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下天の幻器(うつわ)編

第二十八話「銀焔の竜騎士Ⅱ」

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 第二十八話「銀焔の竜騎士Ⅱ」

 ――みや、憶えているか?初めて会った頃……

 ギィィィーーン!!

 激しく火花が散り、握った剣は弾き飛ばされ、絶体絶命の中で俺は自身の中の少女に問う。

 ――
 ―

 当時、旺帝おうていを統べる燐堂りんどう王家一族が集まる中で、燐堂りんどう 雅彌みやびはその頃から本家のお姫様で、当時からすごく綺麗で、黄金の竜眼りゅうがんっていう凄い能力を持っていて、同年代の子供達は皆、羨望の眼差しで彼女を見ていた。

 ひるがえって穂邑 鋼オレはと言えば……

 燐堂りんどう家の血を引いているとはいえ、穂邑ほむらの家は既に没落して久しい分家の端っこ。

 威厳や権力なんてモノとは縁遠く、政治的にも軍事的にも吹いて飛ぶほどの価値も無い。

 そんな俺に何の因果か、王家に伝わる伝説の”竜眼”が……

 伝説の勇者と同じ”銀焔ぎんえん双瞳ひとみ”が……

 いや、なにを自惚れているのか?それは決して同列では無い!

 片方だけの”竜眼”

 そんな半端なモノは同種でさえ無い。

 だがそれでも、脆弱な穂邑ほむらの家には過ぎたる代物は、それを所持すると言うことを公言できぬ危険な疫病神。

 穂邑ほむら如き家が伝説の”銀焔ぎんえん双瞳ひとみ”を所持するとなれば、それを妬み恐れる他家のことごとくから家ごと歴史の闇に滅せられるだろう。

 たかが瞳一つで大げさな?

 いいや、何しろ俺が生まれた時に”それ”を危惧した父親が、出産に立ち会った全ての使用人の命を奪い、そして赤子の俺の瞳をえぐり出そうとしたくらいだから……

 「……」

 とはいえ、結果から言えば俺の片目は無事だった。

 母親の必死の懇願と、使用人を殺しまくった父がそのまま精神を病んで直ぐに一線を退いてしまったのが皮肉にも俺に吉とでたのだ。

 なんにしても異質なはんものが生まれたことで多くの悲劇を生み、両親を病ませて生き延びた忌み子だったのには間違いない。

 ――だから俺は……

 ――疫病神の穂邑ほむら はがねは……

 この忌々しい片目を終生、不細工な眼帯で隠しきり、そして自身もひっそりと部屋隅の壁にこびりついたカビの如き一生を送るのがお似合いで、そうで無くてはならないと……

 そんな自暴自棄な八才になったばかりの俺が初めて見る、噂の本家のお姫様は――

 ――おおっ!

 ――なんと可愛らしい!!

 ――う、美しい!!

 生まれながらに衆人全ての視線と心を奪う気高き存在だった。

 「…………」

 想像通り、やっぱり手の届かない存在だ。

 ――

 当時一族が会する行事でも、幼いながら雅彌みやびは既に中心的な存在で、てきぱきと命令を出し、同年代に逆らう者は誰もいなかった。

 「…………」

 そんな中、王家からは恥だと言われる穂邑ほむらの一族である俺は、その生い立ちから自身でも生まれて来ない方が良かったと思っていたから……

 だから、居ない事と同じ存在なんだと、

 現に今まで誰からもそんな風に扱われてきたから……

 「…………」

 その日も何もしないで、邪魔にならないようにだけして、息を潜めてやり過ごそうと考えていた。

 「あなた、はがねって名前だったっけ?」

 そんな俺に、華やかな中心部から突然かけられた可愛らしい声。

 ――っ!?

 俺は思わずビクリと肩を揺らす。

 「はがね、あなたはこれを運びなさい」

 俺はすごく驚いた。

 今まで俺に嘲笑以外の言葉をかける一族の者なんていなかったのに、よりによって一族の誇り、王家の至宝って言われている燐堂りんどう 雅彌みやびに声をかけられるなんて思ってもみなかったから。

