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独立編
第七話 「最嘉と美しくない作戦」(改訂版)
しおりを挟む第七話 「最嘉と美しくない作戦」
その騒動は、天都原領土内で粛粛と進められる南阿軍掃討作戦の只中、今回の戦の発端であった日乃領土内の堂上城に数人の敗残兵が助けを求めたところから始まった。
「よくも恥ずかしげも無くその負け犬面を晒しに来られたものだなっ!」
日乃領主、亀成 弾正は吐き捨てた。
大柄な中年は趣味の悪い金糸の織り込まれたマントを纏い、どこの王侯貴族かというような象牙のド派手な玉座に深く腰掛けている。
恰幅が良いといえば響きは良いが、一言で言えば肥満の極致、天井しか見えていないのでは無いかと思われるくらい、これ以上無くふんぞり返る脂肪の塊としか見えない。
「申し開きは良い、そんな面倒なことは”紫廉宮”の紫梗宮にでも訴えるのだな」
如何にも面倒臭げにそう言い、亀成 弾正は御前で頭を下げて立ったままの一団に対してシッシと追い払う動作をした。
ーーこういう男だったな……たしか
主戦場が自領の日乃にも拘わらず決して自身は前面には出ず、その全ての厄介事を派遣された小国群連合軍に丸投げする。
そして自身は高みの見物を決め込んで、事が圧倒的優位な現在は、さも自分の手柄のようにふんぞり返る……
どうせ小国群連合軍が敗走した当時は、この城に引きこもって”斑鳩”の”紫廉宮”に助けを懇願して震えていたのだろう……
まるで見てきたというくらい頭に浮かぶ光景に内心呆れながら、俺は床を見ていた。
傲岸不遜の領主が座る玉座前に並び、一様に頭を下げる一団の先頭に立つのは俺、鈴原 最嘉だ。
そして、その後ろに同様に頭を下げる数人の人物達。
あの戦で命からがら逃げ延びた小国群連合軍の総指揮官、鈴原 最嘉は、南阿軍の追撃からなんとか逃れ、日乃領主、亀成 弾正に助けを請うてここまで逃げてきた……
と言う設定だ。
「申し訳ない、それでは我々は”紫廉宮”に……」
「行け行け、行って紫梗宮、陽子姫殿下に、あの無情なる”無垢なる深淵”に断罪されるがよかろう」
弾正は、しっかりした象牙の肘掛けに脂肪の塊である肘をついたまま、邪険に俺達を追い払う。
己の領土の為に遠方から駆り出され戦った友軍に、物資の供与も無く、休息の場も提供しない……剰え、労いの言葉さえ無い。
「……」
俺は下げた頭で、地面を見ながら思っていた。
噂通りの人物。
我が臨海の情報機関が収集した通りの暗君……
これなら何の呵責も無く作戦を実行できる。
ーーじゃあ、遠慮無く……
俺は後ろに並ぶ者達に密かに目配せをしてから、眼前の脂肪男にはその場を去る仕草を見せた……
「まてっ!」
「!?」
だがそこで不意に玉座から声がかかる!
俺達が密かに事に及ぼうとした時、謁見の広間に弾正の声が響いた。
「……ふぅーーむ」
やや、乗り出し気味になにやら俺達をジロジロと品定めする脂肪男。
「…………」
ーーなんだ?まさか感づかれた……のか?
