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左道四天王見参 《第四章》
其の伍
しおりを挟む「おっと、すまん!」
「危ないよ、莫迦!」
「邪魔だ、どけぇ!」
追いつ追われつ、町中を駆け回る、お尋ね者と自警団。
杏瑚は露店を壊し、彗侑は荷車を倒し、倖允は行商人を突き飛ばし、品物を往来に散乱させる。お陰で、追走する自警団は、果物や工芸品、穀物袋に足を取られ、派手に転倒する始末。それでも、あきらめの悪い団長は、必死にお尋ね者を追い続け、ついには二階建ての、古びた酒場の中へ。団長は飛びこみざま、最後尾の新米団員に、かく云い残した。
「お前は、このことを南方治安部隊に通報しろ! お尋ね者《左道四天王》を、阿呼郷第三自警団が見事捕縛したので、至急、褒賞金〝五千万螺宜〟を持って来るようにとな!」
「判りました!」と、踵を返し、駆け出す新米団員。
かなり気が早いようにも思うが、自警団の面々は、いずれも腕に覚えある化他繰り上がりだ。この過剰な自信が、やがて命取りになるとも知らず、団長と十三名の部下は、《左道四天王》が逃げこんだ酒場へ突入し、バタンッ……と、勢いよく扉を閉めてしまった。
それから――経過すること、約四半時。あとから恐々と酒場に近づいた野次馬は、あまりにも内部が静かなので、かえって危機感をつのらせた。四悪党はおろか、血の気の多い自警団や、酒場の客の悲鳴すら聞こえて来ない。
「喂、ヤケに静かだな……一体、どうなってるんだ?」
「まさか……中で全員、相討ちに?」
「いやいや……実は意気投合して、皆で仲良く一杯呑ってるのかもよ」
「そんなワケあるか、莫迦! なんだか、嫌な予感がするぞ……」
二階建ての古びた酒場を取り囲み、ヒソヒソと、不穏な会話をかわす野次馬連中。
その時である。遅ればせながら、南方治安部隊が、現場に到着したのは――。
「貴様ら、道を開けろ!」
「危険だぞ、下がれ! 下がらんか!」
馬蹄の音も高らかに、駆けつけた治安部隊は、総勢八十騎。
物見高い連中は、たちまち蹴散らされ、酒場から遠ざけられた。しかし、おっとり刀で急行して来たものの実は治安部隊の面々、ほとんどが自警団の通報内容に半信半疑だった。
「分隊長、本当に《左道四天王》なのでしょうか?」
「この近辺の自警団は、あまり評判がかんばしくありませんからね」
「賞金目当ての、出まかせということも、考えられますよ」
なるほど……部下たちの云い分にも一理ある。髭面で恰幅のいい分隊長は、顎に手を当て思案を巡らせた。すると、遠巻きに見守る野次馬の中から、ボロをまとった楽師風情が、ソロソロと覚束ない足取りで立ち現れ、逡巡し、煮え切らない分隊長に、こう告げたのだ。
「自警団の通報に、まちがいはありませんよ。私は騒ぎのすべてを、確かにこの目で見ておりました……きっと《左道四天王》は、酒場の客や自警団まで人質に取り、中に立てこもっているのでしょう。早くなにか手を打たないと、皆の命が危ない」
琵琶を担ぎ、頭巾をかぶった楽師の言葉に、周囲の野次馬が、うんうんとうなずいた。
これにて分隊長の腹も決まった。
衆人環視の中、いつまでも二の足を踏んではいられない。
分隊長の命で、隊正が下馬し、酒場の扉に向かって大音声を放った。
「中のお尋ね者《左道四天王》に告ぐ! 我々は南方治安部隊・阿呼郷第二十六分隊である! 早急に人質を解放し、大人しく投降しろ! さすれば御上にも情けはある! しかし云う通りにせぬなら、地獄を見る破目と相なるぞ! これが、最初で最後の忠告だ!」
けれど返事はない。静寂だ。威勢がいい分、隊正の声音だけが響き渡り、ヤケに虚しい。
