87 / 106
番外小話
桜を見上げながら
しおりを挟む
四角いファインダーの向こうには満開の桜。真っ青な空に映える桜は淡いピンクの霞のよう。
カシャ、とシャッター音を響かせてその一瞬を切り取る。風の具合、光の加減、その瞬間にしか見られない唯一無二の光景を収めていく。一平は何枚か撮影し、カメラのモニターで写り具合を確認してみた。今回は下から見上げる構図での撮影、以前とはまた違う角度の桜に新鮮な感動を覚える。
去年、ここに同じ桜の木を撮影しに来た。
少し距離をとって桜の木の全景が収まるように撮った写真は大きなパネルにして部屋に飾ってある。
自分でもなかなかの出来だと思っているこの写真だが、これを撮影したときは本当は撮影が目的では来たわけじゃなかった。消えてしまった大切な人を探す旅の途中だったのだ。
あの事件の直後いなくなった優がどこにいるのか見当もつかず、一平は休みを利用してあちこちを探し歩いていた。そんな中、春先にたまたま訪れたこの土地にこの桜を見つけた。少し小高い丘の上にぽつんと一本だけ立ち上がった太い幹、それに覆いかぶさるように咲く満開の桜。その美しさに見惚れ、気がつけば夢中でシャッターを切っていた。木の全体が写るようにレイアウトを決めて何枚も撮影したが、近寄って花を接写しようとは何故か思わなかった。
なぜだろうな、と去年のことを思い出しつつ一平は桜を見上げた。見上げた花の隙間から青空の色が透けて見えるのがきれいで、一平はもう一度カメラを構えた。
「一平さん! お弁当にしよう」
ファインダーから目を離して優の声に振り向いた。今年は去年と違って彼女が一緒だ。部屋のパネルを見てずいぶん気に入ったみたいなので、一緒に行ってみようかと出かけてきたのだ。優はたいそう喜んで、お弁当を作ってきてくれたのだ。どうやら今日は色とりどりのサンドイッチに鶏の唐揚げ、おまけにデザートもつくらしい。途端にぐう、と腹の虫が鳴いた。
「うん、そろそろ腹減ってきたよ」
そう返事をしてカメラの電源を落とした。
今日はどうしても桜の全景ではなくその花を下から撮影したかった。凛とひとりで立つ桜じゃなくて、優と一緒に見上げる桜を撮りたかったから。
去年撮影したときに近寄って撮る気になれなかったのは、きっと優がいなかったから。ひとりで当てもなく優を探す自分の孤独感とか、もう会えないのではという不安と必死に戦っている様を、丘の上に一本だけ立っている桜の木に重ね合わせていたのかもしれない。
でも今年は優がいる。一平を見つめて笑ってくれる。
一緒にいられることがうれしい。一緒にいるだけで暖かいなにかで自分が満たされていくのを感じる。
この桜もまたパネルに仕立てよう。そして今までのパネルと入れ替えよう。そうやって二人の思い出で上書きしていく作業もきっと悪くないに違いない。
レジャーシートに広げられた弁当にひとひら花びらが舞い落ちる。それを指先でつまみ上げて優が笑う。
今年の桜はいつになくきれいだ、と感じながら一平はサンドイッチにかぶりついた。
カシャ、とシャッター音を響かせてその一瞬を切り取る。風の具合、光の加減、その瞬間にしか見られない唯一無二の光景を収めていく。一平は何枚か撮影し、カメラのモニターで写り具合を確認してみた。今回は下から見上げる構図での撮影、以前とはまた違う角度の桜に新鮮な感動を覚える。
去年、ここに同じ桜の木を撮影しに来た。
少し距離をとって桜の木の全景が収まるように撮った写真は大きなパネルにして部屋に飾ってある。
自分でもなかなかの出来だと思っているこの写真だが、これを撮影したときは本当は撮影が目的では来たわけじゃなかった。消えてしまった大切な人を探す旅の途中だったのだ。
あの事件の直後いなくなった優がどこにいるのか見当もつかず、一平は休みを利用してあちこちを探し歩いていた。そんな中、春先にたまたま訪れたこの土地にこの桜を見つけた。少し小高い丘の上にぽつんと一本だけ立ち上がった太い幹、それに覆いかぶさるように咲く満開の桜。その美しさに見惚れ、気がつけば夢中でシャッターを切っていた。木の全体が写るようにレイアウトを決めて何枚も撮影したが、近寄って花を接写しようとは何故か思わなかった。
なぜだろうな、と去年のことを思い出しつつ一平は桜を見上げた。見上げた花の隙間から青空の色が透けて見えるのがきれいで、一平はもう一度カメラを構えた。
「一平さん! お弁当にしよう」
ファインダーから目を離して優の声に振り向いた。今年は去年と違って彼女が一緒だ。部屋のパネルを見てずいぶん気に入ったみたいなので、一緒に行ってみようかと出かけてきたのだ。優はたいそう喜んで、お弁当を作ってきてくれたのだ。どうやら今日は色とりどりのサンドイッチに鶏の唐揚げ、おまけにデザートもつくらしい。途端にぐう、と腹の虫が鳴いた。
「うん、そろそろ腹減ってきたよ」
そう返事をしてカメラの電源を落とした。
