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王覇の道編

第五十九話「怪人」後編(改訂版)

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 第五十九話「怪人」後編

 「藤桐ふじきり 光興みつおき公もあの覆面怪人に……か」

 この時、俺は……陽子かのじょの言うように何故か相手の年齢、性別などの整合性の齟齬そごは気にならなかった。

 ただ、俺の右足の”呪い”が……

 いにしえの”邪眼魔獣”とやらに現在も喰らわれ続けているかのように徐々に悪化してく俺の右足の”呪い”が、藤桐ふじきり 光興みつおき公の場合は全身に……

 同種の”呪い”に蝕まれる身として、俺には考えるだけでゾッとする話だった。

 「”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”に関連する”呪い”か、思い出したくない過去だからか、つい記憶の奥に封印しがちだったが……」

 そもそも俺には、理解出来ない超常現象みたいな事柄に構っている暇は無かった。

 例えそれが自身の右足のことでも、解決策の手掛かりさえ見つからない事象故に放置していた。

 「私が受けた”魔眼”の能力喪失は日常生活に別に害は無いけど、最嘉さいかの右足はそうはいかないでしょうに……私は最嘉あなたのあの変装、”鈴木 燦太郎りんたろう”に扮したミイラ男顔を見たときに、あの時の”怪しい幼女”を思いだしたわ」

 京極きょうごく 陽子はるこはそういう所が結構大雑把な俺に呆れながらも、きっかけを指摘する。

 「そうだったのか?……あの包帯グルグル巻きはちょっと前に臨海りんかいに来た招かれざる客、幾万いくま 目貫めぬきっていう巫山戯ふざけた覆面男を参考にだなぁ……覆面?……んんっ!?」

 「……?」

 俺は呟き、陽子はるこはそんな俺を見詰める。

 「い……や……ちょっとまて?……あれ?」

 「……最嘉さいか?」

 急に様子が変わる俺に、目前の美少女は不審な視線を向けていた。

 「そ、そうだ……めぬき?……幾万いくま 目貫めぬきっ!なんで俺は……気づかなかった!?」

 俺は少々混乱していた。

 「最嘉さいか?どうし……」

 「俺、会ってるんだよっ!!それも最近!くそっ、なんで今の今まで……」

 「ちょ、ちょっと最嘉さいか!?……会ってるって?……あの怪人に?」

 ――何故だ!何故今までそれに結びつかなかった!

 「そうだ、性別も年齢も似ても似つかない……が」

 ――”不自然に顔を覆い隠した怪しい人物”

 共通点はそれだけ……
 たった”それだけ”なのに俺は、なんの根拠も無くそう確信出来る!

 なのに……

 今の今まで”記憶と思考”が全く繋がらなかった!
 不自然なほどに……

 「幾万いくま 目貫めぬき……旅の歴史学者とか名乗っていた」

 「歴史学者?」

 「あぁ、名乗って臨海りんかいに……いや、多分、俺が目的で接触してきた」

 理由なんて無い、ただ、そう思える。

 「その……幾万いくま 目貫めぬきという人物は、なんと言ったの?」

 「どこの国の者でも無い、農民でも商人でも兵士でもない、全くもって時勢に関与しない自由人アイム・フリーダム傍観者バイスタンダー……」

 その時の”幾万いくま 目貫めぬき”の言葉を、一言一句漏らさず思いだした俺は……

 「”傍観者バイスタンダー”……それは言葉通りにとっても良いのかしら?」

 陽子はるこはその表現に引っかかったようだ。

 「”歴史嗜好者アナザー・ワン”とも名乗っていたな……あの不審者」

 そして俺も”そこ”が気に掛かる。

 ――アナザーワン……”娯楽人”?それとも人間世界とは関わりを捨てた”世捨て人”?

 自身はことわりの外で高見を決め込む”酔狂人”だと言うことだろうか。

 「”幾万いくま 目貫めぬき”……」

 暗黒のお嬢様はその名が特に気になるようだ。

 「名の通り、”生き馬の目を抜く”って、かぶいているんじゃ無いのか?」

 世捨て人的な人物は、よくそういう”へそ曲がりな名”を用いて自身を騙る。

 「そうね、でも私には別の推測もできるわ」

 「……」

 「例えば”幾万いくま”……これは幾百、幾千、”幾万”……”目貫めぬき”とは、目を抜く……つまり眼で見抜く……」

 ――幾星霜を経ても、どんな場所でも、お見通しってか?

 「まさに”傍観者”。奴が言うように何者でも無いアナザーワン……益々、世捨て人染みてるって訳だな」

 ご大層な名付けに呆れ気味の俺だが、暗黒の美姫は続ける。

 「そして”目貫めぬき”は……眼を抜く……”魔眼を奪うモノ”、しくは”奪還するモノ”と取れなくも無いわ」

 ――っ!?

 「盗む?奪還?一体誰から?おい、はる……」

 暗黒の美姫、俺が知る”魔眼の姫”の唇から飛びだした”魔眼キーワード”に、多少なりとも平常心がお留守になった俺は矢継ぎ早に尋ねるが……

 「……」

 そんな俺を眺めて、”魔眼それ”を所持する世界で五人しか居ないらしい少女は意外なほどに穏やかに微笑んでいた。

 「はる……お前、それがもし俺達の想像の域を越える話なら、とても笑い事じゃないんだぞ!」

 あの不審人物が、あのミイラ男が、俺達が過去に会った”布袋を被った幼女”ならば……

 天都原あまつはら王、藤桐ふじきり 光興みつおき公の病魔の元凶たる”鉄兜の老騎士”ならば……

 ――なにかが、うっすらと繋がってくる……

 気の遠くなるような大昔、世界を破滅へと導く”十二の邪眼を持った魔獣”を封印せし”戒めの指輪”

 名称不明の勇者が災厄の魔獣”バシルガウ”を封印するのに使ったという”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”。

 ――至高の黄金と苛烈なる紅蓮が重なる時、地上は焦土と化し
 ――聖なる明光と清らかなる青が相見あいまみえる時、その”存在モノ”は生死を超越するに至る
 ――斯くして、深淵の底に何をも見いだせぬ愚者はすべからく絶望の虜囚となるであろう

 ”あかつき”の古代史文献に記述された、”邪眼魔獣バシルガウ襲来”の章にある一節だ。

 気の遠くなるような大昔に世界を破滅へと導く、十二の邪眼を持つ魔獣を封じた”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”という指輪。

 陽子はるこの調べた限りでは指輪は五対、十個から成り立ち、その指輪一対一対には意味があるらしい。

 そして”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”の意味……

 宝石で飾られていないシンプルなリングは、そのものがそれぞれの物質で構成されていて、五対の指輪には序列がある。

 序列一位……黄金ゴールド
 序列二位……黒真珠ブラックパール
 序列三位……紅玉ルビー
 序列四位……白金プラチナ
 序列五位……瑠璃ラピスラズリ

 更に指輪自体は存在しないが、序列外に”虚無アナザー・ワン”が有るという、そういう言い伝えもあるらしい。

 黄金ゴールドは黄昏、黒真珠ブラックパールは深淵、紅玉ルビーは深紅、白金プラチナは純白、瑠璃ラピスラズリは青藍。

 ”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”とはつまり”魔眼の姫”達の魔眼を現す宝具と推測される。

 ――”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”イコール”魔眼の姫”

 つまり、指輪がそれぞれ”魔眼の姫”の瞳を指すのなら、黄金ゴールド黒真珠ブラックパール紅玉ルビー白金プラチナ瑠璃ラピスラズリ、計五人の姫が存在するということになる。

 五人で五対の指輪、プラス序列外の指輪は存在しないという”虚無アナザー・ワン”……

 それらを合わせて合計十二の魔眼。

 これはつまり……行き着く先は……

 いにしえの災厄、邪眼魔獣、”バシルガウの十二の邪眼”!!

 それ以外考えられない。

 名も無き英雄は魔獣から十二のうち、奪った十の邪眼を指輪に封印したという。

 「陽子はるこ、お前が以前に、災厄の魔獣”バシルガウ”を封印できるという”十戒指輪クロウグ・ラバウグ”を扱える能力を持った人間が”魔眼の姫”と言っていたが……」

 「……ええ」

 陽子はるこは相変わらず落ち着いていた。

 「なら、それを阻止しようとするのは当然”邪眼魔獣バシルガウ”で、それが指輪の無い”虚無アナザー・ワン”で、そしてその名を騙る”覆面怪人”がその怪物だと……」

 そこまで捲し立てた俺は、相変わらず他人事のように落ち着いた少女に思わず毒気を抜かれて言葉を止める。

 「ふふ……あくまで推測でお伽話かも……よ、最嘉さいかは心配性ね」

 「……」

 ――歴史?お伽話だろう?

