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王覇の道編
第四十八話「空城と炎の檻」(改訂版)
しおりを挟む第四十八話「空城と炎の檻」
天地創造からとは異なる歪んだ”理”に従い……
またも世界は切り替わり、舞台は再び血と鉄の匂いが席巻する”戦国世界へ”――
――
「な、なに!」
「ぬぅぅ……」
――ざわざわ……
大国”天都原”にあって、天都原国軍総司令部参謀長である少女。
王太子、藤桐 光友に言わせれば、現在は王を傀儡に国家乗っ取りを画策するとされる王位継承権第六位、紫梗宮 京極 陽子。
その彼女が立て籠もるはずの尾宇美城を包囲していた各国の軍は、掲げられた旗を見上げ、一様にざわめいていた。
「せ、星志朗様、これは一体……」
「…………」
ざわめきの中、尾宇美城攻め藤桐軍総司令官である中冨 星志朗は、城壁上に高々と翻る大旗の数々を無言で見上げていた。
――世界が明けてから”戦国世界”二日目の朝……
火曜日の午後に包囲網戦参加国が続々と集結し、尾宇美城を取り囲んだ時には既にその旗は堂々たる様で翻っていたのだ。
――青地に”七つ剣”が重なった山脈の文様
それは宗教国家”七峰”の国旗である。
ババッ!
ババッ!
ババッ!
――っ!?
城壁上に大旗と共に整列した兵士達。
七峰軍兵が一斉に敬礼し、その中央に独りの中年が現れた。
「ふふん……今頃、雁首揃えて到着とは、大国とは存外我ら”七峰”を除いて大したことがないのぅ?ふはははっ!」
戦場では場違いなほど高級な生地で誂えた衣服を纏った、さしたる見所の無い中年男。
つり上がった細い目、薄い唇は歪んで口角を上げ……
四十半ばと言ったその男は、性格の悪さが滲み出たような嫌味な顔をしていた。
「あ……れは……」
その光景を仰ぎ見ていた藤桐軍の副官が隣の主君に視線を移す。
「壬橋 久嗣だね、”壬橋三人衆”と呼ばれる壬橋家の次兄……で、今回の七峰軍の総指揮官だったね」
中冨 星志朗の言葉に副官である堀部 一徳は首を傾げる。
「何故?七峰軍が尾宇美城に……」
――ざわっ……
「っ!」
そこでまた、城を包囲した群衆の中からざわめきが起こった。
場所は……星志朗達が陣取る場所から東側。
そこは旺帝軍が陣を構える場所であった。
ザッザッザッ……
槍を掲げた武将が馬に乗って颯爽と自軍の前に出る。
男は黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えている。
――”旺帝八竜”の一竜、山道 鹿助であった
「どういうつもりか!紫梗宮 京極 陽子の軍勢では無く、貴殿ら”七峰”が城に居るとは説明を要求するっ!」
尾宇美城をぐるりと包囲する藤桐軍、旺帝軍……そして長州門軍。
その数は過去最大に膨れ上がり、城外の平野は三万以上の軍勢に達していた。
「どういう?ふはっ!此れを見て解らんか、黒仮面よ!尾宇美城は我らが陥落せしめたぞ!どうだ、武功第一は我ら”七峰”!他国の役立たず共は精精城外から我らの大功を称えて居れば良い!ふはははぁぁっ!」
「ぬっ!……このっ……言わせておけば……狂信者めっ!」
山道 鹿助は城壁上の男がとる、余りにも不遜な態度に槍をグッと握りしめ、奥歯をギリギリと噛みしめていた。
「陥落ね……けど……」
他国二人のやり取りを遠巻きに眺めながら、整った容姿の爽やかでどことなく浮世離れした青年はグルリと周りを見渡す。
「星志朗様?」
「城に火の手が微塵も無いし、城外、城内共に整然としすぎている……つまり新しい戦の痕跡は皆無ってことだよ」
「そ、それはつまり……」
主君の指摘に堀部も同じように周りを確認する。
「なにが”陥落せしめた”だ!この状況……貴様らは無人の城に押し入っただけのコソ泥!我らよりほんの僅かだけ先に戦場に到着しただけの空き巣擬きでは無いかっ!」
そして、どうやら旺帝軍の将軍、あの山道 鹿助もそれに気づいているようだった。
「コソ泥ぉっ!?言うに事欠いてこの異端がっ!!……ふん、臆病者の貴様らが何をほざくか、先に戦場へと導かれしは我ら”七峰”が七神のご加護、異教者は城外で精精戦ごっこにでも励んでおれ!」
「ぬぅぅ!」
「ふん、出し抜かれ者との会話などもう良い!それより……天都原の総司令官よ!武功第一は我ら七峰!そのこと忘れるなっ!この見返りは……」
七峰と旺帝、二国の将による言い争いは続くが……
「確かに一理あるね……僕たちは各々が先の戦いで”麗しの美姫軍”に撃退され、直後にすんなり城に退却した相手を不可解だと、警戒心のあまり早々に包囲する事を躊躇した」
