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奈落の麗姫(うるわしひめ)編
第八話「盤外戦術」前編
しおりを挟む第八話「盤外戦術」前編
――日曜日朝、岐羽嶌の三埜市にある庁舎ビル大会議室
広い部屋の中央に鎮座する巨大な円卓状会議テーブルに居並ぶ面々は……
尾宇美攻め、臨海軍第二軍司令官である加藤 正成。
同じく臨海軍第三軍司令官、熊谷 住吉と副将の宮郷 弥代。
同じく臨海軍第一軍将軍、宗三 壱と鈴原 真琴、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ……
特殊工作部隊”闇刀”を率いる神反 陽之亮。
臨海国旧本拠、九郎江城を守護する将軍統括、比堅 廉高と諜報部隊隊長、花房 清奈。
「領王閣下、将軍の皆様は既に揃われております」
そして、総参謀のアルトォーヌ・サレン=ロアノフと――
「皆、多忙な中ですまないが……各方面の詳細情報を摺り合わせられる貴重な機会は近代国家世界側だけだ、諸般の事情で最終日になってしまったが宜しく頼む」
最後に政治、軍の最高責任者にして臨海国国王の俺、鈴原 最嘉だ。
「で、早速、各々の報告を聞きたいんだが……」
俺は面々の中で独り、用意された席で無く直接床に正座する奇特な男に目をやる。
「なんか今更だけど、お前なにしてんだ?」
俺の呆れ気味な指摘にも、立派な風体の男……加藤 正成は正座のまま殊勝に頭を垂れて応じる。
「第二軍司令官という大任を仰せつかりながら、本隊合流に間に合わぬという失態を犯し、方々と同じ席になど座れましょうか。領王閣下には私の事などお気になさらぬようお進め下さい」
――お気にするわっ!!居心地悪い!
とツッコミたい気分満々だが、もう面倒臭いので言うまい。
「そ、そうか……尻が痛くなったら席に座れよ」
俺は宗三 壱とはまた違った意味で任務にクソ真面目な男から視線を移して溜息を吐く。
「そんな事より大将、なんで態々と集合なんだ?そんなの通話かネット回線で充分だろうが、面倒臭いな」
大木の幹のような胴体をコルセットでしっかりと固定された情けない状態でも、微塵も謙虚な態度は見せずに”ふん反りかえった”大男が不満そうに発言した。
「同じ本隊合流に間に合わなかった木偶の坊は……殊勝さの欠片も無いな」
「はぁ?俺の事かよ、ありゃあ相手が悪かっただけだ」
悪びれもせず応える男だが……実際、熊谷 住吉が滅法強いのは俺自身良く知っている事であった。
――まぁ、それだけ、報告にあったツインテール美少女が桁外れって事だろう
「ちょっと懸念があってな……取り越し苦労だろうが、万が一を考えて手間をかけた」
そう、この熊男の指摘通り俺は各地で忙しい役職持ちの重臣達を態々この岐羽嶌に集めた。
戦時中の各司令官という、当然”近代国家世界”でも多忙を極める此奴らを、敢えてこの地に集合させたのだ。
その理由は――
開戦前にここ岐羽嶌の庁舎で京極 陽子と交わした通信……傍受された一件がある。
抑も、近代国家世界での通信系は天都原関連の企業が牛耳っている。
もちろん我が臨海としても、政治、軍事、企業機密などは秘匿回線、つまり独自暗号化などで対応はしているが……今回の件で安心できないと思い直させられた。
それだけに俺は念には念を入れて、こうしてアナログな手段にでたのだが……
そのおかげで金曜日に世界が切り替わってからも、全員のスケジュールが合うのに最終日の日曜の朝になってしまったのだ。
――時は金なり、戦時は特に時間は黄金よりも価値がある!
新政・天都原はサクッと通信して後の時間は有効に使えるのだろうが、臨海はあの一件から疑心暗鬼で念には念を入れてと……どうしてもこうなってしまう。
――あの性悪姫め……あの時の通信はそれを見越しての、これみよがしの傍受だったのかよっ!
戦国世界側だけで無く、近代国家世界側でさえも既に優位性を得る為の布石を仕込んでいたとは……
「さいか……お腹すいた」
――まったく、”無垢なる深淵”様のする事は可愛くない!
「早く終わらせてランチ食べに行こう、さいかのおごりで……」
――見た目は思いっきり可愛いんだけどなぁぁ…………てっ!?
