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王覇の道編
第九話「奔放なる焔姫(ほのおひめ)」前編(改訂版)
しおりを挟む第九話「奔放なる焔姫」前編
「これは……どういう趣向だ。何を企んでいる?”長州門”の焔姫よ……」
本州東部を支配下に治める強大国、”旺帝”の領内……
領都”躑躅碕”にて――
”暁“で最も重要な会議が開かれていた。
本州を四片に分断する各々の大国――
東を制する、最強国の呼び名も高い”旺帝”……その現王である、燐堂 天成。
中央北部に拠点を構える七神信仰の国”七峰”……神代、六花 蛍。
中央南部に肥沃な領土を誇る最古の国家”天都原”……王の代理を努める総参謀長、京極 陽子。
西に覇を唱える”長州門”……先代から武を以て支配権を引き継いだ、”外人”初の国家元首、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ。
さらには北の島、北来の多種部族統一国家”可夢偉”……連合部族王、紗句遮允。
同じく、南の島、日向統一を成し遂げた”句拿”……国王、柘縞 斉旭良。
本来ならここに……
西の島、支篤を統一していた”南阿”君主の伊馬狩 春親を合わせて七大勢力であったのだが……
この間の天都原対南阿の戦にて、散々な敗戦で領土を大幅に失った南阿は、この”暁”首脳会議ともいえる議場に参加することは出来なくなっていた。
七大……いや、現在はそういった意味で”六大勢力”であるが、
中でも最大の権勢を誇る”旺帝”の現王、燐堂 天成という人物が声を荒げたのだ。
「答えよ、”長州門”の焔姫よ!何を企んでいるのだ!!」
口元にヒゲを蓄えた、見るからに気難しそうな壮年の男は激しい口調で問い糾す。
「…………ふっ」
少し癖のある長い赤髪の女が、石榴色の鮮烈な朱い唇を意地悪く角度をつけて僅かに笑った。
「趣向?ちがうわ、これは座興よ、酒の肴……寧ろ”酒肴”と呼んでくれるかしら?」
独り席を立った美女は、”暁”各方面を支配する面々を見下ろして――
今度はあからさまに微笑む。
「なっ!?」
「……っ!」
「…………」
百戦錬磨、英俊豪傑である大物達も、思わず息をのむ美女の眼差し……
魅つめる悉くを焼き尽くしそうなほど赤く紅く紅蓮く燃える紅玉石の双瞳。
――ペリカ・ルシアノ=ニトゥ
”紅蓮の焔姫”と呼称される長州門が覇王姫、その女だった。
「酒肴だと?……六大勢力の最高権力者が集まるこの会合で、個人の”武”を誇示することが座興だというのか」
南の島、日向を支配する句拿国王、柘縞 斉旭良が、普段からも愛想の欠片も無い玄武岩のような顔面を更に不機嫌に歪ませて、目の前の女を睨み付ける。
「……」
しかし赤髪の美女は全く怯まない。
日向を支配する句拿国王でありながら、自らも”頑強なる鉄門”の異名を持つほどの将帥、超武闘派の男は、見るからに筋骨隆々とした偉丈夫。
顔といい腕といい、あらゆる処に矢傷、刀傷の跡が残る猛々しい風貌の句拿国王、柘縞 斉旭良。
付け足すなら、柘縞 斉旭良の治める句拿国は、赤髪の美女、ペリカ・ルシアノ=ニトゥの長州門とは海を挟んで隣接する、仇敵の関係であった。
「貴公の振る舞いは、”此方側の世界”での所業とはとても思えぬ……」
次に最北の島、北来の”可夢偉”連合部族王、紗句遮允が言葉を発する。
「へぇ、そぉ?」
しかし、やはりというか、赤髪の美女は動じない。
紗句遮允の突き刺すような鋭い狩人の眼光を平然と受け流す。
北に点在する数多の狩猟民族を統一した若き王にして最強の狩人、紗句遮允。
”暁”最大の勢力を誇る旺帝軍の侵攻に対し、北の地を一歩も踏ませぬ戦術と統率力、群を抜いた将才は、有能なる人材を多数抱える強大国”旺帝”にして”王狼”と呼ばしめる程であった。
「戦国世界ならいざ知らず……この近代国家世界側での貴様の独断は目に余るものがある、そうは思わぬか、諸公よ!」
”旺帝”の王、燐堂 天成がその場の意見を集約し、そしてその矛先を改めて赤髪の美女に向けようとした時だった。
「戦国世界ならいざ知らず?……ぷっ!あは、あははっ!」
石榴色の鮮烈な朱い唇が、今度という今度は遠慮の欠片も無く大きく開いていた。
「あははは……”和を以て貴しとなす”とでも言うのかしら?ふふふ、全てを話し合いで解決する”近代国家世界”では”武”は御法度とでも?……あははっ!ほんとう、滑稽だわ、貴方達は……ふふふ」
長州門が覇王姫の紅蓮の双瞳は、最上級の重圧感に支配されるこの空間にも一歩も引く様子が無い。
いいや、朱い唇を緩めて笑う紅蓮き姫は、英雄達の矢面に立つ……
寧ろ、それをこそ愉しんでいるかのような挑発的な、愉悦に浸った表情だった。
――っ!