「それは……確かに」
星志朗の呟きに堀部は頷いた。
「慎重に期すぎて、包囲にほぼ二日を要した。つまり、そういう心理戦を利用した時間的猶予を手に入れた”麗しの”……いや、あの包帯男くんは、その間に”予め”用意していたであろう経路で将兵全てを何処かへ脱出させたんだね」
星志朗の説明に、堀部は目を丸くする。
「予め?ま、まさか!各大国を各個撃破した奇策の数々も、一転、城に籠もって迎え撃つ体勢を見せたのも……全て……そ、その脱出作戦を成功させるためだとでも?」
「…………やっぱ、とんでもない食わせ者だね……それより」
そして、信じられぬという顔の部下を置いて星志朗は馬首を返す。
「せ、星志朗さま?」
中冨 星志朗は振り返ること無く背中越しに手を上げ、堀部 一徳に指示を出した。
「追うよ、陛下が居られるはずの”紫梗宮”軍を……今ならまだ追いつけるはずだ」
「し、しかし……追うといっても何処に?……それに尾宇美城はどうされるおつもりで……」
「……」
中冨 星志朗は背を向けたまま新たな行軍の指示を出していた。
「せ、星志朗様っ!?」
そして、答えを求める家臣に対してだろうか、そのままボソリと呟いたのだった。
「これは”空城”擬き……擬き故に稚拙な次手がある」
ゴォォォォーーーー!!
ゴォォォォーーーー!!
「なっ!なにごとだっ!?」
「う、うわぁぁーー!!」
直後、尾宇美城を囲む様に四方から火の手が次々と上がり、天都原最東端の居城は燃え上がった炎の檻で瞬く間に隔離されてしまった。
「くぅぅっ!一体何事だっ!あ、あつっ!うおおっ!!消せ、直ぐに消火せよっ!うわっ!い、いやっ!退路を!俺の退路を確保しろぉぉーー!!」
城を囲む堀付近から出火した炎はそのまま勢いを増し続け、天を焦がす程に燃えさかり、運悪く城壁上に陣取っていた七峰軍、壬橋 久嗣以下、兵士たちは炎と煙、熱風に煽られて右往左往する。
「これは”三十六計がうち空城の計”……いや、その応用か?」
城下の旺帝軍が陣内で黒仮面の山道 鹿助は渋い顔のままその光景を眺めていた。
「虚構で大軍勢を留め、その次手として耐えかねて先走る迂闊者をそれまでの計を裏返した”火攻め”で用済みの城諸共と……ふん、敵ながら小賢しい策を弄するが用心を怠り迂闊に踏み入った愚か者には相応しい姿だな」
続けてそう呟くが、山道 鹿助の視線は、既に見苦しいほどに混乱する七峰軍から離れ、秩序を保って移動を始める藤桐軍、中冨 星志朗率いる軍に移っていた。
そして……
「天房様に天都原軍、中冨 星志朗の軍を追尾する許可を……いや、事後で構わん、我が旺帝軍は直ぐに行動に移る」
黒仮面の山道 鹿助は副官にそう言い含めて本隊への報告を促すと、返事を待つ気も無く軍を動かす算段を進める。
尾宇美城大包囲網戦、旺帝軍総大将は肩書きの上では、現旺帝の王、燐堂 天成の嫡子にして次期王たる燐堂 天房であるが……
――なに、構うまい……名目だけの張り子の若君など……
勝つためにはそれが最善、勝てば文句の言いようも無い。
ニヤリと含み笑いを浮かべた黒仮面は、グイッと槍を掲げる!
「敵は城を捨て逃亡した!だがこの戦はあくまで天都原王の保護と首謀者の首級か捕縛!我らはこれより追撃戦に移行する!」
堂々と号令を下し、旺帝軍全軍に進軍の指示を出していた。
――
―
「星志朗様は敵が尾宇美城に斯様な仕掛けを施している事を承知で?……なら我が軍の進路も?」
馬を併走させ、矢継ぎ早に質問攻めする中年騎士、堀部 一徳。
「まぁねぇ、足止めのつもりだろうけど、アレに引っかかるのは結構なバカ……あ、それはあの七峰のひとに悪いか?あははっ」
優しげで整った顔立ちの青年は、馬上で軽く笑いながらスッと視線を堀部に移す。
「予測できる行き先は二通り……でも、この状況、臨海軍が介入しただろ?なら行き先は一つしかないかな」
「臨海軍?それはつまり臨海領土内に逃げ込む……と?」
堀部の答えに星志朗は首を横に振った。
「そうじゃない、臨海が介入したことで一つの”逃亡経路”が潰れたんだ。で、残ったのは……かなり大胆で無謀、正直、僕ならそんな選択はしないけどね、あの……包帯男くんなら或いは……」
――抑もこんな不利過ぎる戦いに参戦するのは御免被るね
と、でも言いたそうな顔の天都原が誇る天才は、それでも楽しそうに話す。
「包帯男……”鈴木 燦太郎”とかいう輩が?、ですか……しかし、本州の四大国を敵に回して”暁”の何処に安全な地があると……」
堀部の尤もな意見にも、星志朗はニヤリと笑う。
「堀部さぁ……”入玉”って、知ってるかい?」
――っ!!
