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左道四天王見参 《第三章》
其の参
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「恣拿耶!」
「大丈夫だ、三日月! 下がっていろ!」
無論、鬼憑き罪人《雁木紋の恣拿耶》と、【巫丁族】の《三日月》である。
おびえる市女笠の娘を背にかばい、一歩前に出た青年が、スラリと偃月刀を抜く。
大好物の未通女の匂いで、俄然元気になった倖允が、先頭の杏瑚を追い越し絶叫する。
「もう、逃がさねぇぞ! その未通女は、俺のモンだぁ! 散々嬲り者にして姦るぜぇ!」
仲間も呆れるほど、嬉々とした倖允の表情。三日月は再び現れた悪漢の、えげつないセリフに、ゾォッと震え上がった。しかし、その前には恣拿耶がいる。杏瑚が慌てていさめた。
「待つんじゃ、倖允! 一人で先走ってはいかん! 【手根刀】でしこたま殴打され、がんじがらめに巻き取られ、支脈で手足を縛られ、地面に叩きつけられた挙句、またぞろ篭の鳥にされ、自分勝手に逆恨みしながら、儂らに多大な迷惑をかける破目になるぞ!」
途端に、恣拿耶の左腕から噴射されたのは、恐るべき鬼業禍力。かくして、杏瑚の忠告まったくそのままに、倖允は手根刀で殴打され、がんじがらめに巻き取られ、支脈で手足を縛られ、地面に叩きつけられ、挙句の果ては、木製の鬼業檻に、またしても囚われの身となってしまった。思わず立ち止まり、頭をかかえては、落胆のため息をつく杏瑚だ。
「痛てて……クソッ! 杏瑚! てめぇ、なんで敵に戦術指南なんか、してやがんだよ! 畜生、しかも今度は俺一人だけか! お前のせいだぞ! 責任取って、どうにかしろぉ!」
地べたに伏し、身動きできぬクセに、威勢よく血まじりの暴言を吐く倖允。自分勝手に逆恨みして、吠えるところまで、ピタリと云い当てているのだから、確かに杏瑚は凄い。
「大したモンだねぇ、杏瑚! やっぱ、天才だわ、お前!」と、呑気に手ばたきする彗侑。
「敵の動きを完璧に読んでいたな。ついでに短絡的な倖允の性格も……ま、この場合なら、俺にだって少なからず予測はついたが」と、冷ややかな目で檻の中の猛獣を一瞥する栄碩。
仲間三人は、次の攻撃を警戒し、倖允入りの檻へ、無闇に近づこうとはしない。
恣拿耶は、四悪党の登場に目をむき、闘志満々で大音声を放つ。
「貴様ら、まだ生きていたのか! 鍾弦の手にかかれば、惨死するものとばかり思っていたが……それにしても何故、我々を追って来た! 返答如何では、仲間をにぎり潰すぞ!」
つまり、倖允を人質に取られた格好だが、杏瑚は平気の平左で憎まれ口を叩く。
「何故? 哈哈……そりゃあ、お前さんたちに復讐するためと、決まりきっとるじゃないか。そんなこと、あらためて聞くまでもないわい。お前さんは嬲り殺し、娘御の方は慰み者。儂ら《左道四天王》は、蛇より執念深いんじゃ。ま……今更、後悔しても遅いが喃」
「俺たちを敵に回したのは、まちがいだったねぇ。まともな死に方はできないよ。泥梨へ叩き堕とす前に、たっぷり生き地獄を味わわせてあげるから、覚悟しな。それから手間賃、慰謝料、迷惑料は、きっちり払ってもらいますんで。ついでに、紙銭の用意も忘れずに」
「旧釈迦門では卑劣な罠に不覚を取ったが、今度はそうはいかんぞ! 全身全霊で貴様を木端微塵斬りにし、この世から追い出して殺る! だが安心しろ! 角女もすぐにあとを追わせて殺るからな! 三途の川も、二人連れなら怖くないだろう! 心おきなく逝け!」
彗侑も、栄碩も、まるでおかまいなし。強談判で、恣拿耶に圧力をかける。
これに気が気でないのは、一人囚われの倖允である。
