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港の建設
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三河の掌握があらかた完了すると、義信は検地に乗り出した。
通常、軍役はその土地から取れる石高によって算出されるものだ。
三河から軍を動員するのであれば検地は必要不可欠なのだが、すぐにはできない理由があった。
「臣従したとはいえ、未だ日が浅い。我らに反感を持つ国人衆も少なくあるまい」
「うむ。いま一揆を起こされるわけにはいきませぬからな……」
軍役が多くなれば国衆の負担となって重くのしかかる。
そうなれば、国衆は一揆を起こされる危険性も高まるため、なるべく石高を低く見られたいと考えるはずである。
そのため、検地を断行すれば、国衆からの反感を買うことは必定であった。
検地をしなければ軍の動員ができず、かといって無理に検地をすれば一揆が起きかねない。
「これは……」
「困りましたな……」
長坂昌国と曽根虎盛が頭を悩ませていると、義信が口を挟んだ。
「すればいいだろ、検地を」
「ですが、それでは国衆からの反発が……」
「だから、国衆にやらせるんだよ」
義信の真意を理解したのか、長坂昌国と曽根虎盛が目を剥いた。
「なっ、なるほど……」
「自己申告、ですか……」
国衆からの自己申告であれば、無理な軍役とはならないだろう。
当然、不正やごまかしが横行するだろうが、この際背に腹は替えられない。
三河の安定といち早い軍の動員を考えれば、もっとも現実的な手と言えた。
「では、すぐに手配を……」
「任せたぞ。こっちはこっちで立て込んでいるからな」
見ると、義信の向かう先では家臣たちが書類を手に忙しそうに働きまわっていた。
「……いったい、何をされるので?」
「新しく港を造ってくる」
伊勢湾を臨む三河南部、碧海群は古くから天然の良港として知られ、沿岸部には多くの漁村が並んでいた。
さらに知多半島と渥美半島に挟まれた三河湾は波が穏やかで、内陸部から流れる矢作川のおかげで、岡崎までの便もよい。
そんな土地に狙いを定めた義信は、新たな港の建設に着手していた。
前線で建設の指揮をとっていた真田昌幸の隣で、義信が覗き込んだ。
「昌幸。首尾はどうだ」
「基礎はこれでよろしいかと。あとは桟橋に荷を預かる倉庫も欲しいですな」
「よしよし、港ができれば三河でも商業が盛んになるだろう」
義信が満足気に頷いていると、真田昌幸が首を傾げた。
「たしかに港を造れば、商いが栄えましょう。……しかし、金も人手も足りない今造らなくてはならぬのですか?」
真田昌幸の疑問ももっともであった。
現在、義信家臣団は三河の復興に力を注いでおり、来年には軍事行動できるだけの力を蓄えるつもりでいた。
そのため、港を造るだけの余力があるのなら、その分を三河復興に回せばいいのではないか。
真田昌幸は暗にそう言っていた。
「昌幸、次にどこを攻めるかわかるか?」
義信の問いに昌幸が頷く。
義信が今川の乗っ取りを目論んでいることはすでに知らされている。
また、北の上杉とは目立った動きはなく、事実上の停戦状態。北条との同盟を破る理由はないとくれば、次の標的は決まっている。
「織田、ですか」
義信が頷く。
「織田の治める尾張は豊かな土地だ。平野が多く、水も豊富。……だが、なにより商いの盛んな土地だ」
尾張南部に位置する津島は木曽川と天王川の合流点で、尾張、美濃、伊勢を繋ぐ海上交通の要衝であった。
また、信長の父である織田信秀が熱田を押さえたことで、強力な経済基盤を手に入れるに至ったのだ。
「尾張の石高だけを見れば、武田の敵ではない……が、熱田や津島の税収も鑑みれば、織田の力は当家を凌ぐ勢いだぞ」
「まさか」
真田昌幸が信じられないといった様子で目を見開いた。
「現に、東海三国を治めた義父殿……義元公でさえ、信長の前に敗れたのだからな……」
真田昌幸が押し黙る。
天下に最も近い男とされた今川義元でさえ、石高に劣る織田信長に敗れたのだ。
「だからこそ、港を作っているのだ。津島、熱田に代わる新たな港を造れば、その分織田の力も削げるというもの」
新たに領有するに至った三河は伊勢湾に面しており、古くから天然の良港として知られている。
また、対岸に位置する伊勢の大湊も畿内の玄関口であるため、海上交通の要衝として重要な土地である。
北条の治める関東から、今川の東海、武田の三河と安全な航路が敷ける。
そのため、三河~大湊間の航路が完成すれば、織田を経由せずに畿内と交易できることを意味している。
「熱田を介さない航路ができれば、その分織田の経済力を下げられる。……そうなれば、自慢の港もただの飾りだ」
「さすがは若様、そこまで考えておられたとは……」
