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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第九話「陽炎の夢」前編
しおりを挟む第九話「陽炎の夢」前編
「最嘉なら、解っていることでしょうけれど?」
燃えるような紅髪の美女、ペリカ・ルシアノ=ニトゥはそう言い残してから自らの持ち場へと去って行った。
――
――此処は尾宇美城前平原……
対、新政・天都原軍との戦闘再開を迎えた朝だった。
「……」
率いる陣内で既に乗馬した状態の俺は一頻り戦場を眺める。
我が臨海軍の陣容は――
全体を五軍に分割、その一番から三番までを縦に並べた縦列陣だ。
最前列の第一軍は宗三 壱が、
中程の第二軍は鈴原 真琴が、
そして全体を見渡せるこの第三軍は俺、鈴原 最嘉が率いる。
また、俺の第三軍の左右側面には主力三部隊の約半数ほどの兵力で構成された、第四軍と第五軍が付き従う。
ペリカとアルトォーヌがそれぞれ率いる左右の両軍……
というか、正確には両軍は三軍のやや後ろに下がった位置に配備されている。
ちょうど鋒矢陣の切っ先を後ろに回した様な陣形で、鋒矢陣と同様に突撃陣であるが……
前を厚くした前述の陣に対し、俺の組んだ陣形は後ろが厚い。
先鋒部隊で楔を打ち込んでから、そのまま後方の厚い陣形で傷口をこじ開けて被害をより拡大させ、相手を分断撃破する!
上空から見れば”鋭利な長細い二等辺三角形”の形をした剣身の如き完全突撃特化陣形である。
対して――
「…………なるほど、ねぇ」
親愛なる麗しの暗黒姫様は――
城にはごく少数の守備兵だけ……
――思い切った事をするなぁ、無垢なる深淵
出撃した新政・天都原軍は尾宇美城を背に、全体を六軍に分割したようだ。
臨海陣内から見て前方右に一軍、その隣に少し下げた位置の左に二軍。
さらに一軍の後ろに三軍、その隣の少し下げた位置に四軍。
三軍の後ろに五軍、その隣の少し下げた位置に六軍と……
二列に並ぶ各軍を互い違いに並べて、後方へ行くほど左右の間隔を広げた正三角形。
――明らかに……
俺は先ほどの、焔姫が残した言葉を思い返す。
「俺の完全突撃陣形に対する陽子は完全防御陣を……包囲殲滅をあからさまに狙う陣形だよなぁ?」
歴戦の猛将である焔姫が言葉は言うまでも無く、敵のこの対抗戦術を指しての念押しだった。
――まぁ、予測通りというか、
至極真っ当な対抗手段に出た暗黒姫に俺は独り苦笑いする。
遮蔽物の少ない野戦の……それも真っ向からの勝負なら、こうなって然るべきだろう。
なにせ新政・天都原さんは尾宇美周辺の戦場で臨海の合流阻止に見事成功し、その間に本拠地という地の利を存分に生かす形で、この短期間に兵力補充を済ませて増兵に成功しているのだろうから。
数の上でもやや有利になった新政・天都原軍の採るべきは正に包囲戦術だろう。
逆に臨海軍が採る最善はというと――
その包囲が完成する前に中央突破し、敵陣形を分断!
敵総大将の京極 陽子が指揮を執る陣を見つけ出して一気に戦に決着をつけるか、それが無理でも敵陣を突破して後方の城を奪取し、敵の退路を断つことで状況自体を逆転させるか……
――どちらにしてもここが勝負の分かれ目、正念場!天王山だ!
ここの結果如何で誰が真の勝者であるかが決まるってわけだ。
「……」
俺は自らが率いる第三軍の陣中にて、集結した血気盛んな兵士達を見渡し――
それを率いる将たる部下達の一人一人の顔を心に浮かべながら感慨に浸る。
――壱や真琴、それにペリカにアルトォーヌ
その他にも、この地以外で戦う我が同胞達……
我が臨海軍は本当に大きく、そして強くなった。
――こんな大戦に挑めるくらいに
――天下の覇権を競えるくらいに
「……」
それはなにより、優秀な部下達が在っての事である。
そういえば、俺が最初に本当の意味での部下を手に入れたのは……
――
鈴原 最嘉がまだ最嘉と名乗っていた頃、今から六年前くらいの話だっただろうか?
