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王覇の道編

第二十六話「城壁の外」後編(改訂版)

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 第二十六話「城壁の外」後編

 「で、どうだ……旺帝おうていの先行部隊は?」

 俺は尾宇美おうみ城東門城壁へ到着してすぐに、戦場ここを仕切る異様に体格と威勢の良い老将に尋ねていた。

 「おぉ若、ご覧あれ!あの旺帝おうていが雑兵共の有様を!ハハッ!」

 長年戦場で培い実戦経験値、最高値カンストにまで鍛え上げられた鋼の肉体。
 その体躯と同じく実戦で使い込まれた無骨な重装鎧をまとった……

 ――我が臨海りんかい軍随一の戦人いくさびとである比堅ひかた 廉高やすたか

 分厚い顔面に刻んだ年輪よりも遙かに多彩に面積のほとんどを占める戦傷いくさきず
 片方の目はその一つにより永劫に開くことが無い。

 「廉高やすたか……相変わらずだな、連れてきた臨海りんかい兵の様子はどうだ?」

 俺は城壁下で少し距離を取って陣取る旺帝おうてい軍をチラリと確認して続ける。

 「問題ありませぬな、如何いかに数に勝ろうとも彼奴等きゃつら如き、我が槍の前には蚊とんぼも同然!」

 臨海りんかい軍将軍統括……つまり臨海りんかい国将軍全てのまとめ役である”ご意見番”。
 俺の父の代から仕える宿将、比堅ひかた 廉高やすたかの武勇は内外に轟いている。

 ”臨海りんかいの王虎”の異名を冠する老将は、俺の幼少からの教育係であり尊敬する人物だ。

 「そうか、それでその後の奴等の動きだが……」

 ガーーンッ!
 ガーーンッ!
 ガーーンッ!

 ――っ!?

 俺がそう問いかけようとした瞬間だった。

 を鳴らせて数騎の騎馬が城門前まで走り寄り、その中の一人の男がちらを仰いでから大きく口を開ける。

 「この期に及んで城にもるしか能の無い臆病者共っ!!貴様ら辺境の弱小国、臨海りんかい軍が何故にこの地にしゃしゃり出てくるのか!は”あかつき”を仕切る大国の戦場ぞ、身の程を弁えたらどうであるかっ!」

 馬上で叫ぶのは……

 黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えている、年の頃なら四十代半ばといった男だ。

 「ぬぅ、雑駁ざっぱが!!」

 「廉高やすたか……」

 俺は、それを城壁上から共に見下ろしていた老将が槍を手に乗り出そうとするのを右手で遮って抑える。

 「若!?」

 ――ったく、俺の四倍以上も生きててこの血の気の多さだよ……

 俺は呆れつつも、老将に頷いて見せてから城壁下の黒仮面に返礼してやることにする。

 「我は天都原あまつはら国軍総司令部参謀長、紫梗宮しきょうのみや 京極きょうごく 陽子はるこ様に、この戦場を任されし鈴木 燦太郎りんたろうだ!臨海りんかい軍は我が主の要請にて駆け付けた友軍である。そして場違いなのは貴殿ら旺帝おうてい軍の方だ!奸賊、藤桐ふじきり 光友みつともそそのかされ、まんまと逆賊の同胞はらからと成り果てたかっ!!」

 ――おおおおぉぉぉぉっっ!!

 俺の啖呵に城壁上の天都原あまつはら兵、りんかい兵が共に歓声を上げた。

 「ふん、言うでは無いか、鈴木 燦太郎りんたろうとやら……包帯だらけの顔面とその面妖な風体、それに聞かぬ名だが……」

 黒仮面男は馬上から俺を見上げて負けじと”鈴木 燦太郎オレ”を評するが、

 ――黒仮面のお前に言われたくないなぁ……

 と即座に反論したくもあったが、なんとなく不毛な議論になりそうなので言い返すのは止めた。

 「まあ良い、我は旺帝おうてい軍、”旺帝おうてい八竜が一竜”山道やまみち 鹿助かすけっ!!貴殿がこの場の司令官というのなら……ならばこれを見よっ!!」

 そして黒仮面男、山道やまみち 鹿助かすけと名乗った男は、後ろに並ぶ数騎の騎馬兵達に指示を出してその場に”何か”を引きずって来させた。

 ズズ……

 ――なんだ?

 ズズズ……

 辺りに巨大な石臼を引くような低い音が響き、二頭の馬に引きずられて来たのは、台形の木枠の上に一本柱が建つ建造物……

 「っ!?」

 俺は目を見開いて”それ”を見下ろしていた。

 「おのれぇぇっ卑劣なっ!!」

 俺の隣では老将が、怒りの余り握る槍がギリギリと音を立ててしなる。

 ズズズ……

 多分、急ごしらえで組まれた木製の台座。

 その上に人胴程の直径をした丸太が柱として建ち……

 つまり、それは船の帆を下ろしたマストを思い浮かべるような形?

 「……」

 ――いいや、もっと的確な表現を俺はっている……

 ズズズ……

 そしてソレは定位置に……

 城壁から見下ろす俺達から”一番よく見える”であろう位置で停止した。

 ――

 「……う……ぅぅ……」

 木製柱に縛り付けられた……半裸の女から呻き声が漏れる。

 「宮郷みやざと……弥代やしろ……か」

 俺は意識せずにもそう呟いていた。

 「…………は……うぁ……」

 太い柱に細い両手首を万歳した形で固定され吊り下げられた虜囚。

 裸足の足は台座に着くか着かないかの爪先立ち状態で、プルプルと痙攣しているのが遠目にも分かる。

 「……う……は……」

 鎧と衣服を剥ぎ取られたであろう裸身を包む上下の下着は、元の色が判別できないほど血の赤に染まりこびり付いていた。

 ――あか……あか……あか

 白い裸身全体がにじんだ、或いは切り裂かれたしゅに染まる虫の息の女。

 「…………」

 ――そう、俺は”コレ”のもっと的確な表現をっている……

 ――そう、これは……

 「……はぁ……あ……ぅぅ……」

 ――はりつけだいだっ!