 それは、俺がこの件にずっと抱いていた考え方だった。

 「現実味が出てきた……あんな”幾万いくま 目貫めぬき”なんて巫山戯ふざけた存在を目の当たりにして、それがこんなにも俺達に繋がってくるならな……」

 ――そう、”陽子はるこ”に関わってくるなら……

 「最嘉さいかがそこまで警戒する程の相手なの?」

 俺はあの時のミイラ男を思い浮かべ、今更ながら背筋が寒くなる。

 「あれはともすれば”五蠹ごと”だ……いや、下手をするともっと得体の知れない……」

 「五蠹ごと?国家の根幹を揺るがす奸物……韓非子かんびしだったかしら?」

 流石は陽子はるこだ。

 だが実際にあの男を目の当たりにしていない分、俺より危機感は薄弱だ。

 「とにかく!”幾万いくま 目貫めぬき”が”邪眼魔獣バシルガウ”と関係しているかも知れない以上、俺は既にこの話は捨て置くわけには……」

 「ふふ、ほんと心配性ね、急にお伽話に興味を……」

 「はるの事だからだっ!!」

 俺はそう言うと同時に踏み込み、暗黒の美少女の細い手首を掴んでいたのだった。

 「……」

 勿論、興奮のあまり”つい”だったが……

 「そうね…………ありがとう最嘉さいか

 深淵の瞳の美少女は、あでやかなあかい唇を綻ばせ、蕩ける様に優しく微笑む。

 すっかり落ち着いた様子を見せる少女の美しい魔眼は俺を優しく見詰める。

 「…………はる」

 「……さい……か」

 自然と俺達のシルエットは……そっと重なり……

 ――コンコン!

 「っ!」

 「ぁ……」

 かけた途端、無粋なノック音でお互いが飛び退く様に離れたのだった。

 「姫様。お待たせ致しましてすみません」

 「え……ええ」

 陽子はるこは白い陶器の頬を僅かに朱に染めて、ドアの外にいるだろう給仕女メイドに応える。

 「それと……十三子とみこが会見用衣装の用意が整いましたのでお迎えにあがったと」

 ――
 ―

 大広間を急造の執務室に仕立てた部屋に、俺と陽子はること二人の王族特別親衛隊プリンセス・ガード……そしてテーブル上に新たに入れ直された紅茶がワンセット。

 「先ずは、この度の我が姉の失態に対し寛大な処置を賜りまことにありがとうございます」

 十三院じゅそういん 十三子とみここと、細い銀縁フレームの眼鏡をかけたお堅い秘書といった趣のある中々の美人、近衛このえ 紗綾香さやかは入室するなり陽子はること俺の二人に深々と頭を下げる。

 ――そうだった、前に触れたこの十三院じゅそういん 十三子とみこ……近衛このえ 紗綾香さやかにある、もう一つの驚くべき事実……

 それは、この七山ななやま 七子ななこ十三院じゅそういん 十三子とみこは実の姉妹だと言うこと。

 それぞれ本名は、近衛このえ 冬香とうか紗綾香さやかという。

 天都原あまつはら王家、藤桐ふじきり家の遠縁にあたる家柄で陽子はることも血の繋がりのある名家のお嬢様だ。

 「そう?……でも今は少しだけ赦したくなくなったかも」

 「え?」

 「?」

 そっぽを向いた暗黒の姫様は、そんな子供っぽい事をボソリと呟く。

 「おいおい……」

 ――気持ちは解る、俺も……だが、それは完全に八つ当たりだ陽子はるこ

 困ったように俺を見る二人の王族特別親衛隊プリンセス・ガードに俺は苦笑いを返すのが精一杯だ。

 「まぁ、それはともかく、先方も既に準備をしているだろうから、陽子おまえも早く用意をして来い」

 「……」

 そして困ったお嬢様は、今度はそう促す俺に恨めしそうな瞳を向ける。

 それは先程まで俺達が気にしていた件とは別件の不機嫌さだ。

 ――いや……俺もアレだぞ、その……久しぶりに接吻キスくらいはしたかった……

 「んんっ!」

 希に見せる陽子はるこの可愛らしい仕草に、ついつい引きずられそうになる俺は、わざとらしい咳払いをして気持ちを引き締める!