 「あ、あの……雅彌みやび……さま?……俺は……」

 あんまり予想外のことで俺は戸惑って固まるし、周りの者達はお姫様の相手にするような者じゃないって雅彌みやびに忠告したけど、雅彌みやびはこう言ったんだ。

 「旺帝おうていの臣民は皆私に従うのが当たり前でしょう?例外は許さないわ。穂邑ほむら はがね!あなただけ楽はさせないからしっかり私のために働くのよ!」

 ――ってな……

 ははは、現在の雅彌みやびから比べればとんでもない我が儘お姫様だ。

 ――でも、それでも……

 本来、雅彌みやびにとってこの頃の昔話は思い出したくない恥ずかしい過去であるだろう。

 唯唯ただただ、世間知らずなお嬢様。

 蝶よ花よと育てられ、わがまま放題に育っていた赤面の過去……

 彼女はきっとそう思っているだろう。

 ――でも、でも俺にはその昔話がとても懐かしくて、

 ――大切な思い出だった

 僅か八歳の頃の雅彌みやびでさえ、燐堂りんどうの誇りで皆の憧れだった。

 近寄りがたい雰囲気はあったけど、既に皆の尊敬を集めていたし、人望もあった。

 それからずっと……

 ――彼女は変わらず気高く綺麗だ


 「私は旺帝おうてい王家、燐堂りんどうの血を色濃く継ぐ者。それは私の宿命づけられた使命、私の誇りでもあるわ」

 澄んだ濡れ羽色の波間に時折揺れるように顕現する黄金鏡の煌めき。

 神々しいまでに神秘的で印象的な”黄昏”に染まる黄金の双瞳ひとみで彼女は言う。

 ――だから穂邑 鋼オレは決断した

 「はがねは私の事なんかにそんなに囚われないで!もっと自分の事を……」

 その日以来、雅彌みやびの為にたまに無茶をする俺に彼女は都度そう言った。

 だが俺に言わせれば、囚われているのは雅彌みやびだ。

 燐堂りんどうの為に。

 旺帝おうていの為に。

 旺帝おうていに住む全ての民草の為に。

 生まれながらに気高き黄金の宿命を背負った美しき少女は、その重圧に耐え続けながらも決してそれを投げ出さない矜恃を持つ。

 ――だから俺は……

 ――穂邑ほむら はがねは……

 国家の未来を背負う彼女の小さい背中を、

 穂邑ほむら はがねが誰よりも大切だと胸を張って言える燐堂りんどう 雅彌みやびの人生を、

 土足で踏入り、力ずくでねじ伏せようとする全ての輩を!

 俺はどうしても許せない!

 故に穂邑ほむら はがねは行動を起こしたのだ!!

 少年がそれを決断するほど、彼女の、燐堂りんどう 雅彌みやびの存在は当時の俺の中でかけがえのない存在になっていた。


 「そんなこと、そんなこと頼んでない!」

 それでも俺が命を賭けるような無茶をした時、雅彌みやびは感情もあらわに俺のやり方を否定してくる。

 「私があなたのことを切り捨てて平気だとでも!?」

 そんな時はいつも、彼女が握る俺の手に痛いほど力が入る。

 「わかってる。みやが苦しむって、悲しんでくれるって分かっているけど……それでも俺はこの方法を取るしか無い、それが俺の出来る唯一の……」

 反論する俺に彼女は……

 「ふざけないで!あなた独りで何が出来るの!?どうにかするって?もし、もし出来たとしても、それで私が……あなたの犠牲で私が喜ぶとでも思っているの!?」

 濡れ羽色の瞳に涙を溢れさせて彼女は叫ぶんだ。

 ――それは彼女の心からの叫び

 俺が行ってきた独りよがりの行動を、逆に俺の為に耐えてきた彼女の堪えきれない心の訴えであったのだろう。

 「俺は生まれてから存在を無視された人間だったんだ。それを、その存在を初めて自覚できた。させてくれた!みやの為に出来ることをするのは俺の当たり前なんだ!頼むよ、俺が自身で決めた存在の意義を、意味を通させてくれ!」

 そして俺はいつもそういう勝手な物言いで心優しい彼女を困らせる。

 勝手に感謝して、勝手に憧れて、勝手に恋をして、勝手に……

 雅彌みやびの心の叫びにも、涙に濡れた訴えにも、揺るがず自身の想いを貫く、一歩も退かない。

 ――俺は……本当に自分勝手だ

 自覚はしている。

 だが俺はみやを!

 それでも、俺の意義を見つけさせてくれた雅彌みやびを絶対に誰にも屈服させたりしない!