いや、そんな事は無いだろう。
この男は卑怯で臆病だが、そんなに聡くも慎重でも無い……はずだ。
「そこな女!フードを被ったお主だ!」
警戒する俺の頭越しに、亀成 弾正は芋虫のような人差し指をある人物に向けていた。
「……」
指し示されたのは……俺の後ろに居並ぶ兵士達の一人、それは……
「フードを取れ」
弾正の不躾な言葉にも、該当の人物は無反応で立ったままだった。
「女っ!聞いているのか!」
俺の後ろに控える者達は一様に地味な革製マントを羽織っている。
中でもただひとりの女性であるその人物は、マントに付属したフードを顔が見えないくらいに深く被っていた。
ーー面倒臭い事になりそうだ……
そう考えた俺は、弾正の気まぐれな一言で直前に中断させられた作戦行動を再開するタイミングを覗っていた。
そもそも戦に敗れた俺達を、戦に参加もしていないこの男が何故か傲慢に見下している……
そしてその意味不明の優越感故のちょっかいだろうが……
だが、これ以上の余計なやり取りは、案外不味い方向に展開するかも知れない。
「弾正殿、それは……」
俺がそう考え、やり過ごそうとした時だった。
ーーはらりっ
俺の後ろに居るフードの女は、機械的な動作で自身の顔を覆うフードを背中側にずらして脱いでいた。
「おぉうっ!」
ーーおいおい……
同時に、肉に埋まった小さい目を見開いて感嘆の声を上げる脂肪男と心の中でその女にツッコむ俺。
「…………」
室内の灯りを反射して輝く白金の長い髪が、空気を孕んで光糸の束となりサラサラと肩口から腰に流れ落ち……
地味な革製フードから解き放たれ出現したのは、目も眩むような白金の髪と瞳、白磁のような肌理細かき白い肌。
恐らく下卑た考えでそう指示した脂肪男の予想を遙かに超越する、プラチナブロンドの美少女がそこに彫像のように立っていた。
「むぅ……うふぉっ!」
フードの下から現れた予想を絶する白金の美少女。
久鷹 雪白の容姿を妙な鼻息を洩らしながら穴が空くように貪る亀成 弾正という男。
ーーき、キモイな……
俺は弾正の視線の終着点である少女をチラリと見やる。
「……」
雪白は……相変わらず無表情、感情の希薄な人形のような……
「……!」
いや!……微妙に、ほんとに僅かだが彼女の美眉の間に影が……
ーー流石の無感情少女でも、生理的に駄目なものはだめなのか?
「鈴原、そこな女は置いてゆけっ!」
その反応に妙な感心をしていた俺に、脂肪男の声が響いた。
「…………何故?」
勿論俺は聞き返す。
「決まっておろう、貴様らを保護してやった見返りだ」
「…………」
ーー頭おかしいのか?このデブ……
俺は絶句する。
なにが保護だ?早々に厄介払いしようとしてやがったくせに……と。
「鈴原っ!」
ーーおっと、そんな感情は置くとして……
「それは出来ない、この者は俺の家臣で俺には部下に対する責任が……」
ーーしかし、何も成さない輩が何処まで傲慢になれるのか?
俺は苛立ちよりも寧ろ呆れが先に来つつ、適度に無難に対応し、今度こそ慎重に作戦を再開しようと……
「貴様の事情など関係無いわっ!この敗北者で辺境者が!」
ーーぐっ……このっ!
流石の俺も、少しばかりカチンときた時だった。
シャラーーンッ!
「おい!待てっ!ゆきし……」
背後で金属の擦れる音……戦場で聞き慣れたその音に……
俺がそれに気づいて叫んだ……時は……
ザシュッ!
「ぐっうぅぅ!」
ドサリッ
既に遅かった……
「…………」
俺の前方には、無礼千万な脂肪男の前で倒れている男が一人。
剣の柄に手をやったまま、その兵士は鮮血の噴水をまき散らした直後、床に崩れた。
「あ……がが……ひ、ひぃぃ!」
そして、似つかわしくない豪奢な象牙の王座に張りついたまま呆然とする日乃領主、亀成 弾正の醜態。
ーー主の危機に咄嗟に前に出たのか……
ーーなかなか優秀な衛兵だな……弾正には勿体ない
俺は護衛の兵士が咄嗟に取った中々の忠臣ぶりに敬意を表しながらも、俺の後ろ……
いや、今は前か?兎に角……玉座で震える脂肪男の前に立つ純白い少女の背中を睨んでいた。
「あっ?……さいか……えっと、コレ不快、斬って良い?」
「……」
輝く白金を揺らせて、頭だけ俺の方へ振り返る少女。
彼女は如何にも”しれっ”と今更、許可を要求する。
「いや、もう斬ってるだろ、お前……事後承諾上等かよ……」
「……?」
俺の呆れ気味な返答に、整った顔を前方へ戻して状況を再確認した彼女は、不思議そうな表情で再びこちらに振り向いた。
「違うよ、斬ったのはコレを庇ったこのひとで……わたしが不快なのはこの肉塊?」
白い指先で固まる弾正を”コレ”と指さし、続いて既に事切れた勇敢な兵士を指さした後、その指を再び”弾正”に向けて俺を見る。
血みどろの玉座前で、妙にコミカルな動きを見せる天然純白美少女……
「……」
ーーしかし……肉塊……非道い言い様だ……
見た目は頗る品のある顔立ちのお嬢様だが、中々辛辣な表現をする……と感心しながらも、俺の視線は彼女が所持する白く精巧な剣に移る。
ーー既に鞘の中か……
気づいた時は彼女の背中を見ていた。
つまり、やや死角になっていたとはいえ、彼女の抜き身は捉える事が出来なかった。
ーーとんでもない居合いだ
いや、それを言うなら、気づいた時は背中……
あの距離を一気に詰めた尋常ならざる踏み込みの方が先か?
