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下天の幻器(うつわ)編
第十三話「虚空(アカーシャ)の剣」(改訂版)
しおりを挟む第十三話「虚空の剣」
台地の斜面を利用する形で三箇所に設置された広小路砦は三位一体の要害であり、その一番下にあたる第一砦と頂上付近の第三砦との高低差は二十メートルほどもある。
各砦間の距離は適度に離れ、お互い連携して下からの敵に備える戦術的砦だ。
――つまり……
ドドドドドドドッ!!
激しい土煙を上げて軍馬の群が坂を登るっ!
「突破!突破されましたっ!!昌守様っ!!」
台地の斜面角度は約十二度ほど……
「な、なんだとっ!!」
鍛え上げられた軍馬と洗煉されし騎手ならば登れぬ勾配では無い!!
ぎゃぁぁ!!
うわぁぁっっ!!
旺帝軍側第一砦をいとも容易く蹴散らした臨海軍騎馬隊はそのまま勢いを増して更に坂を駆け上がり――
「ええと、一気に制圧だよっ!一人一人捕らえている暇は無いから、武器を取り上げたら坂下に蹴り落とすんだ!」
蹂躙され尽くされた後になお残った第一砦の旺帝兵士達は、後続の臨海軍歩兵部隊指揮官”兼”全軍の参謀である内谷 高史の指示で雑に排除されてゆく。
「ぐ、ぐぬぅぅ!なんという破壊力だ、この……化け物娘めぇぇっ!!」
敵将の叫ぶ声も虚しく、白い馬尻に砂煙を従え騎馬隊の先頭をきって駆け登る白金の騎士姫は既に遙か先――
正に鎧袖一触!アッサリ蹴散らされた三枝 昌守と部下の第一砦守備隊は、更に詰め寄せた後続の臨海歩兵部隊に追い討たれて、華麗なる騎士姫の背を見上げるだけしか出来ずに坂下へと転げ落ちていった。
ドドドドドドドッ!!
「……」
そして既に遙か先を行く騎士姫、
風にたなびく輝く白金の髪の少女が瞳は、既に第二の砦を射程に収めていた!
「あ、あれ?今、蹴落としたの三枝 昌守?……え?え?ってことは……あれ?なんで敵大将がこんな最前線にっ!?」
第一砦を制圧したばかりの内谷 高史は、今更ながら敵陣容の違和感に気づいた様で、視線を先行する騎馬隊に向けた。
「く、久井瀬さぁーーんっ!!なんか様子がおかしいっ!ちょっと進軍を……」
ドドドドドドドッ
――っ!?
だが時既に遅し……
ワァァァァァァァッッ!
ワァァァァァァァッッ!
第一砦を早々に突破した臨海騎馬隊。
そしてそれを率いる白金の騎士姫こと久井瀬 雪白がその進路上方……
つまり”第二砦”から一気に鬨の声が湧き上がったのだ。
ザザザザザッ
ザザザザザッ
次いで溢れんばかりの騎馬軍団が姿を現す!
「なっ!?なんで斜面中間の砦にそんな数の騎馬がっ!?」
思わず後方から内谷 高史が叫ぶ!
「敵軍は足下!踏み潰すには絶好だぞぉぉっ!!」
間髪入れず――
謎の騎馬軍団が指揮を執る男、偉丈夫の将軍が号令にて新たな旺帝騎馬隊は一気に……
ワァァァァァァァッッ!
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
ワァァァァァァァッッ!
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
駆け上がって来ていた臨海軍騎馬隊、久井瀬 雪白の部隊を遙かに凌ぐ勢いで駆け下りて一気に呑み込んだ!!
ワァァァァァァァッッ!
ワァァァァァァァッッ!
――その勢いたるや山肌を削る土砂崩れの如し!!
「うっ!わぁぁぁぁ!!」
「ぎゃぁぁ!」
ヒヒィィーン!
突如出現せし旺帝騎馬軍団、その怒濤の突撃に完全に足止めされた臨海騎馬隊は為す術無く押し包まれてしまう。
「そ、そんな……なんで斜面の中継拠点なんて不安定な場所に”機動戦力”を集中させてるんだぁぁ!!」
制圧したばかりの第一砦からその光景を呆然と見送る臨海軍参謀、内谷 高史。
彼がそんな風に取り乱すのも無理は無かった。
三砦の最前線、平地に望む第一砦で無く中間……
最終防衛ラインとの中継地にあたる斜面に騎馬隊を編成するなど……
常道なら機動力を活かせる第一砦にて敵を迎え撃ち第二砦はその後方支援、つまり弓兵隊などによる遠隔攻撃や工作部隊などによる前線援護、または後方の最終防衛ラインである第三砦への連携用の歩兵部隊が当たり前だ。
窮屈な、しかも斜面という悪路に機動兵力を配置とは兵の常道では有り得ないのだ。
――おまけにまさかの奇襲に対する奇襲!!
