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王覇の道編
第二十八話「一騎打ち」前編(改訂版)
しおりを挟む第二十八話「一騎打ち」前編
尾宇美城東門前に広がる平野に展開する二千以上の軍隊。
その軍編成の殆どが突破力と機動力に突出した”暁”最強国の騎馬軍団である。
その場所はこの瞬間、正しく天都原領土内に出現した旺帝軍絶対支配領域であった。
「尾谷端殿が遅れをとるとは思ってもおらぬが、もしもの場合があっても敵将を即座に包囲して虜にしてやれますぞ」
黒い鎧兜姿に額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えている男……山道 鹿助が一騎打ちを前に引き締まる表情の将に囁く。
果たして、黒仮面が軍師の言通り、最強国旺帝が誇る騎馬軍団は――
尾宇美城東門から一定距離を取った平野の正面に、約二千の兵数を擁して凹の字に配置され、一旦穴から出た不用意者ならば野鼠一匹逃がさぬ陣容だ
そしてその網の中央奥に二人の騎馬武者が轡を並べてその野鼠を待ち構えていた。
「うむ……あの包帯男、聞かぬ名であったが対戦相手がこの旺帝八竜が一竜、尾谷端 允茂と知っても挑んで来ようか?」
天を突くような二本の直角な角を生やした特徴的な造りの兜を被った如何にも強面の武将、尾谷端 允茂が正面を見据えたまま問う。
「さてそれは……しかし、あの鈴木 燦太郎なる者を打ち倒せば”城門”は開くと言っておりますしな、労せずして攻城戦の第一段階を制することが出来るわけですな」
「ふん、そんな約定が守られようか?儂にはどうも口先だけの輩に見えるが……」
二本角兜の将、尾谷端 允茂の言葉に黒仮面の軍師、山道 鹿助はニヤリと笑う。
「いや、それならそれでも一向に構いますまい?自ら一騎打ちと大言壮語しておいて、そんな卑怯を行うなら城に籠もる兵士達も誰も付いては来ない」
そして自信たっぷりにそう言う。
「確かにな……」
そして、尾谷端 允茂はそれもそうだと頷いた。
「仮に此方に不覚があっても、僅か20秒の沈黙をするだけ……その程度の時間では彼奴が城には戻ることは不可能であるし、この包囲網の中に護衛を数騎連れて来たくらいでは話にもならぬ……捕らえた後に生かすも殺すも、ふふふ……散々に痛めつけて最後はこの紅夜叉、宮郷 弥代と供に公開処刑に処すれば敵軍の士気は地に落ちるでありましょうな」
よりにもよって今から一騎打ちをする予定の将の前で”こちらに不覚”……つまり自分が負けた場合という箇所に眉をしかめた尾谷端 允茂はそのまま視線を、直ぐ後方に置かれた磔台上に向けた。
「”鈴木 燦太郎”ならば未だしも、女を嬲るのは好かんが……やむを得ぬか」
木製の台座の上に垂直に建つ人胴程の柱に、両手を上げさせられて吊り下がった血塗れの若い女。
「……う……くぅ……」
衣服の類いを殆ど剥ぎ取られ、血に汚れた下着姿で拘束された女は、時折、苦悶の息を猿轡の隙間から漏らしていた。
――
ゾワゾワと……先程からずっと、包囲する兵士達は落ち着かない空気だ。
虜にされた宮郷 弥代の白く豊満な肢体は、少し距離を置いて取り巻く旺帝兵士達にとって否が応でも注目の的である。
「まぁそう言われるな、器量良い女の……これほどの妖艶な姿を見せつけられた兵士達にとって働きに応じる褒美は必要ですぞ」
虜にした敵の女将軍を餓えた兵士達の褒美とは……
「…………」
山道 鹿助が口にした言葉は悪趣味の一言、ゲスの極みではあるが……
それが味方の士気を上げ敵軍の士気を下げさせる戦術の一環というのなら是非もない。
尾谷端 允茂は相変わらず渋い顔で無言だったが、それはつまり山道 鹿助の策を了承したということでもあった。
ギ……ギギ……ギィィィーー
旺帝の二竜がそんなやり取りをしている間に、
城門の厚い厚い大扉がゆっくりと降りて――
ガッガァァーーン!
濛々と舞う砂埃を伴って目前の堅城、尾宇美城の堀が対岸に着岸した瞬間、それは鉄橋と成り、姿を現した一騎の騎影が死地へ馬を駆り出すのが見えた。
尾宇美城門前に施された堀は幅五メートル程で八割程度水位のある深さは正確に計れてはいないが、かなり深そうではある。
ヒヒィィーーン!!
躊躇など微塵も無い!
その堀に架かった鉄扉の跳ね橋を一気に駆ける一陣の風!
それは旺帝軍の二人が言うように罠に飛び込む野鼠か、
それとも、愚かなる蛮勇の士か、
ダダダッ!ダダダッ!
――
「来たか……しかし」
尾谷端 允茂は眼を細めてその人物を覗う。
「本当に単騎でとは……それに鎧も着込んでいないようだが?余程肝の据わった……いや、只のヤケクソか」
「いいや、尾谷端殿。速やかに逃げ帰れるように僅かでも軽量化したのでは?」
尾谷端の呆れた感想に、嘲笑混じりの声で山道 鹿助が騎馬戦士の行動を推測する。
ダダダッ!ダダッ!……タッ……
――
やがて到着した騎馬は、遠巻きに前方左右と三方を取り巻く旺帝軍の中央で停止した。
「…………」
微塵の躊躇も無く突き進んだ騎馬の戦士は、顔面を包帯でグルグルに覆った男。
旺帝軍の二武将の前、数メートルで馬を止めた奇抜な包帯男は、馬上から一度、グルリと廻りを見ましていた。
――将は二人か……一人はあの時、城門前に馬を駆ってきた黒仮面で、確か山道 鹿助と名乗ったな……で、残る隣の角兜は……
俺は敵中にて目前の将軍二人を見て考えてみたが……
まぁいいか、”一騎打ちの相手”はあまり重要じゃない。
そう考え直して、二人の旺帝軍の将を前に”すぅ”と息を吸い込んだ。
「先ずは此方の不躾な提案を飲んで頂き痛み入るっ!俺は天都原軍、紫梗宮 京極 陽子様からこの戦場を預かる鈴木 燦太郎だ!」
「…………」
「…………」
俺の名乗りに二人の男は顔を見合わせた後、角兜の男がズイッと前に馬を出す。
シャランッ!
