21 / 82
広がる動揺
しおりを挟む
今川氏真が朝比奈泰朝を暗殺したとの報は、またたく間に武田、北条に広がった。
北条領相模、小田原城。
執務をしていた北条氏政の元に、駿河から急使が舞い込んできた。
「なっ、義兄殿が朝比奈を討っただと……!? その話、間違いないのか!?」
「はっ、既に遠江の国衆の大部分が武田への臣従を誓ったとのこと……。駿河でも家臣の造反が相次いでいるとのよしにございます」
あまりの急展開に氏政が絶句していると、板部岡江雪斎がため息をついた。
「今川のため、再度三河、遠江の帰属を話し合おうとしていた矢先、これでは……」
氏政の手に力が篭もる。
「今川の屋台骨が未だ揺れているというのに、自分から家臣の心を離れさせるのか……!? これでは、当家が何のために骨を折ったのか、わからぬではないか……!」
武田が三河を占領した際、三河の領有権を侵された今川家が抗議をしたのは知っている。
北条家としても、三河は今川の領地という意識があったため、今川と共に武田に抗議をした。
あの話し合いを設けたのも、増長する武田を食い止め、今川に恩を売る狙いがあったからだ。
しかし、あろうことか氏真は譜代の重臣朝比奈泰朝を謀殺し、自ら遠江の離反を加速させてしまった。
武田に足元をすくわれたならいざ知らず、自ら破滅の道へ進むのでは、救えるものも救えないではないか。
「若君……」
「ああ。わかっている」
このままでは遠江のみならず、駿河も武田家に飲み込まれることは目に見えていた。
そうなる前に、せめて駿河だけでも吸収してしまいたい。
「駿府に使いを出せ。今川家中と武田の動きを探るのだ」
義信のことだ。今回の件で必ず動きを見せるだろう。
なんとしても後手に回ることだけは避けなくては……。
そんな焦燥感が氏政を支配するのだった。
一方、義信はいち早い対応をとるべく、拠点を東遠の寺に移すと、家臣を通じて駿府の情勢を伺っていた。
「いま、うちに味方している今川家臣はどれくらいいる?」
飯富虎昌が懐から書状を取り出した。
「岡部元信、伊丹康直、葛山氏元ほか、主要な家臣はみな当家にお味方するとのこと」
「ううむ……。まだ弱いな……」
「はて、これ以上寝返らせろと仰せですか?」
「違う。うちに味方すると約束はしたが、どれだけ信用できる。……これから今川を裏切ろうという連中だ。我らも裏切られない保証はないぞ」
「それは……」
飯富虎昌が言葉に窮した。
義信の策により遠江は獲れた。今川家臣の調略も、北条に先んじている自信はある。
だが、これらはすべて今川家臣たちの言葉を鵜呑みにした場合だ。
こちらが今川家臣を謀り、利用しようとしているのと同じように、こちらが利用されていないとなぜ言える。
飯富虎昌が眉間にシワを寄せる。
書状を手に取ると、義信は内応した者たちの名前を指した。
「こいつらから人質をとれ。ことが済めばすぐに返すゆえ、遠江に──この寺につれて来い、とな」
「はっ!」
北条領相模、小田原城。
執務をしていた北条氏政の元に、駿河から急使が舞い込んできた。
「なっ、義兄殿が朝比奈を討っただと……!? その話、間違いないのか!?」
「はっ、既に遠江の国衆の大部分が武田への臣従を誓ったとのこと……。駿河でも家臣の造反が相次いでいるとのよしにございます」
あまりの急展開に氏政が絶句していると、板部岡江雪斎がため息をついた。
「今川のため、再度三河、遠江の帰属を話し合おうとしていた矢先、これでは……」
氏政の手に力が篭もる。
「今川の屋台骨が未だ揺れているというのに、自分から家臣の心を離れさせるのか……!? これでは、当家が何のために骨を折ったのか、わからぬではないか……!」
武田が三河を占領した際、三河の領有権を侵された今川家が抗議をしたのは知っている。
北条家としても、三河は今川の領地という意識があったため、今川と共に武田に抗議をした。
あの話し合いを設けたのも、増長する武田を食い止め、今川に恩を売る狙いがあったからだ。
しかし、あろうことか氏真は譜代の重臣朝比奈泰朝を謀殺し、自ら遠江の離反を加速させてしまった。
武田に足元をすくわれたならいざ知らず、自ら破滅の道へ進むのでは、救えるものも救えないではないか。
「若君……」
「ああ。わかっている」
このままでは遠江のみならず、駿河も武田家に飲み込まれることは目に見えていた。
そうなる前に、せめて駿河だけでも吸収してしまいたい。
「駿府に使いを出せ。今川家中と武田の動きを探るのだ」
義信のことだ。今回の件で必ず動きを見せるだろう。
なんとしても後手に回ることだけは避けなくては……。
そんな焦燥感が氏政を支配するのだった。
一方、義信はいち早い対応をとるべく、拠点を東遠の寺に移すと、家臣を通じて駿府の情勢を伺っていた。
「いま、うちに味方している今川家臣はどれくらいいる?」
飯富虎昌が懐から書状を取り出した。
「岡部元信、伊丹康直、葛山氏元ほか、主要な家臣はみな当家にお味方するとのこと」
