61 / 125
『食女鬼・前編』
其の八 ★
しおりを挟む「こんなこと、いけないわ……あぁあっ!」
「大声出すと……見つかっちまうぜ、娘々」
人形芝居が終幕し、人気の消えた舞台裏では、密やかに男女の濡場が演じられていた。
【夜飛白一座】の美男人形使いと、中臈《胡蝶》附き侍女『娘々』の一人が、淫らな交合にふけっていた。
だが実は、これも毎夏恒例の奉仕。人形一座の男たちは、厳しい戒律に縛られ、欲求不満の女御衆を、こうして慰問する役割も果たしていたのだ。
後宮監吏も、帝の手がつかぬ妾妃を抑制するため、なかば暗黙裡にこれを認めていた。
不義でなく【男体布施】と呼ぶ。
「娘々、お前、新入りのクセにこんなところへ来て、上役に知れたら、ただじゃすむめぇ」
美男の方は、服を着たままだ。
興奮で切れ切れのかすれ声を発し、娘の下腹部をまさぐっている。
「平気よぉ、だって……あぁ、あの御方には、負い目があるから、し、知れたって……私を咎めることなんかぁ……できるワケ、はぁあん!」
娘は裙子だけ脱ぎ、自ら太股を開いて秘処をむき出すと、男の手をそこへ導こうとする。
男の手、その触感には、得も云われぬ不可思議な魔力がそなわっていた。
舞台下に作られた特別の蜂房は、舞台の強度を増すためばかりでなく、実はこうした男体布施の逢引き場所でもあったのだ。
なんの素材か、半透明の胞衣にも似て、一間強の六角房は、押せば適度な弾力もある。
奥までいくつも続いている。
他の房では、すでに本番が始まったらしく、あちこちから男女の嬌声が聞こえて来た。
妖しくも淫靡な影絵が二つ、からみ合い、折りかさなる。
中で行われている男女の狂態が、生々しく娘の胸に迫って来た。否応なく、動悸が逸る。
なのに男は、こころよい手触りだけで、娘を虜に堕としかけていた。
娘は、まるで生き人形の如く、美男人形師の魔手に操られ、あらゆる痴態を演じた。
周囲の蜂房から、他の客が思わず顔を出すくらい、娘の善がり声がとどろいた。
いや、善がり声ではなかった。苦痛の絶叫だ。
娘の望み通り、男の手が秘処へ届いた途端、とろけるような悦楽の肌触りが、突如焼けつくほどの熱気をおびたのだ。まるで女陰へ、二本の焼け火箸を差しこまれたようだった。
娘はもがいた。激しく撹拌する男の指が、濡れそぼった愛液を、たちまち蒸発させる。
「ひぃ、ひぎぃぃぃ! あぁっ、熱いぃぃ! 嫌ぁぁぁ! 死んじゃうぅぅうぅぅぅっ!」
せまい蜂房内で暴れる娘の叫哭は、無論、他の客には、悦楽の極致に達したものとしか、受け取られなかった。
助けに来る者など、皆無だ。
「娘々、俺は気が短ぇんだ。早く聞いたことに答えねぇから、鞭だって使わざるを得なくなるんだぜ」と、美男人形師は嗤い、彼女の穴から指先を抜いた。真っ赤に火照っている。
「あうぅ……な、なにを……あんたはぁあ」
「だからぁ、胡蝶のことさ! お前の上役は、侍女の行状にゃあ、だいぶ厳しいそうじゃねぇかい! だが、お前は負い目があるから、知れたって平気だと、確かにそう抜かしやがった! その負い目がなんなのか、俺は知りてぇのさ!」と、今度は再び、あのなめらかな肌理で、彼女の熱傷痕をなでる。
娘はビクンと、体をのけぞらせた。
「あぁあ……あんたは、魔物だ……はぁ」
まさに飴と鞭、堪えがたい痛苦を負わせた直後、その手はまた、娘に快楽を与え始めた。
暴れる内、乱れた襦から豊満な乳房がこぼれた。
彼女のあえぎに合わせ、揺れ動き、忙しく上下する。
「そう、俺は魔物さ。胡蝶のことを話せば、もっともっと気持ちよくさせてヤるぜ、娘々」
耳朶に男の息がかかる。
もう我慢できない。
「話すわぁ! だから、早くあなたの張形でぇ、私を攻めて頂戴! はぐぅ……あぁあ!」