「なんでお前はここに居るんだよ!てか、毎回毎回、俺の奢りで食いやがって!」
今回の軍事作戦の司令官でありながら大会議室に居ないのは伊馬狩 猪親だ。
伊馬狩 猪親が率いる別働隊は新たに加入し編成された白閃隊を含む兵数五百を引き連れ、俺の指示で香賀美領から第二軍を離れて別行動をとっているのだ。
嘗ての南阿軍同士……そして今回の任務の特性からもより密なる隊内連携が必要だと、色々とあった経緯から統制やコミュニケーションに忙しいだろうから今回の招集は除外した。
――はずだったのだが……
腰まである輝くプラチナブロンドと同色の大きめの瞳で至近から物欲しそうに俺を見つめる制服姿の美少女がひとり……。
「……おまえ」
白磁のようなきめ細かい白い肌、その白い肌を少し紅葉させた頬と控えめな桜色の唇。
至近で見るとさらに思い知らされる紛れもなく超のつく美少女は、制服姿という場にそぐわない格好から学校を抜け出してきたのは明白だった。
「補習じゃなかったのか?」
「もう終わった」
俺の呆れ声に即答する輝く白金の騎士姫。
「に、してもだ。お前も元は南阿軍だろうが?猪親たちとコミュニケーションをだな……」
「……」
言いかけて俺はやめた。
この久井瀬 雪白にそういうのを求めるのは無理だろうと、
――ちゃっかり俺の左隣に座ってるし、
――いや、実は俺にはそれよりももっと重大な疑問があった……
「補習を受けたのは臨海高校だろう?この岐羽嶌まで高速鉄道を利用しても三、四時間はかかると思うが?」
雪白は俺と同じ臨海高校に通学している。
つまり九郎江なのだから朝から補習を受けて、三百キロ近く離れた岐羽嶌に午前中に到着するのはどう考えても不可能だ。
「朝早くに試験を前倒しにしてもらっただけ、それから高速鉄道で」
「いやいや!無理だろ、お前は絶対サボって……」
「本当だよ、朝の三時に先生を脅し……起こして、それから……」
――こいつ……今、脅してって言ったよな?な?
「エーエムの三時は朝とは言わないっ!!てか、それを置いても始発乗っても無理じゃ無いのか!?」
しれっと恐ろしいことに口を滑らす小娘に俺は追求の手を緩めない!
それこそが!哀れにも犠牲になった公務員へのせめてもの手向けだと……
「ちっ!ちっ!さいかはまだまだだね。高速鉄道でも終点の那原まで行って乗り換えるんじゃなくて、その前の小津で降りて一駅だけ鈍行を乗り継いだら那原での乗り継ぎが一分差で前の高速鉄道に乗れるんだよ、まだまだ甘いね、さいかは」
――くっ!た、確かに……
岐羽嶌は臨海領土になって日にちが浅いから、高速鉄道の改修工事がまだ途中で、だから小津で切り替え作業とかでちょっと待たされる。
そこを通常レールの鈍行で一駅先の那原へ向かえば、時間帯によっては一つ前の三埜方面に乗車出来る可能性も……
「って!お前は西村○太郎サスペンスの犯人かっ!」
バシ!
「あうっ!」
俺は可愛らしい仕草で、
――”解るかな?明智くん”
みたいなノリで人差し指を振ってご満悦の白金美少女にチョップを入れた。
――てか、”明智くん”は西村○太郎でなくて江戸川○歩だったか
「ひどいよ、さいかぁ」
頭を両手で押さえ、美しい白金の瞳を涙で潤ませて上目遣いに俺を見る美少女。
――う……少しやり過ぎたか
大体、そこまでして俺に会いに来たというのなら悪い気は……
――そう、この天然ガッカリ美少女がそんな緻密な計算までして俺に……けい……さん?
――あれ?
「お前、それ……誰に段取りを……」
このお気楽極楽美少女にそんな緻密な頭脳があるとは思えない!
「ん?んん……ああ!ウッチーも脅し……起こして用意を」
「酷いのはお前だ!いや!非道い女だお前はっ!!」
ガシ!ガシ!ガシ!
「いたい!いたい!さいかぁぁ!」
俺はガシガシと何度も何度も!彼女の白い手の平のガードの上から天罰という名のチョップを連打してやったのだった。
――
「う……ごほん」
「ヒリヒリする……バカさいか」
気がつくと全員の白い目に晒されていた俺と雪白はスゴスゴと席に腰を下ろす。
迷惑娘は全然そうでもないが、俺は恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
「そこまでしてなんで会議に来るんだよ!たく……」
照れ隠しにそう吐き捨てて話を議題に戻そうとした俺に――
「”さいか”がいるからだよ」
――うおっ!
俺の追求を受け流していた冗談口調とは打って変わり、桜色の唇から実に真剣に発せられた言葉。
――っ!
その爆弾発言で一気に!
真琴、弥代、ペリカの眉間に影が落ちるのがここからでもハッキリと確認できた!
