつもりはない。……既に調停を頼んでおいた」
朝倉領越前、一乗谷。
越前でありながら、京から公家や文化人を多く招いたことで小京都と呼ばれる賑わいを見せるこの地に、京を追われた男がいた。
武田義信の使者である長坂昌国から事情を説明され、義昭は眉間にシワを作った。
「……新たな今川の当主を義信の息子と認め、北条との諍いを調停してほしい、とな?」
「ははっ」
長坂昌国が頭を下げる。
足利義昭と細川藤孝が顔を見合わせた。
(この話、受けても大丈夫か? 儂は京を追われた身……今の儂には力も金もないのだぞ?)
細川藤孝が首を振った。
(仮にもあなたは日ノ本の大名の頂に立つお方なのです。大名の調停や和睦の仲介をするのも、公方様の立派なお役目……。しかも、あの武田が頼っているのです。ここで恩を売っておけば、我らの上洛を手助けしてくださるやもしれませんぞ)
(そうかなあ……)
小声で作戦会議をする二人に、長坂昌国が続ける。
「京を追われ、公方様もさぞ窮屈な思いをしておいででしょう。……ささやかながら、我が主より金子を預かりました。どうぞ、お収めください」
「おおっ!」
渡された小袋の中を覗いて、足利義昭が目を輝かせた。
朝倉の庇護があるとはいえ、過酷な逃亡生活が続いていた。
これほどの金を見るのはいつぶりだろうか。
足利義昭が長坂昌国の手を取ると、しっかりと握り締めた。
「……武田殿のお気持ち、ようわかり申した」
「それでは……」
「この足利義昭に、万事任せておけ」
その後、足利義昭の介入により、今川家の当主は義信の息子、太郎と認められた。
北条家に対しては、和睦の条件として東駿河の要衝である興国寺城が明け渡され、太郎が元服したのちは北条家から正室をもらうことで話がまとまった。
それまでの間、北条家からは氏康の七男である北条三郎が。武田家からは信玄の七男である武田信清が、それぞれ人質に送られるのだった。
武田軍の大将である義信が対岸の北条軍に目を向け、飯富虎昌に尋ねた。
「北条の陣立ては?」
「氏政様を大将に、北条氏照、北条綱成、松田憲秀……向こうはそうそうたる顔ぶれにございますな」
「……話し合いの如何によっては、殺し合いも辞さない様子だな」
対する武田軍は、義信率いる三河衆に加え、岡部元信ら駿河衆、飯富虎昌、馬場信春ら譜代の家臣を引き連れ軍を構えている。
将兵の質では負ける気がしないが、数では1.25倍の差をつけられていた。
念の為、信玄から援軍を募ってはいるが、未だ返事は届いていない。
「……来ると思うか? 父上からの援軍が」
「駿河は若が苦心の末に手に入れたのです。お屋形様も、重々承知しておりましょう」
「そうだといいのだがな……」
義信が息をついた。
信玄が軍を出さない理由は、いくらでも考えられる。
甲斐から兵を出すということは、本拠地である甲斐を手薄にするということだ。
また、甲斐の軍を温存しておけば、北条の本拠地である相模に睨みを効かせることができる。
そのような言い訳をして、兵を送らないつもりではないだろうか。
義信は嘆息して、いやいや、と頭を振った。
信玄とて、駿河を領有する重要性はわかっているはずだ。
その上で援軍を出さないなど、それこそありえないのではないか。
だが、しかし……。
義信が逡巡していると、小姓が駆け寄ってきた。
「お屋形様から文が届きました!」
嫌な予感がしつつ、義信が文を読む。
曰く、
『北条がつけあがるのは、今川氏真が生きているからだ。氏真が生きている限り、氏真を利用し、担ぎ上げようという者が現れるだろう。
今すぐに氏真を討て。そうすれば援軍を出してやる』
とのことだった。
文を読んで、飯富虎昌が顔を上げた。
「……いかがなさいますか」
「義兄殿を討てば、北条との同盟も完全に切れるだろうな……。そうなれば、平和的に駿河を獲ったのが徒労になってしまおう」
平和的に? 首を傾げる飯富虎昌をよそに、義信が続ける。
「それに、隠居しているとはいえ、氏真の影響力は侮れない。仮に氏真を討てば、今度は武田への反感が強くなってしまおう」
「しかし、兵が不足する以上、まともにぶつかりたくはありませぬな」
「安心しろ、爺。戦をするつもりはない。……既に調停を頼んでおいた」
朝倉領越前、一乗谷。
越前でありながら、京から公家や文化人を多く招いたことで小京都と呼ばれる賑わいを見せるこの地に、京を追われた男がいた。
武田義信の使者である長坂昌国から事情を説明され、義昭は眉間にシワを作った。
「……新たな今川の当主を義信の息子と認め、北条との諍いを調停してほしい、とな?」
「ははっ」
長坂昌国が頭を下げる。
足利義昭と細川藤孝が顔を見合わせた。
(この話、受けても大丈夫か? 儂は京を追われた身……今の儂には力も金もないのだぞ?)
細川藤孝が首を振った。
(仮にもあなたは日ノ本の大名の頂に立つお方なのです。大名の調停や和睦の仲介をするのも、公方様の立派なお役目……。しかも、あの武田が頼っているのです。ここで恩を売っておけば、我らの上洛を手助けしてくださるやもしれませんぞ)
(そうかなあ……)
小声で作戦会議をする二人に、長坂昌国が続ける。
「京を追われ、公方様もさぞ窮屈な思いをしておいででしょう。……ささやかながら、我が主より金子を預かりました。どうぞ、お収めください」
「おおっ!」
渡された小袋の中を覗いて、足利義昭が目を輝かせた。
朝倉の庇護があるとはいえ、過酷な逃亡生活が続いていた。
これほどの金を見るのはいつぶりだろうか。
足利義昭が長坂昌国の手を取ると、しっかりと握り締めた。
「……武田殿のお気持ち、ようわかり申した」
「それでは……」
「この足利義昭に、万事任せておけ」
その後、足利義昭の介入により、今川家の当主は義信の息子、太郎と認められた。
北条家に対しては、和睦の条件として東駿河の要衝である興国寺城が明け渡され、太郎が元服したのちは北条家から正室をもらうことで話がまとまった。
それまでの間、北条家からは氏康の七男である北条三郎が。武田家からは信玄の七男である武田信清が、それぞれ人質に送られるのだった。
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