「てめぇら! この状況をよく考えて物を云え! ……って、うわぁ! 待て待て! 俺はなにも云ってねぇぞ! こいつらの暴言のとばっちりで死ぬなんざ、絶対ヤなこった!」
宣言通り、怒り狂った恣拿耶は、手根刀の檻を収縮させ始めた。倖允は狼狽し、自由の利かぬ身で線虫のように、のたうち回る。と、そこへ――妥由羅と太毬が遅れて到着した。
恣拿耶の左腕から伸びる鬼業……その、信じがたい光景を目の当たりにし、驚倒する。
「これは……一体、どういうことだ!?」
「うげぇ! こいつの腕……なんちゅうこっちゃあ! 人間じゃねぇよ!」
その時、妥由羅の脳裏に、ある出来事が閃いた。得心し、恣拿耶の顔を見る。
「啊……そうか! あんた、夜盗市から《左道四天王》に連れ去られた、例の鬼憑き罪人だね! 確か【百鬼討伐隊】の元副長で、鬼女に魅入られトチ狂った男……《雁木紋の恣拿耶》といったか! 哈哈、こいつは思わぬ収穫だ! まさに、棚から牡丹餅ってな具合だ! 太毬、奴も一緒に捕まえるよ! 賞金が跳ね上がること、まちがいなしだ!」
妥由羅の言葉に吃驚し、目を丸くしたのは太毬だ。
「あ、姐御! 本気で云ってるんですかぁ!? だって、こいつ……どう見ても、化け物」
思わず、率直な意見が口をついて出た。
「恣拿耶は化け物なんかじゃありません! 誰であろうと、これ以上の彼に対する暴言は、許しませんよ!」と、恐怖を押し殺し、前へ進み出た三日月が、即座に皆を一喝した。
華奢で可憐な美少女の、健気な泪声に、妥由羅の心は一瞬揺らいだ。太毬も己の吐いた雑言を恥じている様子。どうやらこの娘には、些細な言葉や行動で人の心を揺さぶるだけの、なにか特別な力がそなわっているようだ。尤も、自分自身は気づいていないようだし、四悪党には、まったく通じないが……彼らはますます図に乗って、悪逆非道の限りを尽くす。
「えらそうに、俺たち《左道四天王》へ向かって、お説教かい! なにさまのつもりだってんだ! 不細工な鬼女が、いくら正論吐いたところで、説得力のカケラもないんだよ! 黙ってな!」
中でも審美眼のいちじるしく狂った彗侑は、イラ立ちまぎれに大弓を引きしぼり、すかさず〝出しゃばりな醜女〟へ尖矢を発射した。恣拿耶が右手の剣でふせごうとしたものの、間に合わず……鋭い鏃が、三日月の市女笠の突端を射抜き、はじき飛ばしてしまった。
途端に、長い黒髪と、頭頂部から生える一本角が露となり、妥由羅と太毬を仰天させた。
「あんた……【巫丁族】だったのか!」
丁度そこへ、さらに遅れて駆けつけたのが、中央治安部隊・斥候分隊の面々だ。
居並ぶ男女八人の異相を見渡し、分隊長は愕然。指揮鞭を持つ手を、かすかに震わせた。
「なんたること! 《左道四天王》のみならず、よもや【百鬼討伐隊】から捕縛命令が出ていた鬼憑き罪人《雁木紋の恣拿耶》と《黄泉月巫女》まで、そろっているとは……こんな好機は二度とないぞ! 一同、捕らえて名を挙げろ! 討伐隊の鼻を、明かしてやれ!」
「「「「「承知!!」」」」」
隊員十五名は狼牙棒をかまえ、一斉に襲いかかった。
《左道四天王》も万全のかまえで、敵方を迎え撃つ。
「ヤレヤレ……またぞろ、この身は罪に穢れることとなるか! 天帝よ、許したまえ!」
「こっちは望むところだ! 木端役人どもめ、一人残らず返り討ちにして殺る!」
「阿呆な有象無象が、寄ってたかって、数で押そうったって、そうはいかないよ!」
当然ながら、倖允を気にかけているヒマはないので、完全無視だ。
「待てや、お前ら! その前に、俺を助けろ! それでも仲間か! 薄情者!」
檻の中に取り残された倖允の、絶叫だけが木霊して虚しい。
一方、妥由羅と太毬も、奮起して気合をこめ、治安部隊と対峙する。
「太毬、手加減は無用だよ! 邪魔する奴は、誰であろうと叩き潰せ!」
「姐御のご命令とあらば、喜んで! おらぁ! 死にたい奴ぁ、俺が相手になるぜ!」
