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左道四天王見参 《第四章》
其の六
しおりを挟むしこうして、宿場町から少し離れた森陰で、ようやく息をついた三悪党。自分たちで作った地獄絵図のことなど忘れ去り、まったくちがう話題を持ち出し、盛り上がっていた。
「ところで、杏瑚。どうやってあの二人を探すつもりだい? 庵の場所は判らないし、当てずっぽうでウロウロしたって、時間の無駄なんじゃないの? それとも、なにか秘策があるのかい?」
「彗侑、聞く方が時間の無駄だぜ。こいつは結局いつだって、その場しのぎの綱渡り人生が大好きなんだからな。ついてく仲間の身のつらさなんざぁ、ちっとも考えちゃいねぇよ」
好き勝手のたまう仲間を、横目で睨み、杏瑚は乱暴に、栄碩の体を地面に降ろした。
「ただいまの発言は、いささか心外じゃな。致し方ない……儂の実力を、今一度見せてやろう。あの二人の居場所なら、もう判っとるぞ。柳郡・転郷の『薩唾蓋迷宮』に向かっておる途中じゃ」
杏瑚の発言に、吃驚仰天する彗侑と倖允。思わず、声をそろえて裏返す。
「「薩唾蓋迷宮だって!?」」
「うぅん……腐った玉に命中」
いまだに失神中の栄碩が、なんとも間の抜けた寝言を口走る。
夢の中でも、聞きちがいをしているらしい。
杏瑚以外の二人は、さすがに面倒臭くなって来た。
「こいつ、本気で黙らせちゃっていい?」
「啊、永眠さすか」
五寸針と、独鈷杵を、無防備な栄碩の寝顔に、差し向ける二人だった。
杏瑚が、やんわりと止めに入る。
「まぁ、待て。起こすのは、簡単じゃ」
そう云って、しゃがみこんだ杏瑚は、栄碩の耳元で、思いきり叫んだ。
「おおっ、妥由羅どの! なんて素敵なおっぱい!」
刹那、ガバッと身を起こした栄碩。これには、彗侑と倖允の方が驚き、目を丸くした。
「栄碩や、今……なんと聞こえた?」
悪戯っぽく微笑む杏瑚の質問に、栄碩はキョロキョロ辺りを見回しながら、つぶやいた。
「妥由羅の、おっぱ……いや、胸がどうとか……喂、倖允! まさか、お前……あの女のこと、もう姦ったのか!?」
と、次の瞬間――、
「あっ……熱っちぃいぃぃぃいっ!」
物凄い悲鳴を放ち、栄碩は飛び上がった。
突然、背中から発火し、ブスブスと黒煙をくすぶらせ始めたのだ。焼け落ちた衣服の隙間には、嫉妬に狂った【火光尊】の憤怒相が見える。つまり、杏瑚の破廉恥なセリフで妙な想像をふくらませ、欲情してしまった栄碩に、火の女神が制裁を加えたわけだ。
生涯童貞をつらぬかねばならぬという【火光尊洗礼】……恐るべし。
背中に浮き出す【火光尊】の、あまりの熱さに堪えきれず七転八倒した挙句、栄碩は丁度、近くにあった湖水へまっしぐらに走った。そして仲間が止める間もなく……ザブン!
水所恐怖症の彼が、自らの意志で湖水へ飛びこむとは、只事でない。
冷たい水のお陰で、【火光尊】の怒りは、沈静化したものの、案の定――、
「ぐわっ……足がつかん! た、助けてくれぇ! 溺死だけは、御免だぁ! ごぼっ……」
自分で飛びこんだクセに、大袈裟にもがき、仲間に助けをもとめる始末。取り急ぎ湖畔へ駆け寄った三人は、やむなく湖水に飛びこみ、溺れる栄碩を助ける破目になった。恐怖と寒気で、すっかり萎縮した栄碩を、厄介そうに陸へ上げ、彗侑と倖允が愚痴をこぼす。
「まったく……自害を図っといて、助けを呼ぶとは……どこまで、面倒かける気だい!」
「ホント、いい迷惑だぜ! クソ、寒ぃぜ……てめぇのせいで、ずぶ濡れじゃねぇか!」
苦々しい表情で、激しく咳きこむ栄碩に、辛辣なセリフを投げかける彗侑と倖允だ。
杏瑚は、さも愉快そうに、【火光尊】の嫉妬炎で熱傷を負った栄碩の背中を叩いた。
「喂、栄碩。背中が、真っ赤に爛れとるぞ。一体、なにを想像したんじゃ?」
「痛っつぅ……さ、触るな、莫迦!」
杏瑚の手を、ぞんざいに払い、ガタガタと震える栄碩。よほど、怖かったのだろう。
けれど杏瑚は、正確に言葉を受け取る栄碩の聴覚に、ようやく安堵した模様。
「なんにせよ、もう耳は大丈夫のようじゃな」
「は? なんのことだ?」と、わけが判らず、首をかしげる栄碩。
さて、そんな時である。例の男が、四人の前に現れたのは――、
「啊、ここにいましたか……皆さまが、高名な《左道四天王》ですね?」
森の古木の陰から、静かに登場したのは、琵琶を背負ったボロ楽師であった。大参事の酒場の前で、治安部隊に忠言した、あの男である。無論、その件を四悪党は……とくに栄碩は、まったく知らないのだが、怪しいボロ楽師の出現に、すぐさま臨戦態勢を取った。
