上 下
250 / 306
下天の幻器(うつわ)編

第五十話「穂邑 鋼の代償」後編

しおりを挟む



 第五十話「穂邑ほむら はがねの代償」後編

 まんまと交渉の場を勝ち取った穂邑ほむら はがね宍戸ししど 天成あまなりの……
 いや、燐堂りんどう 天成あまなりを名乗る簒奪者の居城を訪れていた。

 「なっ!?」

 「それはまさか!りゅ、竜眼っ!!」

 正面の一段高い玉座にふんぞり返る天成あまなり

 その数メートル前の床に直に腰を下ろした穂邑ほむら はがねは、その周囲を名だたる将に囲まれ吟味されていたのだが……

 「如何いかにも竜眼です。天成あまなり殿ならばこの意味が理解できるでしょう?」

 生殺与奪を相手に握られかねない状況に自ら飛び込んでおきながら、その恐怖や不安を微塵も感じさせぬこの不適な発言。

 大凡おおよそ十代の少年が所持できるような肝の据わり方ではない。

 戦国の世に在っても武闘派揃いで知られる旺帝おうてい諸将が度肝を抜かれたのはその胆力のみで無く、彼が座する前の床に置かれた失眼した部分の患部保護具、要は”眼帯”だ。

 「貴様……その様な代物を今の今まで……ぬぅ」

 口元にヒゲを蓄えた見るからに気難しそうな壮年の簒奪王、燐堂りんどう 天成あまなりは息子よりも年下の若き敗将を睨み付けながら忌々しげに唸った。

 そう、何時如何いついかなる時も外された事が無かった彼の右目を覆う眼帯。

 露出した穂邑ほむら はがねの右目に光るのは銀色の瞳。

 それはまるで”銀色のほのお”を宿した瞳。

 ”あかつき”の伝承に記述されし英雄の双瞳ひとみはその愛剣、銀のほのおべし聖剣”グリュヒサイト”と同様の銀の双瞳ひとみだったと――

 邪眼魔獣バシルガウを討伐せし名無しの英雄が双瞳ひとみは正にそういう双瞳ひとみだったと云う。

 「お、王家の歴史でも……”竜眼”を宿す御方の記述が残るのは六代前の燐堂りんどう  龍晴たつはる王しか居られぬと……」

 穂邑ほむら はがねを囲む将の一人が脂汗をかきながら彼の竜眼を唖然と見ながら漏らす。

 「お、旺帝おうてい王家である燐堂りんどう家の始祖は”龍神王”。伝承に記されたいにしえの英雄も銀の双瞳ひとみを……それに穂邑ほむらの家は没落したとはいえ燐堂りんどう家の遠縁。つ、つまり”竜眼”を所持する穂邑ほむら はがね……貴殿は……はっ!?」

 他の将がそこまで言いかけ、天成あまなりが向ける冷たい視線に背筋を硬直させて固まった。

 「…………」

 「…………」

 突然披露されし驚愕の事実。

 だがそれよりもなによりも、この場は天成あまなりという冷酷な絶対支配者が仕切る領域である。

 ――ならばこその現在いままでの隠蔽であった

 穂邑ほむら はがねが生まれた王家の端くれ如きでは命の危機どころかお家の滅亡に直結する様な代物で、実際に彼の父はその事実に狂い、一家は離散した。

 それ故に彼は、その後も権力争いに巻き込まれないためにも封印していたのだ。

 だがそれも、

 それさえも燐堂りんどう 雅彌みやびの為には厭わない。


 諸将は天成あまなりという支配者の顔色を伺い、驚愕に固まった表情からサッと態度を変え、全員が一様に黙ってしまった。

 「ふん……なるほど、確かにその”眼”は邪魔だな……で?」

 一頻ひとしき天成あまなり穂邑ほむら はがねの大胆不敵な表情を眺めてから不機嫌そうに続きを促した。

 「この眼と引き換えに、燐堂りんどう 雅彌みやびの身の保証、それとそれに従う者達の身の保証、それから……その生計を立てるために辺境の地、”恵千えち”を頂きたい」

 固唾を呑む諸将とは対照的に恐れ知らずの若き将は平然と要求を並べる。

 「貴様を此所ここで屠るという手もあるが?」

 殺気をふんだんに内包した冷たい眼のまま、簒奪王はヒゲ下の口端のみ皮肉な笑みに捻り上げる。

 「それはないでしょう?」

 その威圧を平然と流して応える銀色眼の若き将。

 穂邑ほむら はがねは此処に至るよりずっと昔から、一人の少女の為に既に”死”など賭しているのである。

 「天成あまなり公、貴方は”停戦交渉”の条件として敗者の私たちに向けこう言われた。これ以上同じ旺帝おうてい軍同士での戦は無用である、今降伏すれば兵士達は一切の罪に問わず、指揮官の命は助けよう……と」

