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王覇の道編
第二十話「二人の鬼」前編(改訂版)
しおりを挟む第二十話「二人の鬼」前編
ザスッ!ザスッ!ザスッ!
ザスッ!ザスッ!ザスッ!
「うぎゃ!」
「ぐぉっ!」
「がはっ!」
雨霰と矢が降り注ぎ――
そしてそのどれもが命中するという神業!!
天駆ける無数の矢は、一矢たりとも地面に触れる事は無く――
代わりにそれを受けた兵士達が地表を埋め尽くした。
「ちぃっ!なんて腕だ……これが宮郷の紅の射手なのかっ!」
ブォォンッ!
平地に屍を敷き詰めるばかりで一向に砦へと近づけぬ苛立ちからか、馬上より手にした剣を虚空に斬りつける鎧姿の男。
「コソコソと遠見から姑息な……」
苛立つ男は、まるで天を突くような二本の直角な角を生やした特徴的な造りの兜を被っていた。
「落ち着かれよ、尾谷端 允茂殿!敵は寡兵だ、直ぐに矢も尽きよう」
そして、その二本角兜の男を諫めるのは、直ぐ後ろで槍を片手に持った黒い仮面の男。
こちらの武将は鎧兜と額から鼻まで覆った黒い仮面を装着し、露出した顎には立派な髭を蓄えている。
「鹿助殿か……しかし、それでは我が隊の被害が大きすぎる!」
二本角兜の尾谷端 允茂は、黒仮面男の忠告をそう言って否定して馬の腹を蹴った。
ヒヒィィーーン!
「尾谷端殿っ!…………ぬぅ……止むを得ぬか」
自隊を率いて構わず特攻する二本角兜の男の背を見ながら、黒仮面の男、山道 鹿助も仕方ないといった溜息を吐いてから、自身の兵を率いてそれに続いたのだった。
ザスッ!ザスッ!ザスッ!
ザスッ!ザスッ!ザスッ!
「うぎゃ!」
「ぐぉっ!」
「がはっ!」
雨霰と矢が降り注ぎ――
そしてそのどれもが的確に相手を貫く!
只管繰り返される攻防により、攻め手である旺帝軍兵士の骸が量産されるばかりで、折り重なって倒れた兵士が、砦の高台に陣取る件の射手まで続く道を埋め尽くしていた。
「…………ふぅ」
小さく吐息を漏らす紅い唇。
尾宇美城の東部に位置する砦に設置された櫓から、深紅の弓を構えて旺帝軍の猛攻を抑え続けているのは……
「的、多過ぎ……困ったものね、目を瞑っていても当たるわ」
小国群のひとつ、宮郷領主代理の宮郷 弥代であった。
「宮郷様っ、新手来ますっ!一斉射撃の真ん中を強引に突き進んで……」
長い黒髪を後ろで束ねた、少し気怠そうな軽装鎧姿の女、宮郷 弥代が深紅の弓を構えて立つ櫓の足下から、弓部隊を指揮している、おかっぱ頭の少女が手に持った西洋風”十字弓”を掲げて声を張り上げてくる。
「…………多いわ……ほんと……はぁ」
弥代は数メートルの高度はある櫓から”それ”を確認するが、既にその無鉄砲な敵軍団は味方の屍を踏み荒らしながら砦の目前まで迫って来ていた。
おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
犠牲もなんのその!
突き進み迫り来る敵部隊の先頭に、おかっぱ頭の少女は二丁拳銃の如き構えから両手にもった若干小型の西洋風”十字弓”の引き金を引く!
バシュッ!バシュッ!!
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
同時に放たれた矢は見事に二人の兵士の眉間を射貫くが……
おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
「くっ!これでは……」
そう、まんま”焼け石に水”だ。
「捉えたぞぉぉ!小賢しい敵弓部隊を蹴散らせぇぇいっ!!」
おおおおおぉぉぉぉっ!!!!
とうとう敵軍の侵入を許して、砦前は敵味方入り乱れた混戦状態と化していた。
ザシュゥーー!
「うぎゃっ!」
ズバッ!
「きゃぁぁっ!」
混乱する戦場に所狭しと閃く刃が放つ銀光の数々!!
混戦状態に持ち込まれた天都原軍、尾宇美城の東部砦守備隊は、弓兵が隊の半分を占める独特の構成上、肉弾戦に持ち込まれては歯がたたない!瞬く間に蹂躙されてゆく。
トスッ!トスッ!
「ぎゃっ!」
「ぐわっ!」
「よし……次っ!」
迫り来る敵兵二人を両手の十字弓で射殺したおかっぱ頭の少女は、直ぐさま次の敵に照準を合わせようとするが……
ギィィィーーン!
「きゃっ!」
後ろから右手の十字弓を斬り落とされ、そこに尻餅をついてしまう。
「おおっ!指揮官の首頂きだぁっ!!」
少女の眼前で血走った眼の男が、ここまでで十分血を吸った真っ赤な刀身を振り上げていた。
「くっ!すみません……陽子さま」
ザシュゥーー!