無反応のまま五分、十分、十五分……隊正はイラ立ち、隊員は焦れている。そして分隊長もついにしびれを切らし、本隊の到着を待たず、指揮鞭を振って突入命令を下した。
「甲組、前へ! 正面から突撃! 乙組は裏へ回り、後方の出口をふさげ!」
わぁっ……と、鬨の声を上げ、進軍開始した治安部隊。
野次馬も、固唾を呑んで見守る中、酒場の扉へ殺到した甲組三十六名。
同時に、裏口から突入した乙組もろとも、内部の状況に目を丸くした。
酒場の客は皆、熟睡中。自警団は皆、卒倒中。
いや……唯一人、自警団の団長だけが、中央の支柱に縛りつけられ、猿轡を噛まされていた。何故か、元結髷が乱れるほど、ブンブンと首を振っている。
「なんだ、これは……どうしたことだ?」
隊員は、わけが判らず、互いの顔を見合わせる。
しかし、下っ端とはいえ、そこはやはり護国団。慎重に、周囲の状況を検分する。
だが、肝心な《左道四天王》の姿はない。とくに危険もなさそうだ。
隊員は、そう思った。そこで、唯一の証人ともいえる団長に、ゆっくりと近づいた。
「大丈夫か? 例のお尋ね者は、どこに消えたんだ?」
そう訊ねながら、団長の猿轡を外した。その途端――、
「逃げろぉぉおぉぉぉぉおっ!」
団長は、ひときわ甲高い声で絶叫した。その直後――、
「皆の衆、お勤めご苦労さん!」
突如、二階の桟敷から怪鳥の如き人影が飛び出し、馬上の分隊長の頭を蹴って、がら空きの背後に着地した。それは、栄碩を担いだ杏瑚だった。彗侑と倖允も、彼にならって分隊長を足場にする。三回も痛烈に踏みつけられ、分隊長は失神。落馬したきり動かなくなった。
と、次の瞬間――、
ドドオォォオンッ……と、凄まじい爆裂音をとどろかせ、酒場は木端微塵に吹き飛んだ。
どうやら、この三悪党……酒場の内部に、罠を仕掛けていたらしい。
当然、中にいた者たちは助からない。
背中で爆風を受けつつ、三悪党はニヤリと北叟笑む。
「さすがは儂じゃ。此度も奇策が奏功した喃」
「ふぅん。これが〝初めまして、さようなら〟作戦か。名前は非道いけど、なかなかだね」
「あれだけ、火薬と自滅呪符を使えば、皆仲良く地獄へ直行だな。ヤるじゃねぇか、杏瑚」
「いや、まだまだ……本当の見物は、これからじゃよ」
そう云って振り返った杏瑚。すると燃えさかる業火の中から、火達磨になった男たちが、一斉に飛び出して来て、辛うじて難を逃れた治安部隊の生き残りに、いきなり襲いかかった。
「客に、無理やり呑ませた末期の酒……実は、アレに『鬼の糞石粉』をまぜといた」
喜悦満面、得意げにうそぶく悪逆軍師の顔を、彗侑と倖允は寒気を覚えながら凝視した。
『鬼の糞石粉』は猛毒で、呑んだ者の人間性を奪い、生熟りの鬼へと変える。
首を刎ねるまで死なず、ひたすら血肉をもとめてさまよい、容赦なく人を襲う……つまり、地獄の亡者となるのだ。そして今、彼らの背後で、その地獄が開宴されたのだ。
焔につつまれ、ジュウジュウと脂肪を垂らす十数匹の黒焦げ鬼は、隊員たちだけでなく、酒場の周囲で腰を抜かしている野次馬にも、見境なく襲いかかった。鬼どもに抱きつかれた途端、衣服や髪に火が燃えうつり、石畳の広場は、まさに阿鼻叫喚の修羅場と化した。
「お前って……本当、非道い奴だね」
「絶対……敵には、回したくねぇな」
仲間でさえ青ざめる恐慌状態を、平然とながめる杏瑚の表情は嬉々としていた。
但し彗侑と倖允も、驚いたのは最初だけ。
やはり彼らも《左道四天王》の一員だ。あとはもう、どうなろうとかまわず、混乱を収拾させようともせず、気づけば大騒ぎの広場から、さっさと姿を消していた。
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