そして、その言葉を聞いた堀部 一徳は絶句していた。
「…………そ、それは……その、つまり……いや……流石にそれは……しかし……」
「ははは……と、それは扨置き」
困惑する副官の顔を楽しげに見ていた星志朗はそこで視線を軍の後方へと移した。
ザッザッザッ……
ザッザッザッ……
ふと、後ろを確認すれば……自分達と同様の進路を辿って来る旺帝軍の姿。
「わぁ、お尻にゾロゾロと付いてきたなぁ……」
それを確認した星志朗は声を上げて笑う。
どうもこの天才は先ほどから妙に上機嫌だ。
だが、これはつまり……
旺帝軍の目的は自分達、天都原・藤桐軍を利用して漁夫の利を得ようとするもの。
少なくとも、旺帝軍、山道 鹿助は、この中冨 星志朗という天都原の天才的な頭脳を利用して、行き先が確認出来次第に出し抜こうという腹づもりだろう。
「よ、宜しいので?」
心配する堀部を星志朗は鼻で笑う。
「戦争は大軍で戦う方が楽だろう?それに元々、光友殿下が各国に参戦を依頼したのだから、案内くらいはしてあげないとね」
――ザッザッザッ……
――ザッザッザッ……
追撃のため進軍を続ける、藤桐、旺帝連合軍の先にはやがて……
「…………」
「せ、星志朗様、これは……」
藤桐、旺帝連合軍、二万もの大軍はそこで完全に停止していた。
――
炎上中の尾宇美城から僅か数キロも進んでいない場所で……
未だ燃える城が後背に見える、開けた平原で……
「そうか、足止めの本命は……こっちか」
終始、謎のご機嫌状態だった、整った顔立ちである青年の顔は僅かに曇る。
――
――果たしてそこには……
ざっと四千ほどの軍隊が進路を塞ぐように立ち塞がり、
その軍の軍旗は高らかに翻る!
――”一”の文字の下に三本の鏃が図案化された”一字三矢”
その旗印は本州西の大国”長州門”が象徴。
「ふふ……」
そして後背に数千の配下を率いた堂々たる将が、先頭の戦馬上で微笑んでいた。
情熱的な紅い衣装、黒鉄の肩当に籠手……
その気高くも豪奢な将を形容出来る唯一の言葉は”戦場に燃え咲く一輪の紅薔薇”
――革新の戦王としての彼女は、”覇王姫”
――そして戦場で畏怖されし御名は”紅蓮の焔姫”
戦国最強の一角、戦姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。
少し癖のある燃えるような深紅の髪が、戦場を通り抜ける風に煽られ揺らめく様は燃えさかる炎を連想させ、透き通る肌に映える鮮烈な石榴の唇は勝ち気な微笑みを以て、絶対的な自信を常備する。
「残念ね、仲良しごっこはもうお終い」
長州門にて比肩するべき者の皆無な覇王姫はスッと右拳を掲げた。
――高く高く……
昊天に掲げる焔姫の右拳は、通常の籠手を遙かに凌駕する黒鉄の物々しさだ。
巨大で、激しく、雄雄しい造形の覇者の拳。
「ここに来て裏切るのかい?……長州門は」
対峙する中冨 星志朗の顔にいつもの笑みは無い。
珍しく緊張した表情で、真意を問う。
彼の後門には激しく燃えさかる城、
前門にはそれさえも呑み込む紅蓮の姫。
――まさしくこれは……”炎の檻”
その堂々たる覇者の風格に正面から対峙し、中冨 星志朗はそんな感想を頭に浮かべていた。
「ふっ」
星志朗を一瞥し、紅蓮の姫は微笑う。
「…………」
――ただ一度、目見えただけで確実に脳裏に刻み込まれる程の見事な紅蓮の瞳
――魅つめる者悉くを焼き尽くしそうなほど、赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳
――此れが、名高き紅蓮の焔姫、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ……
ブワッ!!
目の覚めるような深紅の長い髪を風に靡かせ、
神話の右拳を掲げた圧倒的美貌の戦女神はそのまま戦鎚を空に振り下ろしたっ!
「さぁ、精強にして信愛なる私の”長州門兵士”たち、炎舞の時間よ!」
第四十八話「空城と炎の檻」END
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