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王覇の道編
第五十六話「顎髭男の善悪」後編(改訂版)
しおりを挟む第五十六話「顎髭男の善悪」後編
”香賀美領攻略”が一段落した俺は、穂邑 鋼の言葉をきっかけに、もう一度状況の整理の意味も兼ねて置かれた状況を思い返してみる。
――赤目領土内の反乱……
この本命中の本命ともいえる問題は、陽子の方が落ち着き次第に俺が直々に対応する予定だ。
だから今回情報を整理してみるのはその他の二件である。
先日、”近代国家世界”で花房 清奈から報告のあった二件だ。
臨海国内、日乃領での反乱分子の一件と、宮郷 弥代絡みの一件だったか?
とはいえ、実はこれらの問題はこの時点で一応の解決をしてはいた。
「……」
――そうだな、先ずは”日乃での反乱分子の一件”からいうと……
――
―
「その件は……あ、あの、今日にも担当者が直接、王様に……ご、ご説明したいと……」
”近代国家世界”で花房 清奈は俺にそう言った。
果たして同日、ほどなく那知城主、草加 勘重郎が九郎江にある鈴原本邸へと、俺に謁見を求めて来訪したのだった。
――
「只今説明させて頂いた通り、この反乱がこれ以上拡大するのを抑え、更に首謀者一味を一網打尽にする手立てが我が胸中にはあるのですが……どうでしょう?」
会うなり、その顎髭男は俺に献策をしてきた。
この顎髭男、草加 勘重郎の言う秘策とは簡潔に纏めればこうだった。
日乃の反乱軍は、前回の日乃攻防戦時に南阿の白閃隊に破れ、最終的に臨海へと降った事に異論のある者達である。
恐らくは赤目の妖怪、鵜貝 孫六に焚きつけられ、踊らされた奴等だが……
実際に強硬派なのはそのごく一部らしい。
結果的に我ら臨海が日乃を手に入れたあの戦で、俺が裁いた前日乃領主、亀成 弾正の娘と、久井瀬……あの時は久鷹 雪白だったが、その彼女に散々に叩かれた覧津城の元兵士の残党がそうだ。
勘重郎の見積もりでは、数は……実質、百程も無いという。
つまり、それ以外の数百在るという反乱軍は有象無象……
草加 勘重郎が言うには、この機により良い条件を得ようと画策する程度の輩であるから、少しばかり脅しをかければ黙らせる事は容易いと言うことだ。
「で、人質を使って脅すのか?」
俺は目の前で膝をついたこの顎髭男の考えそうなことを察して確認する。
「ほほぅ……ふむ、戦国の世で人質とは元来そういう使い道でありましょう?」
顎髭男は少しだけ驚いた顔をしたが、あくまでも俺の質問に一般論で返す。
「まぁな、こんな状況で使える”カード”としては確かに重宝はするよなぁ」
ならばと……俺も白々しくもそう答えた。
――この顎髭男とのやり取りは何時もこうだ
お互いの腹を探り合って自らの考えと比較する。
それは俺の器を量っているのか、それとも……
「ふむ……実はですな……今回、都合の良い事に日乃領土内、各地の主要人物の奥方、子息の所在は周知しており、監視も……」
――都合の良い?よく言うな……
実は俺は知っていた。
日乃領都にある堂上城、及び那知城、覧津城という前の戦で戦火に見舞われた城に対して、俺が指示した修復作業を一手に仕切った草加 勘重郎はその一環として、主たる者達の親類縁者にまで相当数の使用人を貸し与え、色々と個人的にも援助したという。
だが、抑もが”計算高い”と評判のこの顎髭男が善意で身銭を切る訳がない。
つまりコレは何かあったときの保険だ。
もっと露骨に言うと……
あからさまな懐柔工作と、それでも靡かぬ未来の反乱分子となる可能性への”諜報部員”兼”暗殺部隊”といったところだろう。
「亀成 多絵……前日乃領主、亀成 弾正の娘の身辺にも子飼いを潜ませているのか?」
「まさか、全ての未来を見通せる者は神のみでしょう?」
俺の問いに男は顎髭を摩って笑う。
――なるほど、”運命神”とまではいかないものの”似非占い師”程度には把握してあると……
俺はそんな、何事にも用意周到な腹黒男とのやり取りに少し食傷気味ではあったが……
「…………わかった」
――実際、それを知っていながら、ある意味”確信犯的”に放置していた俺が意見するのもなぁ……
と、顎髭男の策に頷いてみせるだけだった。
「ふむ、よろしいので?反乱拡大は抑えられましょうが、場合によっては最嘉様の御名に傷が付くかもしれませんぞ?」
――御名?……女子供を人質になど卑劣な……ってやつか?
「別に、どうってことないな」
俺は即答する。
悪辣だとか、姑息だとか……戦場で”詐欺師”と揶揄される俺に何を今更と受け流す。
「ほぅ……ふふふ」
それを受けて……顎髭男、草加 勘重郎は何故か満足げに頷いていた。
「ふむ……”善悪”などと言う価値観を多くの者が当然の如く振り翳しますが、要は”利”を得る者の数の違いのみ。多ければ善で少なければ悪……行動に伴う本人の価値、真価を問われる”道理”や”矜恃”とはまるで別物の上辺だけの方便。それが最嘉様は本質のところでよくお解りでありますな」
――身も蓋もないことを……
俺は顎髭男の言い様に呆れながらも、聞かなかったかのように続けた。
「有象無象はそれで良しとして、本命の前日乃領主、亀成 弾正の娘という亀成 多絵とその周りの者達はどう対処する?」
俺の問いに草加 勘重郎は更に碌でもない悪巧みの顔で笑う。
「彼の者達の元には、御察しの通り”実行部隊”とまでは及びませなんだが、”目”や”耳”を仕込む事には抜かりはありませぬ、なれば”正々堂々”と相手の交渉に応じる振りをして”騙し討ち”にて捕らえましょう」
――”正々堂々”に”騙し討ち”ね……
この男にこの手の話で、最早俺には今更言うことは無い。
俺は草加 勘重郎の策を採用したとばかりに頷くと、実行の許可を出す。
「我が未熟なる策をお聞き入れ頂き恐悦至極!……では私は”戦国世界”に切り替わり次第、事に取りかかりますので、早速、那知に戻らせて頂く事とします」
満足そうな表情で頭を下げ、部屋を去ろうとする顎髭男の背中を眺めていた俺は、ふと思う。
「そうだ、草加 勘重郎」
「はっ!」
そして退室寸前だった男は振り向いて俺を見た。
――最早、俺には今更言うことは無い……という訳でもなかったな
俺はそう思い直し、こう言ってみた。
「ミイラ取りがミイラになるなよ?」
「っ!?」
少しだけ呆気にとられた顔の顎髭男は、僅かに時間を置いてから……
「然もありなん、ですなぁ」
愉しそうな笑みを浮かべて顎髭を摩ったのだった。
第五十六話「顎髭男の善悪」後編 END
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