神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、官兵に誤認逮捕されるの巻

其の五

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 さて、同じ頃――神々廻ししば道士の廟では、こんな事件が発生していたそうだ。
「お頼み申します! 神々廻道士さま! どうか、どうか……助けてください!」
――ドンドンドンッ!
 人里離れた神々廻道士の廟を、とっぷりと日の暮れた刻限に訪れ、古びた門扉を懸命に叩く女の声は、かなり焦燥していた。
 口やかましい〝ご主人さま〟がいない隙に、広間で酒肴をまじえてくつろぎ、賭博に興じていた三妖怪は、『おや?』と顔を見合わせた。
「嫌だわ……こんな刻限に、無作法ねぇ。一体、誰よ」と、蛇那じゃなが小首をかしげる。
「若い女の声だな。かなり切迫しているらしい」と、蒐影しゅうえいが興味なさそうにうなずく。
「しかも、飛び切りの上物と見た! いや、聞いた!」と、呀鳥あとりが鼻息荒げて立ち上がる。
 そこへ奥の間から、いつもの高密着度戦袍せんぽうに着替えた琉樺耶るかやと、いつもの高露出度戦袍に着替えた茉李まつりが、姿を現した。
 門扉の叩音こうおんに顔をしかめ、琉樺耶が三妖怪へ問いかける。
「なんの騒ぎだい? 楓白ふうはく……旦那さまたちが、お帰りになったのかい?」
「悪所帰りってぇ、おちろいの匂いプンプンさせてんのよ! こんな時間までぇ、女郎とアンアンちてくるなんてぇ、いやらちいったらないわ! おちおきしゅるしかないわね!」
「茉李……あんたの云い方のが、ずっといやらしいよ」
「だってぇ、おねぇたまを差し置いてぇ、女郎の肢おっぴろげるなんて、ゆるちぇない!」
「だ、だから、茉李……その云い方、気をつけなさい」
 そうこうする内にも、女の声音は、いよいよ逼迫し、悲痛さを増していく。
「どうか、お願いします! 後生ですから、ここを開けてください!」
――ドンドンドンドンドンッ!
「取りあえず、開けてあげなさいよ。美味しそうだったら、私もご相伴に預かるからね」
「判っているさ、蛇那。お前を出し抜き、勝手に我々だけで食したりせんから、安心しろ」
「そうそ、お前を怒らすほど莫迦ばかじゃねぇよ。ホント執念深いからなぁ……蛇だけに」
 呀鳥はいつもの従者姿で、蒐影は影の中を移動して、玄関口へ向かった。
 口やかましい〝ご主人さま〟がいない隙に、相手の様子を見計らって、不意打ちをかけるつもりなのだ。
「こんな夜分、どちらさまですか?」
 ニヤケ顔で、だが口調は怜悧れいりにとがらせて、呀鳥が問いかける。すぐに女声が答えた。
「私は、凛樺りんかと申します! 実は、夫を……夫を、助けて欲しいのです!」
「凛樺?」と、怪しみつつ呀鳥。
「はい!」
「凛樺?」と、疑りながら蒐影。
「はい!」
「凛樺?」と、訝るように蛇那。
「はい!」
「「「凛樺だって!?」」」
《凛樺》という名に驚愕し、勢いよく扉を開けるや、来訪者の顔と姿を確認する三妖怪だ。
「何度もお聞きにならずとも、私の名は確かに凛樺でございます!」
 小雨そぼ降る廟の庭先に、濡れて佇む細身の美女……質素な藤色の襦裙じゅくん貝髷ばいまげ、化粧っけはなく、色白で柔和な顔立ちをしているが、黒い瞳は今にもこぼれそうなほど大粒の泪でうるんでいる。
 三妖怪は『これがシロの逃げた女房か』と、しげしげ観察してしまった。
 騒ぎを聞きつけ、飛んで来た琉樺耶と茉李も、凛樺をジッと見つめながら、詰問した。
「夫を助けてって……まさか、おう楓白のことか!? 彼の身に、なにかあったのか!?」
「え? あなたさまは何故、私の元夫の名をご存知で?」
「元夫ってことはぁ、今はちがうのぉ?」
「私が云う夫とは、《楊榮寧ようえいねい》さまのことでございます!」
「「「はぁ!?」」」
 食いちがう会話、困惑する三妖怪。
 琉樺耶も茉李も不可解そうだ。
 それにしても、妻を取り戻すため、元夫の汪楓白が、身を寄せているとも知らず、ましてや、とんでもない苦境に立たされているとも知らず、当の本人・凛樺が神々廻道士の廟へ助けをもとめにやって来るとは、なんとも皮肉な展開……いや、運命の悪戯であった。

  〔暗転〕
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