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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第十一話「鉄の棺桶」前編
しおりを挟む第十一話「鉄の棺桶」前編
尾宇美城前平原の戦いは、縦長の突撃陣を形成した臨海軍と左右幅広に軍を展開した包囲陣で迎え撃つ新政・天都原軍との正面決戦で始まり……
そしてそのまま、激戦は六時間以上にわたり継続されていた。
ワァァッ!ワァァッ!
その渦中で幾度も中央突破を試みる臨海軍であったが――
ギャリィィン!ギギィィーーン!
「今だ!隊を開け!!」
ドドドドドッ!
ドドドドドッ!
新政・天都原軍は突撃を前列左右二隊で受け止め、ある程度持ち堪えた後に両隊を各々が外側へと回避させる。
ワァァッ!ワァァッ!
そして空いた空間には、後方で控えていた新たな二隊が詰め寄せて再び防壁となった。
「くっ……また最初からかっ!」
臨海軍の突撃を被害が拡大せぬうちに回避しては順繰りで後方部隊と交代を繰り返すという、回転式防御陣とも言うべき戦法で迎え撃つ新政・天都原軍。
ワァァッ!ワァァッ!
「き、切が無いっ!」
「くそっ!返す返す……間怠っこしい事この上ない!」
中央突破による分断で敵軍後方の城を攻略、乃至は敵総大将である”京極 陽子”が指揮を執る隊を見つけ出して撃破するという、何れかの目的を勝利の要とする臨海軍にとって、この新政・天都原軍の戦法はこれ以上無いくらいに徒労感に苛まれるやり口であったのだ。
「怯むな!浮き足立つな!敵とて無限に対応できる訳では無い、秩序を保って役目を果たす事のみ専念せよ!」
オオオオオオッ!
前衛部隊の指揮官である宗三 壱の叱咤で、下降気味であった兵士達の士気が一気に上がる!
お互いがお互いの陣形や意図を熟知してぶつかり合った以上は――
臨海軍には突破以外の勝利条件は無いと宗三 壱はよく理解し、損害を最小に、そして粘り強く、ブレる事無く効率的な突撃を指揮し続けていた。
そして――
「と、突破ぁっ!!」
地味であっても実を重ね続けた労はその先の結果に繋がる!
「敵陣突破!つ、遂に……」
開戦から”十三度目の突撃”にして!
六時間を越える死闘の末にて!
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
ワァァッ!ワァァッ!
遂に新政・天都原軍が用意した無数の壁の突破に成功した臨海軍は……
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
「やるぞ!おおっ!」
「このまま一気に!」
ドドドドド…………!?
やっとの思いで切り開いた先に!
宗三 壱が率いる前衛部隊は、先ほどまで確認されていなかった新たな敵影に行く手を遮られていた。
「……あれは」
恐らく蹴散らした左右どちらかの部隊に潜んでいたのだろう。
だからこそ群影は少数であり、それは新たな障壁というよりも、城へと開いた空間にポツリと取り残されたかの様にさえ見えた。
――騎馬部隊……数は精々三百程度
――無論、陣形の不手際などでなく”無垢なる深淵”の用意したものだろうが
――それを考慮してもこの程度なら……
宗三 壱は”本作戦では突撃こそが至上であり、多少の小細工が在ろうともそれらを蹴散らすのが前衛部隊”という露払いの任を命ぜられた事を熟知し、あくまで自らの責務を全うしようとする!
「敵は少数だ、このまま突破する!!」
この時の宗三 壱の判断は、続く第二隊の鈴原 真琴であろうと、第三隊の鈴原 最嘉であっても、その場で指揮していれば同じだったろう。
――新たな敵部隊の出現、だが数は数百騎程度
――尾宇美城は目前!
判断は間違っていない。が、しかし……
「陽子め……やってくれる!!」
俺は馬上にて、思わず自らの太ももを叩いて臍を噛むっ!
前方に立ちはだかっていた新政・天都原軍の二隊が展開し空いた空間、そこに逃げ遅れたかの如くにポツリと残る小隊。
その時、比較的距離のある後方の第三部隊内に居た鈴原 最嘉からは全体の……
――また”違う戦場”が見えていたのだ!
城前に展開された六部隊を左右二列三段に配置した京極 陽子の防御陣は、被害を最小にするため回避しては順繰りで後方部隊と交代を繰り返すという回転式防御陣戦法だった。
目的は無論、我が臨海軍を徐々に削り取り肉体的にも精神的にも消耗させること。
だが我が臨海軍はそれでも執拗で我慢強い攻撃を持続させ、遂には突破に至った!
十を越える突撃にして六時間以上にも及ぶ不休の乱戦の中……
それも物理的な損失を抑え、兵士達の士気を高く維持し続けた宗三 壱という指揮官の卓越した用兵能力あっての結果であるが……
だがそれさえも!
その突破さえもを!見据えていたからこその”あの騎馬部隊”の投入だ!
一見して難無く蹴散らせそうな、あの少数騎馬部隊が俺には京極 陽子の……
―― ”騎馬部隊”が陽子が用意しただろう”詰めの一手”である!
そう確信した時には既に……
「ちっ!」
この時点で戦場を広く見渡せば――
左右、後方と我が臨海軍は新政・天都原軍に完全包囲されつつあった!
これまで同じ動作を繰り返していたかのように見えていた新政・天都原軍は、その実、回避して後方へと廻る度に徐々に間隔を広げ、現在は完全に包囲網を完成させていたのだ!
――前方の突撃突破に意識を集中しすぎた!
――いや!抑もそれが唯一の目的で、それさえ成れば勝利出来るのだから意識を誘導されて当然だが!
包囲を狙われているのも十分承知の上で、それより先に突破すれば!と……
こちらの作戦目標を逆手に取られて”あんな罠”を……
――”詰みの一手”への”反則的な手駒”を用意していたというのか!?
「突撃ぃっ!!」
宗三 壱の号令で、正面に立ち塞がる騎馬部隊を一気に蹴散らすため十四度目の突撃を敢行する我が臨海軍!
――数は数百騎程度……
――尾宇美城は目前!!
判断は真っ当で間違い無い!間違い無いんだ……
――が!”アレ”は!!
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
その突撃が、この大戦の終結へ向けた強烈な一撃になると信じて疑わない馬群が、砂埃を巻き上げ少数部隊に襲いかかる!
ドドドドドッ!ドドドドドッ!
後背に無防備な主城を残した状況で新政・天都原の大軍がまるで……
そう、まるで”太古の聖職者”が奇跡の如くに未練無く道を空けた理由……それは!
ヒヒッ!ヒヒィィーン!!
「なっ!?」
勢い込んで突撃していた宗三隊のさらに最前列!
その一団の馬達が一斉に嘶いたかと思うと直後に前足を振り上げ、軒並み急停止するっ!!
ブルルルッ!
ヒッ!ヒヒィィンッ!
「わっ!?」
ドサッ!
「こ、この!なんでっ!」
ドサリ!
兵士達の意志に反して乗馬は皆一様に停止し、その場で勢いよく垂直になって操者を地べたに振り落としていた!
「変わらず……化物染みた闘気だよ、くっ!」
目を懲らさずともこの距離でもビリビリと伝わる強者の波動!
我が軍の突撃を一睨みで留めさせる……戦場の大英雄!
”あの時”の様に、騎馬部隊の最前に仁王立つ漢の姿を俺は忘れる事など出来ない……
「……」
そして、俺よりも間近でそれに遭遇した宗三 壱もその只者ならぬ佇まいを確認し停止させられた馬上で眉間に影を落としていた。
たった独りの男の登場、”動”から急転して”静”に移行した戦場に……
ザザザァァァァ
不意に吹き抜けた一陣の風が、先ほどまでの馬群が巻き起こした砂埃をさらに高く巻き上げ一帯の視界を奪う。
ブゥオォォォーーーーン!!
「なっ!?」
「うっ!?」
俄に視界を塞ぐほど濛々と舞い上がった砂塵を、その英雄は馬上からの槍の一振りで容易く霧散させた!
「いざ……」
しっかりとした鼻筋の下にある大きめの口が、まるで童のように楽しみを抑えきれない笑みを浮かべる。
――そして
「いざ、臨海の英雄王!此度こそ生死を別つ戦人の性を存分に所望するっ!!」
鍛え抜かれた”暁”屈指の英雄は、意気が漲る自信に満ちた双眸を輝かせて槍を構えるのだった。
第十一話「鉄の棺桶」前編 END
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