28 / 125
『決別・前編』
其の五
しおりを挟む「実は我々【六官】が此度、捜査していたのは、《降魔外道》の残党だったのだよ。市中に御触れが出ているから、すでに承知だろうが、十年前壊滅させたはずの【降魔教】本部より、逸早く危急を察知して出奔した教団幹部たちがいた。俗に【降魔十二道士】と呼ばれているメンツだ。そやつらがまだ天凱府に潜伏していると知り、我々の秘密調査は開始されたのだ。そしてこの旧釈迦門こそ、新たな根城だと突き止めた。くわしく情報を得るため、夜盗市の罪人になりすまし、調査を続けていたのだが……思わぬ事実が判明してね」
琉蹟は一呼吸おき、さらに言葉を継いだ。
「なんとここへ逃げこんだ【降魔十二道士】は、すでに夜盗市の化他繰り連中が、嬲り殺しにしていたのだよ。ところが、残党捜査の最中、今度は十二門附人の連続失踪事件が発生した。いや、こちらの事件が、今や本命になったワケだがねぇ……というのもだ。まぁ、とにかく……旧釈迦門の、楼閣に上がれば一目瞭然だ。ついて来なさい」
琉蹟と副官に伴われ、四人は老朽化の進む旧釈迦門楼閣へと向かう。
寒風が葦原をざわめかせ、卒塔婆をバタバタとあおぐ中洲の湿地帯。
夜盗市住民の墓地なのだろうか。いくつもの土饅頭が、旧釈迦門を取り囲んでいる。
紙銭が風に舞い、葦へまとわりついている。
三十数年前、凄惨な鬼騒動が発生して以来、放置されたままの旧釈迦門は、今にも倒壊しそうな危うさだ。ミシミシときしむ床板を踏んで、急な階段を昇り始めた一行。
体重の負荷を考慮し、副官たちは朱塗りのはげた門戸で待機する。
三階分まで上がり、先頭の琉蹟が羽目板を持ち上げた途端、血生臭い腐臭が漂って来た。
「見たまえ……あの須弥壇を」
袖口で鼻を押さえ、楼閣に上がった侠客と瑞茅は、思わず「「「啊っ!!」」」と悲鳴をそろえた。神体画のかかる須弥壇には、おぞましいことに、人間の生首が九つも並べられていたのだ。どれもかなり腐乱が進み、一部は白骨化している。
虫が湧き、吐気をもよおすほどの臭気だ。
だが、列の左端の方は、辛うじて生前の姿を留めていた。確かに見覚えのある顔だった。
「これは……まさか、すべて失踪した門附人の首!? なんて酷いことを……うぐっ!」
瑞茅はこらえきれず、楼閣の隅で嘔吐した。
「体も見つかったよ。大河の底に、重石をつけて沈められていた。来る途中の、卒塔婆と土饅頭が、彼ら九人の遺骸を埋めた場所だ」
瑞茅の背をさすりながら、琉蹟が低い声で云う。
「あんたの……いや、老船頭の話を聞いた時ぁ、正直云って、まだ半信半疑だったが……まさか、こんな真似しやがるたぁ……クソッ、鬼だぜ!」
生首を見すえる凶賽は、悪寒に震える反面、激しい憤りも隠せない。
痴八と敦莫は、恐ろしさに顔をそむけ、ずっと念仏を唱えている。
後ろ手を組んだ琉蹟は、かまわず話を続けた。
「犯人の目星は、すでについているのだ。以前、この夜盗市に住んでいた【掌酒族】の男だよ。名は《丁璽》……多分、偽名だろうがねぇ」
「その野郎は、今どこにいるんだ!?」
「それが判れば捕縛している。懸命の捜索にもかかわらず、杳として行方がつかめぬのだ」
凶賽に問いただされ、琉蹟は目を伏せた。
「水死体で見つかった光瑠殿も加え、これで十人までが殺されたワケですね……でも、弥勒門町の、崔桐円殿の首はない。彼は一体、どこへ?」
声を震わせる瑞茅に、琉蹟は首を振った。
「では、犯人は何故、斯様な凶行を……門附人に、どんな恨みがあるというんです!」
瑞茅は泪ぐみ、嗚咽した。琉蹟は長嘆息する。
「それも判らぬ。〝鬼憑き〟か、狂人か……しかし住民の話では、真面目で品行方正な男だったらしい。斯様な罪人街にはおおよそ、似つかわしくない職人風でね……元は、高家出身ではないかと、証言する者さえいる……」
琉蹟の後句は、歯切れが悪かった。瑞茅は沸々と湧き上がる激情を、ついに爆発させた。
