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『闇舞台』
其の参 ★
しおりを挟む『時に迦楼羅殿……あなた、我らの元で舞を演じてはくれませんか? あなたは本当に素晴らしい。唯族でありながら、不自由さを微塵も感じさせぬ舞台には、つくづく感服させられました。それどころか、晴眼の舞姫だって、あなたほどの舞は踊れないでしょうな』
楽聖三人が上手口で迦楼羅をおだて、夜守爺も加えた酒宴が盛り上がっていたのは、その辺りまでだった。夜守爺は、瑞寵から強引にすすめられる酒を、弱いクセに無理して呑んだ。孫娘同様、大切に育てた迦楼羅を絶賛され、すこぶる機嫌がよかったのだ。
相手が有名人であるということで、安心もしていた。次第に酒量が増え、夜守爺は悪酔いしたらしく、外の風に当たると云って、一時、座を立った。迦楼羅にも別段、懸念はなかった。目は見えずとも、紳士的な楽聖たちに、すっかり心を許していた。
だが男たちはすぐに、本性を現した。
『迦楼羅殿、先刻の返事だが……如何かな』
突然、にじり寄った十望から、耳元にささやかれ、迦楼羅はビクッと体を強張らせた。
耳朶にかすかだが、唇が触れたのだ。
忍び笑いがもれる。
『なんのお話でしょう』と、笑顔をつくろう迦楼羅に、瑞寵のあけすけな怒声が飛んだ。
『だからぁ、ここで大人しく俺たちの女になるかって、話だよ! 別にかまわねぇよな!』
『舞々風情が、とぼけるなよ! 色客の相手は、なれたモンだろ? 舞台を降りれば、お前はただの人形だ……俺たちを、こばめるはずがねぇ!』
恕雲斎の卑猥なセリフに戦慄し、迦楼羅は立ち上がろうとした。
とても、高名な楽聖たちの云うこととは思えない、悪辣な暴言だった。
『わ、私……もう、帰らせて頂きます!』
相手の顔が判らぬ迦楼羅は、騙されたと感じ憤った。
夜守爺を呼ぼうとしたが、いきなり肩をつかまれ、乱暴に床板へと引き倒された。
迦楼羅は、楽聖たちの豹変ぶりに恐慌を来たした。助けをもとめようにも口をふさがれ、三人がかりで押さえつけられ、逃げ出せなかった。
舞台後、客に呼ばれ座敷へ上がることは何度もあったが、常に夜守爺が守ってくれた。
座長の折檻は、おもに平手か、悪くても拳だ。ゆえに迦楼羅は、こんな非道な仕打ちを受けるのは、生まれて初めてだった。懸命にあがき、死に物狂いで抵抗したが無駄だった。
見る間に明衣装束をはぎ取られ、白い腿を割られた直後、何者かに圧しかかられた。
誰かは判らない。激痛が下腹部をつらぬき、迦楼羅は苦悶にうめいた。
『んんっ……うっ、うっ! んぐぅ!』
男たちの嘲笑が聞こえる。ただならぬ物音を聞いて、戻った夜守爺は驚倒した。
すでに二人目が、彼女を組み敷いていた。
『啊! なっ、なんてことを……貴様らぁぁあ!』
夜守爺の絶叫、破砕音、男たちの胴間声が飛びかう最中、迦楼羅は舞台で鍛えた全身を使い、目前の誰かを蹴り倒した。裸のまま、六角堂から外へ転がり出たが、視界の利かない夜間では、どこへ走っていいかも判らない。到底、逃れられるわけがなかったのだ。
『巫山戯るなよ! この、クソアマがぁ!』
恕雲斎の怒声が追いすがり、迦楼羅を捕まえた。
次の瞬間、先の二人とは比べ物にならぬ猛烈な激痛が、迦楼羅の股間に突き刺された。
まるで大槍の穂先、生身の人体ではない。
『ひぃっ……嫌ああぁぁあぁぁぁぁあっ!』
迦楼羅は、間断なく繰り返される拷問に堪えきれず、痛烈な悲鳴を上げて失神した。
『や、やめろぉっ……人でなしの獣めぇぇ! おっ、御嬢から……は、離れろぉぉぉお!』
薄れ往く意識の境目で、夜守爺の苦痛に満ちた叫哭を、迦楼羅は確かに聞いた。
それが、優しい老僕、最期の言葉となったのだ。
翌朝、六角堂で目覚めた迦楼羅は、曙光に開いた晴眼で周囲を観察し、愕然と瞠目した。