臨海領主の三男で、母方出自の不遇から将来を約束されていなかった俺は、当時は結構ふらふらと目的が定まっていなかった。
領主を継ぐには、長兄と次兄との本気の御前試合に勝ち残らねばならない。
それは鈴原伝統の掟であったが、正直なところ兄達はかなり手強かった。
不安定な立場故にもともと自己研鑽を欠かさなかった俺は、当時から”それなり”に自己の能力に自信もあるにはあったが……
少なくとも、十一歳まで俺は兄のどちらにも勝ったことが無かった。
――鈴原領主争奪戦は仕合形式とはいえ真剣勝負、命の保証は無い!
いや、今後の家臣内に起こるかもしれないお家騒動の可能性を考えれば……
寧ろこれ幸いと、後腐れ無い様に試合で殺しにかかるのが鈴原では常道の歴史だったろう。
――死ぬのは……嫌だなぁ
考えつつも、仮に生き残って領主になれたとしても”たかが”辺境の小国王だ。
盟主国である大国”天都原”に常に使いっ走りで捨て駒同然にされ、それに伴う”うま味”のない激務を押しつけられる部下達の不満を抑えて問題なく治めていかなければならないという。
これでは王と言っても、ブラック企業の中間管理職に過ぎないという事を考えると……
――生き残れても”あんまし”だよなぁ?
鈴原 最嘉の未来は、取りあえず自己を磨く事以外に希望の欠片も無かったのだ。
――それでも……いや、それだからこそ!
古今東西の軍略や政治などの勉学や、無手、武器の種類を問わず、あらゆる武術の鍛錬に励んだ。
他人が引くくらい、俺は取り憑かれた様に自己研鑽にのめり込んだ。
劣悪な環境もだが、もともとそういう加減の効かない、ある意味でブッ飛んだ性格だったのもあるかもしれない。
まぁ、その理由が……どんな状況でも”それなり”に楽に生きて行けるようにと!
あまり褒められたものでない願望があったおかげで、それが結局は原動力となり自己の驚異的な成長を促したといえよう。
――俺には才能があるしな、”それなり”に何とかなるだろう
現に当時の俺は本気でそう考えていたのだ。
自身の才器に自信過剰気味であった俺は、取りあえず現状で一つでも上を目指そうと。
なら、なにが上なのか?
どの地位ならば安泰なのか?
――こんな戦国じゃ解りゃしないけど……
取りあえず”その時”に間に合うよう実力を装備しておこう!
鈴原 最嘉は後ろ向きで前に突き進んでいたのだった。
――けど、部下はいるよなぁ?俺個人の……優秀な……
だが、そういう俺にも未だ不安は残っていた。
領主の息子である俺には、比堅 廉高という臨海国屈指の将軍が後見人兼お守り役として付いていたが……
奴とて立場上は臨海国の軍人である、結局は鈴原 大夫の家臣だ。
”なにか”あったとして、俺個人が臨海国と対立したり、またそれが原因で出奔したりしたなら……
真の意味で頼れる者は誰もいない。
――やっぱ国外で探すしかないか?
ぼちぼちとそんな事を考え始めていた折りに、異母妹である嘉深から呼び出された俺はあることをお願いされたのだった。
――鈴原 嘉深
嘉深は兄弟の中でひとり、母親が違う俺に対しても唯一友好的であった。
というか、どちらかと言えば同母の兄達よりも俺に懐いているという……
ある意味変わり者だったが、それ故に俺も嘉深を結構可愛がってはいた。
その妹は生まれつき病弱で床に伏せることも多く、だが性格は明るく弱音を吐くことも殆ど無かったが……
その日は俺に、その病弱な身体のことでお願いをしてきたのだ。
――この臨海領内に高名なお医者様が訪れているという噂を聞きました
――兄様には、そのお医者様を訪ねて連れてきて欲しいのです
と――
今までそういう事を一切言わなかった妹が?
父や家臣に頼むでなく、何故に俺を?