「あなたたち【六官】は……長い間、潜入捜査を続けていながら何故、こんな非道な凶行に気づかなかったのですか! 犯人がすぐ身近で暮らしていたというのに何故、まんまと逃がしてしまったのですか! 彼ら門附人を何故、助けることができなかったのですか!」
祭壇の生首を示し、憤怒を吐露する瑞茅に、琉蹟はうつむき、項垂れるばかりだった。
「返す言葉もない……我々の失態だ」
そんな琉蹟を、凶賽が乱暴に押しのけ、力強い腕で、泣き崩れそうな瑞茅を支えた。
「心配すんなよ、旦那! 六官や【鬼凪座】も当てにならん以上、あんたの命は、俺たち勢至門町の顔役が、必ず守り抜いてやるぜ!」
瑞茅の泣き顔をまっすぐ見つめ、しかと断言する凶賽だ。
痴八と敦莫の気持ちもひとつだった。
だが琉蹟は、お尋ね者【鬼凪座】の名前に当惑し、眉根を寄せて、瑞茅を叱責した。
「瑞茅殿! よもや君、裏家業の殺手に事件調査を依頼したのかね!? 【鬼凪座】がどんな悪党か、知った上でのことかね!? なんと愚かな……不逞の輩に国辱を晒すとは!」
「黙れ、役立たずども! てめぇらだって目糞鼻糞だろ! 能なしぞろいじゃねぇかよ!」
すかさず凶賽が怒鳴り返し、琉蹟も口をつぐんだ。
青ざめ、小刻みに震える瑞茅の身を案じ、凶賽と子分二人は、彼を表へ連れ出した。
「彼らの首を……あのままに、しておけない」
「案ずるな、瑞茅殿。我々が、すべて引き取るよ。検死のあとは、遺体もろとも荼毘に付し、ご遺族の元へ届けるからね。君のところにも後日、報告に伺おう」
「へっ! それくらいのコトして、当然だろ! しっかりやれよ! 胸クソ悪ぃ、盆暗役人どもめ! 俺たちぁ忙しいんだ! 先に帰らしてもらうぜ!」
轟々と荒れ狂う凶賽も、痴八に促され鎮まった。彼の胴間声も、瑞茅の心に障るらしい。
「すまねぇ、瑞茅の旦那。こんなところに、連れて来ちまって……俺も生首のことまでは、知らなかったんだよ。嫌な思いさせて、本当に申しわけねぇ。早く勢至門町へ帰ろうぜ」
「俺たち、悪気はなかったんでやすよ、旦那」
「親分、背負ってやんなすったら? 旦那、体が弱いからねぇ。だいぶ、つらそうですぜ」
「ありがとう、皆。私は大丈夫……平気です」
人情厚い侠客三人に支えられ、艀を渡る瑞茅は、青白い顔で無理に微笑んだ。
そうして、旧釈迦門町『夜盗市』から、自力で勢至門町へと歩き出した。
0
お気に入りに追加
7
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
【R15】アリア・ルージュの妄信
皐月うしこ
ミステリー
その日、白濁の中で少女は死んだ。
異質な匂いに包まれて、全身を粘着質な白い液体に覆われて、乱れた着衣が物語る悲惨な光景を何と表現すればいいのだろう。世界は日常に溢れている。何気ない会話、変わらない秒針、規則正しく進む人波。それでもここに、雲が形を変えるように、ガラスが粉々に砕けるように、一輪の花が小さな種を産んだ。
伏線回収の夏
影山姫子
ミステリー
ある年の夏。俺は15年ぶりにT県N市にある古い屋敷を訪れた。大学時代のクラスメイトだった岡滝利奈の招きだった。屋敷で不審な事件が頻発しているのだという。かつての同級生の事故死。密室から消えた犯人。アトリエにナイフで刻まれた無数のX。利奈はそのなぞを、ミステリー作家であるこの俺に推理してほしいというのだ。俺、利奈、桐山優也、十文字省吾、新山亜沙美、須藤真利亜の6人は大学時代、この屋敷でともに芸術の創作に打ち込んだ仲間だった。6人の中に犯人はいるのか? 脳裏によみがえる青春時代の熱気、裏切り、そして別れ。懐かしくも苦い思い出をたどりながら事件の真相に近づく俺に、衝撃のラストが待ち受けていた。
《あなたはすべての伏線を回収することができますか?》


消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる