神さまなんて大嫌い!

緑青あい

文字の大きさ
上 下
6 / 64
汪楓白、道士を志すも挫折するの巻

其の壱

しおりを挟む

 住劫楽土じゅうこうらくどにおいて、道士とは古来より廟に住み、邪鬼祓い、悪霊祓い、果ては妖怪退治などを生業とし、人々の幸魂さきみたまを願い、世の信望を集め、畏敬の念をいだかれる……そんな、偉大な存在であった。長年の苦行や荒行で、人並み外れた功力くりき、霊力を持し、武術に長け、道士によっては、典薬医術、加持祈祷を行う神通力までそなえ、迷える人々に生きる道を説き、常に自戒し、とにかく……道教を奉ずる以上、身も心も強くあらねばならない。
 仙道せんどうを志す者なら、なおさらだ。
 などと、知ったかぶりかましたけど、結局は全部、古書で読んだ知識なんだよね。
 なんにせよ、道士=凄い人……ってことくらいは、誰でも判る。
 だから、僕も道士になる!
 これが、僕の一大決心だ!
 まぁ……「愛する妻を奪い返したいから」って理由は、かなり不純でお粗末だけど。
 そして今、僕は道士になるための一歩を、意気揚々と踏み出した。
 ここは、勢至門町せいしもんちょう八椚宿やくぬぎじゅく』外れにある『熾火里おきびざと』……かなり、うら寂しい場所だ。
 竹林に囲まれ、人家は離れ、鳥の声と、笹の葉のざわめきしか、聞こえて来ない。
 本当に、こんなところに、あるのだろうか……《神々廻ししば道士》の廟は。
 そう……僕は、神々廻道士に弟子入りすると、決めたのだ。
 友人たちが止めるのも聞かず、劫初内ごうしょだい詰め文官としての仕事も、急病を装い一時離職し、文筆業も休止してまで、凛樺りんかのため、楊榮寧ようえいねいを倒すため、強い男になると心に誓ったのだ。
 でも、さすがに不安になって来たぞ……知り合いから聞いた神々廻道士の廟の在り処は、確かに、この辺りでまちがいないはずなのに……それらしき建物が、まったく見当たらない。どこかで道をまちがえたんだろうか。僕はもう一度、地図を確認し、後ろを振り返った。けれどそこには、今歩いて来た一本道と、颯々さつさつたる冷たい風が吹き荒んでいるだけ。
 困ったな……もうすぐ、火点ひともし頃だってのに、どうしたらいいんだろう。
「なにか、お困りですか?」
「ふぇっ……はい!?」
 突然、背後からかかった声に、僕は飛び上がるほど吃驚びっくり仰天した。恐る恐る振り向けば、そこには唐輪髷からわまげの美少女が、無印の弓張ゆみはり提灯をたずさえ、佇んでいた。よかった……物の怪かと思ったけど、人間だ。でも……正直、心臓が、止まるかと思ったよ。ふぅ――っ!
「驚かせて申しわけありません……だけど、実は私も、声をかけるのが怖かったんです」
 美少女は顔を赤らめ、うつむきがちにつぶやく。そりゃあ、そうだろう。
 逆の立場だったなら、僕は絶対、声をかけないだろうな。無視するよ。身を隠すよ。
 こんな山奥の、人気のない竹林で、しかも怪しい男に……ん? それじゃあ、この娘はなんで、僕に声をかけたんだろう。そもそも、この娘の気配を、全然、感じなかったぞ?
 提灯の明かりにだって、今の今まで気づかなかった。なんだか途轍もなく嫌な予感……すると美少女は、僕の懸念を察したのか、恥じらう様子で微笑み、ためらいがちに云った。
「私……くわしくは申し上げられませんが、色々と深い事情があって、これから、この先の廟に住む、《神々廻道士》さまを、訪ねる途中なのです。そうしたら、前方にあなたの姿が見えて……私、なんだか怖くなって、一度は提灯の明かりを消し、近くに身を隠して、様子をうかがっていたんです。そうしたら、どうやらあなたは、道に迷って困窮しておられるだけのようだと、気づきましたので……思いきって、声をかけてみようかと……」と、小さな声で説明する美少女。僕は彼女のセリフの前半部分に食いつき、後半は、ほとんど聞いていなかった。ついつい相手の気持ちも考えず、ズイと歩み寄り、声高に問いかける。
「お嬢さん! 神々廻道士の廟へ、往く途中なんですか!?」
「は、はい……そうでございます」
 美少女はおびえ、一歩、二歩…...いや、三歩は後退した。
 僕は、ハッとして、美少女から距離を置いた。
ああ、ごめんなさい。おどかしてしまったみたいだね……僕は汪楓白おうふうはく。実は僕も、神々廻道士さまの廟へ、向かう途中だったんだよ。だけど、君の云う通り、道に迷ってしまって、かなり困ってたんだ。あの……それで、どうだろう。僕を、廟まで一緒に、連れて往ってくれないかな? 無論、君の事情とやらには一切、触れないし、変な真似もしないから」
 なんか気恥ずかしいセリフだけど、この娘を不安にさせないためだ。仕方ないよな。
「……判りました。それでは、ご一緒しましょう。私は《茅娜ちな》と申します。どうぞよろしくね、楓白さま」と、美少女《茅娜》は、一瞬の間を空けたのち、にっこりと微笑んだ。
 それにしても、可愛い娘だな。色白で、小柄で、瞳は大きくて、黒髪は艶やかで……って、別に、変な気を起こしたワケじゃないぞ? 僕はあくまで、凛樺一筋なんだからね!
 ただ……こんな魅力的な美少女が、たった一人で、薄暗い竹林を抜けて、道士の廟へ向かうなんて、よほど思いつめた事情があるにちがいないな。凄く気にはなるけど……触れないと約束したからには、守らなくちゃね。こういう場合、信用は第一だから……うん。
 しこうして、僕と茅娜は、一緒に竹林の中の細道を、歩き始めた。
 空にはもう、満月が浮かんでいる。今宵は、赤い凶兆の忌月いみづき……鬼灯夜ほおずきやか。
 どうも不吉だな……神々廻道士は僕のこと、受け入れてくれるだろうか。
 いや、たとえ、なんと云われようと、追い返されようと、僕は絶対に退かないぞ!
 そんな風に、一人メラメラ闘志を燃やしながら、茅娜と連れ立って歩いている内、ついに目的の廟が見えて来た。それは丁度、竹林を抜けた途端、僕らの目に飛びこんで来た。
 門がまえこそ立派だが、ヒビと穴だらけの築地塀ついじべいに囲まれ、屋根瓦は一部崩落し、庭はすすきや雑草でボウボウ、石灯籠に火は灯っているものの、青白い鬼火のようで、どこか薄気味悪い。こんなところに、本当に人が住んでいるのだろうか。云っちゃ悪いが、まるでボロ屋だ。廃屋だ。とても道士の暮らす廟とは思えない。僕は、いよいよ不安になって来た。
「ねぇ、茅娜さん……本当に、ここが神々廻道士の廟なの?」
「えぇ、そうです。確かに、この外観では、疑いたくなる気持ちも当然ですわ。でも、ご心配なく。すぐに判りますから……こんばんわ、夜分遅く畏れ入ります。私、茅娜です」
 そう云って、朱塗りの門扉を、トントンと叩く茅娜だ。
 すると、寸刻後……ギギィ――ッと、嫌な軋音あつおんを立てて、門扉が少しだけ開いた。
 その隙間から、まだ歳若い男が、胡乱うろんな眼差しで、こちらを睨んでいる。【緋幣族ひぬさぞく(赤毛で好戦的な長命種族)】の血を引いているのだろうか……燃え立つような赤毛と小麦色の肌を持し、精悍せいかんな顔立ちをした大柄な男だ。ちなみに歳は、十八、九といったところ。
「あなた……啊、そうか。約束の人だね。そちらは、お連れさん?」
「はい、もう宵口ですし、女の一人歩きは不安だったので……途中、知り合いになりましたこちらさまに、同道をお願いしたんです。こちらさまも、ここに御用だそうで……ね?」
 親切な茅娜の説明を聞くや、男は僕の方をチラリと一瞥し、軽くうなずいた。
「あ、あの、僕は神々廻道士さまに、弟子入り……」
「取りあえず、入りなさい。この辺りは、夜間になると物騒だからね」
 男は、焦って先走る僕の言葉をさえぎり、門扉をさらに開けて手招いた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