「ううむ……。まだ弱いな……」
「はて、これ以上寝返らせろと仰せですか?」
「違う。うちに味方すると約束はしたが、どれだけ信用できる。……これから今川を裏切ろうという連中だ。我らも裏切られない保証はないぞ」
「それは……」
飯富虎昌が言葉に窮した。
義信の策により遠江は獲れた。今川家臣の調略も、北条に先んじている自信はある。
だが、これらはすべて今川家臣たちの言葉を鵜呑みにした場合だ。
こちらが今川家臣を謀り、利用しようとしているのと同じように、こちらが利用されていないとなぜ言える。
飯富虎昌が眉間にシワを寄せる。
書状を手に取ると、義信は内応した者たちの名前を指した。
「こいつらから人質をとれ。ことが済めばすぐに返すゆえ、遠江に──この寺につれて来い、とな」
「はっ!」
1
お気に入りに追加
60
あなたにおすすめの小説
天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。
岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。
けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。
髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。
戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
大日本帝国領ハワイから始まる太平洋戦争〜真珠湾攻撃?そんなの知りません!〜
雨宮 徹
歴史・時代
1898年アメリカはスペインと戦争に敗れる。本来、アメリカが支配下に置くはずだったハワイを、大日本帝国は手中に収めることに成功する。
そして、時は1941年。太平洋戦争が始まると、大日本帝国はハワイを起点に太平洋全域への攻撃を開始する。
これは、史実とは異なる太平洋戦争の物語。
主要登場人物……山本五十六、南雲忠一、井上成美
※歴史考証は皆無です。中には現実性のない作戦もあります。ぶっ飛んだ物語をお楽しみください。
※根本から史実と異なるため、艦隊の動き、編成などは史実と大きく異なります。
※歴史初心者にも分かりやすいように、言葉などを現代風にしています。
旧式戦艦はつせ
古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。
四代目 豊臣秀勝
克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。
読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。
史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。
秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。
小牧長久手で秀吉は勝てるのか?
朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか?
朝鮮征伐は行われるのか?
秀頼は生まれるのか。
秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?
覇者開闢に抗いし謀聖~宇喜多直家~
海土竜
歴史・時代
毛利元就・尼子経久と並び、三大謀聖に数えられた、その男の名は宇喜多直家。
強大な敵のひしめく中、生き残るために陰謀を巡らせ、守るために人を欺き、目的のためには手段を択ばず、力だけが覇を唱える戦国の世を、知略で生き抜いた彼の夢見た天下はどこにあったのか。
真田幸村の女たち
沙羅双樹
歴史・時代
六文銭、十勇士、日本一のつわもの……そうした言葉で有名な真田幸村ですが、幸村には正室の竹林院を始め、側室や娘など、何人もの女性がいて、いつも幸村を陰ながら支えていました。この話では、そうした女性たちにスポットを当てて、語っていきたいと思います。
なお、このお話はカクヨムで連載している「大坂燃ゆ~幸村を支えし女たち~」を大幅に加筆訂正して、読みやすくしたものです。
柔医伝~柔術開祖・秋山四郎兵衛異伝~
佐藤遼空
歴史・時代
『某小説新人賞で最終選考に残ったこと二回あり』 戦国時代の長崎。長崎はキリシタンに改宗した藩主・大村純忠によって教会に寄進されていた。反発する仏教徒と切支丹。戦の絶えぬ世において、小児科医の秋山四郎兵衛は医の道の在り方に悩んでいた。四郎兵衛は新たな道の探究ために大陸へ渡ることを決意するが、意にそぐわぬ形で海を渡ることになるーー柔道の元になった天神真楊流柔術の源流である柔術、楊心流の開祖・秋山四郎兵衛義直の若き日を描く物語。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる