神さまなんて大嫌い!

緑青あい

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汪楓白、最愛の妻に逃げられるの巻

其の五

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「ここは、南西裏鬼門……こんの方位で、場所が悪いからな。おまけに、霊道がいくつも見える。地縛霊の溜まり場だ。所以ゆえん、ああした邪鬼や妖怪を、依せ憑けやすいのだ。オヤジ、店を再建するつもりなら、この際、場所を変えることをお勧めするぞ。今回は運よく、被害者を出さずにすんだものの……二度と、こんな厄介な騒ぎを、起こしたくはないだろう?」
 店主は、ブンブンと頭を振り、泪目で、すがるように神々廻道士を仰ぎ見た。
「そ、そんな! いくらなんでも、余所よそへ店舗をうつせるほどの貯えは、当方にはございません! どうか……神々廻道士ししばどうしさま! 移転せずとも、物の怪の障りなく、ここで安寧に商売ができますよう、お祓いもお願い致します! 勿論、それ相応の祈祷料は、お支払い致しますから……なんなら、当店での飲食代は、今後、永久的に只ということで……」
 いやはや、あの居丈高な店主が、あそこまで下手したてになって、平身低頭するとは……でもまぁ、確かに、こんな恐ろしい妖怪騒ぎの後では、藁にもすがりたい気持ちはよく判る。
 神々廻道士は、ニヤリと口の端をゆがめ、満足げに笑った。
「よし、それで手を打とう。なに、心配無用だ。俺に、まかせておけ」
「かさねがさね、ありがとうございます! では、祈祷の依頼は後日、詳細に……」
 さっきより、さらに頭を低くして謝辞を述べる店主。
 しかも商売上手な店主は、周囲の客たちへの配慮も、決しておこたらなかった。
「みなさま! 本日は、斯様な凶事に巻きこんでしまい、まことに申しわけありませんでした! そこで、お詫びのしるしと云ってはナンですが、本日のみなさまの飲食代は只! さらに今宵限り、無料で好きなだけ、当店の酒肴を味わってください! そして、どうか此度の件に懲りず、今後とも末永く、この『金玉飯店きんぎょくはんてん』を、よろしくお願い致します!」
 店主の粋な計らいと、神々廻道士の活躍に、再び客たちから大きな拍手喝采が上がった。
「さすが! ここの店主は太っ腹だな!」
「ありがたく、ご馳走になるぜ!」
「これというのも、道士さまのお陰だねぇ!」
ああ! 神々廻道士さまに、乾杯だ!」
「今となっちゃあ逆に、最高の観劇をさせてもらった気分だよ!」
「えぇ! 素晴らしいわ! 神々廻道士さま、素敵!」
「ホント、本気で惚れちまいそうよ!」
「あら! あんたには、恋人がいるじゃないの!」
「道士さま! 私と一緒に呑みましょう!」
「ダメよ、私とよ! ねぇ、道士さま……いいでしょう?」
 一気に株の上がった神々廻道士は、大人気で客たちにもまれている。
 とくに女性客や、給仕にまで、熱い視線を送られ……クソッ! うらやましい!
 そうこうする間に、用心棒たちが、乱雑な店内を素早く片づけ、円卓席を定位置へ戻し、それなりに体裁を整えた。店外からは、騒ぎに乗じて、さらに客が押しかけ、神々廻道士の白蛇退治の顛末を、他の客から聞き、吃驚びっくりしている。彩雲さいうん君は、ヤレヤレと肩をすくめ、佳山かいざん君は画人であるがゆえか、画帳があればすぐに描き始めたいといった感じで興味津々。
 燎仙りょうせん君は、感歎の吐息をもらし、ポツリとつぶやいた。
「やはり、噂通りだな……神々廻道士。大した腕だよ」
 彼の言葉を受け、佳山君も、感慨深げにうなずいた。
「そういやぁ、先日は『刃連宿ゆけひじゅく』の忌地いみちで、怪鳥退治もしたって話じゃないか」
「その前は、俺たち中央治安部隊ばかりか、専門職の【百鬼討伐隊ひゃっきとうばつたい】まで出し抜き、『圦宿ふせじゅく』で、鬼憑きを鎮めちまったんだ。無論、取り憑いてた邪鬼も、奴が退治しちまったよ」
 彩雲君が、いささか不愉快そうに、唇をとがらせる。
 そんな友人たちの会話に、耳をかたむけつつも、僕の視線はやはり、神々廻道士一人へ向けられていた。だって……凄いじゃないか! たった一人で、恐ろしい妖怪へ勇敢に立ち向かい、一杯加減で翻弄し、完膚なきまでに倒してしまうなんて! 身なりこそ最悪だけど、強い男は見た目じゃないよな……サマになってるもの。だから、女性にもモテる。
 凛樺りんかが今の光景を見てたら、きっと……楊榮寧ようえいねいなんて武術家じゃなく、彼を……。
 ハッ……そ、そうか! そうだよ! そうなんだ! その手があった!
おい楓白ふうはく君? 君……大丈夫か?」
「なんか、ヤケに目が輝いてるけど……」
「どうしたんだい? なにを考えてるのさ?」
 友人たちは、怪訝な表情で、僕の横顔を見ている。僕はこの時、一大決心をした。
 神々廻道士は日をあらためて祈祷を行うとし、店主から【鬼去酒きこしゅ住劫楽土じゅうこうらくどで一番強い酒】の大樽をもらうと、外に待たせていた弟子らしき男に大八車でそれを運ばせた。そうして、引き留める客を適当にあしらい、人垣を抜けると、早々に『金玉飯店』から立ち去った。
「ま、待って! 神々廻道士さま! 僕の話を……どうか話を、聞いてください!」
 僕は慌てて、友人たちを振りきり、階下へ降り、客を押しのけ、店の外へ飛び出したが、なおも詰めかける大勢の野次馬に阻まれ……到頭、神々廻道士の姿を見失ってしまった。
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