――む、無駄に殺気を発生させるなっ!この娘は……
「ええ、ごほん!というわけで”伊馬狩 猪親”以外の指揮官には集まって貰っているわけだ!皆、忙しいだろうから取りあえず順番に状況を詳しく聞こう!!」
俺は結構露骨に誤魔化した。
――いや、時間も無いしな……
因みに今回は指揮官というわけではないが、それらに匹敵する重要任務を任せている草加 勘重郎は、特殊任務に関連して近代国家世界でも下準備のために各地を奔走しているので会議には出席していない。
――結局……
北側の香賀美領方面、加藤 正成が率いる臨海第二軍は香賀城攻略。南側の尾宇美領南端、熊谷 住吉が率いる臨海第三軍は鷦鷯城攻略を、それらを捨て置いて進軍は出来ないという結論に至った。
尾宇美で集結するはずだった我が臨海軍の目論見は外れ、その間に本拠地である尾宇美で迎え撃っている新政・天都原軍は予備兵力を整える時間を得て順次戦線を増強してくるだろう。
この先の臨海軍第一軍……つまり俺の本軍は、開戦当初の唯一であった数的有利さえ失い、逆に追い込まれるのは明らかだ。
――なにもかも陽子の思い通りに事が運ぶのは面白くないが、どうしようもない
主戦場の形勢不利を招いたのは俺が陽子に劣っていた結果だが、その本軍の苦境で矢面に立つのもまた俺だ!
それならばまだ責任の取りようもある!!
「後は、猪親の別働隊だが……」
我が言葉の最後を待つまでも無く長髪の優男が静かに立ち上がり、女性にダンスを申し込むが如く優雅にお辞儀して答えた。
「伊馬狩 猪親殿の子守……いえいえ、後方支援は私めにお任せあれ、我が君よ」
特殊工作部隊”闇刀”を率いる神反 陽之亮である。
今の言葉を伊馬狩 猪親あたりが聞いたら顔を真っ赤にして怒りそうだが、この気障な優男は大言壮語とは無縁な実力者だ。
視線を絡めた俺は無言で頷くと、陽之亮も応じて頷いてから再び流れるような所作で腰を下ろす。
さて――
ここからが今回一番の難題……九郎江城防衛についてだ。
「それで、鷦鷯城に出現した謎の強襲部隊の将……多分、王族特別親衛隊の十二枚目である十二支 十二歌と思われる人物の対処だが……」
それまで”ふん反りかえって”いた大男が、ギシッと会議室の椅子を軋ませて前のめりに顔を突き出して俺に向ける。
「あの嬢ちゃんは強いぜ……統率力もだが戦闘力が半端じゃねぇ。あの異質な強さは……」
そして、そこまで言ってから黙って俺と……隣の雪白をしげしげと見ていた。
――?
――なんだ?妙な視線だが……
「住吉?」
気持ち悪さで思わず問いかけた俺の声に、大男はフッと笑ってから軽く頭を左右に二、三度振った。
「いや、何でも無い。ちぃとばかし常識外れの馬鹿な妄想が浮かんで自嘲しただけだ」
――自嘲……ね
この脳味噌まで筋肉の男が自身の思考を鑑みるとは……
「まぁ良い、熊谷 住吉がそれだけ言うんだ、十二支 十二歌は難敵だろう。それより、まんまと俺を出し抜いて海から九郎江攻めを行っているという先行部隊に奴は合流するだろうから……」
「待って貰ってよいかしらぁ?」
その先に話を進めようとした俺に対し、どこか気の抜けた女の声が待ったをかける。
「なんだ?」
変わらず気怠げでやる気のない……ように見える女、宮郷 弥代へと俺は視線を移す。
「難題はもう一つあると思うけどぉ?」
垂れ気味の瞳で俺を見据える女はこう見えて、いや”見せて”……
実は実直で常識派だと、俺は経験から識っている。
「裏切った正統・旺帝の対処を決めるのがぁ、先ではなくてぇ?」
そしてその極めて真っ当で且つ”慎重にならざるを得ない”な問題に、場の者達の顔色が強ばった。
――成る程……
新政・天都原との戦争中に、新たな敵として正統・旺帝も加わるとなると……
宗教国家、七峰も未だ目立った動きは確認されていないが、実質的には新政・天都原の支配下であるし、これだけ条件が揃うと確かに皆の頭に”敗北”という最悪の結果が過るのも無理はない。
俺は宮郷 弥代の提示した悲観的状況な問題に、その場で唯一だろう――
「その辺は全く問題視していない」
顔色を変えずにキッパリと答えていた。
――!
当然、場の面々は驚きを以て俺を見ていた。
「…………その理由はぁ?」
それでも、発信者である弥代はさらに追求してくるが今回も俺は全く動じない。
「正統・旺帝は裏切ってはいないと、俺は確信しているからだ」
何故なら俺の中でその件は端から問題では無かったからだった。
第八話「盤外戦術」前編 END
応援ありがとうございます!
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