鬼凪座暗躍記

緑青あい

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『決別・後編』

其の弐

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《……黄泉月よみづき浮かぶ勢至門せいしもん
   十二夜の夢は不如帰ほととぎす……》

「天女さまだ! おぉい、待ってたんだぜぇ!」
 門前を通過しようとする喪服姿の女を見つけ、喜び勇んだ痴八おこはちが真っ先に駆け出した。
黒姫狂女くろひめきょうじょ』である。六斎日ろくさいにち前に現れるとは、珍しい。
 瑞茅みずちも、庚仙和尚こうせんおしょうも、敦莫とんまくも、痴八が強引に連れて来る気狂い女の異相を、不可解そうに見つめている。凶賽きょうさいに到っては、なにか容易ならざる事態が起こる前触れのような気がして、表情は険悪だった。一人能天気に、女の訪問を喜ぶ痴八が、恨めしく感じられた。
「こんにちは、黒姫さん」
 瑞茅は、いつもの如く黒地道服、烏帽子を脱いで隠し、にこやかに彼女を歓待した。
「こん、にちはぁ、いらしゃぁい……な」
 相変わらず、しゃべる言葉は意味不明だったが、白痴のような笑顔には、なんの邪念もなかった。瑞茅は、彼女に訊ねたいことが沢山あった。
 奇妙な数え唄の謎、喪服を着て六斎日だけ歩き回る理由、心を病むほど逼迫ひっぱくした事情。
 しかし、今の彼女からそれらを聞き出すのは、不可能に等しい。瑞茅は、痴八が差し出す焼き芋を、無邪気に頬張る『黒姫狂女』の横顔を見つめ、フッと哀しげに目を伏せた。
 そんな斎庭ゆにわに、勇ましい馬蹄の音が響いたのは、さらに一刻後だった。夕暮れ迫る社殿に現れたのは、詰衿軍服姿の凛然たる若武者。【六官ろくかん】探索方密偵の《趙琉蹟ちょうりゅうせき》であった。
「法会納めの人足ひとあしが、ようやく一段落したかと思えば、千客万来じゃのう」と、庚仙和尚がつぶやく。門前で下馬し、こちらへ一礼する琉蹟に、皆の視線は釘づけだった。
 役人の制服に反応し、『黒姫狂女』はおびえ、痴八の背後に隠れる。
「先日は、どうも」
 琉蹟は武礼冠ぶらいかんを脱ぎ、門附人もんぷにん瑞茅へ微笑んだ。隣では、凶賽が不愉快そうに舌打ちする。
「これは、琉蹟殿……過日は大変失礼なことを云ってしまい、申しわけありませんでした」
 瑞茅は、旧釈迦門でのいさかいを思い返し、バツが悪そうに低頭した。
 それを琉蹟がさえぎった。
「いいえ、瑞茅殿の仰ったことは尤もです。元々の着眼点が異なったとはいえ、長年『夜盗市やとういち』に身をおきながら、凶行に気づけなかったのは、我ら《隋申忠隊ずいしんちゅうたい》の失態。今日はその謝罪もこめて、事件の調査報告をお伝えに上がりました」と、慇懃にお辞儀する琉蹟だった。瑞茅は、高位役人にもかかわらず、温厚で義理堅い琉蹟の人柄に、あらためて好感を持った。
「ご挨拶も早々に相すみませんが、門司もじ殿。ここの一室をお借りしたい。よろしいか?」
「どうぞ、こちらへ」
 庚仙和尚の案内で、侠客や狂女も含めた一同は、仲人ちゅうにん長屋の空部屋へ向かった。
 仲人は民間の世話役ゆえ、門司社を引き払うのも早い。
 簡易の籐椅子に座った六人へ、琉蹟は持参した書状を広げ、調査内容の説明を始めた。
「その後の調査で、犯人の素性が判明致しました。男は掌酒族さかびとぞくの中でも、【禍族まがぞく】として恐れられる暗殺方【毒熟どくこなし】の『屍毒針師しどくばりし』。名は《忌告いみつげの如風じょふう》です。例の生首九つを精査した結果、針痕と毒物が検出されました。つまり九人の死因は、河川で見つかった十人目の《寂光瑠じゃくこうりゅう》同様、中毒死だったわけです」
 男たち五人は、驚愕に顔を見合わせた。
 狂女一人だけが我関せずで、窓の外を熱心にながめている。また、小雪が舞い始めた。
「でも、その男は何故……斯様な犯罪を!?」
 青ざめ声を震わす瑞茅の質問に対し、琉蹟は何故か見当ちがいと思われる質問を返した。
「ことの発端は、十年前にさかのぼるのだが……その前に、ひとつ確認しておきたいことがあります。一昨年亡くなられた、瑞茅殿の兄上について」
「兄《瑞樹みずき》のことですか? それなら、判官所もすでにお調べ済みの通り、事故死です」
「水死、と聞き及んでおりますが、ご遺体は結局、上がらなかったとも……如何いかがです?」
「その通りです……一年間は、ご猶予を頂き、兄の捜索を続行しましたが、昨年末に到頭、打ち切られ……急遽、私が兄の跡目を継ぐこととなりました。しかし、それがなにか?」
 瑞茅の怪訝けげんな眼差しに、琉蹟は表情を暗くした。
 せっかちな凶賽が、たまらず口をはさむ。
おい! 勿体つけねぇで、はっきり云えよ! 旦那の兄貴が……一体、なんだってんだ!」
 琉蹟も意を決し、伝えづらい真相を明かした。
「十年前の【降魔ごうま十二道士】殺害事件に、当事の新任門附人……要するに、兄上の瑞樹殿は、思わぬ方向から関わっていたのです」
「「「なんだって!?」」」
 侠客三人が、声をそろえて飛び上がった。
「どういうことですか!? 説明してください!」
 瑞茅は顔面蒼白で、慄然と身を震わせた。
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