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召喚命令

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 三河統治の準備を進める義信の元に、武田信玄から文が寄せられた。

 曰く、

『徳川の攻略ご苦労であった。三河統治について話があるゆえ、躑躅ヶ崎館に参上せよ』

 とのことだった。

 労いもそこそこに不躾な物言いをされ、義信がいぶかしんだ。

「まったく、この忙しい時に甲斐に戻れとは……。そのまま三河を私に任せると言えばいいものを……父上の考えることは理解に苦しむな」

「三河を手中に収められたのは若様の功なれど、若様の周囲はまだまだ若い者が多い……。それゆえ、お館様は家中で妬まれないよう、案じておられるのでしょう」

 飯富虎昌の言い分も一理ある。

 だが、義信には信玄の思惑が透けて見えた。

「……武田の跡取りが活躍したんだ。武田の行く末を安堵することこそあれ、家中から妬まれる謂れがどこにある」

「それは……」

「おおかた、父上は焦っておられるのだろう。私の力が強くなれば、いずれは担ぎ上げようという者も現れる。
 そうなれば、自分も爺様と同じように追放されるのではないか、とな……」

 実の父に諦観の混ざった評価を下す義信。
 飯富虎昌はなんとも言えない寂しさを覚えた。

(お館様と若、やはり溝は深いか……)

 信玄は父である信虎を駿府に追放することで武田家の当主に就いた。

 その後ろめたさがあるのか、信玄の義信を見る目はどこか冷ややかであった。

(此度の帰郷、何もなければよいのだが……)

 と、飯富虎昌は独りごちるのだった。





 信玄が居を構える躑躅ヶ崎館にやってくると、すぐに信玄のところに通された。

「……!」

 義信と同じく馬場信春も召還されていたらしい。

 先に座っていた信春がこちらに会釈をする。

 嫌な空気が部屋に満たされているのがわかった。

(爺……)

(おそらく、よい話ではありませんな……)

「なにをしておる。早く入らぬか」

 信玄に急かされ、義信と飯富虎昌が部屋に入る。

 挨拶もそこそこに、信玄が口を開いた。

「三河攻略、ご苦労であった。戦いの委細は信春に聞いておる」

「はっ……」

「岡崎城は堅城と聞く。あれしきの手勢でよく攻め落としたと褒めてやりたいところだが、家康を逃したというのはいただけぬな……」

 信玄の叱責が始まろうとしたところで、飯富虎昌が割って入った。

「お言葉ですが、死を覚悟した徳川勢の攻撃は、鬼気迫るものがありました。あれでは、家康の首まではとても……」

 飯富虎昌の援護に、馬場信春が頷く。

「岡崎の激戦は、それがしも聞き及んでおります。死兵となった徳川勢を前に、あれしきの犠牲で済んだことを、まず賞賛するべきかと……」

「……………………」

 飯富虎昌と馬場信春に諌められ、信玄が顔を曇らせた。
 が、すぐに真面目な顔に戻る。

「聞くところによれば、岡崎の村々から略奪して回ったと聞く。これでは岡崎の統治は困難となる」

「それは……」

「……岡崎だけではない。武田の名を汚すようなことになれば、三河全域を治めることも難しくなろう」

 馬場信春も同じ考えなのか、今度は義信の味方をするでもなく、信玄の言葉に頷いている。

 ここに至って、義信はようやく信玄の思惑が読めた。

 義信の戦果にケチをつけ、三河の統治に介入することが目的なのだ。

 それがわかれば、こちらの出方も決まってくる。


「父上のお話、まっっったく、同感にございます!!!!」


「ん!?」

「は!?」

「えっ!?」

 義信が信玄に同調するとは思っていなかったのか、信玄と飯富虎昌、馬場信春が呆けた顔をする。

「此度の戦では浅慮だったとつい先日じいにも諌められたばかり……なぁ、じい

 義信に話を振られ、慌てて飯富虎昌が話を合わせる。

「はっ、武田の次期当主として、恥じぬ戦をせねば、と……」

「そ、そうか……」

 機先を制された信玄が困惑混じりに頷く。

「お主の傅役に虎昌をつけたが、こやつだけでは足りぬやもしれぬ。……それゆえ、新たに目付けをつけるつもりだが……」

「ありがとうございます!!! 三河統治には人手が足りず、父上におねだりしようと思っていました。まさか父上から人手をくださるとは……」

 義信の勢いに信玄がたじろいだ。

「あくまで目付けだ。お主の配下にするわけではない」

「……それでは、それとは別に新たに配下をくださるということですか!?」

「どうしてそうなる!?」

「三河を治めるのに、人手が足りなくなることはわかりきっております。それゆえ、私の考えを見越して父上から人手を寄こしてくださるとは……」

「待て。そうは言っておらぬ」

「……では、人手はくださらぬのですか?」

「ぐっ……」

 三河の石高はおよそ30万石あり、海や平野を領している分、そこに住まう民は相当な数に登る。

 また、義信には武田の次期幹部候補80騎あまりしかつけていない。

 それでは義信が人手不足に陥ることはわかりきっていた。

 それゆえ、人手が欲しいと懇願する義信に、信玄は自身に都合のいい人選を送ろうと思っていた。
 しかし、結果的に義信に先手を打たれる形となってしまった。

「父上が言い出したことですからね。人選くらい、私が決めてもいいでしょう。さしあたって、高坂昌信を……」

「待て。昌信は北信濃の要。連れて行かせるわけにはいかぬ」

「では内藤昌豊を……」

「あやつは上野の要じゃ。おいそれと動かすわけにはいかぬ」

「では、誰ならよいのですか」

「儂が決めるゆえ、お主は余計な口を挟むな」

「ですから、人手を送ると父上が言い出したのですから、人選くらい私が……」

 話が平行線を辿る中、信玄が額の汗を拭った。

 話し合いが長引いたおかげか、疲れが見える。そろそろ頃合いか。

「……では、こうしましょう。武田の実務を担う信春と、筆頭家老のじいに選んでもらうというのは」

 信玄としても、義信に無遠慮に有能な人材を持っていかれるのが一番困るだろう。

 ゆえ、この妥協案は信玄にとっても渡りに船なはずだ。

 義信の思惑通り、案の定信玄が渋々といった様子で頷いた。

「ううむ、そういうことなら……」

 義信と信玄の視線が、脇に控えていた馬場信春と飯富虎昌に突き刺さる。

(これは……)

(とんでもないことを任されてしまったやもしれぬな……)

 突如として諍いの渦中に放り込まれ、馬場信春と飯富虎昌の顔が引きつるのだった。
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