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王覇の道編

第三十六話「武者斬姫 壱 」前編(改訂版)

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 第三十六話「武者斬姫むしゃきりひめ 壱」前編

 ”あかつき”本州から海を挟んで西南にある大島”日向ひゆうが
 その”日向ひゆうが”は数十もの乱立する国家同士の争いの末に三国の有力国家に分割された。

 日向ひゆうが南方を拠点とした柘縞つしま 斉旭良なりあきらが率いる”句拿くな
 中部を拠点とした大道寺だいどうじ 重守しげもりが率いる”比嘉ひが

 そして……北部の大登おおと 為末ためすえが治める”咲母里さきもり”の三国である。


 「…………」

 ――”暫し待たれよ”

 そう言われてから既に一時間は経っただろうか。

 座敷の下座に背筋を伸ばしてキッチリ正座した女性は、微動だにせずにそこに居た。

 「…………」

 長い髪を腰の辺りで結わえた若い女性。

 質素ではあるが整った顔立ちと、並の女性ではとても醸し出す事の出来ない緊張感と引き締まった表情。

 に凜として正座する女性は、その辺の名のある武将よりも遙かに存在感があった。

 ――ガラ

 待つことさらに数十分、接見の間を仕切る引き戸が開く音が響き、ひとりの中年が供を二人ほど従えて入って来た。

 「壬橋みはし 久嗣ひさつぐだ、で貴公は……」

 散々待たせておいて、微塵の謝罪も無く男は上座に移動するとドッカリ胡座あぐらをかく。

 ――スッ

 しかし女性はそれを意に介すること無く、そっと両手の指先を畳に添えて頭を深く下げた。

 「”咲母里さきもり”を治める大登おおと 為末ためすえ様の家臣、次花つぐはな 秋連あきつらが娘、次花つぐはな 千代理ちよりにございます」

 「……」

 供を両脇にはべらせた男は、深く頭を下げた女の襟元から覗き見えるうなじ部分……乳白色の艶っぽい肌に向け不躾な視線を這わせていた。

 「たびは急な接見を御了承頂き感謝の……」

 「おぉ!軍神、次花つぐはな 秋連あきつら殿の噂はこの”七峰しちほう”でも有名だ、その父君にも劣らぬ武名を誇るというかの姫武者、千代理ちより殿がこの”七峰しちほう”が重鎮、壬橋みはし 久嗣ひさつぐに何用であろうか?うむ、大いに興味があるな」

 「…………」

 頭を下げたままの女性、次花つぐはな 千代理ちよりは密かに畳に向けた顔の眉をひそめる。

 客人の言葉を途中で遮ったばかりか、自身の欲求のみ満たそうとした性急な問いかけ。

 他者に向かって自らを”重鎮”と恥ずかしげも無く言い放つ無神経。

 「……」

 それでも千代理ちよりはそっと深呼吸をひとつ、感情を整えて続ける。

 「はい、たびは是非に大国”七峰しちほう”の実力者たる壬橋みはし 久嗣ひさつぐ様にお願いの儀があ……」

 「おおっ!そういえば、千代理ちより殿の夫である次花つぐはな 臆彪むねとら殿も義父、秋連あきつら殿に劣らぬ武勇を誇ると聞くが……夫婦仲は良いのか?」

 「…………」

 またもや言葉を遮られた千代理ちより

 いや、それよりも初対面の他国の使者に対してこの無作法……

 流石に気持ちがざわめく千代理ちよりであったが、彼女は自身の使命の重さを胸に、これにもぐっと感情を抑えた。

 「夫、臆彪むねとらとは……」

 「むふふ、聞くまでも無いか?千代理ちより殿は武勇もさることながらその容姿も大変に美しいと聞く、臆彪むねとら殿もそれは果報者だろうて、はははっ!」

 「…………」

 畳に着いたままの彼女の白い指先が小刻みに震える。

 ――これは……流石に無い

 人はここまで無神経になれるのだろうか?

 いや、この傍若無人さ……

 本州の一角を占める大国にして七神しちがみ信仰の総本山、宗教国家”七峰しちほう”の実力者たる壬橋みはしにとっては、はるか西南にある”日向ひゆうが”という島の一国主如きの家臣など取るに足らぬと言うことなのか……

 耐えかねて言葉の出ない次花つぐはな 千代理ちよりの下げたままの頭を眺めていた男は、彼女のそんな心情を全く察していない顔でそっと手に持った扇を千代理ちよりの方へ指し示した。

 「解らぬか?……ふぅ」

 そしてわざとらしい溜息をいてみせる。

 「?」

 怒りもそのままに、未だ頭を深く下げたままの千代理ちよりには何のことだか見当もつかない。

 「これだから離島の田舎娘は……その噂高き美女とやらの顔を見せよと言うておる!!”咲母里さきもり”の大登おおと 為末ためすえが麾下にこの人在りと云われる猛将、次花つぐはな 臆彪むねとらを骨抜きにする魔性の女性にょしょうが顔を見たいと言うておるのだ!」

 「っ……」

 あまりにも……
 あまりにもではあるが……

 ――スッ

 次花つぐはな 千代理ちよりは横暴な男の要望に添って、そっとおもてを上げた。

 「おっ!?おぉぉっ!!」

 細く涼しい瞳にキリリとした口元、如何いかにも勝ち気な美人という風貌であるが、しっとりとした乳白色の肌にたっぷりと艶のある黒髪、薄い唇に紅を引いた彼女の様は、年若い娘とは思えぬほどの得も言われぬ色気もあった。

 「ご無礼を……改めて、次花つぐはな 秋連あきつらが娘、千代理ちよりにございます」

 丁寧な言葉とは裏腹に、無表情で冷たい視線を向ける千代理ちよりの顔を見ても……

 「む、むふふ……」

 矢張り自らの無礼を察しない壬橋みはし 久嗣ひさつぐは、だらしなく口を開けてとろけるばかりだった。

 ――この時、次花つぐはな 千代理ちよりは二十歳

 彼女がこれほどの屈辱に耐えながらもこの”七峰しちほう”の地に訪れた理由は……

 第三十六話「武者斬姫むしゃきりひめ 壱」前編 END
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