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王覇の道編
第六十六話「情の深い独裁者」前編(改訂版)
しおりを挟む第六十六話「情の深い独裁者」前編
「何時も何時も何時も貴方はっ!!なんの事前説明も無く方針転換をっ!!」
ガツッ!
「ぐはっ!って……毎回毎回毎回、俺にはなっ!!ちゃんとした理由があるんだよっ!!」
ドカッ!
「がはっ!く……四年前、大夫様に許可を得ること無く盗賊退治を強行した時もそうだった。廃村に追い込む予定が急に変更だと、近くの砦に!」
ガキィッ!
「そ、それがどうした!?その方が効率が良かったんだよっ!」
ドカァッ!
――俺と壱は殴り合っていた
「ま、真琴様……これは止めた方が?」
佐和山 咲季がオロオロとしながら、殴り合う俺達と自身の隣で静観する鈴原 真琴を交互に見て問いかけるが、黒髪ショートカット少女は視線は殴り合う男達に向けたままで、無言で首を横に振る。
「で、ですがっ!」
「……だいじょうぶ……あれ、は……ただの喧嘩だから」
「っ!?」
なおも食い下がる咲季に、反対側の隣から諭したのは白金の騎士姫、久井瀬 雪白だった。
――
――そうだ。これは喧嘩……
俺と壱は激しく殴り合ってはいるが、これは”殺し合い”で無く”ただの喧嘩”だ。
ドカッ!
「がはっ!」
――とは言っても、勿論お互いに手加減など微塵も無い!
ガツッ!
「ぐはっ!」
ドカッ!
「ぐぅっ!」
――だが、その殴り合いは奇妙なことに……
「効率?あの後、大夫様からお咎めを……只でさえ命令違反の勝手な行動だったというのに、よりによって無人だったとはいえど自軍の砦を盗賊ごと全焼させ、結果的に最嘉様は降格処分と、ひと月以上独房入りだったではないですかっ!!」
ガシィィ!
「ぐっ……は……そ、それも計算の内だ!俺のやることには何時もちゃんとした理由があるんだよっ!!」
バキィィッ!
永遠に続くかとさえ思われる殴り合いと口喧嘩。
「で、ですが!このままでは!」
佐和山 咲季は涙目のまま、今度は久井瀬 雪白を見ていた。
「……」
だが、輝く白金の銀河の瞳が見るのは、問いかけた咲季で無く、殴り合う男達でも無い。
「…………」
その美しい”魔眼”が厳しい視線を向けるのは、咲季を挟んで並び立つ鈴原 真琴。
久井瀬 雪白は、まるで敵を見る様な厳しい視線で鈴原 真琴を睨んでいたのだ。
「あの?雪白さ……」
バキィィッ!
「っ!?」
白金姫の視線に疑問を浮かべた咲季だが、それは目前で続行される殴り合いの打撃音により、彼女の意識は再び”喧嘩””に戻されたのだった。
ドカァァ!
ガスゥゥ!
「…………」
そして……確かにその殴り合いは何処か少しおかしかった。
お互いが容赦無く拳をぶつけ合ってはいるが、攻撃はあくまで顔面と腹部に集中し、急所などを狙うことは全くない。
「では、三年前っ!夕食の盛り付けが多い皿をジャンケンで決めようとした時、最嘉様は私に負けたにも拘わらず、実は三回勝負だと後付けでルールを……」
「うっ!……あれにもちゃんとした理由が……」
会得した体術や格闘術をお互い一切使わない只の殴り合い。
「無いでしょうっ!?ジャンケンに理由なんて!」
バキィィッ!
「ぐっ……てか……お前は……三年も前の夕飯のこと根に持ってんじゃねぇっ!!」
ドカァァ!!
「ぐはぁっ!」
殴り合うのも何故か交互。
必ず交互に、しかも相手の拳撃を躱す事無く受けている。
「あの……これって……?」
荒事に疎い少女でも流石に気付く不自然さと、続けるごとに低レベルになる口論の内容に、咲季の取り乱していた心も少しだけ落ち着き、彼女は再度、真琴に尋ねていた。
「だから喧嘩よ……真剣勝負のね」
「……」
――暗黙の了解が存在する喧嘩
阿吽の呼吸で、お互いがまるでルールに沿っているかの様な殴り合い。
しかしそうは言っても……
バキィィッ!
