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独立編

「独立編」エピローグ

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 第一部「独立編」エピローグ

 臨海りんかい領がある天都原あまつはら南部から幾つもの山を越えた北方。
 そこに”あかつき”本州北部の大国、宗教国家”七峰しちほう”がある。


 ――”七峰しちほう”随一の都市である宗都、”鶴賀つるが”領にある七峰しちほう総本山”慈瑠院じりゅういん”の一室で……

 「わたしは許してない!天都原あまつはらとの戦争なんて……なのに何故こんなことに!?……壬橋みはしっ!?」

 畳敷きの室内で、一段上がった台座に座る御簾みす越しの華奢な人影が声を荒げる。

 「ほほ、これは異な事を、我ら七神道しちがみの神に仕える使徒としてはその素晴らしくも尊い教えを広めるのは当然の使命、従わない愚衆にこれを武をもって行うのも本道だと思いますが?」

 怒鳴られているのにも拘わらず、落ち着いた様子でその前に座して飄飄ひょうひょうと応える中年の男。

 この身なりの良い、如何いかにも上流階級を気取った男こそが、この宗教国家”七峰しちほう”を影で牛耳るという”壬橋みはし三人衆”がひとり、長兄の壬橋みはし 尚明しょうめいであった。

 「で、でも……無用な争いは……」

 「無用?てる様は神の尊厳をあまねく広げようとする我らの行いが無用だと!?」

 「い……いえ、そういう意味じゃ……」

 「ほほぅ!ではどういう意味ですかなっ!」

 壬橋みはし 尚明しょうめいは口調こそ丁寧だが、意地悪く口元に歪んだ笑みを浮かべて当然のように反論して来る。

 神の代行者たる”神代じんだい”の少女相手に不遜にも片膝を立てて、視界を遮る御簾みすの向こう側、目前の上座に鎮座する少女の方へ乗り出さんばかりだ。

 「っ!」

 そして、御簾みすの向こうで明らかにビクリと怯えるシルエット。

 「ふふんっ」

 壬橋みはし 尚明しょうめいはその光景に濁った目をサディスティックに細める。

 ――ガタッ!

 途端、何か物音がしたかと思うと、御簾みすの前……
 尚明しょうめいから向かって左端に座っていた影が立ち上がっていた。

「ちっ!」

 壬橋みはし 尚明しょうめいは自身と頼りなげな少女の間に立つその男を一瞥し、忌々しげに舌打ちした後、渋々ともう一度腰を落ち着ける。

 そして、その男もそれを確認した後に、事が起こる前の状態に戻る。

 「……」

 その男は、まるで部外者と言わんばかりのやる気の無い態度で左端の壁にもたれ掛かって座ったのだ。

 「ふん、どこの馬の骨ともしれん下賤げせんが……」

 壬橋みはし 尚明しょうめいたいと聞こえるようにそう呟いたが、当の男は変わらず我関せずといった風体で目を閉じて座ったままだ。

 「では……てる様、先ほどの話の続きを……」

 一度は邪魔が入ったものの、再び下卑た笑みを浮かべるサディストな中年の言葉に、御簾みすの向こう側で少女の華奢なシルエットがビクリとまた過剰に反応するのがわかった。

 ――
 ―

 それから小一時間。

 性格の悪い中年男に結局散々やり込められた少女は、その壬橋みはし 尚明しょうめいが去った後の部屋で憔悴しきった状態で残され、項垂うなだれていた。

 「あーぁ、最悪だよ……あの”嫌み中年おやじ”……もう、ネチネチとしつこいよね?」

 「……」

 「……朔太郎さくたろうくん?……ねぇ、なんとか言ってよ、私、かなりご立腹だよ!」

 「……」

 部屋に残された少女の前にあった御簾みすは一番上まで巻き上げられ、そこに居る青年には少女の全身が問題なく確認できる状態だ。

 ちょこんとした可愛らしい鼻と綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。
 部屋に差し込む光を集め、サラサラとゆれ輝く栗色の髪。

 毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っている。

 大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに青年を伺う様子はなんとも男の保護的欲求がそそられそうな魅力がある。

 誰の異論も挟む余地の無い美少女であろうが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から美女という表現よりも可愛らしい少女の印象が一際強い少女だ。

 「ちょっとぉ!聞いてるの朔太郎さくたろうくん、あのね……」

 厳かに奉られていたような彼女が、目の前の青年には明け透けに話しかけている。
 
 しかし、それより何より驚くのはこの少女の変わり様だろう。

 先ほどまでのおどおどとした態度はどこへやら、可愛らしい感じはそのままだが多少なりとも行儀が悪くなっているのは確実だ。

 「さくた……」

 「俺は知らない」

 「うっ!」

 少女の愚痴をにべもなく跳ね返す、やる気無さ気な青年。

 「……だ、だよねぇ?……自分で決めなきゃ……駄目……だよね……わたし、”神代じんだい”なんだから……」

 青年のぶっきらぼうな言葉を受け、少女の顔は少しだけ真剣な顔になった。

 「……」

 「ごめんね、朔太郎さくたろうくん……わたし直ぐに甘えちゃって……」

 「べつに……迷惑とは思っていない」

 「……うん」

 そして彼の返事に少女は少し頬を染めて俯いた。

 「俺は……」

 「?」

 「どんな状況でも、俺は……てるを守るだけだ」

 「……う、うん!……ありがと」

 宗教国家”七峰しちほう”第十三代”神代じんだい”である六花むつのはな てるの……

 先程までの憂鬱な顔はすっかりなりを潜めて、花が綻んだような満面の笑みを浮かべていたのだった。

 第一部「独立編」END
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