アンダードッグ・ギルド

緑青あい

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【犬の手も借りたい】

『7』

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「かわゆ――いっ❤ んちゅちゅ――っ❤」
 俺は、チェルの目前で、思いっきりズッこけた。貯水タンクの破損で、水浸しになった路地へ、派手にひっくり返り、全身泥だらけになる……お、お、お、お前なぁ――っ!
「なるほど、確かに……この適度な不細工さが、可愛いと言えなくもないですね」
「へぇ、ザックと同じ、バイ・アイじゃないか。チェルが好みそうなヘン顔だね」
 さらに、チェルの捕まえた猫を見て、タッシェルとラルゥが好き勝手なことを言う。
「遠回しに、嫌味ったらしく、なにが言いたい、お前ら!」
 その一方、俺の怒気を差しおいて、チェルが瞳を輝かせ、すり寄って来る。
「連れてってもいいでちか? ね、ね、旦那さま❤」
 ウザァ……猫なんか、どうでもいってんだよ! 他に、もっと大事なことがあんだろ!
「勝手にしろ! それより、君さぁ……」
 俺はチェルを突き放すと、少女の前に座りこみ、目線を合わせて、優しく問いかけた。
「なぁに、おじちゃん」
「お兄ちゃんに、教えてくれないかな。さっきの話を、もっとくわしく」
「いいよ、おじちゃん」
「お兄ちゃんに、教えてくれるんだね? ありがとう、クソガ……お嬢ちゃん」
「はぁい、おじちゃん」
「お兄ちゃんに……お、に、い、ちゃ、ん、に、教えてくれるんだよね?」
 俺は眼圧とともに、少女の肩をつかむ握力まで強めた。
 やっと空気を読んだのか、少女はおびえ、泣きそうな顔でつぶやいた。
「う、うん……おじちゃ、お兄ちゃん」
 俺の背後で、仲間たちが大きなため息をつく。
 俺は、ハタと我に返り、少女の肩から手を放した。
「ザックよ、あきらめろ。お前はもう〝おじちゃん〟だ」
 シャオンステンが、そんな俺の背中を叩いては、痛烈な嫌味で駄目を押す。
 あのな……お前にだけは、言われたくねぇよ、オッサン!
 くっ、ナナシ……そんな呆れ顔で、冷ややかな目で、俺を見るなぁ! 子供に気を使わせて、確かにちょっと、大人げなかったかもしれないが、俺はまだ、十八歳なんだぞぉ!
「そ、それじゃあ、気を取りなおして、事件の時の状況を、説明してくれるかな?」
 俺は、いよいよ湧き上がる怒気を、なんとか抑制し、あらためて少女に問いかけた。
「あのね、みんなでブスブスって」
「心配しなくていいですよ、お嬢ちゃん。君は充分、可愛い……虫歯を治せば最高です」
 ここでまた、要らんことをほざき出したのは、例によってタッシェルだった。
「だから……無駄口は叩くな、タッシェル!」
「このエセ神父は無視して、話の先を頼むぞ、娘御よ」
 オッサンも俺同様、タッシェルの軽口に、嫌気が差して来たのだろう。珍しく真剣な表情で、少女と向き合った。少女は相変わらず、凄惨な事件現場を目撃したにもかかわらず、どこかノホホンとした調子で、楽しそうに証言を続ける(やっぱ、アホだわ、この子)。
「うん。七人でね、はだしのおじちゃんを、刺したの。で、足を片っぽ、持ってった」
「女が? 七人で? しかも、足を切断?」
 ラルゥが、不可解そうに首をかしげる。
「ちがうよ。女の人は一人。七人は同じ顔だった。足を切ったのは女の人だけどね」
「あれ? おかしいな……一人、増えてないか?」
 まったくだ。一人増えたな。ダルティフも怪訝な眼差しで、少女の笑顔を見つめる。
「若、お気づきになられましたか。しかし、折った指は九本です。また増えてますよ」
 あのな……指折り数えるほどの計算か!
 しかも、まちがうって……いやいや、一人増えたって、お嬢ちゃん、どゆこと!?
「折ったと言えば、ダルティフ。もう、足の怪我は治ったのかい? 複雑骨折してたはずなのに……相変わらず、人間離れした回復力だね。実は、妖魔だったりしてぇ――っ!」
「ハハハ! そうだ、僕は妖魔以上に優れた能力の持ち主なのだ! 敬服するように!」
 おい、ダルティフ! 呑気に笑ってる場合じゃねぇぞ! 妖魔って言葉に反応して、ラルゥのヤツ、本気スイッチ入った! クレイモアを、すでに鞘から抜いてるじゃねぇか!
「お、落ち着け! ラルゥ! こいつは、ただの馬鹿ボンだ! 妖魔なワケがねぇ!」
 俺は慌てて、ラルゥとダルティフの間に割って入った。
「へぇえ? 本当かなぁ――っ? 嘘じゃないのかなぁ――っ?」
 クレイモアの切っ先を、首元に突きつけられ、ダルティフもやっと、迫る危険に気づいたらしい。俺の、命がけの擁護にも気づいたようで、恥も外聞もなく、必死で否定する。
「本当だ! な、ダルティフ! お前は、ただの馬鹿ボンだよな!」
「た、たた、ただの、馬鹿ボンです!」
「そう、ただの妾腹で、役立たずで、腰抜けで、臆病な馬鹿ボンです。能ある鷹は牙がないのを鼻にかけるのです。妖魔のフリをしたのは、自分を大きく見せたいがゆえの、幼稚な発想。ラルゥ、許してやってくれんか。さもないと、ワシがこの爪、そなたに向けるぞ」
 オッサン! 鷹に牙も鼻もあるかい! 低能が低能をいじるな、見苦しい!
 でも、待てよ? 『ワシ(鷲)が爪』って……本当は正解を、わかった上で、ワザとまちがった使い方してるのか? 毎度、微妙に異なる諺のニュアンス……だとしたら見事だ。
「しかし、なるほど……七人に刺されたから、致命傷が七カ所ですか」
 タッシェルが、ナナシの顔色をうかがいながら、こんなことをつぶやいた。
 バティックも、当惑するナナシを一瞥しつつ、少女の目撃証言を要約する。
「まぁ、要するにだね。この子の話を総合すると、犯人は全部で八名。その内、実行犯が七名で、もう一人の女は、頭目格なのか、見届け役なのか、黙ってそばに立っていただけらしい。さらに七名は、黒衣で身をつつみ、背中には、奇妙な模様が描かれていたと……」
「うん、そうだよ。それに、顔は人間じゃなかったよ」
 少女は、またまた意味不明な言葉をつけ加え、無邪気な笑みを見せる。
 顔は人間じゃないって……そんなに、不細工だったってことか? あるいは……、
「なるほど……まるで、現場で見ていたかのような詳細説明……つまり、お前が犯人か!」
 ダルティフは、バティック捜査官を指差し、まったく見当外れなことを、ほざき始めた。
「「「だから、なんでそうなる!!」」」
 いちいち、ツッこむ方の身にもなれ! 面倒臭ぇったら……あ、また頭痛がして来た。
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