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山猫は雑踏を走る
Side優(4)
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まずは一階から、と探し始めた。ジュンがストレージユニットの中を探している隙に、部屋の中をくまなく透視する。
(バッグ、ないな。私のもジュンのも)
そのまま視線を上に上げる。
(上、かな)
はっきりと見える訳じゃないけれど、そんな気がする。
「ねえ、ジュン。ジュンのバッグって、あの人達にとって何か大事な物が入っているんでしょ?」
「え? そこは企業秘密で」
「中身が何かは聞かないよ。でも、ふと思ったんだけど、大事な物だったら人が入って来にくい二階とかにあったりしないかなあ、って」
「一理あるね」
「それにここの部屋、大事な物を隠せそうな場所がないよね。鍵のかかる金庫とか」
「そういえばそうだね。よし、二階に行くか」
階下で気絶している面々はまだ起きそうにない。二人はそれを確認してから二階へ上がっていった。
この建物はそんなに広くなくて一フロア一室になっているようだ。事務所然とした一階とは異なり、二階は応接室というより校長室のような雰囲気の部屋になっていた。おそらくあのスーツ男が部屋の主なのだろう、今は誰もいない。
「まずは金庫かな」
立派なデスクの後ろにある大きな金庫へジュンがつかつかと歩み寄った。
「せぇの、っと!」
金庫の取っ手に手をかけたかと思うと勢いよく金庫の扉を引っ張る。まるで割り箸を割るように扉が金庫からパキリとはがれた。
(もう驚かないぞ)
ごとんっ、とかなりの重量を主張する音を立てて床に転がった金庫の扉を眺めながら、優は内心の動揺を必死にごまかした。
「あった!」
金庫の中には案の定バッグが二つ投げ込んである。
「ああ、どっちがあたしのかわからなかったんだろうね」
「中身でわからないの? その大切な物が入ってるんでしょ?」
「小さな物だからね、見つけられなかったんだろ」
二人でそれぞれバッグを肩から提げ、急いで階段へ向かう。だが、その階段の下から聞こえた声に二人は足を止めた。
「あんの、アマぁあぁ!」
階下から男の怒鳴り声が響いている。
「あ、やばい。起きちゃった」
二人で顔を見合わせた。
優は一階を透視する。男達が三々五々地下室から上がってきているのが見える。
「下に降りない方がいいね」
「うん、とすると――窓か」
腰高の窓を開け、外を覗く。生憎手の届きそうな場所には足場になりそうな木や構造物はないので、ここは腹をくくって飛び降りるしかない。
(ま、いいか。万が一能力のことバレても)
ジュンにはここまで助けてもらっているし、いい加減自分も覚悟しておくべきだろう。ここから二人で飛び降りるなら、さすがにサポートをしなければ。
と、優が覚悟を決めるとほぼ同時に。
「あっ! おい、いたぞ!」
男の一人が二階に上がってきて見つかってしまった。
「優、しっかり掴まってて!」
「え? ひゃああああっ!」
言うが早いかジュンが優の腰を抱え込み、ひょいと持ち上げて窓から勢いよく飛び出した。
(すっ、スピード! はやっ、速すぎるううう!)
