武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

文字の大きさ
上 下
12 / 82

召喚命令

しおりを挟む
 三河統治の準備を進める義信の元に、武田信玄から文が寄せられた。

 曰く、

『徳川の攻略ご苦労であった。三河統治について話があるゆえ、躑躅ヶ崎館に参上せよ』

 とのことだった。

 労いもそこそこに不躾な物言いをされ、義信がいぶかしんだ。

「まったく、この忙しい時に甲斐に戻れとは……。そのまま三河を私に任せると言えばいいものを……父上の考えることは理解に苦しむな」

「三河を手中に収められたのは若様の功なれど、若様の周囲はまだまだ若い者が多い……。それゆえ、お館様は家中で妬まれないよう、案じておられるのでしょう」

 飯富虎昌の言い分も一理ある。

 だが、義信には信玄の思惑が透けて見えた。

「……武田の跡取りが活躍したんだ。武田の行く末を安堵することこそあれ、家中から妬まれる謂れがどこにある」

「それは……」

「おおかた、父上は焦っておられるのだろう。私の力が強くなれば、いずれは担ぎ上げようという者も現れる。
 そうなれば、自分も爺様と同じように追放されるのではないか、とな……」

 実の父に諦観の混ざった評価を下す義信。
 飯富虎昌はなんとも言えない寂しさを覚えた。

(お館様と若、やはり溝は深いか……)

 信玄は父である信虎を駿府に追放することで武田家の当主に就いた。

 その後ろめたさがあるのか、信玄の義信を見る目はどこか冷ややかであった。

(此度の帰郷、何もなければよいのだが……)

 と、飯富虎昌は独りごちるのだった。





 信玄が居を構える躑躅ヶ崎館にやってくると、すぐに信玄のところに通された。

「……!」

 義信と同じく馬場信春も召還されていたらしい。

 先に座っていた信春がこちらに会釈をする。

 嫌な空気が部屋に満たされているのがわかった。

(爺……)

(おそらく、よい話ではありませんな……)

「なにをしておる。早く入らぬか」

 信玄に急かされ、義信と飯富虎昌が部屋に入る。

 挨拶もそこそこに、信玄が口を開いた。

「三河攻略、ご苦労であった。戦いの委細は信春に聞いておる」

「はっ……」

「岡崎城は堅城と聞く。あれしきの手勢でよく攻め落としたと褒めてやりたいところだが、家康を逃したというのはいただけぬな……」

 信玄の叱責が始まろうとしたところで、飯富虎昌が割って入った。

「お言葉ですが、死を覚悟した徳川勢の攻撃は、鬼気迫るものがありました。あれでは、家康の首まではとても……」

 飯富虎昌の援護に、馬場信春が頷く。

「岡崎の激戦は、それがしも聞き及んでおります。死兵となった徳川勢を前に、あれしきの犠牲で済んだことを、まず賞賛するべきかと……」

「……………………」

 飯富虎昌と馬場信春に諌められ、信玄が顔を曇らせた。
 が、すぐに真面目な顔に戻る。

「聞くところによれば、岡崎の村々から略奪して回ったと聞く。これでは岡崎の統治は困難となる」

「それは……」

「……岡崎だけではない。武田の名を汚すようなことになれば、三河全域を治めることも難しくなろう」

 馬場信春も同じ考えなのか、今度は義信の味方をするでもなく、信玄の言葉に頷いている。

 ここに至って、義信はようやく信玄の思惑が読めた。

 義信の戦果にケチをつけ、三河の統治に介入することが目的なのだ。

 それがわかれば、こちらの出方も決まってくる。


「父上のお話、まっっったく、同感にございます!!!!」


「ん!?」

「は!?」

「えっ!?」

 義信が信玄に同調するとは思っていなかったのか、信玄と飯富虎昌、馬場信春が呆けた顔をする。

「此度の戦では浅慮だったとつい先日じいにも諌められたばかり……なぁ、じい

 義信に話を振られ、慌てて飯富虎昌が話を合わせる。

「はっ、武田の次期当主として、恥じぬ戦をせねば、と……」

「そ、そうか……」

 機先を制された信玄が困惑混じりに頷く。

「お主の傅役に虎昌をつけたが、こやつだけでは足りぬやもしれぬ。……それゆえ、新たに目付けをつけるつもりだが……」

「ありがとうございます!!! 三河統治には人手が足りず、父上におねだりしようと思っていました。まさか父上から人手をくださるとは……」

 義信の勢いに信玄がたじろいだ。

「あくまで目付けだ。お主の配下にするわけではない」

「……それでは、それとは別に新たに配下をくださるということですか!?」

「どうしてそうなる!?」

「三河を治めるのに、人手が足りなくなることはわかりきっております。それゆえ、私の考えを見越して父上から人手を寄こしてくださるとは……」

「待て。そうは言っておらぬ」

「……では、人手はくださらぬのですか?」

「ぐっ……」

 三河の石高はおよそ30万石あり、海や平野を領している分、そこに住まう民は相当な数に登る。

 また、義信には武田の次期幹部候補80騎あまりしかつけていない。

 それでは義信が人手不足に陥ることはわかりきっていた。

 それゆえ、人手が欲しいと懇願する義信に、信玄は自身に都合のいい人選を送ろうと思っていた。
 しかし、結果的に義信に先手を打たれる形となってしまった。

「父上が言い出したことですからね。人選くらい、私が決めてもいいでしょう。さしあたって、高坂昌信を……」

「待て。昌信は北信濃の要。連れて行かせるわけにはいかぬ」

「では内藤昌豊を……」

「あやつは上野の要じゃ。おいそれと動かすわけにはいかぬ」

「では、誰ならよいのですか」

「儂が決めるゆえ、お主は余計な口を挟むな」

「ですから、人手を送ると父上が言い出したのですから、人選くらい私が……」

 話が平行線を辿る中、信玄が額の汗を拭った。

 話し合いが長引いたおかげか、疲れが見える。そろそろ頃合いか。

「……では、こうしましょう。武田の実務を担う信春と、筆頭家老のじいに選んでもらうというのは」

 信玄としても、義信に無遠慮に有能な人材を持っていかれるのが一番困るだろう。

 ゆえ、この妥協案は信玄にとっても渡りに船なはずだ。

 義信の思惑通り、案の定信玄が渋々といった様子で頷いた。

「ううむ、そういうことなら……」

 義信と信玄の視線が、脇に控えていた馬場信春と飯富虎昌に突き刺さる。

(これは……)

(とんでもないことを任されてしまったやもしれぬな……)

 突如として諍いの渦中に放り込まれ、馬場信春と飯富虎昌の顔が引きつるのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

大日本帝国、アラスカを購入して無双する

雨宮 徹
歴史・時代
1853年、ロシア帝国はクリミア戦争で敗戦し、財政難に悩んでいた。友好国アメリカにアラスカ購入を打診するも、失敗に終わる。1867年、すでに大日本帝国へと生まれ変わっていた日本がアラスカを購入すると金鉱や油田が発見されて……。 大日本帝国VS全世界、ここに開幕! ※架空の日本史・世界史です。 ※分かりやすくするように、領土や登場人物など世界情勢を大きく変えています。 ※ツッコミどころ満載ですが、ご勘弁を。

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

土方歳三ら、西南戦争に参戦す

山家
歴史・時代
 榎本艦隊北上せず。  それによって、戊辰戦争の流れが変わり、五稜郭の戦いは起こらず、土方歳三は戊辰戦争の戦野を生き延びることになった。  生き延びた土方歳三は、北の大地に屯田兵として赴き、明治初期を生き抜く。  また、五稜郭の戦い等で散った他の多くの男達も、史実と違えた人生を送ることになった。  そして、台湾出兵に土方歳三は赴いた後、西南戦争が勃発する。  土方歳三は屯田兵として、そして幕府歩兵隊の末裔といえる海兵隊の一員として、西南戦争に赴く。  そして、北の大地で再生された誠の旗を掲げる土方歳三の周囲には、かつての新選組の仲間、永倉新八、斎藤一、島田魁らが集い、共に戦おうとしており、他にも男達が集っていた。 (「小説家になろう」に投稿している「新選組、西南戦争へ」の加筆修正版です) 

【架空戦記】蒲生の忠

糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。 明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。 その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。 両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。 一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。 だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。 かくなる上は、戦うより他に道はなし。 信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。

天竜川で逢いましょう 起きたら関ヶ原の戦い直前の石田三成になっていた 。そもそも現代人が生首とか無理なので平和な世の中を作ろうと思います。

岩 大志
歴史・時代
ごくありふれた高校教師津久見裕太は、ひょんなことから頭を打ち、気を失う。 けたたましい轟音に気付き目を覚ますと多数の軍旗。 髭もじゃの男に「いよいよですな。」と、言われ混乱する津久見。 戦国時代の大きな分かれ道のド真ん中に転生した津久見はどうするのか!?

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

処理中です...