 「あなたは私の為に”銀の勇者”になるつもりなの?」

 そんな在る時、彼女が言った言葉が今も忘れられない。

 今の今まで、俺自身も意識していなかった事実を、俺は彼女の言葉で再認識したのかも知れない。

 ――”銀の勇者”

 望まず”銀焔ぎんえん双瞳ひとみ”という呪いを産み付けられた俺が……

 それを否定し続けていた穂邑ほむら はがねが幼い頃……憧れた……

 関わった人達も、両親も、自身の人生さえも蝕んで焼き尽くした忌み成る”銀のほのお

 それにがれることが如何いかいびつかと拒みつつも、実は密かに現在いまも心にあり続ける英雄。

 ――俺は……

 ――俺は”銀の勇者”になりたい

 彼女のためになら、燐堂りんどう 雅彌みやびのためにこそ……

 その矛盾を破壊して!

 穂邑ほむら はがねは”銀の勇者”になりたいんだっ!

 いつの頃からか、そう確信した俺の顔をじっと見つめる雅彌みやびが、心の中にいるような気がした。

 ――

 「それは、やっぱり、わたし……のため?」

 心象の雅彌みやびは涙が滲む瞳を伏せ、自分に対する俺の想いを呟く。

 「そうだ。みやのため、でもそれが俺の為なんだ」

 そしてその彼女に向ける俺の顔には一点の曇りも無いだろう。

 「死ぬのは……駄目だよ」

 雅彌みやびは、きっと俺の表情から想いをとどまらせる事は出来ないと感じたのだろう。

 本心では止めたいが、それは同時に俺の大切な物を無くしてしまうような事になると感じとって……

 心象でも優しい彼女は、なんとかその言葉だけが口から出たようだった。

 「…………」

 ――わかってる

 俺だって死にたいわけじゃい。

 ただ俺程度の人間には、せめてその位の覚悟がなけりゃ無理だろう。

 「……」

 「……」

 「そういえば、思い出したけど出会った頃のみやは……」

 心中でさえも気恥ずかしくなった俺は、そう言って話題を変えて誤魔化そうとする。

 「ちょっ、ちょっとその話は!」

 そして心象の彼女は、当時を思い出したのか少し顔を赤らめて話を遮ろうとした。

 「……は……はは」

 そんな彼女を見て、つい俺は口元がほころんでしまう。

 「こうくん……」

 恨めしそうに俺を見上げる雅彌みやびの濡れ羽色の双瞳ひとみ

 全てを備えて生まれながら、それでも至高を目指し精進を怠らない理想の君主。

 流行はやりの吟遊詩人に”あかつきの至宝”とまで詠われし美姫”黄金竜姫”、燐堂りんどう 雅彌みやびのこういう可愛い仕草を何人が知っているのだろうか?

 「……」

 俺は本当に久しぶりに、そんな子供じみた優越感に浸っていた。

 ――

 そして、少しだけそういう仕草に時間を費やしていた彼女はスッと顔をあげる。

 彼女は俺の手を掴むと、逆側の手を自身の胸に添えていた。

 「……」

 「……」

 大切な想いを温めるように……胸の奥にジワリと広がる何かを逃さないように。

 それは未だ身勝手な俺に対する抗議の色を含んだ美しい濡れ羽色の瞳。

 けれど彼女の双瞳ひとみは――

 それでも彼女の勇者たらんと欲する俺に、胸をときめかせる少女の頃の我が儘な想いを抑えきれない……

 そんな矛盾を孕んだ真実の双瞳ひとみで……

 「ははは」

 「ふ……ふふ」

 ――そうして、心象の雅彌みやびも、追憶の渦中に居た俺も……

 いつしか泣きながら笑っていた。

 ――
 ―


 ドサァァッ!!

 「どうした独眼竜?わしの首を所望では無かったのか!!」

 目前に仁王立ちして刀を構えるのは旺帝おうてい八竜……

 ――甘城あまぎ 寅保ともやす!!

 「……」

 俺は自らの刀も失い、尻餅をついてその”巨雄”を見上げていた。

 「おうよ、ここまで辿り着けた心意気は大いに買うが、坊主よ!久方ぶりだが”武”の方は未だに精進が足りんようだな」

 旺帝おうていでも指折りの猛者は強襲されたにも拘わらず実に楽しそうに笑って得物を構える。

 「…………」

 ”巨雄”の言う、武の精進が足りない穂邑 鋼オレは、パンパンと埃を払って立ち上がると、素手のままに、ゆっくりとファイティングポーズをとった。

 「悪いけど甘城あまぎさん……俺は以前から”勇者”に転職希望なもんで、サクッと御首みしるし頂きますよ」

 第二十八話「銀焔ぎんえんの竜騎士Ⅱ」END
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