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左道四天王見参 《第八章》
其の弐
しおりを挟む「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」「殺せ!」
凄まじい勢いで、周囲から「殺せ!」の怒号が飛びかう。
ついには、激情を抑えきれなくなった隊員数名が広場に飛び出し、三日月の髪をつかんで、恣拿耶から無理やり引き離した。床板へ乱暴に蹴り倒し、容赦なく衣服を斬り裂いた。
「嫌っ……嫌ぁあぁぁぁあっ!」
抵抗空しく襦裙はズタズタにされ、三日月は薄衣一枚にむかれてしまった。すでに鎖は外され、その代わり四人の隊員に両手足を押さえこまれ、屈辱的な体勢を取られていた。
鍾弦は、その様子を愉しそうに見物している。恣拿耶は激昂し、声を限りに叫んだ。
「やめろぉ! 彼女に、手を出すなぁ!」
すると鍾弦は、わざとらしく妥由羅と氷澪の前を往き来し、意地悪な質問をした。
「彼女とは誰のことだ? この女賞金稼ぎか? それとも女付き馬屋か? ん? どうした? はっきり名を云え。俺は頭が鈍いゆえ、〝彼女〟だけでは、まったく判らんぞ?」
そうする内にも三日月に群がった隊員は、彼女から最後の薄衣まではがそうとしていた。
恣拿耶は芋虫のように床板を這い、三日月のそばへ往こうと懸命だった。
それを途中で鍾弦に踏みつけられた上、何度も執拗に腹を蹴られた。恣拿耶は、おびただしく吐血する。
「ぐはっ……し、鍾弦……貴様、どこまで卑劣な!」
鍾弦は部下の蛮行を手で制し、三日月から離れさせると、恣拿耶の、男にしては端整すぎる白面美貌に己の顔を近づけた。そして獰悪な声音で、禁断の『忌み名』を繰り返した。
「啊、そうか。判ったぞ、三日月のことだな? お前と三日月は、恋人同士だったものな。喂、三日月。お前の体に、手垢をつけられることが、よほど気に入らんらしいぞ、恣拿耶は……随分と愛されているんだな、三日月。【巫丁族】の身でありながら、討伐隊員を誑しこむとは、大したものだな、三日月。仕事一本槍で、女などまるで相手にしていなかったクソ真面目な奴を、ここまで夢中にさせるとは、さすがだな、三日月。さぞやうれしかろう、三日月。鼻が高いだろう、三日月。誇りに思うだろう、三日月。どうした、三日月。返事をしろ、三日月! 三日月! 三日月!」
後句は三日月に向けられたはずの言葉だったが、鍾弦の充血した目はまっすぐ恣拿耶だけを見すえていた。途端に恣拿耶の左腕に巻かれた【厄呪環】が、絶大な効果を発揮する。
「うぐぅ……あぁあぁぁぁあぁぁぁぁぁあっ!」
蠢動し、収縮し、鋭い棘が深々と喰いこみ、腕全体を圧迫する。
あまりの激痛に堪えきれず、恣拿耶は悲鳴を上げた。
三日月の治療の甲斐もなく、再び左腕は傷だらけになり、出血量も尋常でない。
三日月は、七転八倒して苦しむ彼を、とても見ていられなかった。それは、氷澪も、妥由羅も、太毬も、同様だった。それでも今の彼らには、どうしてやることもできない。
武具を奪われ、自由を拘束され、ただの人質にすぎないのだから。
「非道い……今まで、いろんな悪人を見て来たけど、こんなクズ野郎は、初めてだわ!」
「なんて根腐れた男なんだ! こんな状況じゃなきゃあ、私が奴を殺してやったのに!」
「姐御、氷澪姐さんも、聞こえますよ。興奮しないで。腹立たしいのは皆、同じですって」
しかし三日月は、己の身の危険も顧みず、鍾弦へ必死に懇願していた。
「やめて! お願い、もうやめてぇ! 恣拿耶を、苦しめないでぇえ!」
「嫌だね。いくら苦しめても、足りない。俺は、死んでも奴を許さない。そして、お前も」
陰惨な表情でそう云うと、鍾弦は先刻の部下に合図し、再び三日月を襲わせた。
帆船の広い甲板から、赤い忌月たゆたう夜空まで、彼女の悲鳴が突き抜ければ、恣拿耶の怒声が淫行を阻止せんと、凄まじい殺気を秘めてとどろき渡る。
四悪党は首を振り、ため息まじりにつぶやいた。
「ヤレヤレ……一本調子でつまらん喃。儂はもう飽きたぞい」
