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「行ってきます」猫の無言の目に秋思
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いってきます ねこのむごんの めにしゅうし
室内で犬や猫を飼っているとよくあることですが、人が出かけようとするとき、玄関までついてきて、まるで「行っちゃうの?」とでも言わんばかりの寂しそうな顔をされることがあります。
今回はそんな様子を詠んでみました。
我が家ではリビングから玄関に行く途中にドアがあり、そのドアを閉めてリビング側に猫を閉じ込めた状態でないと玄関のドアを開けないようにしています。そうしないと、猫が家の外まで出てしまうから。
犬だったら玄関に下りないように躾けることも可能なのでしょうが、猫だとその辺り言うこと聞いてくれないんですよね。
そして、その途中にあるドアは玄関まで視線が通る構造になっています。このため、朝に出かけるとき、猫がそのドアを隔てて玄関のほうをじっと見つめていることがあります。しかも、目を光らせて。
仕事とはいえ、出かけるのが辛くなります……
さて、俳句作りのほうはと言うと、この題材には句にするのが簡単な点と難しい点がありました。
簡単な点は、詠み手の心情を表現しやすいという点です。詩では「嬉しい」や「悲しい」といった心情を現わす言葉を使わずにその心情を表現するというのが一つのポイントなのですが、出かけるときにペットにじっと見つめられている、という状況はそれを言うだけで「寂しい」とか「後ろ髪を引かれる」とかいった心情を現わすことができます。
一方の難しい点は、季節を問わない情景であることと、音数を整えにくいこと。特に前者がネックでした。季節を問わないということは、季語を何にしても句が成立してしまう、ということでもあります。これは「季語が動く」と言われる現象で、季語を別の物に入れ替えても成立するならばその季語を選んだはないだろう、ということになってしまうのです。さらに言えば、俳句という形式を使わずに別の詩の形式でも良かったじゃないか、ということにもなってしまうわけで。俳句としては評価の低いものになってしまうのです。
そして、「季語が動く」を解決するには、季語に意味を持たせることが必要。これをどうやって果たすかが、この句で一番時間がかかったところでした。
そんな中、ひとまずのたたき台として作ったのが、次の形です。
冬の朝玄関へ無言のタペタム
「タペタム」とは、目の奥にある、光を反射する構造体のこと。人間の目にはないものです。
犬や猫が暗い場所でも物が見えるのはタペタムが光を反射して光量を増やしてくれるからで、その反射光があるために、夜に動物の目を見ると光っているように見えるのです。
ここでは、「タペタム」と詠んでおけば人間ではないことは伝わる、そして目が光っていることも伝わる、と考えていました。そして、犬ではなく猫であることを示すために「無言の」と示しています。犬だったら吠える状況だろうな、との考えで。後に、これで猫だというのは伝わりにくいと思うようになりますが。
そして、この最初の形では、季語に持たせる意味として、「冬の朝」は他の季節の朝に比べて暗いから猫の目が光っていることも際立つのではないか、という意味を考えていました。これも後に意味としては弱いと感じるようになりますが。
「玄関へ」の「へ」は、タペタムの持ち主(つまり猫)が玄関から離れた位置にいることを示すためのものです。助詞「へ」は主体が対象と接していない(遠くにある)ことを意味するので、ここでは有効に使えると考えました。
そして、ここから推敲に入ります。季節はひとまず冬に固定しておいて、もっと良い表現はないかと色々模索することに。
その段階でできたものがこちらです。
冬の朝ドア越しに静かなタペタム
「行ってきます」ドア越しに無言のタペタム
朝八時暖房の居間からタペタム
出勤時暖房の居間からタペタム
暖房やタペタムは静かに「行くな」と
暖房や玄関へ無言のタペタム
朝八時冬の玄関へタペタム
冬の朝玄関へ光る猫の目
上から2つめには季語が入っていませんが、このときは「季なし」の形も考えていました(意外ですが、季語のない俳句というものも成立します。かなりのレアケースですが)。
この段階では、ほぼ、状況をより分かりやすく示す表現はないか、という点を模索していました。「朝八時」や「出勤」が出てくるのは、人間がこれから出かけようとしているということを示すためです。