「ぎゃぁぁっ!!」
少女が覚悟した瞬間、獣の如き眼の男は袈裟掛けに体を斬り裂かれ、噴水のように鮮血を巻き上げて倒れていた。
「…………み、宮郷……さま!」
尻餅を着いたまま、驚いて瞳を大きく開くおかっぱ頭の少女。
「…………」
彼女の前には、先程まで櫓の上で神業を披露していた女が、深紅の弓を両手に装備した二振りの細い剣に持ち替えて立っていたのだ。
「宮郷さま?」
「…………はぁ」
おかっぱ少女の声にも無反応に、頭の後方に束ねた艶やかなる黒髪ポニーテールを靡かせて、女の背が溜息と共に肩を落とす。
「貴様っ!ここの総大将か!?」
「よ、よくもっ!かかれっ!」
斬り殺された旺帝兵士の後ろから次々とギラついた刀身を光らせた新手が押し寄せてくる!
「これはもう……やるしかないわね……はぁ……面倒くさ」
そして、殺気立つ敵兵士達を前に場違いなやる気の無い溜息を吐いた女は、そっと気怠げな視線を背後で尻餅をついたままのおかっぱ頭の少女に投げかけた。
「ああそうだ、フタエちゃん?……そうそう、二宮 二重ちゃん!あなたはあなたの残兵を連れて尾宇美城の司令部に戻って、紫梗宮にこの場の戦況を伝えてもらえるかしら?」
「は?……え、あの……」
「死ねぇぇっ!」
ザシュ!
「がはっ!」
余りに場違いな女の口調と言葉に、つい間抜けな声で聞き返す”王族特別親衛隊”が一枚、おかっぱ頭の十字弓少女、二宮 二重。
「此所はもう数刻も持たないわね……じゃ、取りあえず……」
「どりゃぁぁっ!」
「やぁぁっ!」
ズバァァッ!
ドスゥゥー!!
「ぎゃっ!」
「ぐふぉっ!」
さらに斬り寄せる旺帝兵を気怠そうに”いなして”斬り伏せた女の表情は……
「…………」
ゆっくりと唇が歪に口角を上げて歪み、女の整った口元に浴びた血飛沫を妖艶な赤い舌先がペロリと舐め取っていた。
「なっ…………!」
――ゾクリッ!
尻餅をついたままの二宮 二重は、宮郷 弥代の見せた仕草に……
気怠い表情から一転して見せる狂気に……
背筋に冷たいものが走って固まっていた。
「ああそうね、もう少しは持たせるつもりだから……」
そんなやり取りをしている間にも怒濤の如く襲い来る敵を、
ズバァァッ!
ドスゥゥー!!
「ぎゃっ!」
「ぐふぉっ!」
「……その間になんとか手を打って欲しいと……聞いてる?」
自在に跳ねる後ろ髪と左右の剣で次々と切り倒しながら、気怠げだった女は浴びた返り血を拭うこと無く、事も無げに問いかけてくる。
「あ……えと、しかし、宮郷様は……」
少し前までの宮郷の”紅の射手”、宮郷 弥代は、噂通りの気怠げな女だった。
しかし返り血で赤く染まってゆく宮郷 弥代の姿はその赤を増す度に……
ザシュ!
「ぐわっ!」
ドスゥ!
「がはぁ!」
無情なる刃を振るう度に……
垂れ目気味な彼女の瞳は尋常な色を無くしてゆき、
紅の薄い唇は口角を歪めて上がってゆく……
「は……はぅ」
二宮 二重は思う。
その姿は……”別人”……”人”……”ひと”?
いや、その姿は血肉を貪る……”夜叉”
ザシュゥ!
「ぎゃはぁぁっ!」
また一人、旺帝兵士が斬り捨てられ――
目の前の指揮官に……
味方であるはずの宮郷領主代理の戦士に……
「ひ……は……あ……」
”王族特別親衛隊”が一枚である二宮 二重は恐怖が顔に出る。
血に染まった敵兵はもう何人目かも解らない。
「…………聞いてる?フタエちゃん?」
「っ!?……宮郷様っ!……はい! 宮郷 弥代様、りょ、了解致しました!」
我に返った二宮 二重は、驚いてそう答えたものの……
「…………あ、あの」
その後、少し躊躇した。
三方を大群の敵に囲まれた戦場。
死地に――
ただでさえ少ない兵を引き連れて、自分が城に戻ってしまっては、宮郷 弥代は……
その戸惑いが、恐怖心から戻ったばかりの二宮 二重の足を留めさせていた。
「…………あの、宮郷様……やはり……」
そんな少女を察しただろうか、宮郷 弥代は言う。
「早く行った方が良いわ、だって……」
宮郷の”紅の射手”改め”紅夜叉”は言う。
「此所に居る者は尽く、”紅の化物”が殺戮の巻き添えを食うわよ」
返り血をたっぷり浴びて紅に染まる女は――
垂れ気味の瞳を細め、薄く微笑して少女を促したのだった。
第二十話「二人の鬼」前編 END
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