きまぐれ推敲ねこ俳句

小戸エビス

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鼻水や膝には猫がすやすやと

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 はなみずや ひざにはねこが すやすやと

 今回は川柳っぽくなってしまうのも覚悟で、猫のいる日常の情景を詠んでみました。
 鼻水が出てティッシュで鼻をかみたいのに猫が眠っててティッシュを手を伸ばせない、という状況です。
 こうした予想外の行動で適度に飼い主を困らせてくれるのが猫というもの。

 私自身は花粉症ではないのですがアレルギー性の鼻炎はありまして。こうした状況がたびたび起こります。
 そこで、かつて次のような句をたたき台として作ったことがありました。

 花粉症ティッシュは遠く膝に猫

 ここから推敲を進めて行ったのが今回の句です。
 なぜ「花粉症」と書いたのかというと、その時点では他に思いつく季語が他になかったから。ちなみに「花粉症」は春の季語です。そして「杉花粉」も。ともに「杉の花」の傍題です。
 比較的現代的な言葉ですが、もう季語になっているんですね……
 ならば、秋の花粉症を引き起こすセイタカアワダチソウやブタクサも季語にして欲しかったものですが、こちらはまだ歳時記に載っていないようでした。そのうち載るかもしれませんが、その時は片仮名表記にはなっていないでしょうね……

 ともあれ、「くしゃみ」や「鼻水」に関係のある季語として当初見つかったものが「花粉症」しかなかったのです。
 ……はい。
 実際には、「くしゃみ」も「鼻水」も冬の季語です。歳時記にちゃんと載っています。
 なのですが、当時の私はそのことを知らなかったのです。歳時記持ってても意識しない単語はなかなか調べないものですね……
 検索機能に頼る人間の弱点かもしれません。

 そんなわけで、最初のうちは季語「花粉症」で推敲していました。
 その過程がこちらです。

 花粉症猫に取られたティッシュ箱
 花粉症ティッシュの箱は猫の下
 花粉症ティッシュは眠る猫の下
 花粉症ティッシュは猫の敷布団
 花粉症ティッシュに微睡む眠り猫
 花粉症ティッシュ抱える眠り猫
 金木犀ティッシュ抱える眠り猫
 杉花粉ティッシュ抱える眠り猫
 杉花粉ティッシュは眠る猫の下
 花粉症ティッシュにすやすや眠り猫
 花粉症ティッシュにすやすや猫眠り

 途中に秋の季語の「金木犀」が入っているのは、セイタカアワダチソウの代わりとして使えないかと思ったから。
 ……まあ、無理がありましたね。色が似てるとはいえ、そもそも木と草の違いがあります。科も違いますし。
 私自身の症状は金木犀の時期に強くなりますし、秋の花粉症もだいたいその時期ではあるのですが、これは無理でした。

 そして2つほど「杉花粉」を試してみた形がありますが、これは「花粉症」から変える意味はないと判断しました。
 屋内の情景なので「杉」というものを前面に押し出す意味に乏しく、さらに、句の中での花粉症が杉によるものであると限定することになってしまうのです。
 外を歩いていて花粉症の症状に困った、という情景ならば「杉花粉」が活きてくるのでしょうけれど。

 一方で、情景を、膝に猫がいてティッシュに手を伸ばせないというものから猫がティッシュの上に陣取っていて取れないというものに変更。
 花粉症は一日中症状が出ているものなので膝に猫が載っていること自体不自然では、と思ったのです。鼻水だけ出ているならともかく、くしゃみをした場合は猫は音に驚いて逃げますから。
 しかも、花粉症レベルになると膝の猫を気にしている場合でもないでしょうし。

 というわけでティッシュ取れないという情景で推敲を進行。この過程で主に考えていたのが、言葉の削除と選択でした。
 例えば、「箱」という2音が要るか、ということです。
 花粉症でティッシュと来れば、一番連想しやすいのはおそらく箱のティッシュ。ポケットティッシュの袋ならばあり得ますが、紙のもの1枚だけを連想する人はそうそういないと思います。まして、猫が上に乗っている、という描写と一緒ならば。

 そしてこのように削れるものを見つけていけば、どれを残すかで選択の余地が生まれます。
 その中で一番だったのは、「花粉症ティッシュにすやすや眠り猫」でした。オノマトペの「すやすや」が入ったほうが、より起こしたくない感が出るからです。
 ちなみに「ティッシュ抱える」の表現も気に入っていたのですが、これだと花粉症の人自身がティッシュを抱えているとも読めてしまうので、泣く泣く没に。

 こうして、一旦は採用形が決まりかけた、のですが……
 その後、「鼻水」が季語だった、ということに気付きます。前述しましたが、私自身は花粉症ではないので「鼻水」を使ったほうが状況に正直な句になるのですね……
 そして同時に気付きます。「眠り」あるいは「眠る」と「すやすや」はどちらか片方だけで十分だ、と。
 そこで季語「鼻水」で検討。その過程が次のものです。

 鼻水やティッシュは遠く膝に猫
 鼻水やティッシュの箱に眠る猫
 鼻水やティッシュは眠る猫の下
 鼻水や膝にすやすや眠り猫
 鼻水や膝には猫がすやすやと

 途中までは、今まで出てきた形から上の句を入れ替えただけです。
 が、最後の最後で、やはり膝に猫が載っていてティッシュを取れない、という状況に戻したらどうかと思い立ちまして。
 そこで下の2つの形が出てきたのです。

 「膝」を入れた場合の問題点として、「ティッシュ」の文字を入れにくい、ということがありました。最初の「花粉症ティッシュは遠く膝に猫」では両方入れられていますが、これは猫が寝ているという情報を欠いているからできたことなのです……
 でもここまで来たら、寝ているという情報も入れたくなるわけでして。
 そこで試しに、ティッシュに手を伸ばせないという状況を「ティッシュ」という言葉を使わずに表現できないか、と考えました。
 鼻水が出ている、膝に猫がいる、気持ちよさそうに眠っている、この3つの要素から、ティッシュを取りに行けないという状況を連想できるか、と。

 この点は、実際に書いてみて、できる、と判断しました。
 もともと音数調整のために入れていた「や」が活きた形です。そのもの自体に意識を向ける詠嘆の言葉なので、今膝で猫が寝ているんだ、鼻水よ、どうか出てこないでくれ、という意味にできます。そしてなぜ出て来られると困るのかというと、それは当然、すぐにかめない状況にある、つまりティッシュに手が届かないから。

 ……とはいえ、この句を読んだ人に「この表現じゃ分からんよ」と言われたら、すみませんと答えるしかないわけですが。
 こうした微妙さに挑戦するのも文芸の醍醐味の一つなのかもしれませんね……
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