乱雑に散らばった食器の破片、倒れた酒瓶、壁板に残る刀傷、血飛沫、踏み荒らされた花、ボロボロに引き裂かれた、迦楼羅の明衣装束。
さらに、迦楼羅が横たえられた敷布は、彼女の股間から流れ出す血で、真っ赤に染まっていた。熱を孕んだ体、痣だらけの四肢、下腹部の異物感と激痛にさいなまれ、身動きひとつままならぬ。彼女は全裸だったが、衝立に白装束がかけられていた。
楽聖たちと、夜守爺の姿がない。
昨夜の狼藉を思い出すと、迦楼羅の心は崩れそうだった。屈辱のあまり、ワナワナと震えた。それを押しても、今は夜守爺の身が案じられた。すでに下血は止まっている。
迦楼羅は歯を食いしばって痛みをこらえ、白装束をはおった。
覚束ない足取りで、重い体を引きずり、懸命に歩を進める迦楼羅。
やがて六角堂の裏口から、恐る恐る外の様子をうかがった彼女は絶句。
渡殿の橋桁に穴を掘る、楽聖三人の姿を見つけたのだ。
その上、彼らの足元には、筵で巻かれた夜守爺の亡骸が、無造作に転がされていた。老僕の遺体は、満身創痍だった。
『嫌、嘘よ……そんな、や、夜守爺っ!』
衝撃で腰砕け、迦楼羅はその場にくずおれた。
楽聖たちは彼女に気づくと掘削器具を投げ、悪辣な笑みをたたえ、ゆっくり歩み寄った。
一見だけでは、いずれも上品で目鼻立ちの整った美男楽師である。それは出逢う前から、迦楼羅も遠目で見知っていた。だが昨夜、残虐行為を犯した荒々しい獣とは、直結しない。
『昨夜はすまなかったね、迦楼羅。恕雲斎の莫迦が、とんでもないことしちまって。こいつは元神祇府の閹官でな、性的不能者ゆえか女性に対して、時折、残虐な面を露呈するんだ』
『可哀そうに。簫で大事なところをかき回されちゃあ、さぞ痛かったろうぜ。だが俺と十望は元来、優しい男だ。お前が素直に云うこと聞いてくれりゃあ、乱暴な真似はしねぇよ』
『お陰で……あの簫は、使い物にならなくなった。逃げようとした、お前が悪いんだぞ!』
三人の声を聞いた瞬間、彼女の中で目前の顔と昨夜の無慈悲な乱行が、完全に一致した。
しかも、夜守爺を嬲り殺した男たちである。
『嫌あぁぁぁっ! 人殺しぃぃぃぃぃいっ!』
迦楼羅は痛苦も恐怖も忘れ、取り囲む三人を押しのけるや、夜守爺の元へと駆け出した。
途端に恕雲斎が、鬼道術で用いる【鬼の角笛】を吹き鳴らした。
女の悲鳴にも似た、耳障りで不気味な音色。
これに触発され、迦楼羅の体内で、なにか異様な気配がうごめき出した。
『あ、啊っ! 痛いっ、痛いっ……やめてぇぇえっ!』
迦楼羅は、堪えがたい激痛に身をよじり、突っ伏した。
体中を痙攣させ、あえぎながら悶絶する。
七転八倒のた打ち回る迦楼羅を見下ろし、男たちは愉快そうに嘲嗤った。血汗にまみれ、気息奄々で力尽きた迦楼羅の目前には、変わり果てた優しい老僕の青く冷たい空蝉がある。
『迦楼羅。お前は最早、俺たちの操り人形にすぎぬ。操術三手の呪縛糸が、朱色の線虫が、お前の体内到るところに、深く喰いこんでいるのだからな。もう俺たちからは、決して逃げられんぞ。お前が生きる道は、大人しく俺たちに隷属する以外ないのだ。これも、身の不運とあきらめることだなぁ……哈哈哈哈哈!』
絶望の淵に追いやられた迦楼羅は、夜守爺の硬直した手をにぎり、延々と泪を流し続けた。
唐突に鳴り響いた梵鐘の音で、迦楼羅は過去から引き戻された。
もう夕闇が迫っている。
「いけない……早く、支度にかからなきゃ」
迦楼羅はこの五ヶ月間で、《吉祥参楽天》の残忍さを知り尽くしていた。
体内に埋めこまれた線虫、朱色の呪縛がある以上、逃げることは不可能だった。
いや、すでにあきらめていたのだ。
迦楼羅は、男たちの食事を用意するため、暗くボヤけ始めた視界に急かされ、厨へと向かった。
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