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王覇の道編

第五十七話「破格の”利”」後編(改訂版)

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 第五十七話「破格の”利”」後編

 「余裕だな、勘重郎かんじゅうろう……命乞いはせぬのか?」

 「といっても、お前のような”信頼に値せん男は脅して我らの役に立つように利用する”だけだがな!」

 いやらしい笑みを浮かべながら、剣を向けて勝ち誇る亀成かめなり 多絵たえ周りの男達。

 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは、その男達の顔を一通り眺めてから呟いた。

 「そもそも、此奴こいつ等は誰で在ったか?……ふむ、覚えておらぬ。その程度の輩共か……」

 「なに?」

 窮地のはずの勘重郎かんじゅうろうの場違い、意味不明の言葉に、男達は一斉に顔を見合わせる。

 「いや何でも無い。それより、”信頼に値せん男は脅して”……だったか?それは俺も同意見だ。但し……」

 ――ザザザッ!

 顎髭あごひげ男が腹黒い笑みを浮かべたと同時に、抜き身を手に全体を取り囲んでいた兵士達が一斉に亀成かめなり 多絵たえ周りの男達に詰め寄ったかと思うと……

 刃を突きつけていた!

 「なっ!?」

 「こ、これは……どういう……」

 慌てふためく男達。

 「ふむ、別段驚くべき事ではないだろう?お主等ぬしらが”利”で引き込んだ者達を、俺は更に大きな”利”で取り込んだ……同時に脅しを加味してな」

 顎髭あごひげ男はそう言うと、抱えていた幼児を部下の一人に預け、剣先に囲まれた男達にゆっくりと歩み寄って行く。

 「お主達は、”あの御方”にお仕えするには価値が無さ過ぎる……しかしだ、間抜けなお主達が決起してくれて感謝もしている」

 「なにっ!?」

 「草加くさか 勘重郎かんじゅうろう!貴様何を!?」

 状況を、歩み寄る勘重郎かんじゅうろうの言葉を理解出来ない男達は、唯々目を見開いてそれに戸惑っている。

 「解らぬか?日乃ひのでは最嘉さいか様の元にはこの勘重郎かんじゅうろうが居れば良い、愚かな主等ぬしらがこうやって消えてくれれば、日乃ひの古参の武官として唯一残った俺が最嘉さいか様からの恩賞を独占して受け取れるからな」

 「ぬ……このっ……恥知らずが」

 「か、勘重郎かんじゅうろうぉぉ!」

 見苦しい恨み事を叫びながらも、見る間に縛り上げられる六人の男達。

 「…………」

 それを尻目に、勘重郎かんじゅうろうは地面に這いつくばって茫然自失の女を見下ろしていた。

 「あ……あぅ……命だけは……幼い正五朗しょうごろうの命だけは……勘重郎かんじゅうろう殿!どうか……どうか鈴原すずはら 最嘉さいか様にっ!」

 傍らに立つ勘重郎かんじゅうろうの足にすがり付き、懇願する女を顎髭あごひげ男は無表情に見下ろす。

 「か、勘重郎かんじゅうろう殿!お慈悲をっ!」

 ガッ!

 「うっ!」

 それを振り払い、勘重郎かんじゅうろうは冷たい声で言い放った。

 「死する覚悟も持たぬ者が戦場に立つのでは無い!亀成かめなり 多絵たえ殿……貴女はお父上、亀成かめなり 弾正だんじょう殿と同じだ」

 「……うっ……うぅ」

 蹲り、見上げる女に勘重郎かんじゅうろうは続ける。

 「兵士達ひとには命を賭けさせて自身は……自身の身内にはその類いが及ぶことを想像だに出来ない、それは人の上に立つには余りにも他人ひとを馬鹿にした話では無いか?」

 「う……うぅ……お願いです……かんじゅうろ……う……さま……」

 だが多絵たえに耳に入らない。

 ただ弟の命を懇願することに必死な亀成かめなり 多絵たえには勘重郎かんじゅうろうの言葉など耳に入るはずもない。

 「…………古今東西、反逆罪は例外なく死罪である。だが俺には裁定権は無い、全ては我が主君、鈴原すずはら 最嘉さいか様のお心一つであろう」

 それが意味を成さないと理解した草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは、泣き崩れたままの女を置いて背を向けた。