 ややもすれば世界を揺るがすかも知れない、あの覆面怪人の一件よりも……

 俺と陽子はるこの久しぶりの時間……つまりそっちの方があからさまに不満度が高いという困ったお姫様。

 「はる……あのな、一応言っておくが、ここまで来て会わないという選択肢はないぞ。相手は一応大国の元女王だし、こっちから提案して態々わざわざ……」

 そして俺は陽子はるこが気乗りしないもう一つの理由……

 それに言及して釘を刺す。

 「解っているわ、ちょっと抵抗してみただけよ……状況にかこつけて、ここぞとばかりに嫌がらせをする最嘉さいかがちょっとしゃくさわったから」

 ――おいおい……嫌がらせって……

 そして、そんな可愛らしい?反抗期を見せた後に、暗黒の美姫は十三院じゅそういん 十三子とみこに付き添われて退出していった。

 ――
 ―

 「……で、七子ななこさん。ひとつ気になってたんだけど、実際どうやってここに辿り着いたんだ?」

 急にガランとした感のある急造執務室で……

 再び残った執務を続ける前に、一度気分を切り替えようと取りあえず残った七子ななこに雑談を振った。

 報告ではこの七山ななやま 七子ななこは、他の者達を逃がすため孤軍奮闘し、最終的に敵の虜囚となったと聞いた。

 なのに、六王りくおう 六実むつみ達がこの香賀かが城に到着してからほぼ二時間後には、こうしてここに”しれっ”と現れたのだ。

 俺は今更だが、その辺の経緯がちょっとばかり気になっていた。

 「あ、はい……隙を見て逃げて参りました」

 ――だろうな、状況的に……けど、

 「七子ななこさんは、”縄抜け”とかできるのか?」

 さりげなく聞いてみる。

 「ふふ、最嘉さいか様はおかしな事を聞かれるのですね、勿論ですわ」

 ――勿論らしい……

 「給仕女メイドの嗜みです」

 そしてハッキリと、も当然の如き言い様で女は微笑む。

 「なるほど、一流の給仕女メイドとなると”縄抜けそういった”ことも修めるのか……」

 「嗜みです」

 「なるほど」

 「……」

 「……」

 ――な、わけねぇぇっー!!

 「最嘉さいか様?」

 「い、いや……なんでもない」

 「はぁ?……そうですか」

 ――”しれっ”としやがって……この得体の知れない給仕女メイドが!

 「最嘉さいか様、それよりも書類仕事が残っているのなら、不肖の身ですがこの七山ななやま 七子ななこが……」

 そして机の上に積み上げられた書類の山……
 既に最初の五分の一ほどにはなってはいるが、それに視線を移して給仕女かのじょは俺に言う。

 「いや、それよりも、花房はなふさ 清奈せなの所に寄ってから休息したらどうだ?」

 結構ハードな任務直後、俺はそんなことはおくびにも出さない女、七子ななこを気遣った。

 「はい、お心遣い感謝致します。ですがお気遣い無……く?……花房はなふさ様のところですか!?」

 予想通りというか、そう言った返事が返ってきた後、彼女は俺の言葉に入っていたその人物の名に引っかかった様子だ。

 「七子ななこさん……肩、ちょっとばかり無理に曲げたろ?」

 ――多分、縄抜けの時に……

 俺は香賀かが城内の大広間に到着した七子ななこに会ったときから、彼女の所作からどこか負傷しているかもという違和感を感じていた。

 それが先程の話と結びついたのだ。

 「……」

 暫し俺の顔をマジマジと見た後、忍者もどきの給仕女メイドは……

 「流石は最嘉さいか様です!」

 少し驚いた表情かおを見せた後、そう言って実に良い笑顔で微笑んだのだった。

 第五十九話「怪人」後編 END
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