最初は及び腰だった太毬も妥由羅に感化され、逡巡を吹っ切ったようだ。投げ手斧を両手に戦意高揚させる。こうして、丘をはさんだ死角の裏街道側で、大立ち回りは始まった。
もっぱら左道四天王は仇敵の恣拿耶を、恣拿耶は面倒な治安部隊を、治安部隊は邪魔な妥由羅と太毬を、妥由羅と太毬は賞金首の左道四天王を……まさに四つ巴の大混戦である。
そんな騒乱に追い打ちをかけて、丘の稜線から、不穏な赤戦袍の大団が押し寄せて来た。
【百鬼討伐隊】本隊の駐留地にも、通報がいったらしい。
「しまった! 【百鬼討伐隊】じゃ! 一個大隊で、進軍して来るぞ!」
総勢五百は下らない。彼らが加われば、ここが修羅の戦場と化すことは必定だった。
さすがの四悪党とて、無事ではすまない。無論、恣拿耶と三日月もだ。
「クソ! 厄介なことになったな……こいつらのせいで、計画が滅茶苦茶だ!」
攻め来る敵を手根刀で打ち払い、叩きのめす内、恐ろしい鬼業の根が恣拿耶の左半身を、物凄い勢いで侵蝕し始めていた。それを見た三日月は、危急を察知し、悲痛な声を上げた。
「恣拿耶、ダメよ! これ以上、鬼業は使わないで!」
しかし、そうは云っても手を抜くわけにいかない。ホンの一瞬、隙を見せただけで、杏瑚の両鎌槍、栄碩の二刀、彗侑の尖矢が、恣拿耶に総攻撃を仕掛けて来るのだから。
「鬼畜め! 死に晒せ!」
「地獄へ堕ちろ!」
「これで、命終だよ!」
三方向から迫る凶器……恣拿耶は辛うじてこれを避け、なんとか、かすり傷程度ですませた。お返しに、手根刀を鞭のようにしならせ、三人一挙にはじき飛ばす。
三方向へ散った悪党……とくに杏瑚は、森陰の巨木に体を叩きつけられて、前後不覚だ。
ズシンと衝撃で揺れる巨木。その太い枝ぶりに腰かけ、葉むらに隠れ、下方で繰り広げられる騒乱を、観覧していた謎の女が、口元に微笑をたたえ、こんなことをつぶやいた。
「あらあら……嫌だわ。ヤブ先生ったら、相変わらず、ヤンチャなんだから。仕方ないわねぇ。こんなトコで死なれちゃ、困るのよ。ちょっとだけ、手を貸してあげましょうか」
年増だが妖艶な美女は、派手な襦裙の長い袖口から、騒乱の渦中へなにかをポイと投げ入れた。それは丁度、杏瑚に斬りかかろうとしていた分隊長の足元で破裂し、途端に辺りは真っ白な煙幕におおわれた。彼女が投じたのは煙玉である。思わぬ目潰しを喰らった一同は、なにが起きたのかと慌てふためき右往左往する。結局、中央治安部隊の面々は、敵味方の判別ができず、相討ちになったり自滅したりと、可笑しな滑稽芝居を演じる破目に。
年増美女は、笑いを噛み殺すのに必死である。
「なんだ! クソ! 誰の仕業だ!」
「これでは、なにも見えん! ぎゃあっ!」
「だっ……誰だ! 俺を殴ったのは! お前か、この!」
「莫迦者! 下手に動くな! 同士討ちになるぞ!」
と、次の瞬間――、
「嫌ぁぁあっ!」
「へへ……やっと、捕まえたぜ! 啊、たまんねぇ! まだ、生娘の匂いだ!」
いつの間に、どうやって脱出したのか倖允が、三日月を後ろから抱きすくめた。
「すぐに、種を仕込んで姦るからな! さぁ、こっちに……うげっ!」
白濁する戦場から、三日月を連れ去ろうとした倖允は、いきなり横っ面を張られ昏倒。
「三日月! 大丈夫か! こっちだ、急げ!」
倖允を叩きのめした恣拿耶は、三日月の手を取り、そのまま戦場を脱出。
大河の方角へ走った。倖允……散々な厄日である。
「待て! 貴様が渡るのは、三途の川だぞ!」
栄碩が、二人の往く手を阻もうとしたが、さらに彼の往く手を阻む者がいた。
「待つのは、あんただ! 悪党は、一人も逃がさないよ!」
妥由羅である。無双剣を回転させ、栄碩が突き出した二刀を跳ね返す。