今日はどうしても桜の全景ではなくその花を下から撮影したかった。凛とひとりで立つ桜じゃなくて、優と一緒に見上げる桜を撮りたかったから。
去年撮影したときに近寄って撮る気になれなかったのは、きっと優がいなかったから。ひとりで当てもなく優を探す自分の孤独感とか、もう会えないのではという不安と必死に戦っている様を、丘の上に一本だけ立っている桜の木に重ね合わせていたのかもしれない。
でも今年は優がいる。一平を見つめて笑ってくれる。
一緒にいられることがうれしい。一緒にいるだけで暖かいなにかで自分が満たされていくのを感じる。
この桜もまたパネルに仕立てよう。そして今までのパネルと入れ替えよう。そうやって二人の思い出で上書きしていく作業もきっと悪くないに違いない。
レジャーシートに広げられた弁当にひとひら花びらが舞い落ちる。それを指先でつまみ上げて優が笑う。
今年の桜はいつになくきれいだ、と感じながら一平はサンドイッチにかぶりついた。
0
お気に入りに追加
8
あなたにおすすめの小説
クズヒロインなのになぜか人が寄ってくる
キリアイスズ
恋愛
超怠惰で三度の飯より寝るのが好きなグータラな私はそろそろ考えるのも億劫な将来のことを考えなければいけない時期に変なクソうさぎになんと未発売の乙女ゲームの世界に転移的な目に遭ってしまった。しかも私がヒロイン的なポジション?ありえない。とりあえずできるだけキャラクター達と関わず期限までニート生活満喫しよう。
そう思っていたのに次から次へと乙女ゲームのキャラクターたちが寄ってくる。なぜだ、あれだけ好感度が下がるような言動をしたのに。頼むから私に構わないでほしい。
私は寝ていたい、一人でいたい、グータラしていたい、ニート生活送りたいんだから。
本の虫令嬢は幼馴染に夢中な婚約者に愛想を尽かす
初瀬 叶
恋愛
『本の虫令嬢』
こんな通り名がつく様になったのは、いつの頃からだろうか?……もう随分前の事で忘れた。
私、マーガレット・ロビーには婚約者が居る。幼い頃に決められた婚約者、彼の名前はフェリックス・ハウエル侯爵令息。彼は私より二つ歳上の十九歳。いや、もうすぐ二十歳か。まだ新人だが、近衛騎士として王宮で働いている。
私は彼との初めての顔合せの時を思い出していた。あれはもう十年前だ。
『お前がマーガレットか。僕の名はフェリックスだ。僕は侯爵の息子、お前は伯爵の娘だから『フェリックス様』と呼ぶように」
十歳のフェリックス様から高圧的にそう言われた。まだ七つの私はなんだか威張った男の子だな……と思ったが『わかりました。フェリックス様』と素直に返事をした。
そして続けて、
『僕は将来立派な近衛騎士になって、ステファニーを守る。これは約束なんだ。だからお前よりステファニーを優先する事があっても文句を言うな』
挨拶もそこそこに彼の口から飛び出したのはこんな言葉だった。
※中世ヨーロッパ風のお話ですが私の頭の中の異世界のお話です
※史実には則っておりませんのでご了承下さい
※相変わらずのゆるふわ設定です
※第26話でステファニーの事をスカーレットと書き間違えておりました。訂正しましたが、混乱させてしまって申し訳ありません
どうやら、我慢する必要はなかったみたいです。
ふまさ
恋愛
伯爵令息のベイジルは、クラリッサという婚約者がいながら、ネリーという子爵令嬢と浮気をしていた。
証拠を突きつけられたベイジルは、ネリーとの浮気を認めたうえで「もうこんな女とは縁を切るから、どうか許してほしい。これからはきみだけを愛すると誓うよ」と告げた。
これにクラリッサは、
「──ならば、ネリーさんと婚約してください。そうしたら、あなたを許します」
という意味不明な提案をしてきた。
はたして、クラリッサの真意とは──。
悠久思想同盟
二ノ宮明季
キャラ文芸
完全に悲観している訳ではないが、楽しいと思って生活している訳ではない。そんな主人公――百瀬橙子が車に撥ねられ、目を覚ました世界は、同じ高校の男子生徒の日高笑太と、二人にそっくりな人形のある空間だった。
そこから始まる、苦い青春のタイムリープストーリー。
イラストは、きらきら(芝桜)さんにお願いしました。Twitterのアカウントは「@kirakira3daikon」です。
【完結】その溺愛は聞いてない! ~やり直しの二度目の人生は悪役令嬢なんてごめんです~
Rohdea
恋愛
私が最期に聞いた言葉、それは……「お前のような奴はまさに悪役令嬢だ!」でした。
第1王子、スチュアート殿下の婚約者として過ごしていた、
公爵令嬢のリーツェはある日、スチュアートから突然婚約破棄を告げられる。
その傍らには、最近スチュアートとの距離を縮めて彼と噂になっていた平民、ミリアンヌの姿が……
そして身に覚えのあるような無いような罪で投獄されたリーツェに待っていたのは、まさかの処刑処分で──
そうして死んだはずのリーツェが目を覚ますと1年前に時が戻っていた!