ガスゥゥ!!
正面切って殴り合っているのだから、そのダメージはお互いに甚大だ。
「はぁはぁはぁはぁ……」
「くっ……はぁはぁはぁ……」
二人の男の無惨に腫れ上がった血塗れの顔。
握った拳を構えたまま粗い呼吸を繰り返す男達はもうボロボロだ。
「さ、流石に、このままでは……」
「もうすぐ……終わるわ」
心配で涙目になった咲季に、真琴は言う。
「え?」
そして……その言葉から間を置かず、
「…………」
宗三 壱はいつの間にか拳を解き、腰を屈めた状態で両膝に両手を着いて俯き、肩で大きく息をしていた。
「はぁはぁ……わ、解っていたのです……四年前の盗賊退治……直前に、追い込む予定だった廃村に流入した難民が居るという噂レベルの情報が……貴方はそれで、大夫様から処罰を受けることを承知で、殲滅先を近隣の砦に急遽変更を……」
「……」
ボロボロになった腹心の部下が話す言葉を聞きながら、拳を握ったまま無言で立つ俺。
目前で項垂れる壱の肩から、スッと力が抜けた様に見えた。
「最嘉様はいつもそうだ……そういう方で……」
「壱……」
闘争心がすっかり消えた男の呟きを受け、真琴が小さくその名を呼ぶ。
「……」
俯いたままの壱の表情は俺の角度からは見えなくて……
だが、聞こえて来る穏やかな声から多分……もう壱は……
「最嘉様が誰よりも高く飛ばれるのなら、従者である私はそれを地上を這いずり回ってでも必ずや受け止め、降される天罰を代わりにこの身に刻みましょう」
「…………」
――俺には懐かしい宗三 壱の台詞
だが……
激しい殴り合いと口論から一転、しんみりとした口調に変わった宗三 壱に、その場の者達はその意図を予見する。
「……」
「……」
「……」
――すっかり静まりかえる広間で……
「何処までも……どこまでも高く昊天へと至る希望の鴻鵠……鈴原 最嘉は現在や臨海国全ての希望であり、この私の……我が憧憬の……」
この瞬間、真に!
衆人に対し、宗三 壱の覚悟が示されようとしていた。
「最嘉様……この身を処断し、軍の一層の引き締めを!臨海の未来の為、なにより最嘉様の本願のため、そして私が貴方と共に見た夢の為、この身を……」
――ガクン
そして男はそのまま……床に膝を落とした。
――
忽ち広間に走る緊張っ!!
「い、壱っ!!駄目よ!その先は……言ってはだめっ!!壱兄さんっ!!」
それまでなんとか感情を抑え静観していた鈴原 真琴が顔色を変え、身を乗り出して叫ぶ!
「……」
雪白も言葉無く……
「こ、こんな……こんな結末……」
咲季も視線を落とす。
その言葉が完結する事の意味を知るが故に、
諦めと悲しみで誰もが表情を深く沈ませていた。
――そうかよ……
「……」
宗三 壱を見下ろす俺は……
――どうあっても”死ぬ”のか宗三 壱
この男の憧憬に値するらしい鈴原 最嘉と言うご立派な男は……
「……」
ガギィィン!
丁度、足元に転がっていた愛刀の残骸を踏みつけた!
ヒュオン、ヒュオン……
鍔を起点にしたシーソーの様な動き、その反動で舞い上がった”小烏丸”が、俺の胸の高さでクルクルと回転する。
「……幕です最嘉様、決着を」
「壱兄さんっ!!」
既に心中を隠す術無く悲痛な声を上げる真琴を尻目に……
――パシィ!
回転る小烏丸の柄を雑に、水平に払うように無造作に掴む俺。
「…………」
とっくに覚悟を決めたろう、項垂れた壱の表情は俺からは確認することが出来ない。
「……」
ヒュォッ!
そして俺は感情を深く沈めた無機質な表情で手にした刀を振り上げたのだ。
第六十六話「情の深い独裁者」前編 END
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