ちなみに、途中の形で登場する「暖房」も冬の季語です。これであれば人間はこれから寒い場所に出ていくのに猫は暖かいところにいるという意味を持たせられるかなあ、と考えていました。ただ、そうすると暖かいところにいられる猫を羨ましがっている句になってしまいますが。
次の段階では、人間がこれから出かけようとしている、という部分を季語で示せないかと模索してみました。それが次のものです。
外に花内には静かなタペタム
紅葉狩り見送るは静かなタペタム
玄関へ無言のタペタムこどもの日
こどもの日猫はタペタムにて語り
夏祭り「行くな」と猫の目の光る
「花」、「紅葉狩り」、「夏祭り」は人が出かける理由、「こどもの日」は家族旅行にでも行く状況、という考えからそれぞれ当てはめてみました。
が、実際に作ってみると、やはり状況説明としては上手く行っていないところがあります。例えば「紅葉狩り」と聞けば、普通は既に紅葉狩りの場所に到着しているところを想像するはずで、「見送る」のような言葉がないとやはり意味不明になってしまいます。
「夏祭り」の形に至っては、夏祭りへ向かう途中の夜道で猫が目を光らせて警告していた、という不吉な状況にも見えてしまいます。こうなると、もはやホラー。
こうして、出かける様子を季語で示すのはやはり無茶があると考え、一度基本に立ち返ることにしました。
そこで作ったのが、次の形。
玄関へ猫の目光る春の朝
玄関へ猫の目光る夏の朝
玄関へ猫の目光る秋の朝
玄関へ猫の目光る冬の朝
季語が動くならばいっそのこと春夏秋冬全部試してみたらどうか、という発想での列挙です。
こうして見ると、やはり「春」と「夏」はない、ということが分かります。明るい季節ですから寂しい情景にはそぐわない。
そこで「秋」に目を付け、秋ならば確か「秋思」という寂しさを含んだ季語があった、と気づきました。そして次の候補を作ります。
光る目の猫に見送られ秋思
「行ってきます」猫の光る目に秋思
「行ってきます」猫の無言の目に秋思
「しゅうし」の3音なので置き所が難しかったのですが、何とか形になったのがこの3つ。
一度は「猫の光る目」の形で落ち着きかけたのですが、その後に「光る」を「無言の」に変えれば上の句字余りの形に収まり、かつ猫の不満もより強く伝わってくる気がしたので、こちらの形にしました。
結局、「光る」の要素を入れないほうが良かったわけですね。「タペタム」も不要でしたし。
拘っている言葉を思い切って捨てるのもときには必要、と改めて認識しました……
室内で犬や猫を飼っているとよくあることですが、人が出かけようとするとき、玄関までついてきて、まるで「行っちゃうの?」とでも言わんばかりの寂しそうな顔をされることがあります。
今回はそんな様子を詠んでみました。
我が家ではリビングから玄関に行く途中にドアがあり、そのドアを閉めてリビング側に猫を閉じ込めた状態でないと玄関のドアを開けないようにしています。そうしないと、猫が家の外まで出てしまうから。
犬だったら玄関に下りないように躾けることも可能なのでしょうが、猫だとその辺り言うこと聞いてくれないんですよね。
そして、その途中にあるドアは玄関まで視線が通る構造になっています。このため、朝に出かけるとき、猫がそのドアを隔てて玄関のほうをじっと見つめていることがあります。しかも、目を光らせて。
仕事とはいえ、出かけるのが辛くなります……
さて、俳句作りのほうはと言うと、この題材には句にするのが簡単な点と難しい点がありました。
簡単な点は、詠み手の心情を表現しやすいという点です。詩では「嬉しい」や「悲しい」といった心情を現わす言葉を使わずにその心情を表現するというのが一つのポイントなのですが、出かけるときにペットにじっと見つめられている、という状況はそれを言うだけで「寂しい」とか「後ろ髪を引かれる」とかいった心情を現わすことができます。
一方の難しい点は、季節を問わない情景であることと、音数を整えにくいこと。特に前者がネックでした。季節を問わないということは、季語を何にしても句が成立してしまう、ということでもあります。これは「季語が動く」と言われる現象で、季語を別の物に入れ替えても成立するならばその季語を選んだはないだろう、ということになってしまうのです。さらに言えば、俳句という形式を使わずに別の詩の形式でも良かったじゃないか、ということにもなってしまうわけで。俳句としては評価の低いものになってしまうのです。
そして、「季語が動く」を解決するには、季語に意味を持たせることが必要。これをどうやって果たすかが、この句で一番時間がかかったところでした。
そんな中、ひとまずのたたき台として作ったのが、次の形です。
