鬼凪座暗躍記

緑青あい

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『決別・前編』

其の五

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「実は我々【六官ろくかん】が此度、捜査していたのは、《降魔外道ごうまげどう》の残党だったのだよ。市中に御触れが出ているから、すでに承知だろうが、十年前壊滅させたはずの【降魔教がまきょう】本部より、逸早く危急ききゅうを察知して出奔しゅっぽんした教団幹部たちがいた。俗に【降魔ごうま十二道士】と呼ばれているメンツだ。そやつらがまだ天凱府てんがいふに潜伏していると知り、我々の秘密調査は開始されたのだ。そしてこの旧釈迦門きゅうしゃかもんこそ、新たな根城だと突き止めた。くわしく情報を得るため、夜盗市やとういちの罪人になりすまし、調査を続けていたのだが……思わぬ事実が判明してね」
 琉蹟りゅうせきは一呼吸おき、さらに言葉を継いだ。
「なんとここへ逃げこんだ【降魔十二道士】は、すでに夜盗市の化他繰けたぐり連中が、嬲り殺しにしていたのだよ。ところが、残党捜査の最中、今度は十二門附人もんぷにんの連続失踪事件が発生した。いや、こちらの事件が、今や本命になったワケだがねぇ……というのもだ。まぁ、とにかく……旧釈迦門の、楼閣に上がれば一目瞭然だ。ついて来なさい」
 琉蹟と副官に伴われ、四人は老朽化の進む旧釈迦門楼閣へと向かう。
 寒風が葦原をざわめかせ、卒塔婆そとうばをバタバタとあおぐ中洲の湿地帯。
 夜盗市住民の墓地なのだろうか。いくつもの土饅頭どまんじゅうが、旧釈迦門を取り囲んでいる。
 紙銭しせんが風に舞い、葦へまとわりついている。
 三十数年前、凄惨な鬼騒動が発生して以来、放置されたままの旧釈迦門は、今にも倒壊しそうな危うさだ。ミシミシときしむ床板を踏んで、急な階段を昇り始めた一行。
 体重の負荷を考慮し、副官たちは朱塗りのはげた門戸で待機する。
 三階分まで上がり、先頭の琉蹟が羽目板はめいたを持ち上げた途端、血生臭い腐臭が漂って来た。
「見たまえ……あの須弥壇しゅみだんを」
 袖口で鼻を押さえ、楼閣に上がった侠客と瑞茅みずちは、思わず「「「ああっ!!」」」と悲鳴をそろえた。神体画のかかる須弥壇には、おぞましいことに、人間の生首が九つも並べられていたのだ。どれもかなり腐乱が進み、一部は白骨化している。
 虫が湧き、吐気をもよおすほどの臭気だ。
 だが、列の左端の方は、辛うじて生前の姿を留めていた。確かに見覚えのある顔だった。
「これは……まさか、すべて失踪した門附人の首!? なんてむごいことを……うぐっ!」
 瑞茅はこらえきれず、楼閣の隅で嘔吐した。
「体も見つかったよ。大河の底に、重石をつけて沈められていた。来る途中の、卒塔婆と土饅頭が、彼ら九人の遺骸を埋めた場所だ」
 瑞茅の背をさすりながら、琉蹟が低い声で云う。
「あんたの……いや、老船頭の話を聞いた時ぁ、正直云って、まだ半信半疑だったが……まさか、こんな真似しやがるたぁ……クソッ、鬼だぜ!」
 生首を見すえる凶賽きょうさいは、悪寒に震える反面、激しい憤りも隠せない。
 痴八おこはち敦莫とんまくは、恐ろしさに顔をそむけ、ずっと念仏を唱えている。
 後ろ手を組んだ琉蹟は、かまわず話を続けた。
「犯人の目星は、すでについているのだ。以前、この夜盗市に住んでいた【掌酒族さかびとぞく】の男だよ。名は《丁璽ちょうじ》……多分、偽名だろうがねぇ」
「その野郎は、今どこにいるんだ!?」
「それが判れば捕縛している。懸命の捜索にもかかわらず、杳として行方がつかめぬのだ」
 凶賽に問いただされ、琉蹟は目を伏せた。
「水死体で見つかった光瑠こうりゅう殿も加え、これで十人までが殺されたワケですね……でも、弥勒門町の、崔桐円さいどうえん殿の首はない。彼は一体、どこへ?」
 声を震わせる瑞茅に、琉蹟は首を振った。
「では、犯人は何故、斯様な凶行を……門附人に、どんな恨みがあるというんです!」
 瑞茅は泪ぐみ、嗚咽した。琉蹟は長嘆息する。
「それも判らぬ。〝鬼憑き〟か、狂人か……しかし住民の話では、真面目で品行方正な男だったらしい。斯様な罪人街にはおおよそ、似つかわしくない職人風でね……元は、高家出身ではないかと、証言する者さえいる……」
 琉蹟の後句は、歯切れが悪かった。瑞茅は沸々と湧き上がる激情を、ついに爆発させた。
「あなたたち【六官】は……長い間、潜入捜査を続けていながら何故、こんな非道な凶行に気づかなかったのですか! 犯人がすぐ身近で暮らしていたというのに何故、まんまと逃がしてしまったのですか! 彼ら門附人を何故、助けることができなかったのですか!」
 祭壇の生首を示し、憤怒を吐露する瑞茅に、琉蹟はうつむき、項垂れるばかりだった。
「返す言葉もない……我々の失態だ」
 そんな琉蹟を、凶賽が乱暴に押しのけ、力強い腕で、泣き崩れそうな瑞茅を支えた。
「心配すんなよ、旦那! 六官や【鬼凪座きなぎざ】も当てにならん以上、あんたの命は、俺たち勢至門町せいしもんちょうの顔役が、必ず守り抜いてやるぜ!」
 瑞茅の泣き顔をまっすぐ見つめ、しかと断言する凶賽だ。
 痴八と敦莫の気持ちもひとつだった。
 だが琉蹟は、お尋ね者【鬼凪座】の名前に当惑し、眉根を寄せて、瑞茅を叱責した。
「瑞茅殿! よもや君、裏家業の殺手さってに事件調査を依頼したのかね!? 【鬼凪座】がどんな悪党か、知った上でのことかね!? なんと愚かな……不逞のやからに国辱を晒すとは!」
「黙れ、役立たずども! てめぇらだって目糞鼻糞だろ! 能なしぞろいじゃねぇかよ!」
 すかさず凶賽が怒鳴り返し、琉蹟も口をつぐんだ。
 青ざめ、小刻みに震える瑞茅の身を案じ、凶賽と子分二人は、彼を表へ連れ出した。
「彼らの首を……あのままに、しておけない」
「案ずるな、瑞茅殿。我々が、すべて引き取るよ。検死のあとは、遺体もろとも荼毘に付し、ご遺族の元へ届けるからね。君のところにも後日、報告に伺おう」
「へっ! それくらいのコトして、当然だろ! しっかりやれよ! 胸クソわりぃ、盆暗ぼんくら役人どもめ! 俺たちぁ忙しいんだ! 先に帰らしてもらうぜ!」
 轟々と荒れ狂う凶賽も、痴八に促され鎮まった。彼の胴間声どうまごえも、瑞茅の心に障るらしい。
「すまねぇ、瑞茅の旦那。こんなところに、連れて来ちまって……俺も生首のことまでは、知らなかったんだよ。嫌な思いさせて、本当に申しわけねぇ。早く勢至門町へ帰ろうぜ」
「俺たち、悪気はなかったんでやすよ、旦那」
「親分、背負ってやんなすったら? 旦那、体が弱いからねぇ。だいぶ、つらそうですぜ」
「ありがとう、皆。私は大丈夫……平気です」
 人情厚い侠客三人に支えられ、はしけを渡る瑞茅は、青白い顔で無理に微笑んだ。
 そうして、旧釈迦門町『夜盗市』から、自力で勢至門町へと歩き出した。
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