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私に何ができるんだろう。私は何のためにここに呼ばれたんだろう。
クリス様とレーンハルト陛下がお出かけした日、二人から誘われたけれど私は城に残ることにした。
せっかくクリス様がお父様とふれあう時間だもの、二人きりでゆっくり交流した方がいいに決まっている。
とはいえクリス様がいないとなるとなんだかぽつりと取り残されたよう。未だにここへ呼ばれた理由がわからない私は、クリス様の世話役という仕事を得て初めてここにいる意味を見出しているようなものだから。
「サーナ様、本日はなにかご予定は?」
クリス様達を見送った私に、一緒に見送りをしていたアシュレイさんが声をかけてきた。
「いいえ、何もありません」
「そうですか。それでは少し私につきあっていただけませんか?」
「アシュレイさんに?」
言われるがままアシュレイさんに連れられて場内を歩く。その間幾人かの人に行き会ったけど、ほとんどの人はアシュレイさんに礼をとったあとに後ろをついてくる私を見かけてぎょっとしていた。
「私、なにか変ですか? 会う人みんな私を見てびっくりしてるみたいですけど」
「ああ、それは私が女性を連れているからでしょう」
「へ?」
私は改めてアシュレイさんを見た。ああなるほど、私自身に驚いたのではなくアシュレイさんに対して驚いたということか。
いつもきちっと清潔感があり、背も高く仕事もできるイケメン、こんな優良物件を世のお嬢様方が放っておくはずはないだろう。
なのに女性を連れて歩くと騒ぎになる。それってつまり――――
「びーえる……」
「何がおっしゃいましたか?」
「いえっ! 誓って何も!」
それは発想が飛躍しすぎとしても、普段から浮いた噂がないということなんだろう。不思議。絶対にもてそうなんだけどなあ。
そんな視線などどこ吹く風のアシュレイさんに連れられてたどり着いたのは執務室。
「ここは私の執務室です」
アシュレイさんがソファーを勧めながら話してくれた。
「実はサーナ様の世界の話を聞かせていただけたらと思いまして」
「え、結構今までにお話してると思いますけど」
そうなのだ。こちらへ召喚されて私が落ち着いた頃からポツポツと日本の話を尋ねられていた。聞かれるままに国の政治体系とか、教育についてとかわかる範囲で話していたのだ。ただ、税金についてはほとんど答えられなかったなあ。もっと勉強しておくんだった。
「はい、ですが今回は普段の生活について伺いたいのです」
「それなら少しは詳しく話せるかな」
ホッとしてソファーに失礼した。アシュレイさんは紙を綴じたノートとペンを持って私の向かい側に座り、侍従にお茶を申し付けている。こりゃ長くなるかも。
「まずは食事情ですね。主食は何ですか?」
「私の住んでいた日本では米か小麦です。米はそのまま炊いて食べます。小麦はパンにしたり麺にしたりといろいろな食べ方をします」
「コメ、ですか。小麦はわかりますが、コメというのは初耳ですね」
「ええと穀物の一種で、小さな白い粒です。こう、穂になって――――」
小学校のときに学校でバケツに稲を育てたことがあるけど、それがこんなところで役に立つとは。先生ありがとう。一生懸命説明する私にアシュレイさんは相槌を打ちながら聞いていたけど、途中でノートを取る手が止まった。
「コメ、というの名前ではないですが、ちょっと思い当たる植物があります。それがサーナ様の言うコメならば有益な情報かもしれません」
「本当ですか!」
「ええ、今は農民が粥にして食べるくらいしか需要がないのですが、うまく行けば飢饉が起こったとき用の備蓄食料にできるかもしれません。聞いた話では固くてにおいがきついということだったのですが――――」
におい? あれかな、糠くさいってことかな? 固いってことは玄米の状態か。
「それじゃ今度日本のやり方で調理させて下さい。それでもにおいが気になるようなら、この国の方々には合わない食べ物ってことかもしれないですし、あるいは私の知っているお米じゃないのかもしれないですし」
「そうですね、では改めて時間を作らせていただきます」
アシュレイさんはさらさらとメモを取っていたが、ふと顔を上げて私を見た。
「サーナ様。ここでの食生活はつらくないですか?」
「え、そんなことは」
「いえ、普段と違う食生活が続けばそれは辛いものです」
まあ、確かに和食を食べられないと思うと食べたくなるよね。でも私はどちらかというと洋食が好きな人なので、フレンチとイタリアンの中間みたいなここのお食事はむしろ大歓迎なのだ。
「私の国ではあちこちの国の料理を出すお店がたくさんあったので、この国とよく似た料理もありました。私、そういうのが一番好きだったのでむしろ大歓迎です」
「ならいいですが。もし何かあったら言って下さいね。それでは次に聞きたいことですが」
アシュレイさんとの話はそれから一時間くらい続いた。その話の隅々でこんな感じで気遣いが入ってくる。外見的にはクールでできる男系なんだけど、中身はなんて言うか――――おかん?