ものすごいスピードでジュンに抱えられたまま宙を飛ぶ。そのまま十メートル以上離れた木の枝を足場に再びジャンプ、忍者のように枝を渡っていく。優はあまりのスピードに精神を集中して能力を使うこともできず、ひたすらジュンにしがみつくしかなかった。
何度かの大ジャンプを経て、人目につきにくそうな山道に降り立った。
「ふい~」
優を離してジュンが大きく息を吐く。さすがに体力を使ったんだろうか。一方の優は足がガクガクでジュンにしがみついたままだ。
「し、死ぬかと思ったぁぁぁ」
「大丈夫だよ、あんなチンピラに負けるジュンさんじゃないから」
「そこじゃないの!」
スピードと上昇、落下を繰り返し、即席人間ジェットコースターになっていた自覚はないらしい。優は大きくため息をついて説明を放棄した。
「ここまで来たら電波通じるかな」
優がバッグからスマホを取り出し確認すると、電波のアンテナ表示が二本だけ立っている。電話くらいはできるだろう。
「ジュ――」
「ああっ!」
ジュンからたかあき氏に連絡してもらおう。自分は一平に連絡をしなくちゃ。
そう提案しようとした優の声にジュンの叫びが重なった。
「やばい! 優、ごめん、タイムリミットが近い」
「タイムリミット?」
今までの余裕のある表情と違ってジュンはひどく焦っている。
「悪いんだけど、もうすぐあたしの人格変わるから!」
「え? 人格?」
「もう起きてから五時間――詳しいこと話してる時間がないけど、とにかく人格交代したら今までみたいに戦ったり跳んだりできないから! ここまで来れば安心だとは思うけど、何と、か――」
「ジュン?」
話している最中に突然ジュンの顔から表情が抜け、かくっと膝を折った。そのまま地面にぺたりと座り込んでしまう。
「ジュン? ジュン! 大丈夫!」
優もジュンの前に膝をついて彼女の肩を掴んで揺らした。
すると。
「――あら?」
ジュンが顔を上げた。
「ジュン! 大丈夫?」
「ここは?」
やけにぽやっとした表情のジュンが、不思議そうにあたりを見回す。それから優と目が合う。
「ジュン? どうしたの?」
真っ直ぐ見つめてくる彼女の瞳がやけにピュアに見えて違和感がぬぐえない。そんな優にお構いなしにジュンはこてん、と小首を傾げた。小動物を思わせる仕草が可愛く見えるが、ひどく「彼女らしく」ない。
「すみません、あの、ここはどこで貴女はどなたでしょう?」
「え――ええっ?」
ほんの一瞬前のジュンからは考えられない、ふんわりとした雰囲気。あの脳筋でけんか上等な勢いは鳴りを潜め、かわいいお嬢様風になってしまっている。見た目は同じなのに、何かが全然違う。
(人格変わるって、本当に?)
優は何だか頭が痛くなってきた。
困った顔の優とジュン(?)を笑うように、どこかで鳥が鳴いた。
(バッグ、ないな。私のもジュンのも)
そのまま視線を上に上げる。
(上、かな)
はっきりと見える訳じゃないけれど、そんな気がする。
「ねえ、ジュン。ジュンのバッグって、あの人達にとって何か大事な物が入っているんでしょ?」
「え? そこは企業秘密で」
「中身が何かは聞かないよ。でも、ふと思ったんだけど、大事な物だったら人が入って来にくい二階とかにあったりしないかなあ、って」
「一理あるね」
「それにここの部屋、大事な物を隠せそうな場所がないよね。鍵のかかる金庫とか」
「そういえばそうだね。よし、二階に行くか」
階下で気絶している面々はまだ起きそうにない。二人はそれを確認してから二階へ上がっていった。
この建物はそんなに広くなくて一フロア一室になっているようだ。事務所然とした一階とは異なり、二階は応接室というより校長室のような雰囲気の部屋になっていた。おそらくあのスーツ男が部屋の主なのだろう、今は誰もいない。
「まずは金庫かな」
立派なデスクの後ろにある大きな金庫へジュンがつかつかと歩み寄った。
「せぇの、っと!」
金庫の取っ手に手をかけたかと思うと勢いよく金庫の扉を引っ張る。まるで割り箸を割るように扉が金庫からパキリとはがれた。
(もう驚かないぞ)
ごとんっ、とかなりの重量を主張する音を立てて床に転がった金庫の扉を眺めながら、優は内心の動揺を必死にごまかした。
「あった!」
金庫の中には案の定バッグが二つ投げ込んである。
「ああ、どっちがあたしのかわからなかったんだろうね」
「中身でわからないの? その大切な物が入ってるんでしょ?」
「小さな物だからね、見つけられなかったんだろ」
二人でそれぞれバッグを肩から提げ、急いで階段へ向かう。だが、その階段の下から聞こえた声に二人は足を止めた。
「あんの、アマぁあぁ!」
階下から男の怒鳴り声が響いている。
「あ、やばい。起きちゃった」
二人で顔を見合わせた。
優は一階を透視する。男達が三々五々地下室から上がってきているのが見える。
「下に降りない方がいいね」
「うん、とすると――窓か」
腰高の窓を開け、外を覗く。生憎手の届きそうな場所には足場になりそうな木や構造物はないので、ここは腹をくくって飛び降りるしかない。
(ま、いいか。万が一能力のことバレても)
ジュンにはここまで助けてもらっているし、いい加減自分も覚悟しておくべきだろう。ここから二人で飛び降りるなら、さすがにサポートをしなければ。
と、優が覚悟を決めるとほぼ同時に。
「あっ! おい、いたぞ!」
男の一人が二階に上がってきて見つかってしまった。
「優、しっかり掴まってて!」
「え? ひゃああああっ!」
言うが早いかジュンが優の腰を抱え込み、ひょいと持ち上げて窓から勢いよく飛び出した。
(すっ、スピード! はやっ、速すぎるううう!)
