きまぐれ推敲ねこ俳句

小戸エビス

文字の大きさ
上 下
33 / 50

みんみんみん猫はだらりと伸びており

しおりを挟む
 みんみんみん ねこはだらりと のびており

 以前、「風鈴」の句で猫が仰向けのL字型になっている句を詠んだことがありますが、今回は似たような状況でうつ伏せ、あるいは横向きになっている猫を詠んでみました。
 猫が眠る姿と言われてすぐイメージするのは丸まっている姿ですが、暑いときはだらんと伸びます。うつ伏せ、横向きのときは特に。そのほうが接地面積が増えて床に熱を奪わせやすいのでしょうね。

 そして今回季語に選んだのは、「みんみん」。夏の季語「蝉」の傍題です。なんと蝉は鳴き声のオノマトペまで季語になっているんですね……「みん」を1つ追加して使用しました。
 とはいえ、この季語を使おうと思い立ったのは結構後になってからです。その前段階までの推敲過程では、普通に「蝉」あるいは「朝蝉」を使うつもりでした。その過程が次の通り。

 蝉の声まっすぐ伸びて眠り猫
 蝉鳴けばまっすぐ伸びる眠り猫
 朝蝉やまっすぐ伸びる眠り猫
 眠り猫まっすぐ伸びて蝉の声
 まっすぐに眠る猫らに蝉の声
 朝蝉やだらりと伸びる眠り猫
 朝蝉や猫もだらりと伸びにけり
 朝蝉や猫もまっすぐ伸びにけり
 眠り猫だらりと伸びて蝉の声
 朝蝉や猫はだらりと伸びにけり

 今回は全体の方針がほぼ決まっていたので、最初のうち、推敲の幅は小さくなりました。この段階での推敲のポイントとしては、語順、「蝉」に「声」や「鳴く」などの音を現わす言葉を加えるかどうか、「伸びる」様子を「まっすぐ」と「だらり」のどちらにするか、「眠り」という言葉を入れるかどうか、といったところです。

 まず、語順。「まっすぐに」で始まる形が途中に1つありますが、これを作ってすぐに、最初に持ってくるのは蝉か猫かにすべきだと感じました。
 最初に見える文字が「まっすぐ」だと、何がまっすぐなのか、状況を想像することができません。これに対し、上の句に「蝉」があれば蝉が活動している暑い日とイメージできますし、「猫」があれば猫そのものの姿を思い描くことができるためです。
 この辺りは、最初にはイメージしやすいものを持ってくる、という基本の通りですね。
 そして上の句に「猫」を置くのであれば、「眠り」も必要になります。これがないと猫がどんな状況なのかイメージしにくくなってしまいますから。5音になるので音数もちょうど良くなりますし。
 そのうえで、蝉と猫、どちらを先に持ってくるか。蝉が先ならば、蝉が鳴くほど暑い日に猫がだらりと伸びている、という句になり、猫が先ならば、猫がだらりと伸びている、何故だ、ああ暑いのか、という句になります。これだけだと甲乙つけがたい状況。

 その語順の問題は、「蝉」に「声」や「鳴く」を加えるかどうかとも関わってきます。
 もともと、最初の段階で「蝉の声」や「蝉鳴けば」を使ったのは音数を整えるためでした。ですが、蝉にはもともと鳴き声のイメージが強いので、単に「蝉」だけでも情景をイメージできます。そのため、この点は最初から悩みどころでした。
 ですが、これは歳時記で「蝉」の傍題を調べてみることで解決。「朝蝉」というちょうどいい傍題がありました。4音なので「や」で詠嘆することもでき、上の句にはもってこいです。
 ……実はこのタイミングで「みんみん」を知ったのですが、そのことは一旦置いておきまして。
 このように「朝蝉や」を上の句に置く手があるならば、暑い日のインパクトを強める方針が活きることになります。こうして、語順問題はひとまず「蝉」スタートに決定。

 そうなると、今度は「朝蝉や」を最初に持ってきて暑い日のインパクトを強めるという手が活きてきます。こうして、語順問題は「蝉」スタートに決定。

 「まっすぐ」「だらり」問題はどうか。最初思いついたのは「まっすぐ」だったのですが、途中から、「伸びる」を使う以上「まっすぐ」は不要では、と不安になりました。「だらり」が出てきたのはそれが理由です。
 そして「だらり」と並べてみると、「まっすぐ」には背筋をピンと伸ばしているという印象があることにも気づきます。暑くてだらけているのならば、この印象は少し変に。
 結果、ここは「だらり」に軍配が上がりました。猫がまっすぐになっているのはそれはそれで可愛いものですから、「まっすぐ」も捨てがたかったのですが。
 
 そして、「眠り」を入れるかどうか問題。語順が「猫」スタートならば必要でしたが「蝉」スタートだとどうか。
 この問題は、つまるところ、「朝蝉やだらりと伸びる眠り猫」と「朝蝉や猫はだらりと伸びにけり」のどちらにするか、ということでもあります。「眠り」を使わないならその分音数が余るのですが、そこに収めるものが「けり」くらいしかないのですね。
 ここでは、「眠り」を入れないと猫が何かにぶら下がって伸びている状況を思い浮かべる人もいるかな、と考えて、状況を限定できる「眠り」を入れることにしました。