「まったくだ。この手の愁嘆場には、いささかうんざりだな」
「そろそろ、ド派手で軽快な場面転換が欲しいトコだよねぇ」
「大体、女の泣き声ってなぁ、どうも聞き苦しくていかんぜ」
ここで杏瑚は、まったく物怖じせずに、鍾弦へ、とんでもない提案を持ちかけた。
「そういうワケゆえ、監督さん。こんな趣向は如何じゃね? こちらのご婦人お二方にも、一肌脱いで頂くというのは……とくにこの氷澪姐さんなど、物凄く豊満でいい体じゃぞ?」
悪逆軍師の破廉恥な妄言に、妥由羅と氷澪は愕然となった。
怒り心頭で、杏瑚を睨みつける。
「なんだと……貴様!」
「ヤブ先生! いきなり、なにを云い出すんですかぁ!」
その途端、鍾弦が手で合図し、真横で見張っていた副官がすかさず杏瑚の頬を殴打する。
杏瑚は血まじりの唾を吐き捨てる。けれど彼の表情は、あくまで強気で余裕たっぷりだ。
それがどうにも気に入らず、鍾弦はイラ立った。
部下を押しのけ、ズカズカと四悪党へ近づく。
そうして、憎悪に満ちた眼差し、険悪な声音で、お尋ね者四人へ凄烈な怒気をぶつけた。
「巫山戯るなよ……俺が旧釈迦門での恨みを忘れたと思うたか! 鬼憑きどもの始末がついたら、貴様らにはそれと同等の……いや、それ以上の苦痛を与え嬲り殺しにしてやる!」
ところが杏瑚は、彼の憤激など、どこ吹く風で、飄々と皮肉を口にする始末。
「ほぅ……頭が鈍いワリに、記憶力はいいんじゃ喃」
再び、傲慢な杏瑚に、鉄拳制裁が加えられる。
鼻血を噴いて、よろけるが、それでも杏瑚は平気の平左。笑顔を崩さなかった。
「いちいち、手を挙げんでもよろしい。耳がついとるんじゃ。口で云え」
副官は合図を待たず、再三び拳を揮おうとしたが、寸前で思い止まった。ニヤニヤ嗤う杏瑚の顔から首筋にかけて、忌まわしい【贄神】の『呪諡号』が、赤々と浮かび上がって来たからだ。
さすがにこれ以上、【穢忌族】を傷つけるのは憚られた。
そこは鍾弦も理解してくれたようで、引くにも引けず、困窮している副官を助けるため、軽く手で制した。
副官は、ホッと安堵し拳を下ろす。その手はかすかに震えていた。
一方で鍾弦は、杏瑚の血筋など、まったく意に介さず、残虐に口の端をゆがめては女たちの方を見すえていた。
彼が杏瑚に触発され、善からぬことを考えているのは、妥由羅と氷澪にも、すぐ知れた。
「だが、なかなか面白い案だ。よし、女付き馬屋の方をここへ引き出せ。お前たちの好きにしていいぞ。但し、もう一人は手出し無用だ。この女は俺があとで、じきじきに可愛がって姦る」と、鍾弦は氷澪を一瞥したのち、妥由羅の頤に手をそえては、ニヤリと嗤った。
これに、怒り狂ったのは無論、太毬だ。
「なんだと、てめぇ! もしもその汚ぇ手を、姐御に出しやがったら、俺がただじゃおかねぇ! てめぇを、ズタズタの肉塊に引き裂いて殺る!」と、鎖が喰いこみ、血がにじむのもかまわず、太毬は無茶苦茶に暴れ、鍾弦に体当たりしようとした。所詮、無駄なあがきだったが……それだけ、太毬は妥由羅を想っており、彼女をなんとしても男どもの魔手から、守りたかったのだ。
そんな太毬の前に立ち、鍾弦は怪訝そうな目で、彼を見下ろす。
「そう云えば、まだ聞いていなかったな……お前は、確か『井郡』の郡代所牢屋敷にいたはずだが、何故ここに? どうやって、抜け出したのだ? お前は一体……何者だ?」
「そ、それは……その」
急に口ごもる太毬……『牢役人を喰い殺して脱出した上、先に軍船で大暴れた虎こそ俺です』などとは、絶対に云えない。
そうこうする内に多分、興味が失せたのだろう。鍾弦は、鼻を鳴らし、太毬の前から立ち去った。
「まぁ、いい。祝宴を続けよう」
鍾弦は、部下に向け、軽く顎をしゃくる。すると、それまで鍾弦の合図を待ち、静止していた隊員が、再び淫虐行為を開始した。氷澪も、他の隊員に引っ張り出される。
「ヤブ先生っ!」
「氷澪姐さん、期待しとるぞ。お前さんの、『左馬』入り鉄火肌」
杏瑚に、そう云われた瞬間、氷澪はハッと顔色を変えた。
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