冬の朝玄関へ無言のタペタム
「タペタム」とは、目の奥にある、光を反射する構造体のこと。人間の目にはないものです。
犬や猫が暗い場所でも物が見えるのはタペタムが光を反射して光量を増やしてくれるからで、その反射光があるために、夜に動物の目を見ると光っているように見えるのです。
ここでは、「タペタム」と詠んでおけば人間ではないことは伝わる、そして目が光っていることも伝わる、と考えていました。そして、犬ではなく猫であることを示すために「無言の」と示しています。犬だったら吠える状況だろうな、との考えで。後に、これで猫だというのは伝わりにくいと思うようになりますが。
そして、この最初の形では、季語に持たせる意味として、「冬の朝」は他の季節の朝に比べて暗いから猫の目が光っていることも際立つのではないか、という意味を考えていました。これも後に意味としては弱いと感じるようになりますが。
「玄関へ」の「へ」は、タペタムの持ち主(つまり猫)が玄関から離れた位置にいることを示すためのものです。助詞「へ」は主体が対象と接していない(遠くにある)ことを意味するので、ここでは有効に使えると考えました。
そして、ここから推敲に入ります。季節はひとまず冬に固定しておいて、もっと良い表現はないかと色々模索することに。
その段階でできたものがこちらです。
冬の朝ドア越しに静かなタペタム
「行ってきます」ドア越しに無言のタペタム
朝八時暖房の居間からタペタム
出勤時暖房の居間からタペタム
暖房やタペタムは静かに「行くな」と
暖房や玄関へ無言のタペタム
朝八時冬の玄関へタペタム
冬の朝玄関へ光る猫の目
上から2つめには季語が入っていませんが、このときは「季なし」の形も考えていました(意外ですが、季語のない俳句というものも成立します。かなりのレアケースですが)。
この段階では、ほぼ、状況をより分かりやすく示す表現はないか、という点を模索していました。「朝八時」や「出勤」が出てくるのは、人間がこれから出かけようとしているということを示すためです。
ちなみに、途中の形で登場する「暖房」も冬の季語です。これであれば人間はこれから寒い場所に出ていくのに猫は暖かいところにいるという意味を持たせられるかなあ、と考えていました。ただ、そうすると暖かいところにいられる猫を羨ましがっている句になってしまいますが。
次の段階では、人間がこれから出かけようとしている、という部分を季語で示せないかと模索してみました。それが次のものです。
外に花内には静かなタペタム
紅葉狩り見送るは静かなタペタム
玄関へ無言のタペタムこどもの日
こどもの日猫はタペタムにて語り
夏祭り「行くな」と猫の目の光る
「花」、「紅葉狩り」、「夏祭り」は人が出かける理由、「こどもの日」は家族旅行にでも行く状況、という考えからそれぞれ当てはめてみました。
が、実際に作ってみると、やはり状況説明としては上手く行っていないところがあります。例えば「紅葉狩り」と聞けば、普通は既に紅葉狩りの場所に到着しているところを想像するはずで、「見送る」のような言葉がないとやはり意味不明になってしまいます。
「夏祭り」の形に至っては、夏祭りへ向かう途中の夜道で猫が目を光らせて警告していた、という不吉な状況にも見えてしまいます。こうなると、もはやホラー。
こうして、出かける様子を季語で示すのはやはり無茶があると考え、一度基本に立ち返ることにしました。
そこで作ったのが、次の形。
玄関へ猫の目光る春の朝
玄関へ猫の目光る夏の朝
玄関へ猫の目光る秋の朝
玄関へ猫の目光る冬の朝
季語が動くならばいっそのこと春夏秋冬全部試してみたらどうか、という発想での列挙です。
こうして見ると、やはり「春」と「夏」はない、ということが分かります。明るい季節ですから寂しい情景にはそぐわない。
そこで「秋」に目を付け、秋ならば確か「秋思」という寂しさを含んだ季語があった、と気づきました。そして次の候補を作ります。
光る目の猫に見送られ秋思
「行ってきます」猫の光る目に秋思
「行ってきます」猫の無言の目に秋思
「しゅうし」の3音なので置き所が難しかったのですが、何とか形になったのがこの3つ。
一度は「猫の光る目」の形で落ち着きかけたのですが、その後に「光る」を「無言の」に変えれば上の句字余りの形に収まり、かつ猫の不満もより強く伝わってくる気がしたので、こちらの形にしました。
結局、「光る」の要素を入れないほうが良かったわけですね。「タペタム」も不要でしたし。
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