女神の使いは使命が不明

ひろたひかる

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6.

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クリストファー殿下とのお茶会の翌日、私は突然レーンハルト陛下の執務室へ呼び出された。


そして私は今絶賛変な顔をしている。


「あの、今なんと」

「だからサーナ、もしよければクリストファーの話し相手になってやってはもらえないだろうか、と」


陛下の話によると、クリストファー殿下はすぐに癇癪を起こし周りの者を追い出してしまうのだそう。乳母も何人も変わっており、なり手を見つけるのに一苦労らしい。

家庭教師に至ってはさらに酷く、同じ教師が一月と保たないらしい。


「女神の恵みである貴女にこんなことを頼むのは筋違いだとよくわかっているのだが、次の乳母が見つかるまででいいのだ。何とか頷いてはもらえないだろうか」


事情はわかりました。わかりましたけど王子様のお世話係になるのかな? そんなのめちゃくちゃハードルが高いじゃないか!


「む、無理です! もし粗相でもしたらと思うと私。第一、もともとど庶民のおまけに施設育ちなんですよ、身分とかまずいんじゃないですか」

「身分と言うことならむしろこんな頼み事をしている段階で私の方が不敬に当たるのだ。女神の恵みとして現れた貴女はいわば女神ロリスの使い、立場的には王族と同等ということになった」

「ことになった、って」

「言っただろう、前例がないと。なのでメルファスやアシュレイ、国の重鎮達と相談した上でそういうことになった。だからアシュレイもサーナのことを様をつけて呼んでいるだろう」

「えええ……」

「だからな、クリスに対しても強い態度に出てもらって構わない。悪いことをしたら尻をひっぱたいても誰もサーナを咎めることはない」

「――――ほんとですか?」

「国王の名にかけて約束する」


私はぽかんと陛下の顔を見つめた。青い瞳はいつにもまして真摯で冗談を言っているようには見えない。怖い人だと思っているけれど、こんな真摯な瞳をつっぱねる言葉を私は知らないし、そもそも突っぱねられるわけがない。


「わかりました。お受けします」

「本当か!」

「はい、ただ本当にマナー違反とかには目をつむっていただけると――――きゃあ!」


ぐだぐだと言い訳をしようとしていた私はたまらず悲鳴を上げた。向かいのソファーに座っていた陛下が勢いよく身を乗り出して私の手を取ったのだ。

自慢じゃないけど私、彼氏いたことないから!

男の人に手を握られるとか、それもこんな超がつくイケメンにとか、いろいろとハードルが高すぎて目が回りそう。鼻血出そう。


「し、失礼した」


私のぐるぐるな様子に気がついたのか、レーンハルト陛下が手を離してくれて私は鼻血ふかなくて済んだ。ううう、心臓に悪い……


その後改めてお茶を勧められ、話がやっと再開できるまで十分くらいかかった。私のバカ。


「アシュレイから聞いたと思うが、クリスは魔力が使えない。そのせいで周囲の者はあの子を憐れみの目で見たり腫れ物を触るように扱うようになってしまった。そのせいかわがまま放題に育ってしまって。

貴女も無理だと思ったらそう言ってくれて構わない。だができることなら――――いや」


陛下はそこから先は言わなかったけど、多分「できれば続けてほしい」って言いたいんだろうなあ。でもそう言うと万が一のときに私が断れなくなると気を使ってくれたのだろう。

陛下は怖い人だけど、根は優しい人なのかな。

そんなふうに思った。

昔施設にいた頃、所謂ネグレクトというやつで心に傷を負って入所してきた子がいた。あの子はとても人の顔色を伺う子でいつもビクビクしていたと思う。でも表面上は元気に話しかけてきたりして、他人の関心を自分に向けるのに必死だった。あの子とクリストファー殿下が何となく重なっていたけれど、殿下にはこんなに心を砕いている父親がいる。

ほっとした。


★☆★☆★



クリストファー殿下とのお茶会はその三日後に行われることになった。日程の調整はアシュレイさんがしてくれると言うのでお忙しいのに申し訳ない、と私は頭を下げたがアシュレイさんは穏やかに微笑むだけだった。


「いいえ、むしろもっといろいろ申し付けて頂きたいくらいですよ。サーナ様は謙虚でいらっしゃるので、こちらが申し訳ないくらいです」


女神の恵み、という立場になった初めての人間である私はどうやら王族と同等あるいはそれ以上の地位であるということになったらしく、私は戸惑いを隠せない。

まあでもそのおかげでクリストファー殿下とのお茶会を設定できるわけだから、そこだけはありがたい。


今回のお茶会も会場はお庭。バラの庭、アイリスの庭と来て今回はトピアリーが見どころの庭だ。芸術的に刈り込まれた植え込みが楽しい。所々に白い花が咲いていて、その一角にしつらえたテーブルにティーセット。「不思議の国のアリス」の帽子屋のお茶会みたいだ。