 そしてここまで来て気付きます。実は「朝蝉や猫はだらりと伸びにけり」の形ではまずい理由がもう1つありました。
 それは、「や」と「けり」が入っている、ということ。
 俳句のセオリーの中には、「や」、「かな」、「けり」の切れ字は1つの句に2つ使わない、というものがあります。これらは直前の言葉を強調する意味があるのですが、わずか17音の中に強調するものが2つもあると、強調した意味がなくなってしまうのです。
 実は問題はもう1つあるのですが、これはさらに後で気付きます。

 ……と、ここまでが、「みんみんみん」に思い至る直前までの話。この段階では「朝蝉やだらりと伸びる眠り猫」を使うつもりでいました。
 が、後に突然「みんみん」が気になりだしまして、次の2つを試してみることに。

 みんみんみんだらりと伸びる眠り猫
 みんみんみん猫はだらりと伸びにけり

 字足らずより字余りのほうが収まりが良いので「みん」を1つ増やしました。
 すると、遊び心のある感じに。

 そしてこう並べてみると、「みんみんみんだらりと」で平仮名が連続するよりは、間に「猫」という漢字が入るほうが読みやすいことに気付きます。しかもその場合、「けり」が活きることに。
 もともと詠みたかったのは猫が伸びている状況だったので、切れ字は「蝉」に使うより「伸び」に使ったほうが意図に適っていたのです。

 が、ここにも問題がありまして。
 「けり」というのは「気付きの助動詞」とも呼ばれるもので、気が付いてみれば〇〇であった、ということを言うときに使う言葉なのです。
 このため、「みんみんみん猫はだらりと伸びにけり」だと、蝉の声が聞こえる中、気付いてみれば猫がだらりと寝転んでいた、という意味になります。状況としては成立するのですが、本来詠みたかったものとは違ったものに。
 そこで、「けり」を「おり」に変えて今の形にしました。詠嘆にならなくなってしまいましたが、だらけてる感は強くなりましたね……

 そんなわけで、今回は、最後の最後で別の形を思いついてそちらに移行する、という推敲過程になりました。こうした過程になるのは久しぶりですね。
 仕事だと反感を買ってしまうやり方ですが、ある意味、こういうのが推敲の楽しみなのかもしれません。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

我らおっさん・サークル「異世界召喚予備軍」

虚仮橋陣屋(こけばしじんや)
青春
おっさんの、おっさんによる、おっさんのためのほろ苦い青春ストーリー サラリーマン・寺崎正・四〇歳。彼は何処にでもいるごく普通のおっさんだ。家族のために黙々と働き、家に帰って夕食を食べ、風呂に入って寝る。そんな真面目一辺倒の毎日を過ごす、無趣味な『つまらない人間』がある時見かけた奇妙なポスターにはこう書かれていた――サークル「異世界召喚予備軍」、メンバー募集!と。そこから始まるちょっと笑えて、ちょっと勇気を貰えて、ちょっと泣ける、おっさんたちのほろ苦い青春ストーリー。

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

💚催眠ハーレムとの日常 - マインドコントロールされた女性たちとの日常生活

XD
恋愛
誰からも拒絶される内気で不細工な少年エドクは、人の心を操り、催眠術と精神支配下に置く不思議な能力を手に入れる。彼はこの力を使って、夢の中でずっと欲しかったもの、彼がずっと愛してきた美しい女性たちのHAREMを作り上げる。

カルバート

角田智史
エッセイ・ノンフィクション
連想させるのは地下を走る水。 あまり得るものはないかもしれません。 こんな人間がいる、こんな経験がある、それを知る事でまたあなた自身を振り返る、これからのあなたを考える、そのお手伝いが少しでもできればいいかなと思っています。 また時折出てくる対人間関係のアドラー、フロム、ニーチェに感化された僕の考え方が今後の皆様の生活の参考になる事があれば、幸いです。 もし最後まで、僕にお付き合いされる方がいらっしゃれば、心より感謝致します。

日曜の昼は後輩女子にパスタを作る

矢木羽研
ライト文芸
レシピ付き小説! 毎週日曜、昼前に彼女はやってくる。俺はありあわせの材料でパスタを作ってもてなすのだ。 毎週日曜の午前11時に更新していました(リアルタイムの時事・季節ネタを含みます)。 意識低い系グルメ小説。男子大学生の雑な手料理! 対話型小説というスタイルを取りつつ自己流レシピの紹介みたいなものです。 うんちくとかこだわりみたいなのも適当に披露します。 ご意見・ご感想・リクエスト・作ってみた報告など、お待ちしています! カクヨムでも同時に掲載しています(もともと2023年3月26日公開なのは6話のみで、それ以前の話は1週ずつ前に公開していました)。 続編も書きました。『新生活はパスタとともに』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/668119599/705868296 一番下のフリースペースからもリンクを貼ってあります。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...