「織田との戦はすでに始まっている。……使えるものは何でも使っていくぞ」
「はっ!」
通常、軍役はその土地から取れる石高によって算出されるものだ。
三河から軍を動員するのであれば検地は必要不可欠なのだが、すぐにはできない理由があった。
「臣従したとはいえ、未だ日が浅い。我らに反感を持つ国人衆も少なくあるまい」
「うむ。いま一揆を起こされるわけにはいきませぬからな……」
軍役が多くなれば国衆の負担となって重くのしかかる。
そうなれば、国衆は一揆を起こされる危険性も高まるため、なるべく石高を低く見られたいと考えるはずである。
そのため、検地を断行すれば、国衆からの反感を買うことは必定であった。
検地をしなければ軍の動員ができず、かといって無理に検地をすれば一揆が起きかねない。
「これは……」
「困りましたな……」
長坂昌国と曽根虎盛が頭を悩ませていると、義信が口を挟んだ。
「すればいいだろ、検地を」
「ですが、それでは国衆からの反発が……」
「だから、国衆にやらせるんだよ」
義信の真意を理解したのか、長坂昌国と曽根虎盛が目を剥いた。
「なっ、なるほど……」
「自己申告、ですか……」
国衆からの自己申告であれば、無理な軍役とはならないだろう。
当然、不正やごまかしが横行するだろうが、この際背に腹は替えられない。
三河の安定といち早い軍の動員を考えれば、もっとも現実的な手と言えた。
「では、すぐに手配を……」
「任せたぞ。こっちはこっちで立て込んでいるからな」
見ると、義信の向かう先では家臣たちが書類を手に忙しそうに働きまわっていた。
「……いったい、何をされるので?」
「新しく港を造ってくる」
伊勢湾を臨む三河南部、碧海群は古くから天然の良港として知られ、沿岸部には多くの漁村が並んでいた。
さらに知多半島と渥美半島に挟まれた三河湾は波が穏やかで、内陸部から流れる矢作川のおかげで、岡崎までの便もよい。
そんな土地に狙いを定めた義信は、新たな港の建設に着手していた。
前線で建設の指揮をとっていた真田昌幸の隣で、義信が覗き込んだ。
「昌幸。首尾はどうだ」
「基礎はこれでよろしいかと。あとは桟橋に荷を預かる倉庫も欲しいですな」
「よしよし、港ができれば三河でも商業が盛んになるだろう」
義信が満足気に頷いていると、真田昌幸が首を傾げた。
「たしかに港を造れば、商いが栄えましょう。……しかし、金も人手も足りない今造らなくてはならぬのですか?」
真田昌幸の疑問ももっともであった。
現在、義信家臣団は三河の復興に力を注いでおり、来年には軍事行動できるだけの力を蓄えるつもりでいた。
そのため、港を造るだけの余力があるのなら、その分を三河復興に回せばいいのではないか。
真田昌幸は暗にそう言っていた。
「昌幸、次にどこを攻めるかわかるか?」
義信の問いに昌幸が頷く。
義信が今川の乗っ取りを目論んでいることはすでに知らされている。
また、北の上杉とは目立った動きはなく、事実上の停戦状態。北条との同盟を破る理由はないとくれば、次の標的は決まっている。
「織田、ですか」
義信が頷く。
「織田の治める尾張は豊かな土地だ。平野が多く、水も豊富。……だが、なにより商いの盛んな土地だ」
尾張南部に位置する津島は木曽川と天王川の合流点で、尾張、美濃、伊勢を繋ぐ海上交通の要衝であった。
また、信長の父である織田信秀が熱田を押さえたことで、強力な経済基盤を手に入れるに至ったのだ。
「尾張の石高だけを見れば、武田の敵ではない……が、熱田や津島の税収も鑑みれば、織田の力は当家を凌ぐ勢いだぞ」
「まさか」
真田昌幸が信じられないといった様子で目を見開いた。
「現に、東海三国を治めた義父殿……義元公でさえ、信長の前に敗れたのだからな……」
真田昌幸が押し黙る。
天下に最も近い男とされた今川義元でさえ、石高に劣る織田信長に敗れたのだ。
「だからこそ、港を作っているのだ。津島、熱田に代わる新たな港を造れば、その分織田の力も削げるというもの」
新たに領有するに至った三河は伊勢湾に面しており、古くから天然の良港として知られている。
また、対岸に位置する伊勢の大湊も畿内の玄関口であるため、海上交通の要衝として重要な土地である。
北条の治める関東から、今川の東海、武田の三河と安全な航路が敷ける。
そのため、三河~大湊間の航路が完成すれば、織田を経由せずに畿内と交易できることを意味している。
「熱田を介さない航路ができれば、その分織田の経済力を下げられる。……そうなれば、自慢の港もただの飾りだ」
「さすがは若様、そこまで考えておられたとは……」
「織田との戦はすでに始まっている。……使えるものは何でも使っていくぞ」
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