カスタードを焼き込んだタルト、ナッツのクッキー、ジャムを挟んだビスケット。それに小さなサンドイッチ、クリストファー殿下が好きだと言っていたりんごとラズベリーのケーキも一口大に切って添えてある。多すぎ。

それに私用に紅茶、殿下にはミルク。

私は淡いオレンジ色のドレスにボレロを着込んで殿下の到着を待っている。


約束の時間ちょうどに現れた殿下は、鮮やかな青いジュストコートに白いズボンを履いていた。

や、やばい。かわいい。ほら、七五三で子供用のスーツをビシッと着込んだ男の子、あのイメージ。なのに全然服に着られてる感がない。そういう着慣れてるあたり、さすがに王族なんだなあ。


「クリストファー殿下、ようこそいらっしゃいませ」

「おまねき、ありがとう」


どこか硬い表情のクリストファー殿下。椅子をすすめるときれいな仕草で腰を下ろした。


「さあ、まずはお飲み物をどうぞ。ケーキもクッキーもたくさんありますよ。何がいいですか?」

「あ、僕――――は、その」


何だろう、ガッチガチに緊張してるなあ。招待されたのが初めてなのかも。

こういうの見てるとつい解きほぐしたくなるんだよね。


「わかりました! 全部食べたいんですね!」


わざとパチンと手を叩き、大げさに明るい声を出す。


「やだもー殿下、このお菓子独り占めしたいならそうおっしゃって頂いていいんですよ? でも私のぶんも残しておいてくださると嬉しいなあ。このカスタードのタルト、すんごく楽しみなんですから」

「人を食いしん坊みたいに言うな!」


ぷうっとほっぺたが膨らむ。さっきまでのガチガチはどこへやら、子供らしい表情が見える。たまらず私は笑いだしてしまった。


「笑うなっ!」

「し、失礼しました。冗談です。でもたくさん召し上がってくださいね。この間美味しいっておっしゃっていたケーキもありますよ」

「――――む」


りんごとラズベリーのケーキに目を留め、殿下の目がうれしそうにきらきらしてる。よっぽど好きなんだなあ。金縁のケーキ皿に取り分けて差し出すと黙々とケーキを食べ始めた。無表情を装ってるけど表情でケーキに夢中になっているのがわかる。


「――――殿下、殿下は普段何をしてお過ごしですか?」

「ん? べんきょうして、他の時間は本を読んだり……」

「勉強家なんですね。すごいなあ」

「と、当然だろう。僕は王子なんだから」

「どんなお勉強をするんですか?」

「さんじゅつと、こくごと」


算術と国語か。計算のたぐいはともかく、ファルージャの文字がわからないから私も文字を習っている最中。同じようなところを勉強しているのかな。


「クリストファー殿下、私も今この国の文字を勉強しているんですよ」

「サーナが? サーナは大人なのに、なんで」


ケーキを食べる手を止めて不思議そうに殿下が私を見る。


「私はファルージャとは違う国から来たので、違う文字を使っていたんです。だから勉強しなおしなんですよ」

「僕はもう字は全部覚えたぞ。 本だって自分で読めるんだ」

「その年ですごいですよねえ。私よりずっとお勉強進んでるじゃないですか。クリストファー殿下は私の先輩ですね」

「せ、先輩?」


目を見開いて聞き返してくる殿下はちょっと興奮気味。くるくる変わる表情がかわいい。


「そうですよ、先輩は後輩にいろいろ教えてくれなくちゃ」

「そ、そうか、サーナは後輩か。仕方がないな! では僕が教える代わりにサーナは僕をお茶に招待するのだ。いいな」

「はい、わかりました先輩!」


そうしてにっこりと笑ってみせた表情は今まで見た中でとびきりかわいかった。そして私はこのかわいい王子様とまたお茶をする約束を取り付けたのだった。




「それにしても本当にサーナ様には驚かされます」


お茶会が終わり部屋に戻ってきたあとにソフィアさんがポツリと言った。


「だって、あのクリストファー殿下があんなに機嫌よく過ごされているのを見たのは本当に久しぶりなんです」

「――――ごく普通の男の子だと思ったけど。普段はそんなにすごいの?」

「はい。先日のロギィ騒ぎなど可愛い方です。それこそ目つきが気に入らないとかで侍女を辞めさせたり、家庭教師も勉強中に本を投げつけたり無理矢理衣装部屋に閉じ込めてしまったりと、周りの者は絶えずヒヤヒヤしているようです。皆殿下は癇の強い性格だと言っています」


ソフィアさんはそう言って困ったように眉を寄せた。

お茶会ではそんな素振りはなかったけど、ソフィアさんの話が本当なら殿下はどうしてそんなことをするんだろう。

どんな子だって、その子のやることには必ず理由があるから。

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