理由は分からないけれど、やり直せるというのなら……
同じ道を歩まず“悪役令嬢”と呼ばれる存在にならなければいい!
そう決意し、過去の記憶を頼りに以前とは違う行動を取ろうとするリーツェ。
だけど、何故か過去と違う行動をする人が他にもいて───
あれ?
知らないわよ、こんなの……聞いてない!
婚約者を妹に取られましたが、社交パーティーの評価で見返してやるつもりです
キョウキョウ
恋愛
侯爵令嬢ヴィクトリア・ローズウッドは、社交界の寵児として知られ、彼女の主催するパーティーは常に好評を博していた。
しかし、婚約者ダミアン・ブラックソーンは、妹イザベラの策略により、突如として婚約破棄を言い渡す。これまでのパーティーの真の功労者はイザベラだと思い込まされたためだった。
社交界を取り仕切る知識も経験もないイザベラは、次々と失態を重ねていく。
一方、ヴィクトリアは軍事貴族の誉れ高きエドワード・ハーウッドと出会う。社交パーティーを成功させる手腕を求めていた彼との新たな婚約が決まり、二人で素晴らしいパーティーの数々を開催していく。
そして、真実を知ったダミアンが復縁を迫るが、既にヴィクトリアの心は、誠実で優しいエドワードへと向かっていた――。
※設定ゆるめ、ご都合主義の作品です。
※過去に使用した設定や展開などを再利用しています。
※カクヨムにも掲載中です。
それでも、私は幸せです~二番目にすらなれない妖精姫の結婚~
柵空いとま
恋愛
家族のために、婚約者である第二王子のために。政治的な理由で選ばれただけだと、ちゃんとわかっている。
大好きな人達に恥をかかせないために、侯爵令嬢シエラは幼い頃からひたすら努力した。六年間も苦手な妃教育、周りからの心無い言葉に耐えた結果、いよいよ来月、婚約者と結婚する……はずだった。そんな彼女を待ち受けたのは他の女性と仲睦まじく歩いている婚約者の姿と一方的な婚約解消。それだけではなく、シエラの新しい嫁ぎ先が既に決まったという事実も告げられた。その相手は、悪名高い隣国の英雄であるが――。
これは、どんなに頑張っても大好きな人の一番目どころか二番目にすらなれなかった少女が自分の「幸せ」の形を見つめ直す物語。
※他のサイトにも投稿しています
婚約破棄は決定事項です
Na20
恋愛
リリアナ・ルーシェントはルーシェント公爵家の娘だ。
八歳の時に王太子であるシェザート殿下との婚約が結ばれたが、この婚約は娘を王妃にしたい父と、国一番の富豪である公爵家からの持参金を目当てにした国王の利害が一致した政略結婚であった。王妃になどなりたくなかったが、貴族の娘に生まれたからには仕方ないと婚約を受け入れたが、シェザート殿下は勝手に決められた婚約に納得していないようで、私のことを婚約者と認めようとはしなかった。
その後もエスコートも贈り物も一切なし、婚約者と認めないと言いながらも婚約者だからと仕事を押し付けられ、しまいには浮気をしていた。
このままでは間違いなく未来は真っ暗だと気づいた私は、なんとかして婚約破棄する方法を探すもなかなか見つからない。
時間が刻一刻と迫るなか、悩んでいた私の元に一枚のチラシが舞い込んできて―――?
※設定ゆるふわ、ご都合主義です
※恋愛要素は薄めです
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる