武田義信は謀略で天下取りを始めるようです ~信玄「今川攻めを命じたはずの義信が、勝手に徳川を攻めてるんだが???」~

田島はる

文字の大きさ
上 下
7 / 82

三河侵攻

しおりを挟む
 永禄9年(1566年)8月。

 三河侵攻軍5000が長篠城を発った。

 躑躅ヶ崎館からは馬場信春、飯富昌景、三枝昌貞率いる2000を援軍にもらい、合わせて7000の軍が徳川領三河に侵攻を開始した。

「我らは岡崎城及び三河東部を攻めるゆえ、信春には吉田城を任せる」

「はっ」

 三河南部に位置する吉田城の攻略を馬場信春ら信玄直臣に任せると、義信率いる本隊は家康の篭もる岡崎城へ向かった。

 一方、家康は織田からの援軍に賭けているのか、籠城の構えをとった。

「此度の戦い、長期戦になるぞ……!」





 吉田城に強攻をかける馬場信春の元に、伝令の兵がやってきた。

「雑兵たちが略奪をしたいと騒いでおります。士気にも関わりますゆえ、略奪の許可を頂きたく……」

「ならぬ」

 伝令の言葉を遮って、信春が首を振った。

「我らは名門甲斐源氏武田の旗を背負って戦に赴いている。我らの一挙手一投足に、武田の誇りがかかっていると思え」

「ははっ! 申し訳ございませぬ!」

 信春に咎められ、伝令の兵はその場に頭を下げるのだった。





 岡崎城の包囲に入った義信の元に、配下の将から伝令の兵が寄せられた。

「若様、雑兵たちが略奪をしたいと騒いでおります。士気に関わりますゆえ、略奪の許可を頂きたく……」

 義信にギロリと睨まれ、伝令の兵が震え上がる。

「…………お前たち、まだ略奪してなかったのか?」

「申し訳ございませ…………えっ?」

 伝令は耳を疑った。いま、義信はなんと言った?

「略奪こそ戦の楽しみだろう! それをおあずけしては、兵のやる気に関わるというもの……。すぐに村々を襲え」

「よ、よろしいんですか? あまり略奪しては、若様の統治に支障が出てしまいましょうに……」

「そもそも、この戦に勝てなければ、統治もクソもあるまい。……ゆえに、私は勝つために全力を尽しているのだ。略奪を許すのもそのためよ」

 伝令の兵と共に陣を出ると、義信が自軍の兵たちの前に躍り出た。

 兵たちの注目を浴びる中、義信が声を張り上げた。

「お前たち! 三河の田畑や村々を見ただろう! ……これだけ豊かな土地なのだ。多少奪ったところでバチは当たらん! 存分に奪ってこい!」

「大将……!」

「あんたって人は……!」

 雑兵たちの目に涙が浮かぶ。

「奪え! 金銀財宝から種もみまで、すべて奪い尽くせ!」

「「「オオオオオオ!!!!!」」」

 それから数刻と待たず、義信の激励を受けた兵たちが村々に押し寄せるのだった。





 その日の夜。義信軍では略奪した米が兵たちに振る舞われていた。

 雑兵が粥をすすり、満足気に息をつく。

「うめェなあ! やっぱり略奪した米は一味違うぜ……!」

「ああ。だがよ……」

 昼間とはうってかわり、夜は気温が下がり一気に肌寒くなっていた。

 山から吹き付ける冷たい風に、雑兵が身体を震わせる。

「うう、冷えるなあ……。火も弱くなっちまったし……」

 暖を取ろうと手を伸ばすも、薪が尽きたのか焚き火は消えかけている。

「なにか燃えるもの、っと……」

 雑兵たちがこっそりと一軒の家に群がると、壁板や柱を剥がし始めた。

「おい、いいのかよ。勝手に家壊して……」

「だから見つからないようにやってるんだろ」

「多少壁やら柱を壊したくらいで、バレないバレない……」

 雑兵たちが壊した柱を運ぼうとすると、見覚えのある影が立ち塞がった。

「お前たち、なにをやっている」

「あっ、大将……」

「ち、違うんです。これは……」

 突如現れた義信に動揺する兵たちをつっきって、義信が壊れかけの家屋の前に躍り出た。

「まったく、お前たちときたら……暖を取りたいなら、家くらい燃やせ」

 義信が松明を放り込むと、壊れかけの家に火が燃え広がった。
 雑兵たちを、義信を煌々と照らす。

「おわ……」

「あったけェ……」

「燃え尽きたら、また新しい家を燃やしていいからな」

 それだけ言い残して義信が去ると、燃え上がる家屋に暖を取ろうと雑兵たちが群がった。

「あったけェ……義信様の軍、あったけェよォ……」

「ああ。こんなにいい大将、他にいねェよ……!」

 略奪を許してくれるどころか、寒さに凍える兵を心配して見回りまでしているとは……。

 末端の兵一人一人に気にかける姿を見て、兵士たちは義信の元で戦う決意を新たにするのだった。
しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

旧式戦艦はつせ

古井論理
歴史・時代
真珠湾攻撃を行う前に機動艦隊が発見されてしまい、結果的に太平洋戦争を回避した日本であったが軍備は軍縮条約によって制限され、日本国に国名を変更し民主政治を取り入れたあとも締め付けが厳しい日々が続いている世界。東南アジアの元列強植民地が独立した大国・マカスネシア連邦と同盟を結んだ日本だが、果たして復権の日は来るのであろうか。ロマンと知略のIF戦記。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

信玄を継ぐ者

東郷しのぶ
歴史・時代
 戦国時代。甲斐武田家の武将、穴山信君の物語。

大東亜戦争を有利に

ゆみすけ
歴史・時代
 日本は大東亜戦争に負けた、完敗であった。 そこから架空戦記なるものが増殖する。 しかしおもしろくない、つまらない。 であるから自分なりに無双日本軍を架空戦記に参戦させました。 主観満載のラノベ戦記ですから、ご感弁を

織田信長IF… 天下統一再び!!

華瑠羅
歴史・時代
日本の歴史上最も有名な『本能寺の変』の当日から物語は足早に流れて行く展開です。 この作品は「もし」という概念で物語が進行していきます。 主人公【織田信長】が死んで、若返って蘇り再び活躍するという作品です。 ※この物語はフィクションです。

友達の母親が俺の目の前で下着姿に…

じゅ〜ん
エッセイ・ノンフィクション
とあるオッサンの青春実話です

滝川家の人びと

卯花月影
歴史・時代
故郷、甲賀で騒動を起こし、国を追われるようにして出奔した 若き日の滝川一益と滝川義太夫、 尾張に流れ着いた二人は織田信長に会い、織田家の一員として 天下布武の一役を担う。二人をとりまく織田家の人々のそれぞれの思惑が からみ、紆余曲折しながらも一益がたどり着く先はどこなのか。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

処理中です...