かたや【雙覚磐派】の大小二刀、かたや【納音楼派】の双刃剣……一閃、刃音、火花、薄ぼんやりした視界の中、対峙する栄碩と妥由羅はこの刹那、互いの心裡に不可思議な感情が芽生えたのを感じた。永遠の好敵手と出逢った……そんな感情である。
けれど、それも束の間。
年増美女が投じた、第二、第三の煙玉が、たちまち二人をつつみこみ、引き裂いた。
「大丈夫だ、三日月! 下がっていろ!」
無論、鬼憑き罪人《雁木紋の恣拿耶》と、【巫丁族】の《三日月》である。
おびえる市女笠の娘を背にかばい、一歩前に出た青年が、スラリと偃月刀を抜く。
大好物の未通女の匂いで、俄然元気になった倖允が、先頭の杏瑚を追い越し絶叫する。
「もう、逃がさねぇぞ! その未通女は、俺のモンだぁ! 散々嬲り者にして姦るぜぇ!」
仲間も呆れるほど、嬉々とした倖允の表情。三日月は再び現れた悪漢の、えげつないセリフに、ゾォッと震え上がった。しかし、その前には恣拿耶がいる。杏瑚が慌てていさめた。
「待つんじゃ、倖允! 一人で先走ってはいかん! 【手根刀】でしこたま殴打され、がんじがらめに巻き取られ、支脈で手足を縛られ、地面に叩きつけられた挙句、またぞろ篭の鳥にされ、自分勝手に逆恨みしながら、儂らに多大な迷惑をかける破目になるぞ!」
途端に、恣拿耶の左腕から噴射されたのは、恐るべき鬼業禍力。かくして、杏瑚の忠告まったくそのままに、倖允は手根刀で殴打され、がんじがらめに巻き取られ、支脈で手足を縛られ、地面に叩きつけられ、挙句の果ては、木製の鬼業檻に、またしても囚われの身となってしまった。思わず立ち止まり、頭をかかえては、落胆のため息をつく杏瑚だ。
「痛てて……クソッ! 杏瑚! てめぇ、なんで敵に戦術指南なんか、してやがんだよ! 畜生、しかも今度は俺一人だけか! お前のせいだぞ! 責任取って、どうにかしろぉ!」
地べたに伏し、身動きできぬクセに、威勢よく血まじりの暴言を吐く倖允。自分勝手に逆恨みして、吠えるところまで、ピタリと云い当てているのだから、確かに杏瑚は凄い。
「大したモンだねぇ、杏瑚! やっぱ、天才だわ、お前!」と、呑気に手ばたきする彗侑。
「敵の動きを完璧に読んでいたな。ついでに短絡的な倖允の性格も……ま、この場合なら、俺にだって少なからず予測はついたが」と、冷ややかな目で檻の中の猛獣を一瞥する栄碩。
仲間三人は、次の攻撃を警戒し、倖允入りの檻へ、無闇に近づこうとはしない。
恣拿耶は、四悪党の登場に目をむき、闘志満々で大音声を放つ。
「貴様ら、まだ生きていたのか! 鍾弦の手にかかれば、惨死するものとばかり思っていたが……それにしても何故、我々を追って来た! 返答如何では、仲間をにぎり潰すぞ!」
つまり、倖允を人質に取られた格好だが、杏瑚は平気の平左で憎まれ口を叩く。
「何故? 哈哈……そりゃあ、お前さんたちに復讐するためと、決まりきっとるじゃないか。そんなこと、あらためて聞くまでもないわい。お前さんは嬲り殺し、娘御の方は慰み者。儂ら《左道四天王》は、蛇より執念深いんじゃ。ま……今更、後悔しても遅いが喃」
「俺たちを敵に回したのは、まちがいだったねぇ。まともな死に方はできないよ。泥梨へ叩き堕とす前に、たっぷり生き地獄を味わわせてあげるから、覚悟しな。それから手間賃、慰謝料、迷惑料は、きっちり払ってもらいますんで。ついでに、紙銭の用意も忘れずに」
「旧釈迦門では卑劣な罠に不覚を取ったが、今度はそうはいかんぞ! 全身全霊で貴様を木端微塵斬りにし、この世から追い出して殺る! だが安心しろ! 角女もすぐにあとを追わせて殺るからな! 三途の川も、二人連れなら怖くないだろう! 心おきなく逝け!」
彗侑も、栄碩も、まるでおかまいなし。強談判で、恣拿耶に圧力をかける。
これに気が気でないのは、一人囚われの倖允である。
「てめぇら! この状況をよく考えて物を云え! ……って、うわぁ! 待て待て! 俺はなにも云ってねぇぞ! こいつらの暴言のとばっちりで死ぬなんざ、絶対ヤなこった!」