「我が名は旺帝軍、”旺帝八竜”が一竜、尾谷端 允茂!!貴殿が一騎打ちを所望というのなら受けて立つ!」
勢いよく腰から刀を抜き放つ角兜。
――此奴が、角兜の方が俺の相手か?……いや、それより弥代だ、こっちの方が今は重要だったな
シャラン!
俺は表面上では頷いて応じ、自らも腰の愛刀”小烏丸”を抜き放つが……
密かに注意は台上の磔にされた女に向けていた。
「名乗りを済ませた以上は貴殿如きに時間は惜しい、直ぐに始めさせて貰うぞっ!」
二本角の兜を被った男は、そう言い捨てると馬の横腹を蹴った!
ヒヒンッ!
剣を振り上げ、一気に間合いを詰めてくる尾谷端 允茂。
ブオォン!
シュオン!
「……」
ヒヒィィーン
すれ違いざまの二撃を手綱を引いて右に避け、下がって躱す!
――流石、音に聞く”旺帝八竜”……結構な腕前だ
しかし俺の意識は走り抜ける白刃より、この瞬間も磔の半裸の女だ。
「……」
――両手は……拘束具で纏められて鎖で吊られているが、アレなら切り口を見誤らなければ一刀で砕けるな……あと……
ドシュゥゥ!
通り抜けた角兜男が直ぐに馬体を返し、今度は突きを放って来た!
「ちっ!」
ガキィィィーーン!
俺はそれを自分の刀で上に逸らせ……
「もらったぞぉっ!鈴木某ぃぃっ!」
尾谷端 允茂が直ぐに空いた方の手で腰に残った短刀を抜く!
ドシュ!
一刀目の大太刀を防いだ無防備な俺の喉元に、今度は短刀が突き抜けるっ!
「ちっ!」
――うっさいな、角兜……こっちは分析中で忙しいんだよっ!
スッ……
「な、なにっ!」
絶対必中だと思ったのだろうが……
俺がそのまま馬上で後ろに倒れた為、尾谷端 允茂の二刀目は空しく虚空を突き抜ける。
――よっと!
グイッ!
「ぐっ!ぬおぉっ!?」
そして馬上で限界まで仰け反ったていた俺は、そのまま身体を横倒し、相手の突きで出た袖を掴んで諸共に馬下に引きずり落とそうとする!
「ぐっ!ぬおぉぉぉぉーーさせぬぅぅっ!」
ババッ!
ダダダッ!ダダダッ…………
落馬寸前の尾谷端 允茂は俺の手を必死に振りほどき、そのまま馬を駆って距離を取った。
「はぁはぁはぁ……こ、こしゃくな……鈴木……某……」
乱れた息を吐きながら、馬上で俺と再び対峙する二本角兜男。
「……」
俺はそれを確認しながら、よっこらせと体勢を戻した。
「いい加減、名前くらい覚えろよ……」
俺はそう言いながら、正面の敵……本来の相手に遅まきながら意識を向ける事にしていた。
――弥代の状態は大体解った……
俺がこの一騎打ちに集中せずにいたのは、この後で1秒でも早く速やかに宮郷 弥代を救出するためだ。
ただでさえ20秒しかないのに、一騎打ちが終わってから算段したのでは……
カウントダウンが始まってからでは時間が勿体ない。
「う……ぁ…………」
苦しげに吐息を漏らす女……
あの気怠げな垂れ気味の瞳は、今は半ば閉じられているが……幸い意識はあるようだし、彼女の拘束具も恐らく問題なく粉砕できるだろう。
意識が完全に失われていれば、荷物を運ぶように彼女を救出しなければならなかったが……
それはなんとか避けられそうだ。
――助かる、意識を失った人体はその体重以上に扱いにくいからなぁ
「貴様ぁっ、先より何を余所見している!それとも、もう終わりかぁっ!!」
イマイチやる気の無い様に見える俺に、角兜はご立腹のようだ。
無理も無いか……
一騎打ちをしかけたのは俺なのに、この対応じゃなぁ……
いや、これは俺が全面的に悪い。
「悪かったな……ついつい宮郷 弥代の色っぽい肢体に目が向いてしまってな」
「貴様っ!!」
窮地のはずの俺が放った不真面目な態度に、その場の男達の気配が殺気立った。
「ぅぅ……ぁ……ぅ……」
あと、磔状態の宮郷 弥代の僅かに生きた瞳さえもが呆れた視線に変わった気がするのは考えすぎか?
「どこまでも巫山戯た男よなぁっ!鈴木 燦太郎ぉぉっ!!」
怒号を放つ二本角兜……尾谷端 允茂。
――おおっ!やっと俺の名前を覚えたのか、おっさん!お利口お利口……
「けど……なっ」
「……!?」
「けど、もう終わりだ。準備は整った」
俺はニヤリと笑った後、この一騎打ちで初めて……
自分から愛刀を敵前に構えて見せた。
第二十八話「一騎打ち」前編 END
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