 「か……勘重郎かんじゅうろうさまぁぁーー!!」

 後背で泣き喚き、取り押さえられて連れ行かれる亀成かめなり 多絵たえを背に……

 ――

 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうは残りの兵士達に撤収の指示を出していた。

 「勘重郎かんじゅうろう様、しかし何故にこのような解りやすい悪役を……亀成かめなり 多絵たえ殿にもわざと無慈悲な言葉を……」

 「…………」

 部下の問いかけに勘重郎かんじゅうろうは……無言にて”ふむ”と顎髭あごひげさする。

 「反乱者共に非道な脅しをかけたのも、今回の対応にご自身が前面に出られたのも……その……なんというか、”利”を追求する勘重郎かんじゅうろう様にはその……」

 部下の言葉は後半ごにょごにょと要領を得なくなるが……
 勘重郎かんじゅうろうには部下の言いたい事は理解出来ていた。

 「ふむ、”計算高い男”と揶揄される、損得勘定しか興味の無い俺のような俗物が何故に主君の矢面に立って悪役を引き受けるか疑問だというのだろう?」

 そして部下が言いにくい事をハッキリと口にする。

 「う……あの……はい」

 申し訳なさそうに頷く勘重郎かんじゅうろうの部下。

 「嫌われたり憎まれたりは部下の役目だろう。頂点たる御方は民にも部下にも慕われている方が何かと良い」

 「で、ですから……その……その考え方が……」

 「ふむ、俺らしくないと?」

 「……」

 ”計算高い人物”と噂高い草加くさか 勘重郎かんじゅうろうに仕えてきた部下の疑問。

 勘重郎かんじゅうろうは成る程、それも尤もかと、顎髭あごひげさすりながら頷いていた。

 「…………」

 そして顎髭あごひげ男は暫し思考した後、ゆっくりと口を開く。
 
 「かつ最嘉さいか様は家臣一同の前で仰った……”我が臨海りんかいは今回の天都原あまつはらからの独立をもってこの”あかつき”の統一に乗り出す!”と」

 「それは……我ら下級兵士達も聞き及んでおります」

 多分、それは気の迷いだったのだろう。

 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうはその時、他人には話すことなど無い様な事柄を口にしていた。

 「ふむ、つまりな……」

 どこかで……生涯に一度くらいは……

 ”草加 勘重郎かれ”でも、そういう本心を口に出して置きたかったのかも知れない。

 「……っ!?」

 その時、兵士が見たのは……
 壮年の顎髭あごひげ男が普段見せる腹黒い雰囲気とはまるで別物の瞳。

 「焦がれたのだ」

 「は?……え……と?」

 腹黒い代名詞の様な男の、純粋になにかを渇望して止まない、憧れに目一杯、手を伸ばす少年のような瞳に……兵士はつい対応を見失う。

 「この戦国世界に男子として生を受けたなら誰もが一度は夢を見、そして諦める壮大な浪漫……俺の様に汚れ、年を取っても”それ”を思い起こさせるの御仁……」

 「……勘重郎かんじゅうろう様」

 勘重郎かんじゅうろうの普段は絶対に見せない顔は、次第に、部下の若い兵士が秘めたる浪漫に対する憧憬にも伝染する。

 「鈴原すずはら 最嘉さいか、この名に付き従え!そうすれば、未だ刻まれたことの無い歴史を目にする事ができるだろう!」

 「ん?」

 兵士はそんな台詞を口にして、真っ直ぐに勘重郎かんじゅうろうを見ていた。

 「その時に!その場所で!居並ぶ重臣の方々に放たれた最嘉さいか様のお言葉だと伝え聞いておりますっ!」

 そして誇らしげに、まるで自分の言葉のように胸を張る。

 「んん……そうだな……」

 だが、素直に瞳をキラキラとさせる若き兵士に勘重郎かんじゅうろうは少しばかりばつが悪くなっていた。

 それは……

 鈴原すずはら 最嘉さいかにより計算され、演出されたあの場の支配者的魅力カリスマ
 諸将の心を痺れさせるに足る言葉フレーズの選択。

 ”政治的駆け引きそれ”が解る勘重郎かんじゅうろうには、このような純真な若者の真っ直ぐな瞳は少しばかり気恥ずかしくも在るが……

 それでも今日の勘重郎かんじゅうろうは……

 「あの御方が本当は何を求めているのか……俺如きにはそれが計り知れん」

 「勘重郎かんじゅうろう様?」

 ――それでも草加 勘重郎オレは焦がれたのだ

 「ふふ……だがな、お仕えすることで、そんな計り知れん”とびきり”のお零れを頂けるやもしれん。少年期むかしに夢見た光景を現在いまは汚れた胸にさえ刻めるかもしれん……それだけで俺には破格なのだ、絶大なる利益となるのだ……そういう”利”を求めるのも、ある意味計算高いといえるだろう」

 少しだけ照れくさくなったのだろうか?

 草加くさか 勘重郎かんじゅうろうはそんな、”彼らしくも有り、彼らしくも無い”言葉を部下に残し、その場を撤収したのだった。

 ――
 ―


 「おい、鈴原すずはら、おい……」

 香賀かが城にある大広間を急増の執務室に仕立て、そこに集められた大量の戦後処理という雑務の中でようやく一息ついていた俺は……

 此所ここに居たる直前にもたらされた、”日乃ひのでの大規模反乱未遂”事件の顛末が記載された報告書を思い出していた。

 「ん、ああ?穂邑ほむらか……でなんだって?」

 「……」

 少しばかり”ぼー”としていた俺に、穂邑ほむら はがねが呆れていた。

 「ホントに大丈夫かお前?やっぱ怪我が……子供じゃ無いんだから強がってどうする」

 「心配性な奴だな、”戦での怪我”なんてものはな、気合いなんだよ!解るか?気合い!医者なんて大体は大層に診断して自分の仕事を作るのが目的でだな……」

 図星ではあったのだが、それ故に俺は偽眼鏡くんの言い方がなんとなく癪に触って、苦しい言い訳をするが……

 実際の俺の体は苦痛による脂汗が止まらない状況だった。

 「嘘くさいな……」

 「ホントだって」

 「じゃ、同じ事をその女性ひとに言ってみろよ」

 「は?」

 俺は不毛なやり取りを続けていた相手、穂邑ほむらの一言に……

 「お、王様……、二度と無茶はしないと……な、何度も何度も王様は……ひ、酷いです……」

 初めてそこに誰か居ることに気がついた。

 「うぅ……」

 いつの間にか俺の背後には、花房はなふさ 清奈せなの姿があったのだ。

 ――マジかよ……これで気配に気づけないなんて……重傷だな……

 其の事実、そしてこの状況……

 些細な抵抗を諦めた俺は素直に頭を下げたのだった。

 「ごめんなさい」

 第五十七話「破格の”利”」後編 END
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