閃光将軍の異名を持つ久井瀬 雪白を擁しているからこその内谷 高史が奇策のはずが、それは盤面を逆さにしたような守備側による奇襲に取って代わられる!
「そ、それも”鵯越の逆落とし”を彷彿させる……騎馬による豪快な強襲劇なんて!」
如何に精強を誇る旺帝騎馬軍団であっても優れた将帥無しには為し得ない。
この事実は、旺帝軍にも臨海の”終の天使”に匹敵する”将”が存在することを意味していた。
――久井瀬 雪白に匹敵する”烈将”がこの戦場にいる……
それこそが内谷 高史が驚愕の理由で完全に彼の計算外、最大の過失だった。
「…………」
呆然とする臨海軍参謀たる彼の背にジワリと嫌な汗が滲んで、それはそのまま滝のように流れる。
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
「ぎゃっ!」
ドサッ!
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
「うわぁぁっ!!」
恐怖に嘶き、パニックになった乗馬から振り落とされる臨海兵士達!
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
やはりその光景は地表を呑み込む土砂崩れだ!
臨海騎馬隊を一気に呑み込み蹂躙する旺帝が最強の騎馬軍団!
「ぎゃぁぁーー!!」
「ひぃぃーー!!」
大地を、大気を、震撼させうるほどの怒号と蹄の大津波に、
不意を突かれた臨海騎馬隊は見る間に総崩れとなっていった。
――
「ま、不味いよ……守備側が逆落としの奇襲なんて!?こ、このままじゃ……」
内谷 高史は後悔する。
急斜面を戦場にした騎馬隊同士の激突……
当たり前であるが、下から駆け上がるのと上から駆け下りるのでは勢いが違いすぎる!
位置エネルギーを利用し、剰え機先を制する敵に此方は圧倒的に不利だ!
――そして
これは明らかに”戦術”だ。
臨海軍の砦攻略方法を先読みした……卓越した”戦術”
――いや、もしかしたら……
抑も那古葉城攻略を一時保留し、広小路砦の攻略に別働隊を編成するという自分の思考をさえ読み取った上での、もっと周到な”戦略”ではないのか?
そう考えが及んだ時、臨海軍那古葉城攻略部隊参謀である内谷 高史の背の滝は極寒の瀑布の如き冷気を纏う。
「あ、甘く見ていた……旺帝騎馬軍団の実力を……そしてこんな策を実践できる……と、とんでもない策士の存在を…………うぅ」
――だ、誰なんだっ!?
――それは一体どんな人物なんだよっ!?
「……ち、ちがう……現状はそんな事より……」
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
「ぎゃっ!」
ドサッ!
ドドドドドドドドドドドドドドッッ!!
「うわぁぁっ!!」
――そんなことより!現在はこの戦況だっ!!
――このままでは我が臨海軍は……ほどなく壊滅する!
内谷 高史は気力を振り絞って前を見る。
そして――
「く、久井瀬さん!!一旦後退してこの第一砦へたいきゃく…………っ!?」
ヒヒィィーン!!
だが自体を立て直そうとする参謀の焦った声が届くより先に――
ダダダッ!ダダッ!
……”其れ”は現れた!!
「おおおおっ!見つけた!臨海の”終の天使”っ!」
ヒヒッ!ヒヒィィーン!!
「っ!?」
騎士姫の操る白馬が彼女の意志に反して急停止し、そのまま勢いよく前足を振り上げて垂直になる!
ブルルルッ!ヒッ!ヒヒィィンッ!
「おおっ!!天女の如き可憐なる輝く髪と瞳の戦乙女っ!!噂以上ではないかぁぁっ!!」
其の男が駆る馬が迫るほどに彼女の愛馬は取り乱し、白馬の首に掴まる白金の美少女は左右に上下にと馬首諸共振り回される。
ズザザザザァァァァッ!!
半ばロデオ状態の雪白の前に砂煙を巻き上げて駆け下りて来た……
「いざ!いざっ!”終の天使”!!」
ヒヒィィーン!!
否!
最早、人馬諸共落下して来たのかと見紛うほどの速度で来訪した男の異常な程の圧力に!
雪白の白馬は一層怯えて混乱し、前足をバタバタと空中で泳がせ主人である雪白を振り落と……
「……細雪」
ヒヒッ!?
白馬の馬首にしがみついた少女が地に打ち付けられると思われたその時、淡い桜色の唇から場違いなほど静かな言葉が零れた。
ヒヒィィ……ブル、ブルルゥゥ
そして白馬は先程までの混乱ぶりが嘘のように、静かに四肢を大地に着ける。
「…………うん、良い子」
その瞬間、プラチナブロンドの美少女は静かに手綱を操り愛馬の制御を完全に取り戻していたのだ。
――
「…………」
そうして、白馬と共に一枚の絵画の如き静かさで佇む騎士姫の前に、
「見事っ!」
正反対に派手なアクションで巨馬を躍動させ降り立った豪傑が砂煙を纏ったまま立ちはだかる!