宣言通り、怒り狂った恣拿耶は、手根刀の檻を収縮させ始めた。倖允は狼狽し、自由の利かぬ身で線虫のように、のたうち回る。と、そこへ――妥由羅と太毬が遅れて到着した。
恣拿耶の左腕から伸びる鬼業……その、信じがたい光景を目の当たりにし、驚倒する。
「これは……一体、どういうことだ!?」
「うげぇ! こいつの腕……なんちゅうこっちゃあ! 人間じゃねぇよ!」
その時、妥由羅の脳裏に、ある出来事が閃いた。得心し、恣拿耶の顔を見る。
「啊……そうか! あんた、夜盗市から《左道四天王》に連れ去られた、例の鬼憑き罪人だね! 確か【百鬼討伐隊】の元副長で、鬼女に魅入られトチ狂った男……《雁木紋の恣拿耶》といったか! 哈哈、こいつは思わぬ収穫だ! まさに、棚から牡丹餅ってな具合だ! 太毬、奴も一緒に捕まえるよ! 賞金が跳ね上がること、まちがいなしだ!」
妥由羅の言葉に吃驚し、目を丸くしたのは太毬だ。
「あ、姐御! 本気で云ってるんですかぁ!? だって、こいつ……どう見ても、化け物」
思わず、率直な意見が口をついて出た。
「恣拿耶は化け物なんかじゃありません! 誰であろうと、これ以上の彼に対する暴言は、許しませんよ!」と、恐怖を押し殺し、前へ進み出た三日月が、即座に皆を一喝した。
華奢で可憐な美少女の、健気な泪声に、妥由羅の心は一瞬揺らいだ。太毬も己の吐いた雑言を恥じている様子。どうやらこの娘には、些細な言葉や行動で人の心を揺さぶるだけの、なにか特別な力がそなわっているようだ。尤も、自分自身は気づいていないようだし、四悪党には、まったく通じないが……彼らはますます図に乗って、悪逆非道の限りを尽くす。
「えらそうに、俺たち《左道四天王》へ向かって、お説教かい! なにさまのつもりだってんだ! 不細工な鬼女が、いくら正論吐いたところで、説得力のカケラもないんだよ! 黙ってな!」
中でも審美眼のいちじるしく狂った彗侑は、イラ立ちまぎれに大弓を引きしぼり、すかさず〝出しゃばりな醜女〟へ尖矢を発射した。恣拿耶が右手の剣でふせごうとしたものの、間に合わず……鋭い鏃が、三日月の市女笠の突端を射抜き、はじき飛ばしてしまった。
途端に、長い黒髪と、頭頂部から生える一本角が露となり、妥由羅と太毬を仰天させた。
「あんた……【巫丁族】だったのか!」
丁度そこへ、さらに遅れて駆けつけたのが、中央治安部隊・斥候分隊の面々だ。
居並ぶ男女八人の異相を見渡し、分隊長は愕然。指揮鞭を持つ手を、かすかに震わせた。
「なんたること! 《左道四天王》のみならず、よもや【百鬼討伐隊】から捕縛命令が出ていた鬼憑き罪人《雁木紋の恣拿耶》と《黄泉月巫女》まで、そろっているとは……こんな好機は二度とないぞ! 一同、捕らえて名を挙げろ! 討伐隊の鼻を、明かしてやれ!」
「「「「「承知!!」」」」」
隊員十五名は狼牙棒をかまえ、一斉に襲いかかった。
《左道四天王》も万全のかまえで、敵方を迎え撃つ。
「ヤレヤレ……またぞろ、この身は罪に穢れることとなるか! 天帝よ、許したまえ!」
「こっちは望むところだ! 木端役人どもめ、一人残らず返り討ちにして殺る!」
「阿呆な有象無象が、寄ってたかって、数で押そうったって、そうはいかないよ!」
当然ながら、倖允を気にかけているヒマはないので、完全無視だ。
「待てや、お前ら! その前に、俺を助けろ! それでも仲間か! 薄情者!」
檻の中に取り残された倖允の、絶叫だけが木霊して虚しい。
一方、妥由羅と太毬も、奮起して気合をこめ、治安部隊と対峙する。
「太毬、手加減は無用だよ! 邪魔する奴は、誰であろうと叩き潰せ!」
「姐御のご命令とあらば、喜んで! おらぁ! 死にたい奴ぁ、俺が相手になるぜ!」