 「……」

 そう、天成あまなりが示した”停戦条件”は自らが提示した以外の全てを諦めろという条件。

 命は助けるが地位ある者達はその全ての権力を剥奪する……だった。

 「無論、助命の対象は雅彌みやび様も含まれるでしょう?ならばそれに少しばかり譲歩いろを付けて下さるだけで良いのです」

 誰もが恐れる天成あまなりの冷酷な死の威圧を前にしても、全く怯むこと無くそう言ってのける穂邑ほむら はがね

 それを受け、天成あまなりもニヤリとわらう。

 「…………なるほど、ならば辺境如き地などは与えてやっても良いが……足らぬぞ?小僧」

 ――!

 ゾクリと……周囲が凍るほどの冷たい眼を光らせる。

 「……」

 「……」

 周囲は息を押し殺したままだ。

 だがその表情には所々に僅かに同情の色も見える。

 ――なぜそこまで……

 ――最早なんの力も無い未成年の子供達だ!

 ――これほどの覚悟を見せた将をまだいたぶるのか?

 それぞれの思いはあるが、同じなのは主君の徹底した冷酷さに対する反感と少年に対する同情……

 「……」

 「……」

 だがそれでも意義を発せられぬ状況という事である。

 「だろうなぁ……はは」

 敵将達の同情を一身に受けた少年は他人事のように、半ば諦めた表情で笑う。

 「じゃあ……そうだな。ええと、木場きばさん、頼みます」

 そうして自らの右目の近くを、目尻付近をこんこんと人差し指で叩いてから、傍観する諸将の仲へと視線を移し指名をする穂邑ほむら はがね

 ――っ!?

 一瞬で少年を取り巻いた諸将達の輪が開き、そこにはひとりの偉丈夫が居た。

 猛者揃いの旺帝おうてい軍に在っても異例の体格、がっちりとした肩幅に鍛えられた太い腕、そして厚い胸板、まこともって均整の取れた完成した肉体を所持する最強の武将に視線が集まったのだ。

 「……」

 意気がみなぎる双眸でしっかりとした鼻筋の下にある大きめの口を閉じたまま、木場きば 武春たけはるは座する若き将を見据え、そしてその将は変わらず視線を志那野しなのの”咲き誇る武神”に向けたままだ。

 「木場きばだと?どういうつもりだ」

 無言で視線を交わす二人を置いて割って入ったのはこの場の支配者、天成あまなりだった。

 「簡単な話ですよ。この竜眼が天成あまなり公には邪魔なのでしょう?ならばこの場にて消滅させれば良いのです、変な約束で封印するより貴方にとってもそれの方が都合が良いでしょう」

 ――っ!?

 そして穂邑ほむら はがねは自ら最も物騒な事を言ってのける。

 「それは……どういう」

 「木場きばさんの槍で一突き……それで約定は成ります。違いますか?」

 ――っっっっっっ!!??

 その場の諸将のみで無くこれには天成あまなりさえもが眼を見開いた。

 「正気か?一歩……いや半歩間違えば穂先は脳髄を貫き、貴様の頭は破裂した石榴と化すぞ」

 そう言ったのは天成あまなりが子飼いの将軍、赤備あかぞなえに身を包んだ副官の工藤くどう 祐永すけながだった。

 「だから木場きばさんにお願いしたんですよ、工藤くどうさん。この旺帝おうていに在って地上最強と名高い猛将ですからね」

 「……」

 恐怖など微塵も見せずに笑う少年に、工藤くどう 祐永すけながが押し黙る。

 祐永すけながが言ったのは確かにそれもある。

 大雑把な殺戮道具である戦場の槍で、眼球のみを貫いて見せるのは中々に困難だ。

 だがそれよりも天成あまなりの考え一つで失敗と見せかけ、祐永すけながが言った最悪の結果に至るのを装うことも出来る……

 天成あまなりが子飼いである工藤くどう 祐永すけながさえもが懸念する様な方法を自ら提案するこの少年は一体……!?

 赤備あかぞなえ工藤くどう 祐永すけながほどの将が押し黙ったのはそういう意味があった。

 「かつて屏風の鷹の目を弓で射て一国を手に入れた武将がおったそうだ。殺す為の、どう見ても一撃で殺せる殺傷力を伴う大型の槍で右目を一突き刺してえぐり取る……やれるか?武春たけはる

 そしてその問答に終止符を打ったのは山県やまがた 源景もとかげ

 最強無敗、木場きば 武春たけはるの叔父にして旺帝おうてい有数の宿将、誰もが認める人格者だ。

 「承知!」

 ヒューーヒュォン!