ものすごいスピードでジュンに抱えられたまま宙を飛ぶ。そのまま十メートル以上離れた木の枝を足場に再びジャンプ、忍者のように枝を渡っていく。優はあまりのスピードに精神を集中して能力を使うこともできず、ひたすらジュンにしがみつくしかなかった。
何度かの大ジャンプを経て、人目につきにくそうな山道に降り立った。
「ふい~」
優を離してジュンが大きく息を吐く。さすがに体力を使ったんだろうか。一方の優は足がガクガクでジュンにしがみついたままだ。
「し、死ぬかと思ったぁぁぁ」
「大丈夫だよ、あんなチンピラに負けるジュンさんじゃないから」
「そこじゃないの!」
スピードと上昇、落下を繰り返し、即席人間ジェットコースターになっていた自覚はないらしい。優は大きくため息をついて説明を放棄した。
「ここまで来たら電波通じるかな」
優がバッグからスマホを取り出し確認すると、電波のアンテナ表示が二本だけ立っている。電話くらいはできるだろう。
「ジュ――」
「ああっ!」
ジュンからたかあき氏に連絡してもらおう。自分は一平に連絡をしなくちゃ。
そう提案しようとした優の声にジュンの叫びが重なった。
「やばい! 優、ごめん、タイムリミットが近い」
「タイムリミット?」
今までの余裕のある表情と違ってジュンはひどく焦っている。
「悪いんだけど、もうすぐあたしの人格変わるから!」
「え? 人格?」
「もう起きてから五時間――詳しいこと話してる時間がないけど、とにかく人格交代したら今までみたいに戦ったり跳んだりできないから! ここまで来れば安心だとは思うけど、何と、か――」
「ジュン?」
話している最中に突然ジュンの顔から表情が抜け、かくっと膝を折った。そのまま地面にぺたりと座り込んでしまう。
「ジュン? ジュン! 大丈夫!」
優もジュンの前に膝をついて彼女の肩を掴んで揺らした。
すると。
「――あら?」
ジュンが顔を上げた。
「ジュン! 大丈夫?」
「ここは?」
やけにぽやっとした表情のジュンが、不思議そうにあたりを見回す。それから優と目が合う。
「ジュン? どうしたの?」
真っ直ぐ見つめてくる彼女の瞳がやけにピュアに見えて違和感がぬぐえない。そんな優にお構いなしにジュンはこてん、と小首を傾げた。小動物を思わせる仕草が可愛く見えるが、ひどく「彼女らしく」ない。
「すみません、あの、ここはどこで貴女はどなたでしょう?」
「え――ええっ?」
ほんの一瞬前のジュンからは考えられない、ふんわりとした雰囲気。あの脳筋でけんか上等な勢いは鳴りを潜め、かわいいお嬢様風になってしまっている。見た目は同じなのに、何かが全然違う。
(人格変わるって、本当に?)
優は何だか頭が痛くなってきた。
困った顔の優とジュン(?)を笑うように、どこかで鳥が鳴いた。
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