百戦錬磨の《左道四天王》が、この男の気配だけは、微塵も感知できなかった。
そのことが余計に、四人の警戒心を強めたのだ。
「貴様……何者だ! 治安部隊の密偵か!」と、大小二刀を交差させ、戦意を高める栄碩。
「いかにも、儂らが《左道四天王》じゃが?」と、両鎌槍の石突叩き、仁王立ちする杏瑚。
「わざわざ、殺されに来たのかい!」と、鉄製の大弓に尖矢をつがえ、不審者を狙う彗侑。
「そんなら、今すぐに、願いを叶えてやるぜ!」と、雙独鈷杵を打ち鳴らし、うなる倖允。
すると、謎のボロ楽師は、頭巾と外套を脱ぎ捨て、素顔を露にした。
途端に、驚くほど端整な顔立ちの、美丈夫がそこに現れた。歳の頃、二十四、五。意志の強そうな灰白の瞳、それでいて柔和な白面には、シミひとつ、ホクロひとつない。
だが、なにより目を引くのは、彼の長い白髪頭である。男は若年でありながら、真っ白な髪色をしていたのだ。しかも、その毛髪の長さと云ったら、尋常でない。男は、伸びに伸びた白髪を三つ編みにし、額や首、腰にまで、幾重にも巻きつけている。
どうやらこの男、【白風靡族(生来より白髪で生涯断髪せぬ種族、断髪は死を意味する。男子は短命で、出生率がきわめて低いため、圧倒的に女性が多い)】の出自らしい。
婚期を逃した白風靡族の女性なら、住劫楽土の各地へ出稼ぎで働きに来ているので、ちょくちょく見られるが、男性を見ることは、滅多にない。いや、皆無と云ってもいいだろう。
そもそも彼らは、貴重な存在ゆえ、集落から出ることを、固く禁じられているのだ。
そんな白風靡族の男子が、ボロをまとった楽師風情に身をやつし、こんなところをうろついているということは、多分、それ相応の罪を犯し、集落を放逐されたからなのだろう。
いずれにせよ四天王は、珍獣でも見るように白髪青年をながめ続け、口々に放言した。
「その髪……白風靡族の『男』だと? これは、なんとも珍しいな」
「へぇ……大した美人じゃねぇか。女なら、可愛がって姦ったのに」
「うわぁ、なんて酷いツラだろ……下には下が、いるモンだねぇ!」
「これこれ、そういう問題でないぞ、皆の衆。まったく……それにしても、お前さん。儂らの正体を知りながら、平然と近づいて来るとは、ホンにいい度胸じゃ喃。何者かね?」
杏瑚に詰問され、白風靡族の男は、ようやく己の素性を明かした。
「申し遅れました、私は《夜落籍しの匝峻》……見ての通りの【白風靡族】でございますが、皆さまも薄々ご承知の通り、集落を追われた前科者……実は、皆さまに是非ともお願いしたき儀がありまして……失礼とは思いましたが、あとをつけさせて頂きました」
《夜落籍しの匝峻》……と名乗った男は、慇懃に頭を垂れたが、どこか狡猾で、あざとい態度が鼻につく。そこで、血の気の多い倖允が早速、喧嘩腰で彼に喰ってかかった。
「なんだと!? 喂、てめぇ! どういうつもりで、俺たちを尾行なんかしやがった!」
「返答如何では、貴様もこの場で始末するぞ」
戦闘狂の栄碩も、二刀の柄に手をかけ、気合充分である。
すると匝峻は、思いがけない交換条件を、四悪党に持ちかけたのだ。
「相すみませぬ。ですが、皆さまの御手を借り、どうしてもこの世から抹殺したい人物がいるのです。もし、私の依頼を受けて頂けるのでしたら、私も皆さまが追っている鬼憑き罪人と【巫丁族】の娘に関する情報を、差し上げてもよろしいのですが……如何でしょう」
「「「なんだって!?」」」
匝峻の、思いがけない交換条件に、三悪党は愕然となった。自分たちの正体のみならず、何故、目的まで知っているのか……彗侑、栄碩、倖允は、ますますこの謎めいた楽師への、警戒心を強めた。今ここで、ひとおもいに消してしまった方が、得策なのではないかとさえ、考えた。ところが杏瑚は、匝峻の依頼を、いとも簡単に引き受けてしまったのだ。
「よかろう。で、抹殺したいという相手の名は?」
三人は、すぐに異を唱えようとしたが、それを杏瑚に制された。悪逆軍師には、なにか思うところがあるらしい。もう、次なる策謀を練り終えたようで、表情には余裕がみなぎっていた。だが、匝峻が発した意外な人名には、さすがの杏瑚も、少なからず驚かされた。
「その男の名は……鬼燻べの鍾弦」
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追記(2021/10/7)
お茶会の後を追加します。
更に追記(2022/3/9)
連載として再開します。
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