隣の人妻としているいけないこと

ヘロディア
恋愛
主人公は、隣人である人妻と浮気している。単なる隣人に過ぎなかったのが、いつからか惹かれ、見事に関係を築いてしまったのだ。 そして、人妻と付き合うスリル、その妖艶な容姿を自分のものにした優越感を得て、彼が自惚れるには十分だった。 しかし、そんな日々もいつかは終わる。ある日、ホテルで彼女と二人きりで行為を進める中、主人公は彼女の着物にGPSを発見する。 彼女の夫がしかけたものと思われ…

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

連続寸止めで、イキたくて泣かされちゃう女の子のお話

まゆら
恋愛
投稿を閲覧いただき、ありがとうございます(*ˊᵕˋ*)   「一日中、イかされちゃうのと、イケないままと、どっちが良い?」 久しぶりの恋人とのお休みに、食事中も映画を見ている時も、ずっと気持ち良くされちゃう女の子のお話です。

令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました

フルーツパフェ
大衆娯楽
 とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。  曰く、全校生徒はパンツを履くこと。  生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?  史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

2穴引き裂き女子○生更生調教

監督 御満小路流々
ファンタジー
普段から、教師に対してなめた態度をとるギャル彩美を醜い中年教師の高城が調教します。 愛無し 監禁 拷問 痛い系

勝負に勝ったので委員長におっぱいを見せてもらった

矢木羽研
青春
優等生の委員長と「勝ったほうが言うことを聞く」という賭けをしたので、「おっぱい見せて」と頼んでみたら……青春寸止めストーリー。

処理中です...