 短い返答のみ残し、そして偉丈夫は背丈を超える大槍を大きく振るう!

 「うわっ」

 「おおっ!?」

 その槍圧に、槍風に、咄嗟に数メートルは飛び退いて逃げる周りの将達!

 「良いぞ、小僧……ならば貴様が目玉をえぐられ、そのザマで一言も発する事が無ければ約定としようではないか」

 ――!?

 あまりにも無慈悲!

 これだけの心意気を見せられても新たな支配者、天成あまなりはこの土壇場でトコトンな条件を付け加える!!

 「わかりました、やって下さい」

 そして髪が靡き、頬を歪めるほどの槍圧を前に座した少年は応じて”武神”と称えられる将の方を見据えた!

 ヒューーヒュォン!

 「……」

 グッ……

 回転する槍が偉丈夫の体より後方へと引かれて止まり、そして――

 「……」

 その瞬間!

 流石に少年の、穂邑ほむら はがねの唇は真一文字に強ばり、そして拳に力が空回った。

 ヒューー

 ドスゥゥ!!

 ――光筋一閃!!

 戦場にて数多の血を啜ってきた英雄の槍は、銀の瞳を貫いていた。

 「っ!!!!!!」

 直後!

 穂邑ほむら はがねの右目から火花が飛び散った!

 そして目の中に焼けた鉄棒をねじ込まれたような激痛が彼の脳を痺れさせる。

 「……ぐっ!」

 生まれて初めて味わう最悪の衝撃!

 一瞬硬直した体から炎の津波のように広がる激痛に、彼は少し遅れて絶叫しそうになる口を無理矢理に閉じ、意思とは裏腹に暴れる舌を構わず押し込んで噛み千切るほどに顎を
両手で押さえてうずくまった!!

 「うっ、く……!」

 喉が焼けるくらいに溢れる悲鳴を、暴走する膂力で顎ごと押さえ込み、

 そしてそのまま頬肉を削ぎ上げるほどの握力の侭に刷り上げた右手で右眼を押さえ……

 右目を……?

 ――押さえた其所そこにあるべきモノは無かった

 押さえた掌からズルリと溢れる鮮血。

 彼の右目はえぐり取られ、本来あるべきその場所には大量の血に浸かる唯の空洞があるだけだった。

 「……」

 発狂する激痛と衝撃で彼は膝をつき地べたに這いつくばる。

 ーーーーーーーーーーーーーーー。
 ーーーーーーーードサリ

 せめてもの苦痛の解放……

 その絶叫をも飲み込んだ穂邑ほむら はがねはその場にドサリと倒れ、ピクピクと痙攣して気を失った。

 ――あまりにも壮絶!

 戦場で数々の死を直視してきた猛将達が言葉を失うほどの光景。

 ――

 結局……

 穂邑ほむら はがね天成あまなりが押しつけた不条理な約束を通して、唯の一言も発せずに失神したのだ。

 「……」

 「……」

 暫く言葉無く立ち尽くす将達だったが……

 「ふん……小賢しいな、此奴こやつを楽にしてやれ」

 この場の絶対支配者から発っせられた言葉は将達を絶望させるものだった。

 「……う」

 「しかし……」

 流石に躊躇する将達に向け天成あまなりは失望したように溜息を吐き、

「下らぬ、子供に感化されおって」

 そして自ら立ち上がり刀を手に取った。

 「お待ちくださいっ!」

 だがそこに割って入ったのは意外にも天成あまなりが子飼いの将、工藤くどう 祐永すけながだった。

 「…………なんだ?……祐永すけなが

 天成あまなりの鋭くも冷たい視線。

 「物事には通さねばならぬ道理があります!王の人望のためにもここは……」

 少したじろぎながらも臣下として、状況を鑑みて進言する工藤くどう 祐永すけなが

 「天下を知る者ならば、”王”を示すことこそが肝要……天成あまなり王、違うだろうか?」

 すかさず山県やまがた 源景もとかげが説き、そして――

 「……」

 木場きば 武春たけはるは無言にて、倒れた穂邑ほむら はがねを背に刀を手にした燐堂りんどう 天成あまなりと対峙する。

 「…………ふん、なるほどそう言うことも在るか」

 チン!

 渋々なのか、それとも想定済みなのか……

 ――辺境の恵千えちなどその気になれば何時でも制圧出来る!

