8 / 82
徳川の軍議
しおりを挟む
義信が三河攻略を進める中、躑躅ヶ崎館では義信の長男、彦太郎が侍女に世話をされていた。
「食べ終わったー!」
彦太郎のお椀を覗き、侍女が声をもらした。
「まあ、まだお米が残っているではありませんか。
ひと粒残らず食べなくては、バチが当たりますよ」
「そうなのですか?」
彦太郎が尋ねると侍女が頷く。
「甲斐の民が丹精込めて育てたお米です。上に立つ者として、粗末にしてはなりませんよ」
「わかりました!」
彦太郎が不慣れな箸使いでお椀から米を摘もうとする。……が、どうにもうまくいかない。
やがて、彦太郎が手づかみでお椀についた米を食べ始めると、その様子を侍女たちが微笑まし気に見つめるのだった。
岡崎城の包囲が続く中、義信が雑兵たちに向かって声を張り上げた。
「ひと粒残らず略奪しろ! 残してはバチが当たるぞ!」
「「「オオオオオオ!!!!!!」」」
雑兵たちが村々に群がっていく。
その様子見て、飯富虎昌が苦々しげな表情で尋ねた。
「若、よろしいのですか」
「なにがだ」
「これだけ派手に略奪をしているのです。……今ごろ、城内の兵たちは我らに怨みを募らせ、士気が上がっていることでしょう」
「いいんだよ。それが狙いだからな」
「は!?」
武田軍に包囲された岡崎城内では、軍議が開かれていた。
当初は織田からの援軍を待つ籠城派が主流だったが、武田軍の略奪が続き、日に日に城からうって出ようという野戦派が勢いを増していた。
「これ以上武田の蛮行を見逃すなど、もはや堪えられませぬ……。殿、出陣の許可を!」
「ううむ……」
家臣に詰め寄られ、家康が考え込む。
家康とて、武田の蛮行は聞き及んでいる。
田畑を刈り取り、村々に火を放ち、城外に残る民を攫い続けているという。
やっとの思いで今川からの独立を果たし、一向一揆を沈めたにも関わらずこうも領地を荒らされては、なんのために国内をまとめたのかわからないではないか。
「殿、ご決断を……!」
「殿!」
「殿!」
家臣たちが家康に詰め寄る。
「ううむ……」
武田軍の蛮行は、家康とて腸が煮えくり返る思いだった。
しかし、決戦を避け岡崎城に籠城したのは、精鋭揃いの武田軍を避け、信長からの援軍を待つためだ。
それなのに、やすやすと籠城を解いていいものか……。
「すでに岡崎城周辺の村々は荒廃しきっております。殿が立ち上がらなくて、誰が三河の民を守れましょう!」
そこに至り、家康はようやく自分の原点に思い至った。
今川の手に落ちた故郷を取り戻すため。
三河を大国の好きなようにさせないため。
自ら大名となり、立ち上がったのではなかったのか。
「……皆の気持ち、よくわかった」
家臣たちを見回し、家康が声を張り上げる。
「今こそ、武田に報いを与える時ぞ!」
「「「オオオオオオ!!!」」」
岡崎城の城門が開くのを見て、飯富虎昌が義信に報告に上がった。
「殿、岡崎城南門より、徳川軍がうって出ました!」
「来たか……!」
堅城である岡崎を力攻めしては、こちらの損害も大きくなる。
そのため、義信は包囲による落城を狙っていた。
だが、他ならぬ家康が野戦を望むというのなら、話は変わってくる。
「見せてやれ、爺。お主の率いる赤備えを!」
「はっ! 三河の田舎者に、我が精兵を味わわせてくれましょうぞ!」
「食べ終わったー!」
彦太郎のお椀を覗き、侍女が声をもらした。
「まあ、まだお米が残っているではありませんか。
ひと粒残らず食べなくては、バチが当たりますよ」
「そうなのですか?」
彦太郎が尋ねると侍女が頷く。
「甲斐の民が丹精込めて育てたお米です。上に立つ者として、粗末にしてはなりませんよ」
「わかりました!」
彦太郎が不慣れな箸使いでお椀から米を摘もうとする。……が、どうにもうまくいかない。
やがて、彦太郎が手づかみでお椀についた米を食べ始めると、その様子を侍女たちが微笑まし気に見つめるのだった。
岡崎城の包囲が続く中、義信が雑兵たちに向かって声を張り上げた。
「ひと粒残らず略奪しろ! 残してはバチが当たるぞ!」
「「「オオオオオオ!!!!!!」」」
雑兵たちが村々に群がっていく。
その様子見て、飯富虎昌が苦々しげな表情で尋ねた。
「若、よろしいのですか」
「なにがだ」
「これだけ派手に略奪をしているのです。……今ごろ、城内の兵たちは我らに怨みを募らせ、士気が上がっていることでしょう」
「いいんだよ。それが狙いだからな」
「は!?」
武田軍に包囲された岡崎城内では、軍議が開かれていた。
当初は織田からの援軍を待つ籠城派が主流だったが、武田軍の略奪が続き、日に日に城からうって出ようという野戦派が勢いを増していた。
「これ以上武田の蛮行を見逃すなど、もはや堪えられませぬ……。殿、出陣の許可を!」
「ううむ……」
家臣に詰め寄られ、家康が考え込む。
家康とて、武田の蛮行は聞き及んでいる。
田畑を刈り取り、村々に火を放ち、城外に残る民を攫い続けているという。
やっとの思いで今川からの独立を果たし、一向一揆を沈めたにも関わらずこうも領地を荒らされては、なんのために国内をまとめたのかわからないではないか。
「殿、ご決断を……!」
「殿!」
「殿!」
家臣たちが家康に詰め寄る。
「ううむ……」
武田軍の蛮行は、家康とて腸が煮えくり返る思いだった。
しかし、決戦を避け岡崎城に籠城したのは、精鋭揃いの武田軍を避け、信長からの援軍を待つためだ。
それなのに、やすやすと籠城を解いていいものか……。
「すでに岡崎城周辺の村々は荒廃しきっております。殿が立ち上がらなくて、誰が三河の民を守れましょう!」
そこに至り、家康はようやく自分の原点に思い至った。
今川の手に落ちた故郷を取り戻すため。
三河を大国の好きなようにさせないため。
自ら大名となり、立ち上がったのではなかったのか。
「……皆の気持ち、よくわかった」
家臣たちを見回し、家康が声を張り上げる。
「今こそ、武田に報いを与える時ぞ!」
「「「オオオオオオ!!!」」」
岡崎城の城門が開くのを見て、飯富虎昌が義信に報告に上がった。
「殿、岡崎城南門より、徳川軍がうって出ました!」
「来たか……!」
堅城である岡崎を力攻めしては、こちらの損害も大きくなる。
そのため、義信は包囲による落城を狙っていた。
だが、他ならぬ家康が野戦を望むというのなら、話は変わってくる。
「見せてやれ、爺。お主の率いる赤備えを!」
「はっ! 三河の田舎者に、我が精兵を味わわせてくれましょうぞ!」
1
お気に入りに追加
49
あなたにおすすめの小説
織田信長 -尾州払暁-
藪から犬
歴史・時代
織田信長は、戦国の世における天下統一の先駆者として一般に強くイメージされますが、当然ながら、生まれついてそうであるわけはありません。
守護代・織田大和守家の家来(傍流)である弾正忠家の家督を継承してから、およそ14年間を尾張(現・愛知県西部)の平定に費やしています。そして、そのほとんどが一族間での骨肉の争いであり、一歩踏み外せば死に直結するような、四面楚歌の道のりでした。
織田信長という人間を考えるとき、この彼の青春時代というのは非常に色濃く映ります。
そこで、本作では、天文16年(1547年)~永禄3年(1560年)までの13年間の織田信長の足跡を小説としてじっくりとなぞってみようと思いたった次第です。
毎週の月曜日00:00に次話公開を目指しています。
スローペースの拙稿ではありますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
(2022.04.04)
※信長公記を下地としていますが諸出来事の年次比定を含め随所に著者の創作および定説ではない解釈等がありますのでご承知置きください。
※アルファポリスの仕様上、「HOTランキング用ジャンル選択」欄を「男性向け」に設定していますが、区別する意図はとくにありません。
西涼女侠伝
水城洋臣
歴史・時代
無敵の剣術を会得した男装の女剣士。立ち塞がるは三国志に名を刻む猛将馬超
舞台は三國志のハイライトとも言える時代、建安年間。曹操に敗れ関中を追われた馬超率いる反乱軍が涼州を襲う。正史に残る涼州動乱を、官位無き在野の侠客たちの視点で描く武侠譚。
役人の娘でありながら剣の道を選んだ男装の麗人・趙英。
家族の仇を追っている騎馬民族の少年・呼狐澹。
ふらりと現れた目的の分からぬ胡散臭い道士・緑風子。
荒野で出会った在野の流れ者たちの視点から描く、錦馬超の実態とは……。
主に正史を参考としていますが、随所で意図的に演義要素も残しており、また武侠小説としてのテイストも強く、一見重そうに見えて雰囲気は割とライトです。
三國志好きな人ならニヤニヤ出来る要素は散らしてますが、世界観説明のノリで注釈も多めなので、知らなくても楽しめるかと思います(多分)
涼州動乱と言えば馬超と王異ですが、ゲームやサブカル系でこの2人が好きな人はご注意。何せ基本正史ベースだもんで、2人とも現代人の感覚としちゃアレでして……。
幻の十一代将軍・徳川家基、死せず。長谷川平蔵、田沼意知、蝦夷へ往く。
克全
歴史・時代
西欧列強に不平等条約を強要され、内乱を誘発させられ、多くの富を収奪されたのが悔しい。
幕末の仮想戦記も考えましたが、徳川家基が健在で、田沼親子が権力を維持していれば、もっと余裕を持って、開国準備ができたと思う。
北海道・樺太・千島も日本の領地のままだっただろうし、多くの金銀が国外に流出することもなかったと思う。
清国と手を組むことも出来たかもしれないし、清国がロシアに強奪された、シベリアと沿海州を日本が手に入れる事が出来たかもしれない。
色々真剣に検討して、仮想の日本史を書いてみたい。
一橋治済の陰謀で毒を盛られた徳川家基であったが、奇跡的に一命をとりとめた。だが家基も父親の十代将軍:徳川家治も誰が毒を盛ったのかは分からなかった。家基は田沼意次を疑い、家治は疑心暗鬼に陥り田沼意次以外の家臣が信じられなくなった。そして歴史は大きく動くことになる。
印旛沼開拓は成功するのか?