「………………だれ?」
驚愕するほどの威圧感を纏う豪傑を前に、緊張感の欠片も無い表情で言葉を発するプラチナのお嬢様。
だがその実――
「ううむ、尤もだ」
放っている殺気は氷の刃そのもので、そしてそれを平然と受ける男は満足そうに呟いていた。
ブゥオォォォーーン!!
そして、手にした豪槍を水平に一閃っ!
自馬の蹄が巻き起こした、未だ収まりきらぬ砂塵の煙幕をいとも容易く薙ぎ払う。
「我が名は木場っ!旺帝は志那野の将、木場 武春なりっ!」
濛々と舞い上がり、辺りを覆っていた砂塵は男の一振りで霧散した。
そして鮮明になった視界正面に仁王立つ、堂々たる武人の姿が騎士姫の白金の双瞳に映る。
「…………」
――志那野の咲き誇る武神……
――木場 武春
最強国旺帝に在って、地上最強と名高い大英雄を知らぬ武人は”暁”にはいないだろう。
「臨海の終の天使よ、我は貴殿の名を所望する!」
――戦場の華である”一騎打ち”
木場 武春は己が内の期待をより煽るため、待望の幕を上げる為だろう、お互い名乗りから始まるという古くさい伝統を敢えてなぞってきたのだ。
「…………」
だが当の雪白は、久井瀬 雪白は天下の大英傑を眼前にしても無表情そのもの。
美しい白金の銀河を宿した双瞳もそのまま、透き通る陶器の肌に桜色の愛らしい唇を閉ざしたままで静かに佇んでいた。
「…………ぬぅ」
幾度もの戦歴からか、その静かなる泉の底に眠る氷の刃……
鬼気迫る殺気を感知しながらも、木場 武春は目前の純白き姫が美貌に目を、思考を奪われそうになる。
そして――
「……」
微塵も揺るがず、黙した少女の白金の髪がひとすじだけ……
僅かに揺らいだ気がした。
――髪が!
――否っ!!身体の方が動じたっ!?
木場 武春は即座にそれを理解する!!
それはもう彼の動物的本能!
持って生まれた戦才としか言いようのないモノだ!
ヒュヒュ!ヒュォン!
「ぬぅぅっ!!」
彼女の美しく輝く白金糸……
髪のひとすじが揺らいだのでは無い。
動いたのは本身の方。
髪はその動きに一瞬、その場に取り残されただけに過ぎなかった。
――動作というにはあまりにも静的!
――”制止”としか思えない動作!!
シュバッ!シュバァッ!!
三つ編みに束ねた輝きを放つ光糸の髪が、煌めきを纏いながら美しく後方へ僅かにブレたかと思うと、既に疾風となった白魚の指先が……
「くぅぅっ!!」
精巧な飾り細工の施されし、艶っぽく輝く白漆の鞘から放たれた純白の佳人が……
そう!彼女の愛刀”白鷺”の白刃が、武春のガッシリとした首の両端を削って抜けるっ!!
「ぐぁっ!」
同時に二箇所!
木場 武春の首の左右を同時にとしか思えない剣筋で通り抜けた一振りの白刃は、辛うじて斬首を免れた男の皮膚を削って血飛沫を舞わせていた。
「お……おお……おお……」
驚愕に声を漏らす武神……
あの木場 武春にして躱すのがやっと……
いや、木場 武春だからこそ辛うじて回避できた……
いやいや……
実は彼自身どうやって回避できたか解らない!
自身が取った動作はまさに僥倖の産物だったのだ。
キン!
遅れて、表情無き騎士姫が鞘に白刃を収める鍔音だけが彼の耳に入る。
「…………」
――
”刹那”さえが怠惰に感じられる事象――
其所に構えは無く、其所に所作も無く、故に研鑽されし型も存在し得無い。
膂力と無縁成れば業も無く、森羅に万有する一切から独立せし唯一の剣。
――其所は真に虚空
――其れは真如の極致
即ち其れは……
――”虚空の領域”!!
「…………ぬ、ぬぅぅ」
”志那野の咲き誇る武神”木場 武春をして唸るしか出来ぬ、神速を超越し剣技という概念を逸脱した虚空の絶剣!
そして――
日の光に蕩けるような輝くプラチナブロンドと、幾万の星の大河を内包したプラチナの双瞳を所持した希有な美貌の騎士姫は平然とした表情でそっと呟く。
「…………じゃま」
――っ!?
それは曾て”純白の連なる刃”と畏怖されし剣士。
それこそが当代、臨海の”終の天使”……
久井瀬 雪白の刃だった。
第十三話「虚空の剣」END
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