 そういう確信があったのだろう、燐堂りんどう 天成あまなりは刀を鞘に収めて元居た場所に再び座した。

 「流石は我らが王っ!!」

 山県やまがた 源景もとかげはそう称えると、直ぐに医者を手配したのだった。

 ――
 ―

 穂邑ほむら はがねが目を覚ましたのはその後三日も後、躑躅碕つつじざき城であった。

 意識を取り戻した彼は再び悪夢のような激痛に襲われる。

 空洞になった右側からは未だ焼ける鉄棒を捻り込まれたままの熱さが残り、それが脳まで突き刺さった錯覚で頭痛が酷く、とても思考など纏まらない状況であった。

 ――俺はまだ死ねない……

 ――そして敵陣営こんなばしょなどで寝ている状況でも無いっ!

 彼は何とか立とうとするが体が思うように動かない。

 布団の上で羽をもがれた蝶のように虚しく藻掻くだけだった。

 ――
 ―


 結局、その後も数日は絶対安静だったという、周到にして無謀な……

 ――俺に似た馬鹿は……

 穂邑ほむら はがねは、その後日談も鈴原 最嘉オレに話した。

 ――”序列一位の魔眼である“黄金”はにゃぁ、別名”黄昏ラグナローク”と云うのだ”

 邪眼魔獣バシルガウの化身だろう幾万いくま 目貫めぬきが後日、穂邑ほむらの元に突然現れ告げた。

 ――”正味、SHOW MEショウミー、”黄昏ラグナローク”だっけは中々放置できない代物でガシてにゃぁ”

 燐堂りんどう 雅彌みやびの魔眼だけは早々に奪いに来たという怪人だったが、意外な事実を知りそして確信的に放置していたと言う。

 ――”レク……いな、”銀の勇者”の瞳が存在しやがりやがって、どうしち野郎って感じでガシたがねぇ?面白い事になりそうでありんしたので放置プレイをしゃれ込みましたよほぉ?”

 つまり奴は現時点で傍観者を名乗るだけ在って、基本的に魔眼の姫以外に手は出せない。

 ならばと、穂邑ほむら はがねを煽って様子を見たらしいが……

 ――”穂邑ほむら はがねくん、あんた様はぁー、”こっち”でも同じ馬鹿で良うござんした!超美人の彼女の命は敢闘賞でガスよ、ヤッタね\(^O^)/!!”

 そういう意味不明の言葉と共に消え、そして……

 燐堂りんどう 雅彌みやびは魔眼の能力の大半を失ったが、その身が穂邑ほむら はがねの傍から失われることは無かったと言うことだった。

 ――


 「つまり、お前の竜眼とやらを代償に、黄金竜姫の方は純粋に魔眼の能力だけで済んだと?」

 俺の問いに偽眼鏡男は苦笑いしながら肩をすくめた。

 「さあな、片眼だけの俺の不良品とみやの黄金の竜眼が釣り合うとも思えんがな……だが」

 命を賭け――

 命を捨てて――

 圧倒的不利な未来へと一縷いちるの希望を託す可能性の模索。

 「あの化物に対処するすべは”そこ”に在るのかも知れないぞ」

 レンズの向こうに歪みの無い眼鏡、その奥で鈍く光る精巧な作り物の近くを人差し指で軽くコンコンと叩き、左目に強い芯を思わせる光を宿した黄金竜姫の騎士は、それがも当然だと笑って応えたのだった。

 「きっとお前にとっても”安い代償”だろう?なぁ、鈴原 最嘉さいか

 ――
 ―


 俺は刀を身体の正面にて水平に構え、幾万いくま 目貫めぬきの呪いとやらで蝕まれた右足を大きく雪白ゆきしろの方へと踏み出して対峙していた。

 「……」

 ピシリと凍るほどの緊迫感。

 剣の領域に入った無防備な獲物を無言で見極める白金プラチナの姫騎士は、俺の動きを警戒している。

 「はは……そうだな、なら答えは簡単だ」

 俺は盟友との那古葉なごはで交わした言葉を思い返し、そしてやや強引に口元を吊り上げる。

 ジャキ!

 ――っ!?

 雪白かのじょの目の前でこれ見よがしに手にした刀を振り上げ、そして――

 ――七峰しちほう宗都、鶴賀つるがの地にて!

 ダッ!

 俺は真正面から大きく踏み込んだっ!

 「ああ、全くお買い得だよ!易い代償だなぁっ!!」

 第五十話「穂邑ほむら はがねの代償」後編 END
しおりを挟む
1 / 4

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...