男の魔手に篭絡され、誑かされた憐れな生き人形は、菊花殿高位女御衆にまつわる絶対厳守の秘密を、軽々ともらしてしまったのだ。
その驚愕すべき内容とは、以下の通りだ。
――《胡蝶の君》を始めとする、皇帝陛下の寵妃さまが、近頃、相次いでご乱心との噂よ。夜仏山より邪鬼祓いにまいられた、異相修験者《朱牙天狗》の居室へ、たびたびお忍びで向かい、いかがわしい御祈祷を受けておられるとか。しかも、私の姐々・胡蝶だけでなく、居室には他十一名もの高位女御衆が、連日連夜人目を避けては、入れ代わり立ち代わり詰めかけ……奥御殿で唯一、男の供物をお持ちになる御聖人さまへ、【男体布施】をもとめておられるんですってぇ。あぁん、嘘じゃないのよう。私と同役の娘々も目撃してるしぃ……それを立証するため、水面下では【天官】大目付差配の、隠密捜査官も動いていると、もっぱらの噂だわ。たかが女の噂話、と仰るけど、ここでは情報こそが命綱。互いを牽制し、挑発し、権勢を殺ぎ、御輿から引きずり降ろすための武器なの。だから、信憑性に欠ける情報をあつかえば……私たちのような【蔓草(情報屋)】は、たちまち首が飛ぶって寸法よ。それで胡蝶姐々は、私に負い目があるって云ったのよ。ふふ、そう……【蔓草】は高位女御衆に、なくてはならない存在……あら嫌だ! それを承知で、あなた……まぁ、いいわ。で、他の十一人についても、名前が知りたいのね? 本当はこんなこと、とても余所者にはしゃべれないんだけど、あなたは特別。だってあなたが、天官隠密なんでしょう? だから私に、近づいたのよねぇ……悪い人だわ――
「教えてあげる……でも、一人につき一回の、御布施を頂くわ……ねぇ、いいでしょう?」
淫蕩な眼差しで、男の美貌を仰ぎ見、おねだりする娘々だ。
本当に【天官隠密】なのか、美男人形使いはうなずき、激しく腰を使い始めた。
「十一回か! 哈哈ァ! そいつは、願ってもねぇ幸運だぜ! お安い御用だ、娘々!」
「あぁあぁぁっ……善いぃぃぃっんむ!」
背後から座位で攻め、北叟笑む男の満身に、禍々しい経文字が浮き出しているとも知らず……いや、欲望をむさぼるあまり、それすらまったく見えず、二人はただ、雄と雌の獣と化し、一心不乱にもつれ合った。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バージン・クライシス
アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》
お茶をしましょう、若菜さん。〜強面自衛官、スイーツと君の笑顔を守ります〜
ユーリ(佐伯瑠璃)
ライト文芸
陸上自衛隊衛生科所属の安達四季陸曹長は、見た目がどうもヤのつく人ににていて怖い。
「だって顔に大きな傷があるんだもん!」
体力徽章もレンジャー徽章も持った看護官は、鬼神のように荒野を走る。
実は怖いのは顔だけで、本当はとても優しくて怒鳴ったりイライラしたりしない自衛官。
寺の住職になった方が良いのでは?そう思うくらいに懐が大きく、上官からも部下からも慕われ頼りにされている。
スイーツ大好き、奥さん大好きな安達陸曹長の若かりし日々を振り返るお話です。
※フィクションです。
※カクヨム、小説家になろうにも公開しています。
カフェ・シュガーパインの事件簿
山いい奈
ミステリー
大阪長居の住宅街に佇むカフェ・シュガーパイン。
個性豊かな兄姉弟が営むこのカフェには穏やかな時間が流れる。
だが兄姉弟それぞれの持ち前の好奇心やちょっとした特殊能力が、巻き込まれる事件を解決に導くのだった。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる