32 / 125
『決別・後編』
其の弐
しおりを挟む《……黄泉月浮かぶ勢至門、
十二夜の夢は不如帰……》
「天女さまだ! おぉい、待ってたんだぜぇ!」
門前を通過しようとする喪服姿の女を見つけ、喜び勇んだ痴八が真っ先に駆け出した。
『黒姫狂女』である。六斎日前に現れるとは、珍しい。
瑞茅も、庚仙和尚も、敦莫も、痴八が強引に連れて来る気狂い女の異相を、不可解そうに見つめている。凶賽に到っては、なにか容易ならざる事態が起こる前触れのような気がして、表情は険悪だった。一人能天気に、女の訪問を喜ぶ痴八が、恨めしく感じられた。
「こんにちは、黒姫さん」
瑞茅は、いつもの如く黒地道服、烏帽子を脱いで隠し、にこやかに彼女を歓待した。
「こん、にちはぁ、いらしゃぁい……な」
相変わらず、しゃべる言葉は意味不明だったが、白痴のような笑顔には、なんの邪念もなかった。瑞茅は、彼女に訊ねたいことが沢山あった。
奇妙な数え唄の謎、喪服を着て六斎日だけ歩き回る理由、心を病むほど逼迫した事情。
しかし、今の彼女からそれらを聞き出すのは、不可能に等しい。瑞茅は、痴八が差し出す焼き芋を、無邪気に頬張る『黒姫狂女』の横顔を見つめ、フッと哀しげに目を伏せた。
そんな斎庭に、勇ましい馬蹄の音が響いたのは、さらに一刻後だった。夕暮れ迫る社殿に現れたのは、詰衿軍服姿の凛然たる若武者。【六官】探索方密偵の《趙琉蹟》であった。
「法会納めの人足が、ようやく一段落したかと思えば、千客万来じゃ喃」と、庚仙和尚がつぶやく。門前で下馬し、こちらへ一礼する琉蹟に、皆の視線は釘づけだった。
役人の制服に反応し、『黒姫狂女』はおびえ、痴八の背後に隠れる。
「先日は、どうも」
琉蹟は武礼冠を脱ぎ、門附人瑞茅へ微笑んだ。隣では、凶賽が不愉快そうに舌打ちする。
「これは、琉蹟殿……過日は大変失礼なことを云ってしまい、申しわけありませんでした」
瑞茅は、旧釈迦門でのいさかいを思い返し、バツが悪そうに低頭した。
それを琉蹟がさえぎった。
「いいえ、瑞茅殿の仰ったことは尤もです。元々の着眼点が異なったとはいえ、長年『夜盗市』に身をおきながら、凶行に気づけなかったのは、我ら《隋申忠隊》の失態。今日はその謝罪もこめて、事件の調査報告をお伝えに上がりました」と、慇懃にお辞儀する琉蹟だった。瑞茅は、高位役人にもかかわらず、温厚で義理堅い琉蹟の人柄に、あらためて好感を持った。
「ご挨拶も早々に相すみませんが、門司殿。ここの一室をお借りしたい。よろしいか?」
「どうぞ、こちらへ」
庚仙和尚の案内で、侠客や狂女も含めた一同は、仲人長屋の空部屋へ向かった。
仲人は民間の世話役ゆえ、門司社を引き払うのも早い。
簡易の籐椅子に座った六人へ、琉蹟は持参した書状を広げ、調査内容の説明を始めた。
「その後の調査で、犯人の素性が判明致しました。男は掌酒族の中でも、【禍族】として恐れられる暗殺方【毒熟し】の『屍毒針師』。名は《忌告げの如風》です。例の生首九つを精査した結果、針痕と毒物が検出されました。つまり九人の死因は、河川で見つかった十人目の《寂光瑠》同様、中毒死だったわけです」
男たち五人は、驚愕に顔を見合わせた。
狂女一人だけが我関せずで、窓の外を熱心にながめている。また、小雪が舞い始めた。
「でも、その男は何故……斯様な犯罪を!?」
青ざめ声を震わす瑞茅の質問に対し、琉蹟は何故か見当ちがいと思われる質問を返した。
「ことの発端は、十年前にさかのぼるのだが……その前に、ひとつ確認しておきたいことがあります。一昨年亡くなられた、瑞茅殿の兄上について」
「兄《瑞樹》のことですか? それなら、判官所もすでにお調べ済みの通り、事故死です」
「水死、と聞き及んでおりますが、ご遺体は結局、上がらなかったとも……如何です?」
「その通りです……一年間は、ご猶予を頂き、兄の捜索を続行しましたが、昨年末に到頭、打ち切られ……急遽、私が兄の跡目を継ぐこととなりました。しかし、それがなにか?」
瑞茅の怪訝な眼差しに、琉蹟は表情を暗くした。
せっかちな凶賽が、たまらず口をはさむ。
「喂! 勿体つけねぇで、はっきり云えよ! 旦那の兄貴が……一体、なんだってんだ!」
琉蹟も意を決し、伝えづらい真相を明かした。
「十年前の【降魔十二道士】殺害事件に、当事の新任門附人……要するに、兄上の瑞樹殿は、思わぬ方向から関わっていたのです」
「「「なんだって!?」」」
侠客三人が、声をそろえて飛び上がった。
「どういうことですか!? 説明してください!」
瑞茅は顔面蒼白で、慄然と身を震わせた。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バージン・クライシス
アーケロン
ミステリー
友人たちと平穏な学園生活を送っていた女子高生が、密かに人身売買裏サイトのオークションに出展され、四千万の値がつけられてしまった。可憐な美少女バージンをめぐって繰り広げられる、熾烈で仁義なきバージン争奪戦!
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》


消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる