四天王戦記

緑青あい

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左道四天王見参 《第八章》

其の七

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「どうしたんだよ! おい、お前ら……って! なんだ、ありゃあ!?」
 四悪党しあくとうの険しい視線の先に、とんでもない光景を目撃し、太毬たいがは素っ頓狂な声を上げた。
 妥由羅たゆら氷澪ひみおも、すかさず身がまえたが、《左道四天王さどうしてんのう》は逆に歓迎している様子だ。
「どうやら、もう一波乱……いやはや、腰が抜けんのう。しかし遊び相手には、丁度よいか」
「やってやろうじゃない。俺は今、すこぶる気分が悪いんだ。八つ当たりさせてもらうよ」
「同感だ。憂さ晴らしに、思いきり暴れてやるとするか。得意の剣伎をあますことなくな」
「さっきから、ワケの判んねぇ怒りのやり場に、窮してたトコだ! 上等だぜ、クソが!」
 浜辺から、水飛沫みずしぶきを散らして、こちらへ駆けて来るのは、『苦界島くがいとう』の罪人どもだ。
 その数、おおよそ百二十……多分、島民による一斉攻撃なのだろう。
 先導の、頭目格らしき大男が、ほざいている。
「見つけたぞ! 奴らが《左道四天王》だ! 捕らえて名を挙げろ!」
 罪人どもは皆、防具で身を固め、さまざまな武器をたずさえ、蛮声を張り上げている。
「俺がる! 『苦界島』脱出の切符は、俺が頂く!」
「黙れ! てめぇなんかに、渡すモンかよ! どきやがれ!」
「女もいるぞ! こいつぁ、いいや! 嬲り者にしろ!」
「クソ、邪魔するな! お尋ね者も、女どもも、全部、俺の物だ!」
 実は、恣拿耶しだやたちを捜索するかたわら、裏で暗躍し、彼らと協定を結んでいた鍾弦しょうげん
『苦界島』脱出の便宜を図るはずだった【百鬼討伐隊ひゃっきとうばつたい】も、本土まで彼らを運ぶはずだった軍船も、鍾弦自身も、とうに轟沈、海の底だというのに……愚かな罪人どもは、何者かにそそのかされたらしい。目の色変えて、鼻息荒げ、七人の元へ、ドッと押し寄せて来る。
莫迦ばかの相手は、楽じゃないね。どうする、太毬。まだ、やれるかい?」
「勿論です、姐御あねご! やってやりましょう! 三日月さんたちの、弔い合戦だ!」
「私だって、このまま引き下がりゃあ、しませんよ! うんと、お仕置きしてあげるわ!」
 妥由羅、太毬、氷澪の心は、すでにひとつだった。
 だが三人より、さらに俊敏に、敵方へ突進して往ったのは、《左道四天王》だった。
 恣拿耶と三日月に、同情したわけではないだろう。
 しかし、二人のことを考えると、四悪党の闘争心は自然と強まった。とにかく、目前の敵を倒すことだけに専念し、哀しみにも似たこの厄介な感情を、抑えこみたかったのだ。
「待て! お前さんらは、そこで見物してるがよろしい!」
 両鎌槍りょうがまやりを回転させ、不敵な笑みを浮かべ、《鬼野巫きやぶ杏瑚あんご》が厳命する。
「あんな雑魚ども、俺たちだけで充分まかなえる相手だ!」
 大小二刀を振り上げ、力強い目で睨み、《五燐衛士ごりんえじ栄碩えいせき》が宣言する。
「まぁ、俺たちの華麗な手さばきに、精々驚嘆しなさい!」
 鉄弓に尖矢とがりやをつがえ、自信に満ちた顔で、《死に水の彗侑すいゆう》が通告する。
「ド派手に一発、決めてやるぜ! 魂消たまげて腰抜かすなよ!」
 雙独鈷杵そうとっこしょを打ち鳴らし、戦意高揚させては、《墓狩はかが倖允こういん》が咆哮する。
 百二十対四……どう考えても圧倒的に不利な状況なのに、四悪党は決して退かなかった。
 だがさすがは《左道四天王》……悪名に恥じぬ武功と胆力、そして奇策を魅せてくれた。

……四神相応しじんそうおう、四つ巴、
        運否天賦うんぷてんぷの綱渡り、
             右道うどうを往けば神子みことなり、
        左道さどうを往けば鬼子きこと化す、
        天帝浄土てんていじょうどあざなを残し、
        冥帝穢土めいていえどいみなを刻む、
         荒武者どもの見た夢も、
             いずれ果てるか不如帰ほととぎす
        さりとていざなう戦神に、
        勝利を奉ずる四天王……

 どこからともなく、流れ来る琵琶奏者の唄声に合わせ、華麗な武劇を披露する四悪党は、たちまち屈強な敵役どもを蹴散らし、酸鼻な血の海を広げ、無残な屍骸の山を築いていく。
 罪人のみならず、狂人病人、忌諱族きいぞく阿片あへん中毒者、異端者、奇形、陰間かげま、邪教信徒、屠殺人とさつにん、果ては鬼憑きや鬼業者きごうしゃ半鬼人はんきじんまで……相手かまわずの殺戮劇は、凄惨をきわめた。
「南無阿弥陀仏!」と、剛力で両鎌槍を振り回し、次々と首を刎ねる破戒僧。
しゃぁあぁぁあ!」と、俊敏に大小二刀を操るや、寄せ手を斬殺する若武者。
「全員処刑だよ!」と、怪腕で鉄弓の弦をしならせ、多勢を矢衾やぶすまにする巡礼。
「地獄に堕ちろ!」と、鋭利な雙独鈷杵を閃かせ、続々と刺しつらぬく鉄兜。
 こんな具合に、両鎌槍が血風けっぷう吹かせ、大小二刀が気焔を吐けば、弓弦が数多あまたの矢を乱舞させ、雙独鈷杵が冷光を放つ。
 そこへ杏瑚の秘密道具、栄碩の火焔奥儀、彗侑の屍毒操術しどくそうじゅつ、倖允の狗魄くだま二頭も加わって、修羅の戦場と化した浜辺は、見る見る内に赤く染まり、凄絶な地獄絵図を描き出す。
 しかし、その光景は……彼らの活躍ぶりは、痛快でさえあった。
「ダメだ! とても、叶わない!」
「降参する! 助けてくれぇ!」
「嫌だ、死にたくない……ぎゃあっ!」
 罪人どもは、あっと云う間に数を減らし、代わりに死体ばかりが波打ち際に増えていく。
 それでも四悪党は、絶対に彼らを許さなかった。一人たりとも逃さなかった。
 まるで少年のように嬉々と輝く瞳で、敵方の間を駆け回る四人は、命懸けの闘いを心から楽しんでいる様子だった。
 男勝りで怖いもの知らずの氷澪が、興奮気味に声援を送る。
「ヤブ先生! 素敵よぉ! 惚れなおしちゃうわぁ!」
 やがて悲鳴も、怒号も、命乞いも、まるで聞こえなくなり、血生臭い死臭だけが、浜辺に漂い始めた頃、四悪党はようやく武器を下ろした。残るは頭目格の大男、唯一人である。
 大男は、血にまみれた四人の獰悪どうあくな凶相を仰ぎ見るや、悲痛なまでに震え出した。無様に失禁し、冷や汗を垂らし、カチカチと歯を鳴らし、もう憐れとしか云いようがなかった。
「あ……ああ、あ……」
 最早、恐怖のあまり声も出ない。
 そんな大男の首元へ、両鎌槍、大小二刀、屍毒針、雙独鈷杵が、一斉に突きつけられた。
 四悪党は、互いを睨み、最後の獲物を廻って、小競り合いを始める。
「これ、なにしくさる! たまには軍師にも、見せ場を作ってやらんかい!」
 露な肌理きめに、朱色の梵字経文を浮かび上がらせ、杏瑚が激昂する。
「嫌なこったね! いつも、いいトコ取りばっかして、退くのはお前だよ!」
 鋭利な殺意に反応してか、白檀香びゃくだんこうを常より強め、彗侑が威嚇する。
「つまらん、いさかいはよせ! 俺なら一瞬ですむ! 苦しまずにすむぞ!」
 背中から、凄まじいまでの火焔光を噴き出しては、栄碩が怒鳴る。
「喂! 誰に殺って欲しいか、てめぇが決めろ! 当然、俺を選ぶよなぁ!」
 影の中で待つ狗魄へ、新鮮な餌を与えんと、倖允が鼻息を荒げる。
 四つの殺意に取り巻かれた大男は、恐ろしさに堪えきれず、到頭、気絶してしまった。
 大男の不甲斐ない姿を見て、四悪党は呆れ果て、殺す気すら失せてしまった。
 いずれにせよ、水中に沈んだ彼が、溺死するのは、目に見えて明らかだった。
「ヤレヤレ、色々あったが、まぁ〝終わりよければすべてよし〟と、云うことじゃな」
「どうだってかまわんさ。当初の目的こそ果たせんかったが、これはこれで悪くない」
「そうだねぇ。此度もまずまずの結果だったんじゃない? 最後はかなり疲れたけど」
ああ、なんたって天下に名立たる『苦界島』を手中に納めたんだ。最高の戦利品だぜ」
 仲間の言葉を聞き、喜悦満面の杏瑚は、両鎌槍で『苦界島』の断崖に、こう刻みこんだ。

――左道四天王見参――

 そして、この一言。
「「「「苦界島、完全制覇したぞぉ!!」」」」
 四人は、歓喜の声をそろえ、万歳した。
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