俺はいつものクセから他者の特徴を思考しながら攻略法を考えていた。
何故?……いや、敵だろうと味方だろうと関係無い、それは俺の生来のクセだからだ。
そして、それ以上に気に掛かった事と言えば……
彼女の微塵の躊躇もない動作。
実戦では決断したなら欠片の迷いでも命取りなのは常識だが、あれは……
なるほど、南阿の”純白の連なる刃”は聞きしに勝る”優秀な戦士”だろう。
「…………」
ーーほんと……若干、苛つくくらいにな……
俺は初めて目にした噂以上である久鷹 雪白の腕前よりも、何故かそういった感情に傾いた感想を抱いていた。
何故だろう?共闘相手であるだけの彼女に。
という疑問は……実際、俺の中では既に疑問では無くなって来ていた。
「だから……勝手に動くなよ、段取りってものがあるだろ」
そしてそれを誤魔化すように俺は彼女にそう不満をぶつける。
「…………わかった……じゃあ、この後どうすれば良い?」
ーーザザザザッ!
ーーガシャガシャッ!
彼女とそう言った場にそぐわないやり取りをしている間にも、謁見の間は日乃の兵で溢れていく。
「だ、弾正様!これは!?」
「き、貴様らはっ!」
「くせ者だーー!出あえ!出あえ!!」
直ぐに日乃兵達が俺達を囲う様に配置され。
「ひぃぃぃぃーー」
そして亀成 弾正がその隙に、驚くほど俊敏に巨体を引きずって、駆けつけた兵士の後ろに隠れていた。
ーー
ー
「あーあ……台無しだよ……ほんと……美しくない」
「さいか?」
興ざめだと言わんばかりに首を横に振る俺を不思議そうな瞳で見る久鷹 雪白。
立案した策を可能な限り理想通りに戦場で組み立て実行する。
これはある意味策士の理想だ。
だが、戦場を卓越した独自の感覚で自在に駆ける雪白のような猛将タイプには理解し難い事かもしれない。
「まぁいいか……その脂肪を引っ捕らえろ……あ、殺すなよ」
ある程度諦めた俺は、臨機応変に対応する方向へ修正し、更にそう付け足していた。
「……兵士は?」
彼女の質問に俺は少しだけ思案する。
「……適当にあしらえ、亀成 弾正を押さえればどうとでもなる」
そしてそんな感じに指示を出す。
俺の背後の数人……
これも久鷹 雪白の”純白の連なる刃”が率いる”白閃隊”の選りすぐりだ。
ガチャ!ガチャ!
「もう逃げ場は無いぞ、賊めっ!神妙に縄に着け!」
ジャキ!シャキンッ!
槍の先の、刀身の……幾つもの閃く銀光が俺達一行を取り囲む!!
ーーひぃ、ふぅ、みぃ……結構な数だが……
最初から比べ、倍するほどの日乃兵達に取り囲まれた俺達。
ーーコクリ
俺の指示に頷いた純白い少女は、愛剣の柄に利き腕の指先を添えて対峙する。
ババッ!!
同時に、俺の従者に偽装していた”純白の連なる刃”の麾下の戦士達が、野暮ったいマントを次々と脱ぎ放って、腰の剣を抜き放っていった。
ーー
ー
ーー今まさに、日乃領都、堂上城にて戦いの火蓋は切って落とされようとしている……
「……」
にもかかわらず、戦場の中心にあって雪白の”白閃隊”に守られ、傍観者たり得る俺は……この期に及んでも未練がましく独り不平を口にしていた。
「あーぁ、美しくないなぁ……」
第七話 「最嘉と美しくない作戦」 END
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