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徳川の軍議

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 義信が三河攻略を進める中、躑躅ヶ崎館では義信の長男、彦太郎が侍女に世話をされていた。

「食べ終わったー!」

 彦太郎のお椀を覗き、侍女が声をもらした。

「まあ、まだお米が残っているではありませんか。
 ひと粒残らず食べなくては、バチが当たりますよ」

「そうなのですか?」

 彦太郎が尋ねると侍女が頷く。

「甲斐の民が丹精込めて育てたお米です。上に立つ者として、粗末にしてはなりませんよ」

「わかりました!」

 彦太郎が不慣れな箸使いでお椀から米を摘もうとする。……が、どうにもうまくいかない。

 やがて、彦太郎が手づかみでお椀についた米を食べ始めると、その様子を侍女たちが微笑まし気に見つめるのだった。





 岡崎城の包囲が続く中、義信が雑兵たちに向かって声を張り上げた。

「ひと粒残らず略奪しろ! 残してはバチが当たるぞ!」

「「「オオオオオオ!!!!!!」」」

 雑兵たちが村々に群がっていく。

 その様子見て、飯富虎昌が苦々しげな表情で尋ねた。

「若、よろしいのですか」

「なにがだ」

「これだけ派手に略奪をしているのです。……今ごろ、城内の兵たちは我らに怨みを募らせ、士気が上がっていることでしょう」

「いいんだよ。それが狙いだからな」

「は!?」





 武田軍に包囲された岡崎城内では、軍議が開かれていた。

 当初は織田からの援軍を待つ籠城派が主流だったが、武田軍の略奪が続き、日に日に城からうって出ようという野戦派が勢いを増していた。

「これ以上武田の蛮行を見逃すなど、もはや堪えられませぬ……。殿、出陣の許可を!」

「ううむ……」

 家臣に詰め寄られ、家康が考え込む。

 家康とて、武田の蛮行は聞き及んでいる。

 田畑を刈り取り、村々に火を放ち、城外に残る民を攫い続けているという。

 やっとの思いで今川からの独立を果たし、一向一揆を沈めたにも関わらずこうも領地を荒らされては、なんのために国内をまとめたのかわからないではないか。

「殿、ご決断を……!」

「殿!」

「殿!」

 家臣たちが家康に詰め寄る。

「ううむ……」

 武田軍の蛮行は、家康とてはらわたが煮えくり返る思いだった。

 しかし、決戦を避け岡崎城に籠城したのは、精鋭揃いの武田軍を避け、信長からの援軍を待つためだ。

 それなのに、やすやすと籠城を解いていいものか……。

「すでに岡崎城周辺の村々は荒廃しきっております。殿が立ち上がらなくて、誰が三河の民を守れましょう!」

 そこに至り、家康はようやく自分の原点に思い至った。

 今川の手に落ちた故郷を取り戻すため。
 三河を大国の好きなようにさせないため。
 自ら大名となり、立ち上がったのではなかったのか。

「……皆の気持ち、よくわかった」

 家臣たちを見回し、家康が声を張り上げる。

「今こそ、武田に報いを与える時ぞ!」

「「「オオオオオオ!!!」」」





 岡崎城の城門が開くのを見て、飯富虎昌が義信に報告に上がった。

「殿、岡崎城南門より、徳川軍がうって出ました!」

「来たか……!」

 堅城である岡崎を力攻めしては、こちらの損害も大きくなる。

 そのため、義信は包囲による落城を狙っていた。

 だが、他ならぬ家康が野戦を望むというのなら、話は変わってくる。

「見せてやれ、じい。お主の率いる赤備えを!」

「はっ! 三河の田舎者に、我が精兵を味わわせてくれましょうぞ!」
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