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左道四天王見参 《第八章》
其の壱
しおりを挟むもう届くはずのない伝文を、鍾弦の元に鷹が運んで来たのは、同日の四更過ぎだった。
――お探しのお尋ね者を、岬の番小屋に捕縛しておいたので、取りにお越しください――
それは、死んだはずの董嗎が、鍾弦との連絡に使っていた鷹だった。
太い肢にくくりつけた円筒の中には、こんな伝文が入っていたのだ。鍾弦には、まったく見覚えのない筆跡だった。
嘘か真か、あるいは罠か……半信半疑のまま、しばし迷っていたが、今はどんな些細な情報も、無視できないほどの窮状だ。
そこで【百鬼討伐隊】は、島民に気づかれぬよう、すぐさま出動。おっとり刀、駆けつけた岬の番小屋には、確かに昏睡状態の男女九人が、両手足をしっかりと縛められ、ひとまとめにされていた。
無論、《左道四天王》と、鬼憑き罪人《雁木紋の恣拿耶》、黄泉月巫女こと《三日月》、女賞金稼ぎ《宵染めの妥由羅》と弟分《八つ菱の太毬》、そして女付き馬屋《白野干の氷澪》であった。
どうやら、眠り薬でも盛られたようで、全員が正体もなく熟睡していた。
「これは一体……どうなっているのだ? 董嗎は、死んだはずでは……」
さすがの鍾弦も、目前の光景に驚倒し、動揺せずにはいられなかった。
「と、とにかく! 島民どもの邪魔が入らぬ内、軍船本部へ連行しましょう!」
しかし趙副官に促され、やっと元の彼らしく、邪悪な笑みを口元に浮かべ、うそぶいた。
「そうだな……哈哈、こやつらを、どう料理するか、今から愉しみで仕方ない」
だが真夜中とはいえ、数十名の赤い一団が車牽きで移動するとなると、いやが上にも目立つ。『苦界島』の罪人は、お尋ね者を横取りしようと、無謀にも次々と討伐隊へ挑んでいったが、あえなく撃退され、容赦なく斬殺され、酸鼻な屍を月下に晒すこととなった。
こうなれば、あとはもう誰の目を憚ることもない。軍靴の音も勇ましく帰参するだけだ。
ところが、軍船についてほどなく、今度は驚くべき凶報が飛びこんで来た。
新たなゴミを棄てるため岩礁地帯へ接近した流人船が、本土よりの使者を同船させていたのだ。
使者はすぐさま軍船に乗り移って来て、指揮官代行の鍾弦にうやうやしく革筒を手渡す。火急の要件だと云う使者に急かされ中身を確認した鍾弦は、深いため息をついた。
眉間に手を当て、唇を噛みしめ、しばし瞑目する。
「怖い顔をして、どうなされた、鍾弦どの」と、訝る副官に対し、鍾弦は低い声で云った。
「御方さまが、身罷られたそうだ。それも、四日前に……」
「な、なんですと!?」
副官は戦慄し、ワナワナと目を見開いた。事態の重大さに、ガクガクと体中が震え出す。
つまり、これまでの護国団の苦労が、すべて水泡に帰したわけだから、副官である彼の心情は察するにあまりある。だが副官と相反して、鍾弦指揮官の方は至って沈着冷静だった。
終始、淡々とした口調で、書簡の続きを読み上げる。
「それと、もうひとつ……郡代所役人に調べさせていた《楊漣》という武術家のことだが」
そこで一呼吸置き、鍾弦は何故か、ニヤリと嗤ってから結論を述べた。
「奴は半年も前に、すでに病死していた」
「病死……御方さまも、ついに、間に合わなかった……」
趙副官は元々《楊漣》なる武術家のことなど、どうでもよかったようで、病死と聞くや、すぐに《揚羽の方》の訃報を反芻……けれどなかなか嚥下できぬようで、副官は悶々と懊悩していた。
それでも自分は、討伐隊の副官なのだ。
しっかりせねばと、あらためて奮い立ち、鍾弦に問いかけた。
「部下たちには、なんと伝えますか?」
「ここに書いてある通りに。なにも偽ることはない」
そうは云っても、やはり気が滅入る。自分を含め、他の隊員は鍾弦ほど強くない。
いや、彼の場合、訃報に接しても《揚羽の方》を悼む気持ちや、あまつさえ愛人を亡くした帝を案じる気持ちすら、少しも見受けられない。むしろ、副官が楊漣の死に無頓着だったのと同じく《揚羽の方》の死など、どうでもいいと云いたげな態度であった。
鍾弦はすっかり私怨に囚われ、捕縛したお尋ね者の始末をどうつけるかで頭が一杯な模様だった。
その証拠に半時後――鍾弦は非道く悪逆な顔で事実を伝えた上、嗚咽をこらえ、満身を震わせ、悔しげに歯軋りし、がっくりと項垂れる、百余名の隊員に、かくの如く宣言した。
「……だが皆の衆。せめてもの慰めだ。これからお前たちに、最高の観劇をさせてやる」
真面目くさった顔で、そう云いつつも、鍾弦は内心かなり浮かれていた。
最早、謎の密告者の正体ですら、どうでもよかった。副官は、そんな鍾弦の様子に脅威すら感じていた。
なんにせよ、鍾弦主催による地獄の狂宴は、いよいよ幕を開けようとしていた。
主役は無論、この二人である。
「鬼憑き罪人と黄泉月巫女を、ここへ引き出せ!」
脇役は当然、この面々である。
「お尋ね者四人と共犯者も、一緒に連れて来い!」
しこうして、赤服隊員に引っ立てられ、九人は甲板前部の広場に姿を現した。
先頭は恣拿耶、次いで三日月、《左道四天王》、氷澪、妥由羅、太毬の順である。
とくに、隊員百余名が円陣を組む、広場の真ん中へ、無理やり引き出された恣拿耶と三日月には、苛烈で残虐な制裁が、加えられようとしていた。
四天王たちは、少し下がった帆柱のところで、ひとくくりに縛められている。
「俺たちを騙し、罠に嵌めたのは、貴様ら討伐隊の密偵だな!」
「本当に、卑怯な奴らだねぇ! すっかり、信じこんじまったよ!」
「クソッたれがぁ! あの野郎をここへ連れて来い! ぶっ殺してやる!」
栄碩、彗侑、倖允は、燎牙に化けた匝峻の裏切りに、怒り心頭だ。
けれど実際のところは、謎の密告者のことなど、鍾弦はまったく、あずかり知らぬのだ。
つまり、次の発言は、単なる強がりである。
「……そんなこと、お前たちには最早、関係ない話だ。少し黙っていろ」
鍾弦も、その点は気がかりではあったが、今は目前の獲物どもを、どう苦しめるかの方が、ずっと重要なことのようだ。満面に喜色を浮かべ、まずは、ゆっくり事件の発端となった二人へ近づく。両手足を鎖でつながれ、身動きもままならず、甲板の上へ座りこむ恣拿耶と三日月。今度こそ、絶体絶命の二人を待っていたのは、堪えがたい生き地獄だった。
ここが本当に地獄の評定庭なら、鍾弦はさながら、冥界十王の一判官《閻魔大王》である。いや、二人にとっては鬼畜にも劣る宿怨の仇敵だ。鍾弦は睨みつける二人の眼差しを、さも心地よさそうに受けては、得意げに北叟笑んだ。大手を広げ、一席打つ態度が小面憎い。
「神通力か。結局、朝廷はつまらんものに振り回され、我々数多の護国団を死地へと追いやったワケだな。腸が煮えくり返るようだ。さて、どうすればこの憤激を鎮められるかな」
周囲で見守る隊員の体から、陽炎のような殺気の焔が立ち昇る。
それをあおるように、鍾弦は巧妙なセリフ使いで、部下の心を揺さぶった。
ますます乱気させようと、雄弁に云いつのる。
「そこで俺は考えた。死んで逝った同朋たちの無念な思いに報いるためにも、生贄の血が必要だと。そして真っ先に槍玉に挙げられるべきは、くだらん神通力とやらで人心を欺き、嘲弄した張本人《黄泉月巫女》でなくてはならないのだと。そうは思わんか、皆の衆!」
「「「「「おぉおぉぉおぉぉぉおっ!!」」」」」
隊員は、鍾弦の思惑通り、猛り狂い、荒々しい雄叫びを上げた。
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