 「……」

 恐らく戦いに破れ、負った傷の治療も満足に受けられぬまま”そうされた”のであろう。

 ――何のため?

 そんなのは決まっている。

 この場でこの敗残の姿を衆人観衆に晒し、その後は散々に犯して見世物にして殺す……

 降伏せずにあくまで戦い、敗れればこうなる。

 ろうじょう中の敵兵を精神的に追い詰めるための……公開処刑みせしめだ。

 「ふ……くっ……うぅ……」

 痛みからだろうか、それとも屈辱からか……

 自決防止のためのさるぐつわ越しに、すっかり血の気の失せた彼女のあかい唇から苦痛を内包した吐息が漏れていた。

 ――ザワワッ!!

 騒然となる天都原あまつはら、そして臨海りんかいの守備兵士達……

 無理も無いだろう、敵の狙いはまさにこれだ。

 ”紅の射手クリムゾン・シューター”、”紅夜叉くれないやしゃ”の異名を誇る宮郷みやごう随一の英傑、宮郷みやざと 弥代やしろが……

 こうも惨めな姿を晒し、この後はもっと悲惨な状況を与えられ、苦悶の内に死を迎えるであろう。

 そして兵力に劣る守備軍の唯一といえる優位性アドバンテージろうじょう戦略。

 この利を捨てきれない天都原あまつはら臨海りんかい軍は、それを指をくわえて見ている事しかでき無い現実。

 「…………」

 俺は何も考えることは無い。

 ――当然だ……弥代やしろは見殺す

 この”籠城戦せんじゅつ”を採った時点で、白兵戦などあり得ない選択肢だ。

 策士として、いや、戦場に身を置く者として……
 それは当然すぎる常識中の常識。

 「う……ぅ」

 ――ゴクリッ

 城壁下で女を囲む旺帝おうてい兵士達、誰かの生唾を飲み込む音が聞こえる様な……
 そんな獣じみた視線の数々。

 はりつけだい越しに囲む旺帝兵士達おとこたちの血走った目が否応にもその後の展開を物語る。

 鮮烈な赤と既にドス黒く変色した血痕にまみれながらも、未だ艶を見せる女の白くしなやかな肢体……殆ど布を残していない晒した弥代やしろ身体からだ

 大きく隆起した胸とくびれた腰、爪先立ちで震える足先まで……

 は、長身で細身だが女性特有の流麗な曲線を体現する肉感的グラマラスえものを欲する空気が充満した異様な空間であった。

 「…………」

 ――策士は常に冷静で取捨選択ができ無いと話にならない

 それに”武人”である宮郷みやざと 弥代やしろなら、これも覚悟の上だろう。

 「若……どうされますか」

 「……」

 老将の問いかけは一応の確認だ。

 形式だけ……

 戦場に長らく身を置く比堅ひかた 廉高やすたかもそれは周知であろう。

 策は”籠城ろうじょう”、宮郷みやざと 弥代やしろは見殺……

 「……す」

 ――だから俺は……

 当然の如くそう行動する。

 「す……”鈴木 燦太郎りんたろう”が一騎打ちを所望するっ!!旺帝おうていよ、これは俺からの提案だっ!!」

 ――っ!?

 一瞬で、その場は静まりかえった。

 俺の言葉、行動……この場は”それ”を理解出来なかったのだろう。

 「な、なにぃっ!?」

 ――ザワワッ!?

 一呼吸置いて、一斉にざわめく城壁の内外!

 獣の目をしていた兵士達も、今の視線は城壁上の俺に釘付けだ。

 「…………ちっ」

 俺は少しばかり策士としての自分に失望はしたが……後悔はせずに済んだ。

 そして続けて、眼下でちらを間抜けに見上げる黒仮面をビシリと指さして続け叫んだ。

 「俺が負けたら開城してやるよっ!!……ただし」

 「……っ!?」

 あまりに大胆すぎる俺の発言に、距離があるにもかかわらず……
 俺の耳には眼下で黒仮面がゴクリと生唾を飲み込む音が聞こえた気がした。

 「ただし、俺が勝ったら”20秒”だけ俺の好きにさせろ!」

 「…………は?……な、何を?……鈴木 燦太郎りんたろうぉっ!?」

 戦場の常識……

 それは過酷な環境だからこそ許される日常の非常識……

 敵兵士を鏖殺する刃を躊躇無く振るい、大局のためなら平常心で味方を見殺す。

 ――だから、

 ――だからこそ俺は……それを…………んだんだ……

 眼下の山道やまみち 鹿助かすけを睨み付けながらも、俺の脳裏にはかつての……
 ある少女の顔が浮かんでいたのだった。

 ――嘉深よしみ……

 そう……だから、

 「だからこそっ!その”選択肢”を捨てるのが俺の原点なんだよっ!!」

 無謀と言うより、最早、意味不明の啖呵を切る俺の横にて――

 父亡き後に俺を育てたとも言える老将の……

 歴戦の戦人いくさびとたる”比堅ひかた 廉高やすたか”の古傷だらけの厳つい顔が……

 僅かだけ柔らかくなった気がした。

 第二十六話「城壁の外」後編 END
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