抑も嘉深のは病気というか、生まれつきのもので、今更治療でどうにかなるのか?
とか、疑問は多々あったが……
滅多に我が儘を言わなかった妹のお願いに、俺は快く了承したのだった。
――
「名医が隠れ住んでるって聞いて来たんだけど……」
その日は七月にしては寒い日で――
俺は供も連れずに臨海領北の外れを訪れていた。
目の前にはなんというか……
「……」
物言わぬ”氷塊”がひとつ?
「けど、医療現場としても、これは……死体多すぎない?」
訪れた集落には苦悶の表情で動かなくなった数十体の男達……
出所の怪しい風体の、見るからに無法者な男達が、自身の手足をとっ散らかった方向へと向けた奇妙な体勢で多数転がっていたのだ。
――そして
”それら”の中央に平然と立つ、人を形取った氷塊がひとつ……
「……」
俺は思わず”ぶるっ”と身震いする。
――なるほど、七月にしては寒い原因は……コレか
結論から言えば氷塊は女だった。
たとえ……
およそ人としての感情が希薄で、なにやら底知れない冷たい闘気を纏っていても。
”若い女”は変わらずぞこに立ち続け、現在は俺を見据えていた。
「……」
――まぁ……若いと言っても俺よりも年上だろう……多分
この時の俺には、その女が同年代より少し上、
つまり十五、六歳に見えていたのだが……
実際に後で知った彼女の実年齢は八つも年上の二十歳であった。
「いい加減に会話しない?俺は鈴原 最嘉。この地に流浪の名医が来訪していると聞いて来たんだけど……」
なんとも言えない冷ややかな視線に晒されるのに疲れた俺は、正直に目的を話して反応を待つことにした。
「…………花房 清州様は……二日ほど前に死去された」
――お?
てっきり無視をされると思い込んでいた俺は、素っ気ないまでも返事が返ってきたことに少々驚く。
「二日ほど前に?それは……残念」
――とはいえ、お目当ての人物がもうこの世に居なかったとは……
そうそう、花房 清州とは――
天才的な医療技術を修めながらも頑固で融通の利かない性格から正規の医学界から追放されたという噂の異端者らしい。
しかしその後も隠者として全土を転々とし、各地で多くの伝説を残す偉人でもある。
いや、”偉人であった”……か。
――とにかく、簡単に言うと暁では”知る人ぞ知る名医中の名医”であったらしい
「取りあえず、墓前に手を合わせても?」
既に目的を果たせなくなった俺だが一応礼儀としてそう尋ねてみる。
「…………貴方がこの……夜盗共と同じで無いという確証がない」
変わらずの冷たい視線で俺を見据えたまま、彼女は”通せんぼ”するかの位置にて集落への入り口に立ったまま。
「いやいや、こんな子供が?たった一人で?お姉さん、警戒しすぎだと思うけど」
――立ち姿に一分の隙も無い
軽口で返しながらも、集落入口へと続く道へ鉄壁の氷門として立ちはだかる女を抜け目なくしっかりと観察する俺。
「貴方は……強い。こんな屑共なんかよりずっと」
――そして同様に、相手も俺を観察し的確な評価をしていたようだ
「どうすれば認めてくれる?」
俺は頬をポリポリとかきながら嘘くさい笑顔を絶やさずに聞いてみるが……
「認めない。化物の類いは一匹でも」
――おお?顔の造り自体は可愛いのに、えらく口の悪いお姉さんだ!
妹に頼まれた当初の目的である医者がいないのだから素直に帰るという手もあるが……
「化物……ねぇ?俺にはお姉さんの方がそう見えるけど」
俺は抑もここには……いや、純粋に別の興味に取り憑かれていた。
「帰らないと?」
しかし、徹頭徹尾に於いて簡潔な受け答えの女。
「そうだね、花房 清州殿が本当に死んだという証拠もないしね」
それに少年特有の人懐っこさ……を装った嘘笑顔で応じる俺。
「……」
「……」
だが空気は……談笑とは別世界であった。
――だよ……なぁ
凍てつくような視線を受け続けながら、俺は腰の刀にそっと手を添えていた。
第九話「陽炎の夢」前編 END
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