そして、その尊大で巫山戯た態度は、”旺帝”王、燐堂 天成は言うに及ばず、紅蓮の姫とは仇敵の”頑強なる鉄門”、句拿国王、柘縞 斉旭良、可夢偉連合部族王の若き”王狼”、紗句遮允までもの眼光を殺気に光らせる!
「あ……その……その言い方は……ちょっと……各国の代表である諸公に対して失礼ではないでしょうか……その、ペリカ・ルシアノ=ニトゥ殿」
場の空気を察してか、怖ず怖ずと自信なげながら、栗色の髪の少女が遠慮がちに意見を述べた。
「貴女は確か”七峰”の……そう?そうなのね……ふふふ」
「え?」
ちょこんとした可愛らしい鼻と、綻んだ桃の花のように淡い香りがしそうな優しい唇。
毛先をカールさせたショートボブが愛らしい容姿によく似合っている少女。
大きめの潤んだ瞳は少し垂れぎみであり、そこから上目遣いに”紅蓮の焔姫”を伺う様子は、なんとも男の保護的欲求がそそられる魅力がある。
宗教国家”七峰”、神代の六花 蛍。
誰の異論も挟む余地の無い美少女であろうが、どこか頼りなげな仕草と雰囲気から、如何にも大人の美女といった”紅蓮の焔姫”、ペリカ・ルシアノ=ニトゥとは対照的に、可愛らしいという印象が一際強い少女だ。
「あの……?」
栗色の髪の少女を一瞥して、さも愉しそうに笑い出す紅蓮の美女に少女は、その本意を量りかねているようだった。
「あはは……そうよ、そもそも元を正せば、この場に極上の獲物の存在が有ることを知らせたのは貴女の処の男なのよ」
紅蓮い視線は猛者共の集う席で、独り自信無く黙る少女を指して笑う。
「え!……そ、それって……」
「あははっ、そうよ!貴女……貴女の処の、あの”手強い男”よ!……”七峰”の似非神巫女、六花 蛍ちゃん」
「あ……」
そして六花 蛍にはその会話でペリカが指した人物が誰か解ったようだった。
「あ……う……」
六花 蛍はビクリと華奢な肩をふるわせて、目を逸らす。
「戯れ言はもう良い!それよりも”長州門”の焔姫よ!場を、身を弁えよっ!」
言いたい放題のペリカ・ルシアノ=ニトゥに痺れを切らした旺帝王、燐堂 天成が一喝する!
「弁える?版図が無駄に大きいだけの国の、それさえ掠め取っただけのコソ泥男が、この覇王姫に弁えよ?」
「き、きさまっ!この外人如きが言うに事欠いてっ!!」
「外人如き……いいわ、貴方から相手にしてあげても……」
お互いがお互いの逆鱗に触れたのだろう……
燐堂 天成とペリカ・ルシアノ=ニトゥは罵り合い、そして……
――ガタンッ!
「っ!?」
「……」
一触即発という場面に、席を立つ音が響き、睨み合う二人の意識は一瞬、其方へと移った。
「いい加減に話を先に進めて頂けるかしら?旺帝王と紅蓮の……なんとか姫さん?貴女方と違って私は多忙なのよ」
そこで立ち上がったのは……
闇黒色の膝丈ゴシック調ドレスに薄手のレースのケープを纏った美少女。
腰まで届く、降ろされた緑の黒髪は緩やかにウェーブがかかって輝き、白く透き通った肌と対照的な艶やかな紅い唇を不満げに開いた少女。
――紫梗宮 京極 陽子
本州中央南部を支配する天都原の王弟、京極 隆章の第三子であり、若干、十七歳にして天都原国軍総司令部参謀長を勤める才女。
本日は、歴史ある最古の大国、”天都原”の代表代理を務める真に希なる美貌の少女であった。
第九話「奔放なる焔姫」前編 END
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