最初は及び腰だった太毬も妥由羅に感化され、逡巡を吹っ切ったようだ。投げ手斧を両手に戦意高揚させる。こうして、丘をはさんだ死角の裏街道側で、大立ち回りは始まった。
もっぱら左道四天王は仇敵の恣拿耶を、恣拿耶は面倒な治安部隊を、治安部隊は邪魔な妥由羅と太毬を、妥由羅と太毬は賞金首の左道四天王を……まさに四つ巴の大混戦である。
そんな騒乱に追い打ちをかけて、丘の稜線から、不穏な赤戦袍の大団が押し寄せて来た。
【百鬼討伐隊】本隊の駐留地にも、通報がいったらしい。
「しまった! 【百鬼討伐隊】じゃ! 一個大隊で、進軍して来るぞ!」
総勢五百は下らない。彼らが加われば、ここが修羅の戦場と化すことは必定だった。
さすがの四悪党とて、無事ではすまない。無論、恣拿耶と三日月もだ。
「クソ! 厄介なことになったな……こいつらのせいで、計画が滅茶苦茶だ!」
攻め来る敵を手根刀で打ち払い、叩きのめす内、恐ろしい鬼業の根が恣拿耶の左半身を、物凄い勢いで侵蝕し始めていた。それを見た三日月は、危急を察知し、悲痛な声を上げた。
「恣拿耶、ダメよ! これ以上、鬼業は使わないで!」
しかし、そうは云っても手を抜くわけにいかない。ホンの一瞬、隙を見せただけで、杏瑚の両鎌槍、栄碩の二刀、彗侑の尖矢が、恣拿耶に総攻撃を仕掛けて来るのだから。
「鬼畜め! 死に晒せ!」
「地獄へ堕ちろ!」
「これで、命終だよ!」
三方向から迫る凶器……恣拿耶は辛うじてこれを避け、なんとか、かすり傷程度ですませた。お返しに、手根刀を鞭のようにしならせ、三人一挙にはじき飛ばす。
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年増だが妖艶な美女は、派手な襦裙の長い袖口から、騒乱の渦中へなにかをポイと投げ入れた。それは丁度、杏瑚に斬りかかろうとしていた分隊長の足元で破裂し、途端に辺りは真っ白な煙幕におおわれた。彼女が投じたのは煙玉である。思わぬ目潰しを喰らった一同は、なにが起きたのかと慌てふためき右往左往する。結局、中央治安部隊の面々は、敵味方の判別ができず、相討ちになったり自滅したりと、可笑しな滑稽芝居を演じる破目に。
年増美女は、笑いを噛み殺すのに必死である。
「なんだ! クソ! 誰の仕業だ!」
「これでは、なにも見えん! ぎゃあっ!」
「だっ……誰だ! 俺を殴ったのは! お前か、この!」
「莫迦者! 下手に動くな! 同士討ちになるぞ!」
と、次の瞬間――、
「嫌ぁぁあっ!」
「へへ……やっと、捕まえたぜ! 啊、たまんねぇ! まだ、生娘の匂いだ!」
いつの間に、どうやって脱出したのか倖允が、三日月を後ろから抱きすくめた。
「すぐに、種を仕込んで姦るからな! さぁ、こっちに……うげっ!」
白濁する戦場から、三日月を連れ去ろうとした倖允は、いきなり横っ面を張られ昏倒。
「三日月! 大丈夫か! こっちだ、急げ!」
倖允を叩きのめした恣拿耶は、三日月の手を取り、そのまま戦場を脱出。
大河の方角へ走った。倖允……散々な厄日である。
「待て! 貴様が渡るのは、三途の川だぞ!」
栄碩が、二人の往く手を阻もうとしたが、さらに彼の往く手を阻む者がいた。
「待つのは、あんただ! 悪党は、一人も逃がさないよ!」
妥由羅である。無双剣を回転させ、栄碩が突き出した二刀を跳ね返す。
かたや【雙覚磐派】の大小二刀、かたや【納音楼派】の双刃剣……一閃、刃音、火花、薄ぼんやりした視界の中、対峙する栄碩と妥由羅はこの刹那、互いの心裡に不可思議な感情が芽生えたのを感じた。永遠の好敵手と出逢った……そんな感情である。
けれど、それも束の間。
年増美女が投じた、第二、第三の煙玉が、たちまち二人をつつみこみ、引き裂いた。
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