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通じた想い

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「わた……私も、アーノルド様のことをお慕いしています」

 アーノルドの胸にしがみついて言葉を紡ぐが、口に出してからかあっと羞恥心がこみ上げてきた。
 人に思いを伝えることがこんなに勇気がいって恥ずかしくて、でも満たされることだと初めて気がついた。とてもじゃないけどアーノルドの顔を見ることができない。
 ユーフェミアの背に回された腕に力がこもる。苦しいけれども苦しくない。それ以上に何かを必死に抑えたような熱のこもった声が聞こえてきたから。

「ユーフェミア様、どうかこちらを見てください」
「や、です。今私、絶対変な顔してるから」
「見せてください――――ミア」

 ミア。そう呼ばれて嬉しくないわけがない。心臓は跳びはね、顔は自分でもわかるほど更に真っ赤になっている。家族には昔からそう呼ばれてきたはずなのに、アーノルドの口から聞く「ミア」という名前はどうしてだかたまらなく暖かく耳に響く。

「ミア」

 聞いたことがないほどの甘い声で名前を呼ばれる幸せ。耳元で囁かれるそれは予想以上の破壊力で、たまらずユーフェミアはほんの少し顔を挙げた。

「ほら、こんなに可愛らしい」

 顔を上げた先には至近距離にアーノルドの満面の笑み。それが近づいてきて、額に柔らかな温度が触れた。

 額に口づけられたと理解した。

「あ、あ、あ、アーノルド様……っ!」
「お嫌ですか?」
「嫌だなんて……」

 そんなわけ、ない。けれど恋を知ったばかりのユーフェミアにはもういっぱいいっぱいだ。

「結婚してくれますね? 私の妻になってくださいますね、ミア?」
「は、はいーーーー」

 つい素直に返事をしてしまった。

「でも本当に私でいいのですか? アーノルド様には赤獅子隊のお仕事もあるし、それにーーーー」
「隊の方はもう既に後任へ引き継いでいます。先程も申し上げました通り、私は貴女といられるならそれでいい。それにありがたいことに陛下のご命令もありますから、この国を離れることすら全く問題になりません」
「そ、それに私には悪い噂があって」
「夫になる私がその噂が出鱈目だとわかっています。周囲など放っておけば事実無根の噂など消えてしまいますよ。少なくとも私は気にしていません」
「私はトルーフェルに戻って女王になるつもりだから、アーノルド様だってルシーダを離れなければ」
「私とて皇族の血を引く貴族の端くれです。昔からその覚悟はありますし、ましてや行く先は友好国。問題はありません。ましてやミア、貴女が一緒だというのに文句などあるわけがない」
「ーーーーっ!」

ユーフェミアの不安をアーノルドはひとつ残らず潰していく。
「それに、それに」とついに言葉に詰まった時にはアーノルドが穏やかに微笑んだ。

「たとえどんな否定的な理由があろうとも、すべて私が消してみせます。私は貴女のすべてが欲しい。過去も、未来も、笑顔も、心も。ただただ貴女だけが」

 これまでのただ見守るような暖かな視線から変わってあけすけなまでにストレートな言葉。恋愛初心者のユーフェミアに動揺するなという方が無理な話で、ただただ頬を紅く染め瞳を喜びの涙で潤ませてアーノルドを見上げることしかできない。

 ところがそうやって視線を合わせた途端、今まで包み込むような頼もしさを見せつけていた彼が苦しそうに眉根を寄せた。

「アーノルド様?」
「ーーーーそんな目で見つめられると……」
「え?」

 アーノルドが小声でつぶやいた内容はユーフェミアの耳にはわからない。
 聞き返したけれど、もう一度ぎゅっと抱きしめてから急にアーノルドの腕が解かれた。離れてしまった温もりが寂しい。

「アーノルド様?」
「ーーーー申し訳ありません、その、これ以上この場所で抱きしめていると、いろいろ不都合がといいますか……」

 そう言われて寝台の上で抱き合っていたことを思い出し、別の意味で赤面する。

「ミア。病み上がりなのですから今は体を休めてください。
 私は陛下に報告してまいります」

 ユーフェミアを寝台へ寝かしつけ布団をかけ直し、名残惜しそうにまた彼女の額にそっと唇を落としてアーノルドは退出していった。

 一度は寝ようと目を閉じたものの、脳裏にはアーノルドの蕩けるような甘い笑顔と額に触れた唇のぬくもりが途切れることなく浮かんでくる。
 ユーフェミアは寝台の上を転がりまわりたい気分だったが、病み上がりの体調がそれを許さなかった。
 興奮のあまり熱が上がらなかったのは不幸中の幸いだった。




 そこからは実にトントン拍子に話が進んでいった。
 ユーフェミアが懸念していたトルーフェル側の反応も上々だ。

「アーノルド様が王配になられるということは確固たるルシーダとの繋がりができるということです。お互いに王族が嫁ぎ、婿入りしているのですから」

 そう話すのはステファンのあとを引き継いだ壮年の男性ヨーゼフ・レーベンだ。元はトルーフェル宰相であったステファンの父の部下だったが、あのカラミシアの侵略の折は宰相の指示で出張に出ていて難を逃れたらしい。
 生憎ユーフェミアはトルーフェルにいた頃も会ったことはなかったが、言葉や行動の端々から穏やかな空気を感じさせられユーフェミアは好感を持った。
 ヨーゼフはにこやかに視線を同席していたアーノルドに向けた。

「アーノルド様には是非騎士団をお願いしたいものです」
「レーベン殿、それはトルーフェルにもともとある騎士団の面子を潰してしまうのでは」
「ご謙遜なさらなくてもいいのですよ。たとえそうであったとしても貴方ならすぐに騎士団の全員を納得させることができるでしょう、力づくで」
「ーーーー食えないお人だ」

 力づくで、という言葉にアーノルドのことが心配になる。不安な表情を見透かされたのか、ヨーゼフがにっこりと笑った。

「ユーフェミア様、ご心配には及びませんよ。赤獅子の牙の噂はトルーフェルでも有名でございますから」
「赤獅子の牙?」
「はい、勇猛果敢にして敵には冷酷。鬼神の如き剣はーーーー」
「レーベン殿……そのあたりで」
「アーノルド様は謙虚な方でいらっしゃる」

 ヨーゼフがにっこりと笑い、ユーフェミアに向き直った。

「ユーフェミア様、いかがでしょう。トルーフェルはまだ混乱がおさまったばかり。結婚式や戴冠式はさすがにまずいですが、婚約式だけでもルシーダでさせていただき、それからトルーフェルに出発しては」


 ヨーゼフのアイデアはローゼリアもヴォルフも賛成し、ユーフェミアの誕生日に二人の婚約式が執り行われることになったのだった。
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