ちょっと噴き出しそうになった。
「どうかしましたか?」
「いっ、いえ」
なんか割烹着が似合いそう、という考えは必死に明後日に追いやる。でも、なんか違和感がなくて、さっき廊下ですれ違った人たちも多分そうなんじゃないかなあ。瞬間ギョッとしても「なんとなくわかる気がする」とか思われそう。
あ、すれ違った人たちといえば。
「アシュレイさん、ふと思ったんですけれど、ひょっとしたら私のことは『女神の恵み』と知れ渡っていないんですか?」
「唐突ですね。どうしてそう思われました?」
「『女神の恵み』は王族と同等の地位、と言われました。でもその割に皆さんがわたしのことを普通に熱か扱ってくれるからです」
「おや、お気に触りましたか?」
「いいえ、むしろそのほうがありがたいです。仰々しいのはちょっと」
「そうですか――――はい、サーナ様は『他国の貴族令嬢で、私のつてを頼って行儀見習いに来ている』ということになっています」
へ? 聞いてないよ、それ。
ということはひょっとして――――
「アシュレイさんは私の後見人ということで」
「ですね。何しろ人が『女神の恵み』として召喚されたのははじめてのこと、貴女がそうだとわかればありとあらゆる人間が貴女に取り入りたいとすり寄ってくる、いえ、下手をしたら貴女を捕らえてどうこうしようと考える人間もいるかもしれません。ですからぼんやりと『人が召喚されたらしい』噂が出回っている今、貴女を表舞台に出すべきじゃないと陛下と私、メルファス先生の共通の見解です」
なるほど。でも。
「それ。もうちょっと早く聞きたかったです……何が変わったということはないと思いますけど」
「ふふ、そうですね。そこは失礼いたしました。さ、お詫びに甘いものはいかがですか」
アシュレイさんが言うなり侍女さんがササッとお菓子を出してきた。
何だろう、この餌付けされてる感。
というか、丸め込まれてる感。
まあ一介の女子高生が太刀打ちできる相手じゃないことだけはよくわかった。
負けを認めた私は(そもそも勝負にならない)おとなしく出されたお菓子とお茶を堪能し、アシュレイさんの質問に答えつつこの日の午前中を終えたのだった。
クリス様とレーンハルト陛下がお出かけした日、二人から誘われたけれど私は城に残ることにした。
せっかくクリス様がお父様とふれあう時間だもの、二人きりでゆっくり交流した方がいいに決まっている。
とはいえクリス様がいないとなるとなんだかぽつりと取り残されたよう。未だにここへ呼ばれた理由がわからない私は、クリス様の世話役という仕事を得て初めてここにいる意味を見出しているようなものだから。
「サーナ様、本日はなにかご予定は?」
クリス様達を見送った私に、一緒に見送りをしていたアシュレイさんが声をかけてきた。
「いいえ、何もありません」
「そうですか。それでは少し私につきあっていただけませんか?」
「アシュレイさんに?」
言われるがままアシュレイさんに連れられて場内を歩く。その間幾人かの人に行き会ったけど、ほとんどの人はアシュレイさんに礼をとったあとに後ろをついてくる私を見かけてぎょっとしていた。
「私、なにか変ですか? 会う人みんな私を見てびっくりしてるみたいですけど」
「ああ、それは私が女性を連れているからでしょう」
「へ?」
私は改めてアシュレイさんを見た。ああなるほど、私自身に驚いたのではなくアシュレイさんに対して驚いたということか。
いつもきちっと清潔感があり、背も高く仕事もできるイケメン、こんな優良物件を世のお嬢様方が放っておくはずはないだろう。
なのに女性を連れて歩くと騒ぎになる。それってつまり――――
「びーえる……」
「何がおっしゃいましたか?」
「いえっ! 誓って何も!」
それは発想が飛躍しすぎとしても、普段から浮いた噂がないということなんだろう。不思議。絶対にもてそうなんだけどなあ。
そんな視線などどこ吹く風のアシュレイさんに連れられてたどり着いたのは執務室。
「ここは私の執務室です」
アシュレイさんがソファーを勧めながら話してくれた。
「実はサーナ様の世界の話を聞かせていただけたらと思いまして」
「え、結構今までにお話してると思いますけど」
そうなのだ。こちらへ召喚されて私が落ち着いた頃からポツポツと日本の話を尋ねられていた。聞かれるままに国の政治体系とか、教育についてとかわかる範囲で話していたのだ。ただ、税金についてはほとんど答えられなかったなあ。もっと勉強しておくんだった。
「はい、ですが今回は普段の生活について伺いたいのです」
「それなら少しは詳しく話せるかな」
ホッとしてソファーに失礼した。アシュレイさんは紙を綴じたノートとペンを持って私の向かい側に座り、侍従にお茶を申し付けている。こりゃ長くなるかも。
「まずは食事情ですね。主食は何ですか?」
「私の住んでいた日本では米か小麦です。米はそのまま炊いて食べます。小麦はパンにしたり麺にしたりといろいろな食べ方をします」
「コメ、ですか。小麦はわかりますが、コメというのは初耳ですね」
「ええと穀物の一種で、小さな白い粒です。こう、穂になって――――」
小学校のときに学校でバケツに稲を育てたことがあるけど、それがこんなところで役に立つとは。先生ありがとう。一生懸命説明する私にアシュレイさんは相槌を打ちながら聞いていたけど、途中でノートを取る手が止まった。
「コメ、というの名前ではないですが、ちょっと思い当たる植物があります。それがサーナ様の言うコメならば有益な情報かもしれません」
「本当ですか!」
「ええ、今は農民が粥にして食べるくらいしか需要がないのですが、うまく行けば飢饉が起こったとき用の備蓄食料にできるかもしれません。聞いた話では固くてにおいがきついということだったのですが――――」
におい? あれかな、糠くさいってことかな? 固いってことは玄米の状態か。
「それじゃ今度日本のやり方で調理させて下さい。それでもにおいが気になるようなら、この国の方々には合わない食べ物ってことかもしれないですし、あるいは私の知っているお米じゃないのかもしれないですし」
「そうですね、では改めて時間を作らせていただきます」
アシュレイさんはさらさらとメモを取っていたが、ふと顔を上げて私を見た。
「サーナ様。ここでの食生活はつらくないですか?」
「え、そんなことは」
「いえ、普段と違う食生活が続けばそれは辛いものです」
まあ、確かに和食を食べられないと思うと食べたくなるよね。でも私はどちらかというと洋食が好きな人なので、フレンチとイタリアンの中間みたいなここのお食事はむしろ大歓迎なのだ。
「私の国ではあちこちの国の料理を出すお店がたくさんあったので、この国とよく似た料理もありました。私、そういうのが一番好きだったのでむしろ大歓迎です」
「ならいいですが。もし何かあったら言って下さいね。それでは次に聞きたいことですが」
アシュレイさんとの話はそれから一時間くらい続いた。その話の隅々でこんな感じで気遣いが入ってくる。外見的にはクールでできる男系なんだけど、中身はなんて言うか――――おかん?
ちょっと噴き出しそうになった。
「どうかしましたか?」
「いっ、いえ」
なんか割烹着が似合いそう、という考えは必死に明後日に追いやる。でも、なんか違和感がなくて、さっき廊下ですれ違った人たちも多分そうなんじゃないかなあ。瞬間ギョッとしても「なんとなくわかる気がする」とか思われそう。
あ、すれ違った人たちといえば。
「アシュレイさん、ふと思ったんですけれど、ひょっとしたら私のことは『女神の恵み』と知れ渡っていないんですか?」
「唐突ですね。どうしてそう思われました?」
「『女神の恵み』は王族と同等の地位、と言われました。でもその割に皆さんがわたしのことを普通に熱か扱ってくれるからです」
「おや、お気に触りましたか?」
「いいえ、むしろそのほうがありがたいです。仰々しいのはちょっと」
「そうですか――――はい、サーナ様は『他国の貴族令嬢で、私のつてを頼って行儀見習いに来ている』ということになっています」
へ? 聞いてないよ、それ。
ということはひょっとして――――
「アシュレイさんは私の後見人ということで」
「ですね。何しろ人が『女神の恵み』として召喚されたのははじめてのこと、貴女がそうだとわかればありとあらゆる人間が貴女に取り入りたいとすり寄ってくる、いえ、下手をしたら貴女を捕らえてどうこうしようと考える人間もいるかもしれません。ですからぼんやりと『人が召喚されたらしい』噂が出回っている今、貴女を表舞台に出すべきじゃないと陛下と私、メルファス先生の共通の見解です」
なるほど。でも。
「それ。もうちょっと早く聞きたかったです……何が変わったということはないと思いますけど」
「ふふ、そうですね。そこは失礼いたしました。さ、お詫びに甘いものはいかがですか」
アシュレイさんが言うなり侍女さんがササッとお菓子を出してきた。
何だろう、この餌付けされてる感。
というか、丸め込まれてる感。
まあ一介の女子高生が太刀打ちできる相手じゃないことだけはよくわかった。
負けを認めた私は(そもそも勝負にならない)おとなしく出されたお菓子とお茶を堪能し、アシュレイさんの質問に答えつつこの日の午前中を終えたのだった。
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