蝦夷開拓は成功するのか?
オロシャとは戦争になるのか?
蝦夷・千島・樺太の領有は徳川家になるのか?
それともオロシャになるのか?
西洋帆船は導入されるのか?
幕府は開国に踏み切れるのか?
アイヌとの関係はどうなるのか?
幕府を裏切り異国と手を結ぶ藩は現れるのか?
空母鳳炎奮戦記
ypaaaaaaa
歴史・時代
1942年、世界初の装甲空母である鳳炎はトラック泊地に停泊していた。すでに戦時下であり、鳳炎は南洋艦隊の要とされていた。この物語はそんな鳳炎の4年に及ぶ奮戦記である。
というわけで、今回は山本双六さんの帝国の海に登場する装甲空母鳳炎の物語です!二次創作のようなものになると思うので原作と違うところも出てくると思います。(極力、なくしたいですが…。)ともかく、皆さまが楽しめたら幸いです!
滝川家の人びと
卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した
若き日の滝川一益と滝川義太夫、
尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として
天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が
からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。
戦国の華と徒花
三田村優希(または南雲天音)
歴史・時代
武田信玄の命令によって、織田信長の妹であるお市の侍女として潜入した忍びの於小夜(おさよ)。
付き従う内にお市に心酔し、武田家を裏切る形となってしまう。
そんな彼女は人並みに恋をし、同じ武田の忍びである小十郎と夫婦になる。
二人を裏切り者と見做し、刺客が送られてくる。小十郎も柴田勝家の足軽頭となっており、刺客に怯えつつも何とか女児を出産し於奈津(おなつ)と命名する。
しかし頭領であり於小夜の叔父でもある新井庄助の命令で、於奈津は母親から引き離され忍びとしての英才教育を受けるために真田家へと送られてしまう。
悲嘆に暮れる於小夜だが、お市と共に悲運へと呑まれていく。
※拙作「異郷の残菊」と繋がりがありますが、単独で読んでも問題がございません
【他サイト掲載:NOVEL DAYS】
戦神の星・武神の翼 ~ もしも日本に2000馬力エンジンが最初からあったなら
もろこし
歴史・時代
架空戦記ファンが一生に一度は思うこと。
『もし日本に最初から2000馬力エンジンがあったなら……』
よろしい。ならば作りましょう!
史実では中途半端な馬力だった『火星エンジン』を太平洋戦争前に2000馬力エンジンとして登場させます。そのために達成すべき課題を一つ一つ潰していく開発ストーリーをお送りします。
そして火星エンジンと言えば、皆さんもうお分かりですね。はい『一式陸攻』の運命も大きく変わります。
しかも史実より遙かに強力になって、さらに1年早く登場します。それは戦争そのものにも大きな影響を与えていきます。
え?火星エンジンなら『雷電』だろうって?そんなヒコーキ知りませんw
お楽しみください。
【架空戦記】蒲生の忠
糸冬
歴史・時代
天正十年六月二日、本能寺にて織田信長、死す――。
明智光秀は、腹心の明智秀満の進言を受けて決起当初の腹案を変更し、ごく少勢による奇襲により信長の命を狙う策を敢行する。
その結果、本能寺の信長、そして妙覚寺の織田信忠は、抵抗の暇もなく首級を挙げられる。
両名の首級を四条河原にさらした光秀は、織田政権の崩壊を満天下に明らかとし、畿内にて急速に地歩を固めていく。
一方、近江国日野の所領にいた蒲生賦秀(のちの氏郷)は、信長の悲報を知るや、亡き信長の家族を伊勢国松ヶ島城の織田信雄の元に送り届けるべく安土城に迎えに走る。
だが、瀬田の唐橋を無傷で確保した明智秀満の軍勢が安土城に急速に迫ったため、女子供を連れての逃避行は不可能となる。
かくなる上は、戦うより他に道はなし。
信長の遺した安土城を舞台に、若き闘将・蒲生賦秀の活躍が始まる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる